わたくしの先生はお口が悪いですわー!   作:全智一皆

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第一話 プロローグ

 

■  ■

「此処が倉本のご令嬢の家か。想像してたより大きくはねぇが、確かに豪邸だな」

 

 此処はとある財閥の家。その庭とも呼べる場所。

 中央には綺麗に整えられたラウンドアバウト。玄関側にも整えられた花が植えられている、まさしく豪邸と言って然るべき場所だ。

 改めて紹介しよう。此処は倉本邸。とある財閥の名前は倉本グループと言い、本邦有数の大財閥である。そして此処は、その倉本グループの会長の孫娘が住んでいる場所だ。

 そんな、一般人ならば何か奇跡でも起きない限りは決して入る事など出来ないだろう所に、一人の男が訪れていた。

 ボサボサしている訳ではないが、しかしだからも言ってしっかりと整えられたという訳でもなく、ただ寝癖やらを直しただけの黒髪だ。

 その瞳は輝く琥珀を思わせる綺麗な色をしているが、やる気を感じさせない目は自然と人を睨んでいるかの様な目付きとなってしまっている。

 だが、そんな顔付きの割にはスーツはしっかりと着こなしているという、首から上の方と下の方が随分とアンバランスな男だ。

 ぶっちゃけ外見だけで言えば、完全に不審者と間違えられても仕方ない見た目をしているのだが、しかしこれでも彼はれっきしとした学生であり、プロデューサーであった。

 

「しかしあの爺さん、いきなり呼び出して担当しろとか無茶言いやがって。こっちの都合はお構い無しってか? 巫山戯けやがって……はぁぁぁぁぁぁ」

 

 これから担当アイドルをスカウトしに行くというのに、そのプロデューサーは担当する事になるアイドルが住む家の前で、あからさまに大きな溜息を吐いた。

 こんなプロデューサーに担当されるとかアイドルが可哀想だと思う人も居るだろう。大丈夫、この男を見ればきっと誰もがそう思う筈だから。何の心配もない、はっきりと言って差し上げよう。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

 既に許可は得ている。男は一応としてネクタイを締め直し、失礼しますとだけ言って倉本邸の扉を開き、入室した。

 

「ほー、こりゃスゲェ」

 

 中に入って広がる光景に、男は感嘆する。

 玄関だけでもかなりの広さ。天井に吊らされているのは簡易な電球などではなく、如何にも高価なシャンデリア。壁の方にも灯りが付けられている。

 右にも左にも絵画や花瓶がわんさかと並べられている。外だけでなく、中まで確かに豪邸だ。自然と足が震えてしまっても何らおかしな事はないが、男は感嘆こそすれ、決して緊張などしていなかった。

 

「はじめまして。お待ちしておりました、プロデューサー」

 

 ふと、声が掛けられる。

 其処にはメイドが居た。アニメやら漫画で見る様な、まさしく誰もが想像している様な『メイド』そのものが、其処に立っていた。

 

「はじめまして。この家のメイドさん……で合ってるか?」

「はい。倉本家に仕えております。これよりお嬢様―――倉本千奈様がいらっしゃるお部屋まで、ご案内致します」

「そりゃどうも」

 

 メイドのピシッとした姿勢と仕草に、男はまたも感嘆した。だが、それとは真逆にメイドの方は男に呆れていた。

 実際に使用人を前にしても敬語を使わず、ポケットに手を入れたまま。目付きも直さずそのままと、本当にプロデューサーなのか疑いたくなってくる程だ。

 そんな事を知ってか知らずか、男の方は何一つとして態度を崩さない。いや、ある意味で態度を崩していないと言うべきか。自然体(ナチュラル)で悪い態度をキープしている、という意味でだが。

 

「どうぞ、こちらへ。この部屋に、お嬢様がいらっしゃいます。……くれぐれも、粗相のない様にお願い致します」

「了解りょーかい。善処させて頂きますよっと」

「……」

 

