東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-10-010.hmos

10月31日、土曜日。

昼間は港区を中心に6ヶ所くらいを回る。

夕方、元麻布へ帰還。駐車場に、厚着した紳士たちが屯っていた。

山猫博士とゴーシュがいる。他にもアヴァンティの常連がちらほら。

アウトランダーの準備が整っており、俺が運転。エヴァンズは助手席。

博士を含む4名が乗りこんで、渋谷へと出発。

そう、今夜はハロウィンだ。

 

俺はつい最近までハロウィンを、クリスマスやバレンタインデーと同じような、キリスト教のお祭りなんだと思っていた。全然ちがうらしい。

とはいえハロウィンが厳密に何を起源とするかはエヴァンズにも定義できてないらしく、まして日本の仮装大会は今世紀に入ってから突如噴きあがった邪教の宴に他ならないので知ったことかと冷罵された。

20世紀末までは、渋谷にゾンビが集う文化はなかったらしい。

そうなのか。現在も、とくに主催団体があるわけでもなく、自然と若者が集って路上で飲み明かすという、不思議なお祭りとして定着している。

類似のイベントとして夏冬の年2回、有明で開催される特殊なフリーマーケットがあるけれど、そっちは素性がはっきりしていて、日本生まれの名物として国際的にも認知されているそうだ。

 

さて渋谷ハロウィン2020。

主催者が存在しないため、区役所はイベントを中止させる手段を持たない。

ステイホームを呼びかけるアナウンスは何ヶ月も前から繰り返していたらしいのだが、今年急増する一途の路上生活者には帰るべき家が無いのだ。

警官は激減しており、治安維持も心許ない。特別な対応策も決められないまま、当日がきてしまった。

区長は何があっても責任はとれないと記者団へコメントし、定時でちゃっかり帰宅した模様。

賢明ですね。

ステイホームしててください。夜が明けたら事後処理をよろしく。

 

渋谷駅西口で紳士たちを降ろしたあと、アウトランダーを1キロほど離れた駐車場へ置き、歩いて渋谷へ戻る。

いつもより人影が多い。雰囲気も、どことなく妙だ。

キョロキョロと、いかにも見張りしてます然とした男女が目立つ。

客引きをしない。そうか、それが一番の違和感だ。

 

エヴァンズの後に続いて、スクランブル交差点を見下ろせるビルの屋上へ。もちろん、鍵がなければ通過できない扉をいくつもくぐってだ。

大小パイプや貯水槽、ソーラーパネルなどがひしめく屋上の物陰に、10名以上の人影を認める。

ここで気付いたが、俺の防寒着も含め全員が黒づくめだった。用意のいい連中だよ。

路上には、人の群れ。

バスやパトカーが要所を塞いで人の流れを制御していることが確認できる。目立つコスプレをした変なのが警官に注意され去っていく場面も目撃。

例年だと、あんなのばっかりなんだろうな。

お祭りという雰囲気は感じない。ピリピリしている。

ええと、武装勢力がデモをするんでしたっけ。

カモリスタたちは小声で、外国語で会話している。エヴァンズもだ。

俺はそ知らぬ顔でゴーシュの傍にしゃがむ。こいつは日本語しか喋れないから、聴き耳を立てるならここしかなかろう。

しかし「寒いなあ」くらいしか言わない。

ま、たしかに寒いけどな。おっぱじまるまで、静かに待機か。

 

エヴァンズから、紙コップを差し出された。

コーヒーだ。あったかい。

スターンが来てるよ、と言われる。

ほう。挨拶しときますか。

 

スターンは大きなポットをいくつか並べ、飲みものを提供していた。

その手伝いをしている男・女・子供……?

男と目が合う。おおっと。まさかの、トキオだぜ。

彼も俺に気付き、硬直しながらもスターンに耳打ちして、作業を中断。握手を求めてきた。歩き方がぎこちない。強い手応えだった。

連れの2人も紹介される。

女はヘヨン。少年はヘジョク。どう見ても母子なのだが。5歳くらいか。まさかおまえの実子じゃないよな?

ヘヨンさんは、キリッとした目付きの、朝鮮人だ。年齢は微妙にわからないが、もしかすると俺たちよりちょっと齢上か?

トキオは俺の手を引いて、空いたパイプの上に腰かける。俺もその脇に座った。彼はやはり左足を負傷しているようだ。

「2年半ぶりだよね。謎めいた文通がもう少し続くかと思っていたんだが。あはは」

とりとめもなく、積もる話に花が咲く。

 

「地雷を踏んじまってさ。それで戦線を離脱した。腿の半分から下は義足だよ。

作戦司令室に配属されてまた日本へやってきた。

上官のパスクァーレがよくアヴァンティへ行くだろ?その縁で紹介されて、ウェイターをやってみたら面白くて。なんだか最近は、こっちがメインだ」

 

女にモテモテだって聞いてるぞ、コノヤロ。

あのヘヨンさんと婚約したのか?

 

「うん。彼女は了解してくれてるんだが、へジョクがまだ僕のこと受け入れてくれなくてさ。

ヘヨンにとってもヘジョクのほうがずっと大切な家族だから、彼のおゆるしを得られるまでは、僕たちはただの恋人だ」

 

連れ子だろ?そこは、いいのかよ。

 

「ケンヂも対人地雷には気をつけろ。鉛の破片が飛び散るんだが、僕の睾丸は致命傷を負った。

陰茎は勃起できるんだが、もう精子はつくれない。

それでもパパにはなりたかったから、ヘヨンがシングルマザーだったことは決め手のひとつだったんだよ」

 

トキオって以前からそんな性格だった?

