東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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持続化給付金。

コヴィッドが深刻化した春頃から、中小企業および個人事業主向けに開始された一時金支給制度。

日本政府のとってきた新型コロナウイルス感染症対策の中でも最大規模で、予算配分で8割を占めるなんて説もあるという。

なぜこんな話題が今頃とつぜん出てくるかというと。

開始当初から穴だらけ抜け道だらけのザル法だったため必要な人たちの手に渡るどころかその死を早め、むしろ何もせずにいた方が経済をここまで壊滅させる結果にはならなかったんじゃね?という意見を国内マスコミにまで書かれる事態に発展しているからだ。

 

「返すよ。この記者だって、経済をさっぱり理解していない。

秋ノ宮を叩きたくて吠えてるだけなんだろうが、持続化給付金は岸の置き土産だぞ。叩くなら岸を叩けよ」

 

記者だって考えてると思いますよ。

岸さんは3期目カムバックするかもしれませんから、用心してるんじゃないでしょうか。

たしかにここにはまだまだ書かれてないことが多すぎです。でも俺には指摘ができない。

一番悪かったのは岸首相だったんですか?

 

「一番悪いってどういう意味かね。

そもそも良い・悪いなんて相対論だ。この制度でガッポリ儲けた連中には恵みの雨であり、岸は大恩人のひとりだよ。

で、何が知りたいのかな?」

 

そうか。損する人が山ほどいた分だけ儲けた人たちもいるわけだ。

この制度ができた時点で、抜け穴を見破り迅速に動いた人が勝ち組だったわけですよね。

経済を回すという観点では、これもアリなんですか。

 

「イライラするから出まかせはヤメロ。

経済はゼロサム・ゲームじゃないが、ゼロサム・ゲームにすることだってできる。

全プレイヤーが幸福なのであれば経済は回っていないんだ。経済を回すことが目的なのであれば、貧乏人を大量につくって喘がせるべし。

ただし持続化給付金はその貧乏人を大量死に追いやっているわけだから、政策としては失敗なんじゃないか。

以上だ」

 

貧富の差が大きい社会の方が経済はよく回る、というのはおぼろげながらわかります。

そういえば以前、岸首相のトリノミクスをエヴァンズから全否定された記憶があるんですけど、もう一度あの話、いいですか。

俺、トリノミクスは日本経済を良くさせる、活性化させる政策なんだって漠然と想像していました。

それって格差を助長させることとイコールですか。

岸首相はぜんぶ承知した上で、国民に夢を見させていたんですか。

 

「そこまで理解できているなら充分じゃないか。正解だよ。この話はおしまいにしよう」

 

いえ、もう少しお願いします。

俺は、今もですけど、貧乏人で、支配される側にいました。

でも毎日がんばっていれば裕福になれるからという希望があるから耐えていられる。トリノミクスはその希望を与えてくれてたように見えてたんです。

でも、そんな未来、最初からありえなかったというのが真実ですか。俺は、愚かでしたか。

 

「今も愚かだし、この先も愚かだろう。

いいじゃないか、岸は豚に福音を与えた。いずれ殺され解体されて人間たちに利用され尽くすんだが、だからといってその豚が不幸だという理屈にはなるまい。

彼を偉大な宣教師だと思い続けていろよ。

はい、終わり」

 

そのあと俺は本屋で経済学のコーナーを散策した。

何冊か手にとってみたが、堅そうなのも柔らかめなのも、心に響いてこなくて選ぶことができなかった。

エヴァンズにそのまま伝える。

経済を学びたい。良い入門書があれば貸していただけませんか。

 

「ひとつ教えてくれ。

その棚に、横書き、すなわち左開きの経済書はあったか?」

 

え。無かったと思います。

少なくとも俺が手にとった本は、すべて縦書きでした。

 

「モンゴル語とヤポ語以外ではこんな問題発生しないんだが。

ジョバンニは、数字や表がたくさん出てくるドキュメントを読む際、縦書きと横書きならどちらが読みやすい」

 

もちろん横書きの方がありがたいです。

小説なんかでも、縦書きで漢数字がやたら出てくる文章だと、少しイラッときます。

 

「経済は数学だ。

数式を使わなくても言語化はできるけれど、論理の組み立て方において純粋数学の一分野に他ならない。

コンピュータ・プログラミングの解説書が縦書きだったら発狂しちゃうじゃないか。それと一緒だ。

すなわち、たとえヤポ語への翻訳だとしても、縦書きで経済を語ろうとしている段階で愚かすぎる。

背表紙で判別できるだろう。右開きだったら手に取る時間も無駄だ。

節約しろ。

これが経済学の第一歩だ」

 

はあ。随分と偏見な気もするが。

でも横書きの経済入門書なんて、あるのか?

 

「ヤポが経済学だと思いこんでいる説教本の99%以上はこの原則で視界から排除できる。

残りカスをあらためてみよう。

断定する。ヤポ語の経済書なんて存在しない」

 

え?は?

