エヴァンズは、オリンピックが嫌いなのだそうだ。
はっきりそう言うので、むしろ意外だった。
この男、たとえば日本については嫌ってなんかいないとうそぶく。
ただ何から何まで愚かしいので見ていることすら耐えがたい。その感情が言葉や仕種に顕れるだけだ、という。
紳士なら相手にそれを見せないでください、俺は不快です。
そう言ったら目も合わさず、ヤポのくせにと吐き捨てやがった。はあ。
こんなクソ野郎だが、オリンピックは、はっきりと嫌いなのだそうだ。
「グロテスクだからだよ。
そもそもの出発点からして歪んだ歴史認識に根ざしている。
むしろ訊きたい。君はオリンピックが好きなのか。あんなものの、どこに惹かれるんだ」
全否定されるだろうなと覚悟した上で、答える。
古代オリンピックはギリシャで何百年にもわたって開催され、4年に一度、この期間だけは戦争が停止されるというほど神聖な、平和のための祭典だったと俺は教わってきました。
殺し合いではなく、正々堂々とルールに則ったスポーツで競い合う。これがオリンピックの真髄です。そう聞いています。
100年ほど前に近代オリンピックとして復活し、初回はアテネで、古代オリンピックの精神を受け継ぐ儀式として始められました。以来、世界中の都市で原則4年ごとの夏と冬に開催され、200近い国と地域から選手団が集まってスポーツマンシップを発揮し、優秀者はメダルを持ち帰って讃えられます。
すばらしい。そう考えてきました。
否定する根拠が見当たりません。
「教科書の丸暗記だろう?それを考えたなんて言わないぜ。
むしろ考えようともしないからこそ、矛盾にすら気付かない」
そんな風に言われるだろうと想定はしてたんですが、俺は視野が狭いし、今までそういう世界でしか生きてこなかったので、正直に、わからんのです。
どこが矛盾してますかね?
「戦争とオリンピックは相反しない。
戦争に強い国はオリンピックでも強いんだ。
根源的な話だろう」
たしかにそうですが、戦争で決着をつけるよりは、スポーツに代替させる方が建設的で合理的ではありませんか?
戦争して勝つよりも、オリンピックで勝ち、破壊や殺戮を伴わずに優劣を示せばいい。
オリンピックを否定する根拠にはならないと思うんですが。
「論点が全然違う方向へ飛びすぎだぞ。戦争かオリンピックかを二者択一で決めたいのか?
僕はただ単に、オリンピックが嫌いだと言った。戦争論を絡める必要は無い」
え。戦争で強い国はオリンピックでも強いと言ったのはエヴァンズですよ。
「君がオリンピックを肯定するためには、戦争よりは立派というキラーワードが必要不可欠のようだ。それを指摘したまでだ。
もう一度だけチャンスをやる。
戦争を持ち出さずにオリンピックを讃えてみろ。
できるか?」
戦争を絡めずに……?
オリンピックはスポーツの祭典です。世界中の選手が一堂に集まって競技を披露し合う。有意義でしょう。
「言ってて虚しいと自分でもわかるだろう。
国際スポーツ大会をしたいならオリンピックにこだわる必要はないし、世界陸上大会やワールドカップのように的を絞ったほうがスタッフも観客も迷わせない運営ができる。
むしろオリンピックなんて、際限なく巨大イベントであらねばならない宿命を抱えこむがゆえ自縄自縛に陥り、常に無駄だらけで嘘もつき続けなければならない無用の長物と成り果てた存在だ。
グロテスクじゃないか」
たしかにオリンピックはショッピングモールのような、なんでもありの巨大百貨店みたいなものです。
でも、それはそれで魅力的に思います。
なくなっていいとは思いませんねえ。
「僕はオリンピックをなくそうとか潰そうなんて言ってない。嫌いなだけだ。
あまりデカいツラせず勝手にやってりゃ放っておいてやる。
さあ、もういいだろ。君があまりにも呑みこみ悪すぎて、もう疲れた」
また今日もウンザリさせてしまった。ここらで勘弁してやんよ。
コーヒーを熱いうちに飲み干す。
いつもより苦味が強い。いいね。ささくれだった心に沁みて、血液となって全身にゆきわたる感じだ。
実に、うめえ。
そのあと古書店でオリンピック関連の本を物色した。
量と種類はさすがに充実している。
今年になって出版された、コロナ対策と絡めての増補版も多かった。
しかしエヴァンズと論戦するためのネタ仕込みという観点からすると7割強は予選落ちする。
子供だまし。
いや、子供に買わせたいならいかにも幼稚なタイトルとかイラストをまず、やめろよ。
少ない小遣いで買うんだから、コスパ悪そうだなと思っただけで手にとらないよ。
孫に読ませたいブーマー狙いなのかな。
こんなプレゼント、開かれもせずにリサイクル逝きだけどな。
だからこれだけ並んでるのか。
そんなことを考えた。
同じものが大量にあって目を惹いたのが、ボランティアのススメ。
ひところ流行った自己啓発本とかマルチセミナーの勧誘テキストをそっくり踏襲していて、優しく極楽浄土へ連れていってくれそうな雰囲気だ。
よく見ると作者も出版社も違うのが何種類か紛れてたのだが、よくここまでソックリにつくるよなあ。基本パターンが確立してるのか。
少しはヒネれよと思わなくもない。
はい、次。
少し堅めの本を買った。
さっそく車内で読む。まずは、古代オリンピックの歴史から。
紀元前776年にギリシャの公式行事となった。
内戦と疫病を止めなければと神託を仰いだら、スポーツをせよと告げられたとか。神のことばは絶対であり、皆がこれに従った。
神話だとしても、嘘くせえ。
18世紀に発掘されたオリンピア遺跡の調査で文献以外のデータが補強され、競技場の長辺が約200メートルだったことから、これが短距離走の目安となる。
公式第15回から長距離走も開始。やがてボクシングやレスリング、戦車レースなども追加されていき、祭典としてどんどん賑やかになり、知名度も上がっていった。
女人禁制だったらしい。へえ。
男はフルチンで走り回っていたそうだ。ほう。
当時のギリシャでは少年愛が公然と普及していたので、オリンピックで活躍すれば少年たちには裕福な恋人と結ばれるチャンスが与えられた。うん?
