11月7日、土曜日。
正午頃、当確が出た。
アメリカ東部時間では金曜から土曜の深夜。
民主党、ジョセフ・ロビネット候補が勝利宣言の演説。
敗れた現職大統領ドナルド・ジョン氏はホワイトハウスで就寝中。昼間ゴルフでとても良い成績を出せたのでお疲れなのだろう、とか余計なことが書いてある。
来年の引き継ぎまで、政務はあなたの責任じゃないのか?
「ドナルドが信頼を寄せる相手かどうかを決める基準は、そいつと一緒にゴルフを楽しめるかどうかだ。
苛立ちを隠さないドナルドに高スコアをとらせるなんて並大抵の手腕じゃない。そんなベストパートナーズが、これからの4年間、しっかりと元大統領を補佐して戦うのさ。
わくわくするだろう?」
ドナルドは、まだ何かと戦うんですか?
ここ最近の失態つづきでファンがどんどん離れているらしいですが。4年前には期待値も高かったのでしょうが、すでに化けの皮は剥がれてます。
もしかしてテロでも起こすつもりですか。
「ドナルド自身は広告塔だ。指揮官には向いていないが、核のスイッチをいつでも押しかねない人物としての期待値は今も揺らいでいない。
逆風は、にわか追従者を離れさせ、取り巻きの純度を濃縮させる効果をもたらす。
それから、元大統領という新たな肩書を手に入れたわけだが、USにおいては寧ろ現役大統領より要注意人物だよ。
ドナルドは脱皮して、より強くなるのさ」
なんとなく想像がつきます。
大統領は常に国内外からの注目にさらされ、その言動がいちいち揚げ足をとられる。
政令も慎重に出さねばならないし、議会や産業界ともエコ贔屓せず共存しなくてはならない。
ところが元大統領となれば、知名度は最高クラスなのに公人へ求められる種々の制約を無視することができる。
マスコミも、大統領時代ほどは追い回さない。
怪物ですね。
いいんですか?野に放して。
「しかもまだ4年分、自身が大統領になれる権利を保持している。
4年後か8年後、もし彼が復帰するならばそれが最終形態になるだろうね。
さすがにその先、人類は残っちゃいないだろうから」
岸さんが一度目の首相経験を徹底的に猛省して2期へ挑んだように、ドナルドも今、再起へ向けて策をめぐらせているんでしょうか。
「あんなチンケな狗と比べられてはドナルドだって苛立ちを爆発させよう。任期の残ってるうちにヤポを島ぐるみ海の底へ沈めかねないね。
ドナルドとその黒幕たちが今なにを考えているかは知る由もないが、いろんなパターンを検討はしているだろうねえ。
とりあえず勝敗は決したから、公邸を去るまでの2ヶ月半、できる限りの工作をするだろう。それの資金と人の流れを追跡していれば、何をするつもりかが見えてくるって寸法だ。
アサガオの観察日記並みにのんびりした研究だね。そう思わないか?」
意外ですねえ。日本の首相官邸ならトイレや廊下まで盗聴しているカモッラが、ホワイトハウスでは同じことができないんですか。
「大統領公邸には新しい盗聴器を付ける余地なんて無いからさ。
大半はFBIとCIAによる仕掛けだが、僕たち新参者にとっては、かれらのテクニックを盗ませてもらうのがせいぜいだ」
FBIもCIAもアメリカの諜報機関でしょ?
なぜ、ホワイトハウスに?
「FBIは連邦捜査局であって厳密には諜報機関じゃないんだが、やってることは大差ないからよしとしよう。
まず、外国の要人はよく大統領公邸へ招かれる。
控え室やトイレでゲストたちだけの空間をつくらせておくと、喫緊で切実な内緒話が次々飛び出してくるよな。
これを手に入れたがらない情報屋はいないだろう」
そりゃそうだ。まったく油断も隙もねえな。
「公邸の主人役は4年か8年おきに素人がやってきて家族ぐるみで住みつき、就業規定をやっと覚え始めた頃に去っていく。
接待役をしてやらなきゃならない官僚やベテラン諜報員のストレスは半端なものじゃない。少しでも授業を早く進めるため、入れ替わっていく住人全員のプロファイリングが欠かせない。
だから執務室や寝室、シャワールームなどまで死角を作らず監視しておいて、仕事や勉強に支障が出ないよう手を回してさしあげるのだ。
先進国ならではの行き届いた配慮が貫かれているだろう?」
まったく、ありがたいことです。これじゃあ物陰でほんのちょっと記念エッチするのだって不可能じゃないかな。
「蛇足になるが、FBIとCIAは仲が悪いというのが定説になっている。
時々大統領たちから、FBIにはCIAの、CIAにはFBIの仕掛けた盗聴器や監視カメラを見つけ出して撤去せよとの極秘指令が与えられる。
両者とも、これに黙って従うような能無しじゃあない。あらかじめ同数のデコイを教えあっておいて、そこ以外には手をつけないという暗黙の了解が成立しているんだ。
これは三者を平和的に共存させる理想的な解のひとつでね。
応用できる場面があれば積極的に使ってみるといい」
FBIとCIAはグルでしたか。
すでにあちこちで応用されている気がしなくもないけど。
「そんな捜査局と情報局の公務員たちは現在、国内テロへの対処でかつてないほど協力している。美しいね。
かれらがここまで連帯して仕事をこなせるなんて、ちょっと意外だった」
アメリカ国内テロ?
