アメリカ大統領選挙の投票日は11月3日、火曜日。
日曜日じゃないんですね。
祝日なんですか?
「USでそんな発言をしたら驚かれるぜ。
主が設けられた安息日に働かせるつもりか、冗談じゃない!とね」
言われてみると、もっともです。
でも平日に投票しに行くって、なかなか大変ではないですか。
「どうしてジョブワークとの二者択一にしたがるのかが理解できないね。
投票へ行くために仕事から離れることは当然の権利だ。
社会全体が理解し、余裕をもってスケジューリングしておく。それが行政にも企業にも、それから有権者ひとりひとりにも求められる。
こんなことをいちいち教えられて、よく恥ずかしくないな」
すみませんねえ。俺、日本人なんで。
寝る間も惜しんでコツコツ働くこと以上に大切なものなんて無いって信じこまされてました。
これからは気をつけます。
「そのくせ生産性は低水準だし、仕事といったって河原で石を積み上げているだけだってことに、気付いてすらいないものな。
気付いたヤポは政治家にでもなるみたいだが、もちろん底辺層にそんな旨味を教えてやるわけもない。
こんなところで満足か。
ところで明日は完全休養だ。好きなだけ走りこんでおけ」
おやすみですか。選挙戦で次の大統領が決まるから、その後の検討でもするんですか?
「は?
投票はこれからだぞ。
東京とワシントンDCの時差は14時間あるんだ。
それに今回は郵便投票が厖大な数量、利用されているから、当確が出るまでにも何日かかかるだろう」
ああ、今はまだアメリカ、投票前日なんだ。
予測って、今も五分五分ですか。
「五分五分とは?
ダイスを振って偶数か奇数かの当てっこでもしているつもりか」
あ、いえ。共和党のドナルドが2期目を勝ち獲るか、民主党のロビネットが権力を奪うかは、まだ両方ありえる段階なんでしょうかね、という。
「そんな段階はとっくに終わっている。
共和党を激怒させつつ民主党に政権を移させる。これを基本シナリオに据えることは決定済みだ。
僕は明日、暴動が正しい方向に拡がっていくことを注視する担当で、君の出番はない。ただそれだけさ」
ほ、ほう。そこまでカモッラが決めちゃうものなんだ。
ん?ロビネット大統領誕生は、もう確定事項なんですか。
「うまくいけばね。
しかしたとえば来年の就任式より前にロビネットとデヴィが揃って暗殺されたりすれば、大きな番狂わせが生じる。
我々は完璧を期すが、それでもアクシデントは起きるものなんだ。所詮シナリオはシナリオ。火事はその場にいなきゃ消せない」
現場はアメリカでしょう。
異常が発生したら、アメリカにいるチームに教えてやる。それがエヴァンズの仕事だと。
こういうことですか?
「わかってきたじゃないか。ひとつ例を示してやろう。さ、これは何だ」
エヴァンズからタブレットを見せられた。市街地の航空写真だ。
ん?渋谷か、これ。
先週末、ハロウィンを見てきた、あの辺が映ってる。日中だから俺たちの姿は無いが。
「もう1枚。これは何だ?」
そそりたつビルを、地面から見上げた構図。
これも昼間。同じ場所。
一枚目と対ですね。
はい、それで?
「上には上、下には下の役割がある。これは理解できるかな?
さて、じゃあ君は下の担当だ。僕は上にいる。
イメージしろ」
あの夜。仮装した若者が大勢いた。
リアルなゾンビが大人気。何週間前から仕込んでいるのかヨレヨレの普段着を身にまとい、近付くとゲロの臭い。
そんな群衆を遠巻きに威嚇する警官たち。
夜も更けてきた。満月が綺麗だ。
誰かが合図をしてくれるんですか?
「開幕だ。チャーリー、T1へ銃撃。ブラボー、T2を足止め。デルタ、T2背後へ回れ。チャーリー、東へ逃げろ。エコー、追撃者の足を掃射。
……とこんな風に指示していく担当は、上にいた方が都合いいよな?」
そうですね。すべての駒が見えているところから指令を出すべきですね。
「ところが上は上でけっこう危険地帯だ。
すべてを見渡せる理想的な高地なんて、地形をひと目見れば誰でも割り出せる。
迫撃砲一発お見舞いしてやれば片付くし、ビルの下を囲んでしまえば逃げられない。
どうしたらいい?」
逃がすのだったら上空から……ヘリは準備できますか。
「すぐ手配できるわけないだろう。
小型ヘリでさえ風圧がすさまじいし、あのビルには着陸できない。迫撃砲の標的にもなる。
もっと現実的に想像しろ。
あの夜、疑問に感じなかったか?自分たちはあまりに無防備なんじゃないかって」
そこまで考えなかったですね。
こんなところに人が登ってるわけないだろうと、誰しもが思ってるだろうと思ってました。
「ヤポの警官並みに甘すぎる。USのダウンタウンにゃ住めないぜ。
さて、じゃあ上のチームを守るには何をすればいい」
2枚の画像を見比べながら、上も下も監視できる周辺のポイントをいくつか割り出した。
しかしこれらのチームを守る部隊も必要なんじゃないか?という疑問が自動的に湧いてくる。
根本的なところから間違っている気がするなあ。
「まだそんなレベルか。
今日はここまでだ。USじゃこんな市街戦、日常茶飯事だからな。オリンピックで対決するくらいの心構えで備えておけ」
マジかよ。そんな競技があるってのかよ。レギュレーションは統一されてんのかよ。
「原則をひとつ訂正しておいてやろう。
高地にいては見えなくなるものがある。わかるかい?」
え、なんだろ。
下を見てるから、自分より上空が見えてない。
そういうことですか?
