とある休日の昼下がり、寒空の下向かったコンビニ帰りの道中。
「うーっ...寒いなぁ」
「それもこれも姉貴が私のプリン食べたのが悪いんだからね」
「わぁるかったって、代わりの特大サイズのに加えてアイスも買ってあげたからええやろ?暖房入れた部屋で食べるアイスは格別やで」
事の発端は我が家の姉である琴葉茜が楽しみにしてた私の限定販売のプリンをうっかり食べた事件から始まる。そして食べ終わった後になって容器に書かれた『葵』の文字に気付き、私に詫びと代わりの補填を行うと頭を下げに来たのだ。食欲が関わると視野が狭くなる姉に呆れつつ、偶には2人で散歩も良いかと防寒着を纏い外へと向かい今へと至る。
「でもさ、その詫びのアイスをピノにしたの...私が姉貴に分けたりするのを期待してたんじゃない?」
「ぐぅっ...」
彼女の口から漏れた図星の音を聞き漏らす私では無い。まぁ元からそんなに怒ってた訳でもないし少しはあげようと思っていたけどさ。
「ほーんと仕方ないな姉貴は。帰ったら一緒に食べよ」
「葵ぃ...!ウチはそんな優しい子に育って嬉しいで...ウチが家族と同性やなかったさぞ狙ってた事やろうに...!」
大袈裟なリアクションに今度は私が苦笑を漏らす。
「はいはい知ってる知ってる。ほんと調子いいんだから」
さてそんな何の変哲もない日常、姉妹のやり取り。
「...所でさ、葵。ちょっと聞きたい事があるんやけどさ」
「...?」
急な話題の切り替え、僅かに言葉を詰まらせる姉。普段とは違う何かを私に予感させる。
また別に何かやらかしたのか、それとも...?
「なぁに、姉貴?」
兎にも角にも聞いてみよう。そうして疑問を投げかけた私に対し予想外の返答が返ってきた。
「なんでウチの事『姉貴』って呼ぶん?」
「...うん...うん?」
まずは相槌。そして疑問符。数秒の沈黙後、私は困惑の声を交えながら何とか口を開いた。
「...姉貴それ今聞く事?」
「いやまぁ確かに唐突なんやけどさぁ」
私達が出会ってもうすぐ7~8年程か。2人は双子として成長し今や高校生。これまで何十男百何千と彼女を『姉貴』と呼んできた身としては些か驚きである。というかこの感じだと姉貴忘れてるな...。
「最近ゆかりと通話しててさ、内容は学校の事とか趣味的な雑談やったんやけどな」
結月ゆかりさん。姉と同じクラスの同級生で頭脳明晰容姿端麗他者に思いやりもあるお方。逆に幼い頃地元で『赤鬼』なんて渾名で呼ばれ、周囲の悪ガキ共から恐れられてきた即断即決暴力解決な姉貴とまさかの友人関係なのだ。いや、私も姉貴の事は好きだけどさ。
閑話休題。
「それで?」
「その通話の終わり頃にゆかりさんから聞かれたんよ。『そういえば、葵ちゃんって茜さんの事"姉貴"って呼びますけど珍しいですね』って」
「...成程?」
「あ、別にゆかりさんも悪意があって言った訳では無いと思うし、ウチもその言い方直せって言いたい訳じゃないんよ。ただそう聞かれてウチもふと何時からそう呼ばれてたっけかなと気になってな」
ふむ、そういう経緯で。私としてはあの日から日常的に呼んでいたから違和感は覚えなかったのだが...ゆかりさんや周りの人からは奇妙に見えてしまったのだろうか。
「葵はゆかりさんに負けず身長も高いし綺麗やし優しいからなぁ。『似合わない』って言い方は変やけど何かしら引っ掛かってしまったんやないか?あー、そやそや。"ギャップ萌え"とかなんとか言ってたな」
思わず身体が強張り足を躓きそうになる。すんでの所でもう片足を踏み直し顔から地面に滑り込む事は避けられた。
「びっ...くりしたぁ。大丈夫か葵」
「...びっくりしたのはこっちだからね、姉貴」
何か今妙なワードが聞こえたような気がするけど...まぁいいか。
「で、私が姉貴をそう呼ぶ切っ掛け...だっけ。まぁ...あるには、あるけれ、どぉ...」
「おぉ、すまんがウチは覚えてなくてなぁ。確か小学校半ば辺りやったと思うけど...もし葵が話してもいいなら聞かせて欲しいなって」
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そう、私が8歳になる辺りだっただろうか。姉貴の言う通りそのタイミングだ。私と姉貴は物心着く前から一緒に住んではおらず、何やら『大人の事情』とかどうとかで私達が産まれてすぐ別居していたのだ。
だが、その理由自体この話には特に関係ない。今は普通に両親一緒に生活してるし、こっちが見てて苦笑いする位ラブラブだし。そして暫く離れていた双子の姉妹である私達は姉の住む家に私が向かう形で再開する。
『え、ええと...ウチが葵のお姉ちゃんに...なるんかな?琴葉茜って言うんや、よろしくな』
『.....』
私は私の手を取ろうとする幼い彼女の両手から逃げる様に離れ、無言のまま母の後ろに隠れてしまっていた。
『あおいー、一緒に食べよう?』
『.....』
差し出されたスプーンに掬われたプリンを口にする事はせず、私は静かにその場から去っていった。