なんですか、そんな事件が起きているんですか。
「君にもその都度教えてきただろう。
ブラック・ライヴズ・マター。チャイナタウン武装化。ハロウィンに偽装した富裕層住宅地への襲撃。
これらに続く、同時多発共和党施設爆破事件だよ。
最近は各地で模倣犯も出現していて、義憤に駆られた共和党支持の未成年が大量に検挙されている。
ドナルドの大統領選敗北は、そんなかれらの絶望と攻撃衝動に更なる高密度の燃料を投下することとなるわけだ。
まだ2ヶ月半も大統領権限を行使できるドナルドは、支持者のために、何をすべきだと思う?」
え。あの、その流れでいっちゃうと、ドナルド大統領は静かに立ち去ることができないじゃありませんか。
なにか、かれらのために、力強いパフォーマンスをしてみせないことには。
「その通り。従来どおり彼には、わかりやすい敵をつくって口撃するという戦術しかない。
信奉者の大半も、より単純で勇ましいハッピーエンドだけを望む。
民主党は次の4年で、ドナルドの築きあげたレガシーを台無しにしてしまうぜ。WHOへの復帰だって約束しちゃってるしな。
さあ、どうするんだ」
どうするったって、どうしよう。
ひとまず支持者を、国民を、落ち着かせることですね。
戦争に負けたわけじゃないんだ。自分は4年間力を尽くしたが、その実績をもってして選挙に敗れた。認めよう。
次の大統領はロビネットだ。
彼がどれほど私たちに希望を授けられるか、じっくり拝見しようじゃないか。
そのためにも私を堂々と勇退させてほしい。必ず帰ってくる。ほんの少しの辛抱だ。まちがいなんておこすんじゃないぞ。
みたいな演説をして、治安の回復に専念する。
「即興にしてはよくできた作文だが、ドナルドがそんな心にも無い長台詞を噛まずに言えるだろうか」
無理でしょうね。
「ロビネットの勝利宣言なんだが、激戦区のペンシルヴェニア州で郵便投票まで含めた全ての集計が完了し、これをもって選挙人の過半数を民主党支持者が占めることになるから勝敗が確実になった、とする速報が根拠だ。
全州の開票が終わるまではもう数日かかる。
以前から郵便投票を信用していなかった勢力は、今回6500万件も利用されたこの制度が様々に悪用されたという証拠を挙げてきて、すべて無効にするべきだと主張している。
州によっては不備を認めてこれに同調しているから、今からでも逆転する可能性があることは留意しておこう」
あらら。
それでも圧勝なら文句出ないんだろうけど、民主党はそこまでの票を集められなかったってことでもあるのか。
「ところでFBIとCIAは自分たちの使命をはっきり理解している。
国内を分断させてはならない。
選挙でどちらが勝とうと構わないが、それより国外の敵がUSに挑戦してきていることを最優先課題にする。
世情を混乱させている原因は外部の犯罪者集団であるという動かぬ証拠を提示して、その敵を打倒することを新しい大統領に誓わせ、国民および全世界へ向けてアナウンスさせる。これが公務員たちの目標だ。
捜査はFBIが担当し、CIAがそれに沿ったシナリオをつくりあげ、国内の業者に発注して証拠を捏造させる。
この連帯感が今までにないほど強くてね。
さてどんなストーリーを見せつけてくれるものかと、待ちわびているところだ」
いいんですか?その犯罪者集団てカモッラなんでしょ。
「USを憎んでいる組織は宇宙塵の数より多いんだぜ。僕たちの出る幕なんてない。
時々チャットに参加して、アイデアを提唱してる程度だよ。
爆破テロに関しては、FBIはまだ真相にたどりついていない。
現場に証拠をのこすのは共和党のチェリーボーイズばかりだね。痛々しい。
だがかれらは罪に問われない。そんな事実を公表したらUSの国益を損ねるからさ。
だから無垢な少年たちをかどわかし、道を踏み外させた憎きテロリストたちが、ローグ国家とその周辺にいるはずだ。いなければならない。
さてCIAはどこらへんを選んでくるだろうか。
そろそろヤポなんていいと思うんだが」
は?どうして日本が。
ならず者国家じゃありませんし、アメリカとはベストパートナーですよ。
「狗のくせにか。
岸はドナルドをゴルフで悦ばせることができるが、秋ノ宮にはそんな才能がない。
3年半続けてきた貢ぎ物を急に停止させたりもして、傷心のドナルドから逆怨みもされてるってのに」