農専にいた頃、もっと地味めな印象だったと思うんだがな。

 

「ケンヂは変わってない気がする。日本にいると、どうしてもそうなるよね。

僕はほら、ソウルがふるさとだから。今だから言うけど、日本で生活しているときはずっと圧迫感に苦しめられていた。

感情を表に出すことに本能的なブレーキがかかっちゃうんだよね。それをしちゃいけない!っていう。

だから、まあ、今の僕の方がずっと、あるがままに生きているかな?」

 

そうか。じゃあアザリアでもずっと窮屈な思いを抱えていたのかな、トキオは。

 

「アザリアのメンバーなら、ルルコ・シノブ・それからトヨコと緑石か。

かれらも当時と相当印象変わってるよ。

みんな世界へ羽ばたいたからね」

 

へえ……俺、保阪と今年会ったんだけど、彼も中国で働いてて、元気にしてたよ。

 

「え?保阪カナイ?

彼と今年会った?

どこで?」

 

東京駅で。お土産もらった。そのあとで俺、カモッラにつかまったんだ。

 

「CNで働いてたって?それ、確かか」

 

どうしたい。保阪からは名刺もらったし、新しい連絡先も交換したんだが、カモッラに全部とりあげられて、それっきりだな。

……あれ?トキオって2年以上カモッラにいるんだっけ。

緑石たちの消息、なんで知ってるんだ?

 

「ケンヂ。今から言うことを、聞き流してすぐに忘れてくれ。いいか?

ルルコ・シノブ・トヨコと緑石夫妻は、カモッラとつながりがある。

カナイとヒロシは組んでいて、我々と敵対するカルテルに所属しており、見つけ次第殺さねばならない。

はい、忘れたな?

ところで、トシさんは元気?」

 

え。も、もう1回言ってくれないか。ダメ?

ダメだよな。わかった。さっぱりわかってないけど、わかった。おう。

で、トシって誰だ。

まさか俺の妹のことか。

 

「そうだよ。宮澤トシ。

3つ下だっけ。

もう結婚した?」

 

してないと思う。正月以来、連絡とれてないが……

いやちょっとまて。

どうしてトキオの口から今ここで、トシの名前が出てくるんだ?

 

「知らない?ほんとに知らない?

ああ。

僕、トシさんとつきあってたんだよ。在学中。半年間くらいだけど」

 

この件についてはしっかり訊きなおしていいか?

そうか。まったく知らなかった。そうなんだ。へーえ。

なんで別れたの。

 

「重すぎて。

いや物理的にじゃなくって、想いが。

トシさんは初めてだった、当時の僕はそれに応えきれなかった。

今でも悪かったと思ってる。

そうですか。しあわせに、なってほしいな」

 

あのさ。なんでそれを今頃になって言うわけ。

 

「当時はもちろん言えるわけもなく。あるいは勘づいてるけどそっとしておいてくれてるのかもと思ったりはしたけれど。

まさか今の今までトシさんからも聞いてなかったとは、さすがに考えなかった。ごめん」

 

ここで、砲音が轟いた。

路上で激戦が始まっている。カモリスタは下を見ながら囁きあっている。エヴァンズはタブレット操作中。ドローンを飛ばして撮影している風だ。

俺たちも現場に釘付けとなった。

パトカーと、機動隊の装甲車が襲撃されている。黒煙がたなびき、明らかに公権力側が劣勢。

色とりどりの戦隊ヒーロー・ヒロインたちが標的を取り囲み、殴る蹴るして……くたばったら、放置か。むごいなあ。

仲間を見殺しにできない警官たちが手をこまねいている。そこへ数倍差のゾンビの群れが容赦なく、つっこんでいく。何人撃たれてもひるまない。

こりゃ勝負にならんわ。

 

気がつくとトキオがヘジョクを肩車してあげていた。いいパパだ、ゆるせんけど。

ところでこの一部始終、実は映画の撮影でした、なんてオチはつかんか。無理かな。マジモンかよ。夢ならどんだけいいか。

でかいカメラを見つける。

派手な服のレポーターを撮っているから、テレビだな。襲撃者のいいカモだ。

あ、発見された。

こっちは嬲り殺しか。よほど怨まれてるな。仕上げにカメラを叩き壊す。粉々にしてやがる。エクセレント。

リアルタイムで放送も見ていたかった。

 

8時過ぎには静けさが戻っていた。

暴徒は秩序だっている。目的へ向かって一直線。役目を果たしたら即退散。

うろたえているのは警官と、かけつけた救助隊。物陰でいつまでも揉めているのが、上からだと丸見えだ。

せめて一般市民の犠牲者から率先して搬送してやるとか、明確な指示を出せばいいのに。怖いのか。呻いている人間でも、もしかしたら待ち構えている敵かもしれないから。

そんな打算もばっちり見ているよ観衆は。あるがままの両眼で、しっかりとな。

 

カモリスタは順番で撤収を始めた。

俺とエヴァンズは駐車場まで車をとりにいき、指定された地点で行きとは異なる4名を乗せ、元麻布へ帰投。

結局、ハロウィン襲撃に関する情報を、俺は耳にすることがなかった。

今夜の収穫はトキオから聞いた雑多な情報ばかりだ。

とはいえそれらは、とてつもなく大きな、あれやこれやばかりであったのだけれども。

 

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