 コイツマジでそのいけ好かない顔面に蹴り入れ込んでやろうか。

 そう言わんばかりに、プロデューサーが扉の方に向き直って背を見せた瞬間に足を振り上げようとするメイド。

 だがダメだ。踏み留まるのだ。もしこの場でこのいけ好かない男を蹴り飛ばしてしまったら、お嬢様が悲しんでしまうではないか。それだけは絶対にダメだ。

 命拾いしたな、プロデューサー。お嬢様に感謝して、その命を噛み締めろ。メイドは鋭い目で背中からプロデューサーにそう突き刺すが、残念ながらそれは全く突き刺らず、

 

「邪魔するぜー」

 

 プロデューサーはそれだけ言って部屋に入って行った。抹殺されても何ら文句は言えない所業である。

 

「―――はじめまして、プロデューサー。わたくしが倉本千奈ですわ」

 

 部屋に入るや否や、一人の少女が綺麗な仕草で挨拶を投げてくる。

 分けられた前髪と長い後ろ髪、右側には金色のアクセサリーが付けられている。

 身に纏う服はどれも細やかな意匠が刻まれており、彼女の丁寧な言葉遣いと仕草も相まって上品さをさらに醸し出している。

 のだが……

 

「ご挨拶どうも。初星学園プロデューサー科2年、蔵屋(くらや)だ。今回は学園から遠路遥々貴重な合間を縫ってお前をプロデュースしに来た」

「言葉に沢山棘がありますわ〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?!?」

 

 のっけから第一印象を好印象ではなく悪印象に刻み込むというパーフェクトバットコミュニケーションによって、色々と台無しとなった。

 

「冗談だ、冗談。学園から此処まで別に大した距離無かったしな。ついでに暇してた所だ」

「じょ、冗談…良かったですわぁ。わたくし、プロデューサーに御迷惑をお掛けてしまったのかと……」

「いやまぁ、間接的に迷惑は掛けられてるけどな。現在進行形で」

「間接的に迷惑を掛けてしまっていますのっ!?」

 

 あまりにも潔い悪口に、初対面であるにも関わらず千奈は勢いの良いツッコミを入れ込んでしまった。

 この蔵屋という男、マジで遠慮というものを知らない。おそらく母親の腹の中に遠慮という概念を捨て置いたのだろう。とんでもねぇ奴である。

 

「事はお前をプロデュースする事になった経緯にまで遡る」

「はっ! そうですわ、それをお伺いしたかったのですわ! プロデューサーは、どうしてわたくしをスカウトしてくださったのでしょう?」

「それを今から話そうとしてんだろうがバカ」

「ご、ごめんなさいっ!」

(この御方……とっっっっっても、お口が悪いですわ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!)

 

 今更である。最初のパーフェクトバットコミュニケーション成立の時点で、既にこの男がとんでもなく口の悪い男だと理解出来る。

 ついでに性格の方も良くはないだろう。メンタルがメンタルなら余裕で泣かせられる。

 まぁ、それはそれとして。今は、どうして彼が彼女をスカウトする事になったのか、という事だ。

 それは遡る事、数日くらい前の事である。

 

『倉本グループの小娘が初星学園に来るぅ?』

『お主は本当に口が悪いのぉ。まぁ、とにかく。その子は古い友人の孫娘なのだ。星南(せな)に憧れ、アイドルを志したそうでな―――』

『あの面白ビビり後輩に?』

『星南の事をそう言えるのはお主だけじゃわい! まったく……まぁ、そういう訳でな。お主に倉本千奈のプロデュースを命じる! くれぐれも粗相のない様にな。絶対じゃぞ!』

 

 という事である。

 要約すると、『うちの可愛い孫娘が初星学園に入学するから、うちの可愛い孫娘にプロデューサー付けろ』という仕事の末にスカウトしに来た訳である。

 