「背後が見えないのは全ポジション共通じゃないか。
この画像をよく見ろ。
航空写真ではどのビルが一番高いのか判別できない。
ところが下からアオると、高低差が一目瞭然だ」
……たしかに。
言われるまで意識しなかったけど、下から見るときの立体感が、上空から視点だと全部つぶれてしまいますね。
「階段を駆け上がるのと同じ速度で駆け下りるのが危険なのと同じ理屈だ。
上から目線は絶対優位どころか、致命的な視野狭窄を伴うものだと覚えておけ。
この弱点を補うためには上下相互の連携が欠かせない。無能な組織ほど決定的に苦手とする技術だ。
ところがまさにそれを得意とする集団がいるわけだよ。
僕たちは、かれらのお手伝いをしているわけなんだ」
後半よくわからなかったが、いつもの犯罪者宣言らしい。気のすむまで言わせてやろう。
他にもクイズをいくつか出された。たぶん本人も覚えちゃいまいが。
大統領選は民主党が制するそうだ。今日はこれだけ、覚えて帰ろう。
アメリカ製コヴィッド対策ワクチンは、投票日に間に合わなかった。
ドナルド大統領は自分が全力で支援し予算を与えたからこんなに早く完成できるんだぞと主張し続けていたので、安全性の承認さえとれれば大きな手柄とすることができたろうに。ぶざまだ。
むしろ世界でダントツの感染者と死者数を積み上げている実績を、ストレートに批判されている。
物怖じしない、元気溌剌な腕白少年たちというイメージをスタンダードにしている共和党の選挙応援団は、民主党支持者のリストを手に、マスクもしないで戸別訪問するという迷惑行為を繰り広げた。ちょうどハロウィンと重なって、新たなアメリカンホラーのテンプレートとなった。
ドナルドはそれを止めさせるどころか自身が感染し、軍病院で治療して以前より体調がよくなったので実はこのウイルス若返り効果があるのではないか等発言してWHOはじめ世界中の医療関係者から猛バッシングを浴びる。
日本のマスコミは4年前の大ハズレを思い出したくないのか、大統領選の話題をつとめて避けているので、これらはすべてエヴァンズから手渡された断片的なニュースに拠るものだ。
いくらなんでもめちゃくちゃすぎる。
少し難しめの話題になるが、こちらも滅茶苦茶。
コヴィッド対応ワクチンは、製薬会社の独占的商品であってはならず、生産計画・価格・提供先の優先順位等は国際機関によって管理されるべきであり、特許や製法なども広く開放されるべきであると主張する団体や運動が、あちこちで雄叫びをあげている。
アメリカはWHOを脱退したのでその声に従う必要はないのだが、アメリカが参加している国際機関というのはそれこそ星の数ほどもあり、アメリカ国内の中小企業ですらが大手の特許独占を激しく糾弾しているなどの背景もあって、ドナルド政権はおそらく選挙への悪影響も懸念して、この取り組みを受け入れた。
憤怒したのはまさに今ワクチンを完成させ承認を待っている少数の巨大製薬会社だ。
生産したワクチンはすべて政府に買い取られる。企業は価格を吊り上げる工作ができない。この契約だけでも噴飯ものなのに、特許権まで手放せとは何事か。
そりゃ抵抗もするだろう。
ここで、ある人道支援団体の国際法専門家が追撃を加えた。
「そのワクチンの開発にはアメリカ政府の公的資金が投入されている。すなわちあなたがたが自力で開発した成果ではありえず、政府が製法を公開せよと命じたならば従わなくてはならない。拒否するならば国家反逆罪ですよ」と。
俺は経済に詳しくないが、この理屈が通るならば、国から助成金を受けたり税制優遇措置にたすけられた企業は、知的物質的財産の独占を一切許されないべきだという主張ができるんじゃないか。
もっともかもしれないが、これって社会のしくみを根本的なところから変えてしまわないか?