今思うと何故そんな考えをと頭を抱えたくなるのだが、当時の私は新しい家族..."姉"というある意味親より更に近しい存在を受け入れられなかったのだ。嫌悪や拒否感というよりかは、新しく生まれた関係性に対してどう接していいか分からない。その居心地が悪さ、罪悪感から彼女の前に居られず離れていく日々を過ごしていた。
そんなある日、私は姉貴の目を盗みこっそり近場の公園に向かい1人砂場で遊んでいた。当然そんな事をしていても楽しいとは思えず『どうすればいいんだろう...』と途方に暮れていたのを覚えている。
すると同じ位の歳の子供達が私の前に現れ、不満気な様子で話しかけてきた。
『おい、おまえ見ないやつだな』と。
何だろうと思いつつ、気まずさから目を逸らしていると1人の大柄な子が突然私の目の前の砂を蹴り上げる。まぁよくある話だ。その子供達にとってこの公園は自分達だけの遊び場、所謂縄張り的な感覚であり最近この地域に来た新参者の私はさぞ気に入らなかったのだろう。
心底怖かったなあの時は。子供のやる事とはいえ他人から悪意の行動を受けたのはこれが初めてだったと思うし。尻もちをついて何も出来ず、ただ私は眼尻に涙を浮かべる事しか出来なかった。『お姉ちゃん。たすけて...』と無意識に呟きながら。
すると、突如怒号が公園に響く。
『おらぁ!!ウチの葵に何してくれとるんじゃーー!!』
声のした方を向けば怒りの形相の姉貴がこちらに全力疾走してくるではないか。
『うわぁ!?『赤鬼』だぁ!!』と当時から呼ばれてた渾名と悲鳴を叫び蜘蛛の子を散らす様に逃げていく子供達。姉貴には申し訳ないが...あの剣幕に対しその渾名は的を得ていたなと私も思わざる得なかった。
まるで嵐の様な出来事はあっという間に過ぎ去り、気付けば私の目の前に立っている姉貴。
『あ...う...』
彼女の先程の怒りの姿を恐れてか、それとも今まで彼女と接する事を避けてきた罪悪感か。謝罪か感謝かそれ以外か、何を伝えればと話しあぐねてる私より姉貴が先に沈黙を破った。
『葵、ウチの事さ..."姉貴"って呼んでくれん?』
『...え?』
思いもよらなかった彼女からの言葉。先程の負の感情からではなく今度は混乱から言葉を失ってしまう。
『ウチはまぁこんな喧嘩っ早いし、"お姉ちゃん"らしくもないから葵もウチに話しかけ辛いのかなって』
そんな事ない。お姉ちゃんは私を助けてくれた。ダメな方は私の方で__そう考え言葉にしようとするが姉貴は話を続けていく。
『でも漫画で見つけてな。呼び方を変えてみたら接しやすくなるんじゃないかって思ったんや』
『それ...が?』
『そう!親分が子分に言わせてる様にな。あ、勿論葵は子分じゃないけど。今みたいな悪ガキには『葵は茜の大切なモン』って知らしめられるから苛められる事もなくなるやろうしな』
...まぁ、今考えてもこの理由はちょっと滅茶苦茶じゃないかと思う。というか『かっこいい』から呼ばせようとしてた所もあったでしょ。
『.....』
でも、その言葉を聞いた私は眼に涙を浮かべていた。悲しい涙ではなく『大切な』という言葉を聞いた事による、嬉しい感情からの涙。
『なん...で』
『ん?』
『なんで...そこま、で...』
私の事を、気に掛けてくれるのだろうと。酷い事をしていたのは、私の方なのにと。そんな私の考えをよそに、さも当然と言った風に彼女は答えた。
『なんでって、そりゃ...葵は大切な家族__大好きな妹だから、やな!』
『___っ』
とまぁ、姉貴は私の事をずっと気に掛けてくれていたと同時に、姉貴を避け続けていた事に関しては全く気にしてもいなかったのだ。全く、こういう事を平然と言ってしまうものだからもう...そう呼ぶしかなかった。
呼びたくなったのだ。
『あ...ねき』
『お?』
『あ、姉貴!!』
『うん、そうや!ウチの事は好きにそう呼んでいいからな!』
笑顔を見せる私を見た彼女は嬉しそうに、こちらの手を優しく取る。
『帰ろ、葵。一緒におやつ食べようや』
そして私は...その手を強く握り返した。
『うん!』
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以上。これが私が姉を"そう"呼ぶ事になった経緯。要は人見知りで新しい環境に馴染めなかった私に対し、姉貴が接しやすい様に子供ながら気を遣ってくれた。それだけと言われればそれだけの話だ。
しかし私にとっては大切な思い出であり。そしてそれを当の本人に赤裸々に話すのは流石に、ね。
果たしてどんなエピソードが?とワクワクしてる姉貴から目を逸らし呟く様に私は答えた。
「あ、姉貴には...内緒...」
なんというかまぁ...恥ずかしかったりするのだ。
「え、ええ~~~~!?な、何で話してくれんの!?もしかしてプリンの件まだ怒っとるんか...!?」
「違うその件はもう怒ってない、ない...けどぉ」
ダメだ変に取り繕えば取り繕う程照れの気持ちが湧いて頬がどんどん熱くなっていく。私は少しだけ早歩きで姉貴より先に進み、真っ赤に染まる顔を見せない様取りあえず別の答えで言い繕う事にした。
この過去とその時の感情を伝えるのは、もう少しだけ時間が欲しい。
「別に、大した理由じゃないよ」
カッコよくて大好きな家族を表す私にとっての言葉が"それ"なのだから。
「姉貴は"姉貴"だからねっ」