「お前ん所の爺さんから、ウチの爺さん通しで依頼が来たからだ」

「……へっ?」

「だから、まぁ。ぶっちゃけた話、俺はお前の事を何も知らん。あの爺さんがいきなり話を投げてきやがったからな。生憎と倉本の才能も知らんままだ」

「えっ? えっ? つ、つまり……わたくしをスカウトしてくださった理由は……アイドルとしての才能を見出したからではなく……?」

「身も蓋もないっつーか、まぁ紛れもなく多額の報酬目当ての依頼だわな」

 

 ばっさりと蔵屋は希望を切り捨てた。

 断れなかったからとかではなく、もう正直に多額の報酬目当てであると。

 

「―――ええぇぇぇえぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 

 倉本ご令嬢の絶叫が、館中に響き渡る。それはもうビリビリと。響くと言うよりは、轟くと表現した方が良かったかもしれない。

 メイドも咄嗟にあの男が何かやらかしたか! と蹴りを用意するが、まぁそれは置いておいて。

 蔵屋はそれをうるせぇ、と一言で一蹴した。

 

「アイドルの卵が、プロデューサーに熱烈にスカウトされる……。憧れの一幕でしたのぃ! あんまりですわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 

 つい涙を零して、千奈はまた叫んでしまう、

 彼女にとって、アイドルとは憧れそのものだった。だからこそ、憧れであり夢であったアイドルを志し、初星学園へと入学したのだ。

 そんな彼女に突きつけられたのは、容赦のない現実だった。

 しかし、彼女はすぐに涙を引っ込め、それも当然だと納得した。

 

「うぅ……考えてみれば、当たり前の事でしたわ。ドラマや漫画とは、違うのですもの」

「よく分かってんじゃねぇか。そうだ、アイドルってのはドラマや漫画のそれとは違ぇんだよ。簡単だったり、希望的なもんじゃないのさ」

「こ、こほん! 気を取り直して、自己紹介の続きを致しましょう、プロデューサー!」

 

 わざとらしく咳払いをし、千奈は涙を拭って元気を取り戻した様に、蔵屋にそう提言した。

 蔵屋はあからさまに顔を顰めた。ここまで現実を突き付けて、それで自己紹介を続ける必要あるか? と。

 

「あぁ? わざわざ続けずとも…」

「わたくしのアイドルとしての実力を、まだ知らないとおっしゃいましたわね? 何を隠そう、わたくしの入学試験の成績は―――一番でしたわっ!」

「へぇ、マジかよ。流石は倉本グループのご令嬢だな」

「……下から数えてっ!」

「は?」

 

 堂々と胸を張って、とんでもない事を宣言するご令嬢。蔵屋は自然と悪くなっていた目付きがさらに鋭くなり、倉本はひぃ! とつい怯えてしまった。

 一番? 下から数えて? つまり新入生全員の入学試験を統合した結果としてワーストナンバーワン?

 

「つ、つまり全校生徒の中で、最下位という事になりますわ!」

「……」

「こんなわたくしですが……立派なアイドルになれるよう、精一杯頑張りますので! よろしくお願い致しますわねっ、プロデューサー!」

「……マジかよ」

 

 蔵屋は天を仰いだ。

 しかし―――決して、彼女のそれを断る様な事はしなかった。そして目を閉じる事も背ける事もしなかった。

 

 世間知らずなお嬢様と口の悪いプロデューサーは、こうして契約を結んだのだった。




【レポート1】
面倒だが、プロデューサーとしてやりがいのある仕事を貰った。
入学試験の結果は最下位。座学、実技共に課題は多く、かなり長い目で見たプロデュースが必要。デビューには時間を要するだろう。
だが、令嬢らしい気品の良さや所作、その明るい人柄は倉本千奈本人の魅力であり、それが多くのファンの心を掴むだろう。

今の所、良い目と気合いがある様に見える。色々と考えておいた方が良さそうだ。
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