あの。それは暴論すぎるだろ。黙って聞いてりゃ。

 

「マクロ経済や天文学を語るには現代でもヒンディー語が最適なんだが、普及度と洗練されてきた過程も含めて最も便利なのは英語だと提唱しよう。

そんなわけだから経済を知りたきゃ英語の修得から始めてくれ。

ヤポ語なんか使ってる限り、おままごとから脱け出すことは不可能だ。

以上。今度こそ終了でいいよな」

 

呆然とする。

日本語で経済なんて語れないと抜かしやがったか。

そんなわけないだろう、おまえが説明できないだけだろう。と反論したかったが、根拠を適確に表現できなくてあきらめる。

くやしいが、英語ができれば経済にも強くなれることは納得する。

海外からの旅行客にお土産品を売るのだって、英語で説明できるかどうかで何十倍も何百倍も実績が変わってくるじゃないか。

これまでもきっと勝ち組と負け組はそうして格差をつくってきたのだ。

 

「しつこいなあ。でもそのとおりだよ。

ヤポ同士にしかその価値が通じない受験勉強で、君たちは成長期を、まるまる檻の中で従順に調教されることのみに費やす。縦書きの経済書なんか出版する先生たちも代々その伝統を受け継いできたんだろう。

ヤポには高等教育機関も学術研究組織も国家レベルで存在しないが、いわゆる大学と呼ばれている卒業免許証発行所へ辿りつくまでのシステムがおそろしく非効率的で、そこから出てきた者は貴族より使いものにならないという判断基準しか提供しない。

持続化給付金はそんな大学卒業生たちが考え出した政策だから、ヤポの中でも知恵と行動力を持っている連中があっという間に貪り尽くして栄養分に換えてしまったという次第だよ。

本件に関しては、もうこれ以上語る余地がない。

どっとはらい」

 

……俺、ついさっきまで、大学というのは頭のいい人が行くところで、そういう人たちが日本を良くするために働いてくれてるんだって、一応まがりなりにも信じていたような気がしてたんですけど、たぶんそれも、愚かだったがゆえにそう思わされてただけなんですかね。

経済学って、勉強するとそういうモノも見えてきたりするものなんですか?

 

「そんな発想こそ、僕にはまったく無かったよ。

ヤポの中だけであれば、経済でも政治でもジャーナリズムでもなんでもいいから大学さえ出ていれば先生センセイと持て囃されるみたいだから、無意味ということもないんじゃないか。

それにしたって費用対効果をもう少し考えようとはしないものか、とは思う。

君たちの大学卒業までに費やすカネと時間があれば、したいことに必要な知識を手に入れた上でもっと若いうちに投資なり起業する余地だってあるだろうに。なぜ捨てるのか。

わからないけど、どうでもいいな。

ところで経済学はかなり広い範囲を含有するカテゴリーだ。貨幣を使ったことがあれば誰でも接触しているはずの学問だから、勉強した全員が同じ道を辿っているわけでもない。

装備も目的地も所要時間も参加者の数以上に存在する巨大な宇宙さ。

およそ考えるという行為すら知らないヤポにここまで言っても無意味なことだが」

 

だんだん内容が難しくなってきた。必死でついていく。こんちくしょう。

こいつ、いったいどこでこれだけの屁理屈を身につけてきたんだ。

 

「残念だが君はもう成長期を過ぎている。悔い改めて今後の人生を実り豊かにしていくならば応援してやりたいが、能力的にはコジモの少年たちに追いつけない。

かれらは今日も、旺盛な活力でこの世のありとあらゆる摂理を吸収し学びながら実践しているよ。経済学のエキスパートもいると思う。教えを請うなら、かれらに学ぶのもありかもしれないねえ」

 

は?

いきなり出てきたコジモ。そういえば、あいつらは学校に通っていない。いわゆる教室のような空間は、あの敷地内に無い。

しかし言われてみるとかれらは大人顔負けの戦士ヅラをしていて、武器の扱いや格闘・潜入工作などプロ級だし、どいつも頭だって良さそうだ。

経済学のエキスパートまでいる?

英語の研究書とか読んでんのかよ。そらおそろしい。

 

そこから自然と、都内の小学校連続立てこもり事件を連想した。

黒幕がコジモだったら辻褄が合わないか。

何をやらかしていやがる。

 

「そっちの方もいろいろ情報が集まってきて、面白いことになっている。君も気になっていると思うから、もう少し確認がとれたら教えてあげるよ。

僕たちに出番が巡ってくるかは微妙だが、主演は子供たちだからね。裏方を精一杯つとめよう」

 

カモッラも介入するのか、堂々と。

先生側には就かないだろうな。

都内の小学校なんていくらでもあるんだが、どの程度の規模で反乱を起こさせるのだろう。

そもそもの狙いは何だ?

文科省に身代金を払わせるつもりか?

見当もつかない。何らかの具体的な報酬を手に入れるつもりには違いなかろうが、いったいぜんたい、はたして。

 

「持続化給付金やトリノミクスを論じるならばマクロ経済学の用語が必要になるけれど、小学生相手ではミクロの視点こそが鍵になる。

このふたつはまったく別の技術なんだ。

はてさて、どこまで潜っていけるだろうかねえ」

 

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