なんか怪しい匂いを感じるんだが気のせいか。
戦争おっぽり出してまでガチムチ勢が集まって、美少年を品定めするってのが神託の狙いだったわけか?
いや、想像したくないな。先へ進もう。
紀元前3世紀頃に、ギリシャはローマの属州となる。
当時はローマ帝国ではなく、共和政で多神教国家だったそうだ。
ローマ人は高度な文明を持つギリシャ人をたいへん尊敬した。
上流階級はギリシャ人の学者を家庭教師として住み込ませるのが常識となり、公用語にはラテン語のほかにギリシャ語も加えられた。
ギリシャ神話の神々にはローマ名も与えられて、より豊かな物語に発展する。
オリンピックも尊重され、ローマ各地に豪華なスタジアムが多数つくられた。
ただローマ人はフルチンや男色文化を好まなかった。女性も排除されることなく、現代人の目から見ればずっと文明的なスポーツがこの時代に栄える。残酷さの度合いは少々高めだったらしいけど。
共和政ローマが帝政へ移行するのは紀元前27年。
初代皇帝アウグストゥスが広大な領土すべてを支配し、なんでも自分で決めるという体制を敷いた。
その後の歴代皇帝にはひどい奴もいて、ギリシャを訪問したときに2年後の予定だったオリンピックを前倒しで開催させた上、走ってもいないのに「自分が走れば間違いなく一等だから」と表彰台に立ち記録に遺させたとか。
そんなローマ帝国はどんどん評判を悪くして衰亡してゆく。
政治腐敗が病的なまでに進行すると神頼みにすがるしかなくなるが、神々が大勢いるとインパクトが弱まってしまう。
ここでチャンピオンの座を射止めたのがキリスト教だ。
もともと一神教だし、ギリシャ神話やローマ神話を歴史から抹消することにも躊躇しない。そりゃ強いわけだ。
キリスト紀元393年。
信者だった皇帝テオドシウスは、オリンピックとそれに基づく暦の廃止を正式に命令した。
これをもって古代オリンピックの歴史は終焉。
だがそこまでしても、キリスト教はローマ帝国を救うことができなかった。
ギリシャは東ローマ帝国の一部として、西よりはゆるやかに、キリスト教も、それより古くからいた神様も、あとから生まれたイスラム教だって、共存させながら生きてゆく。
やがてこの一帯はオスマン帝国の領土となった。
オスマン家はイスラム王朝なので、住民に棄教だの改宗だのを強制したりしない。
でも住民はイスラム教徒すなわちムスリムでいた方が、生活していく上でなにかと都合がよいわけだ。
この帝国は西洋暦20世紀まで長ーく続いていくのだけれど、その中でギリシャ人の多くはムスリムになった。一日5回の礼拝さえすればたいていのことは赦してくれる、寛容な神様に守られた信徒だ。
西からキリスト教徒が訪れれば、あたたかく迎えてコーヒーでもてなす。
かれら西洋人はなぜかギリシャへ並々ならぬ興味を抱いていて、遺跡の調査をしたいのだという。
ギリシャはたしかに、掘ればどこからでも古いコインや壺が出てくるんだよねえ。
西洋暦18世紀にオリンピアで巨大建築物だったようなものが発見されて以降、いろんな国が調査しに来た。
19世紀末、ここがオリンピックの競技場だと断定される。
それはそれは全人類が仰天すべき世紀の大発見に違いなかったが、とくに西洋人たちの一部がここから無限の妄想を惹き出した。
「私たちのルーツを発見したぞ。自由・平等・友愛の三色旗を生み出した素晴らしきヨーロッパ文明が最も純粋だった時代の聖地がここなのだ。
甦らせよう、オリンピックを。戦争すらもやめさせる絶対平和のシンボルとして。
新世紀の国際基準を、今、この地から創りだすのだ」