土曜日も5時半起きだった。
マントの少年たちは6人整列していた。
文京区から台東区にかけて、ひとりずつ小学校付近へ降ろしていく。
そのあとエヴァンズから聞いたところによると、土曜日も登校させて授業をさせる小学校が、全体の3割ほどあるのだという。
春の全国一斉休校を端緒に、コヴィッドの影響で小中高大あらゆる学生が本来設定されている履修ノルマをクリアしていない。
罹患したあと執拗ないじめにさらされて休学や退学を余儀なくされたり、保護者が収入を失ったので学費を払えず除籍処分など、様々なケースを含めて今年はメチャクチャな状況だ。
進学率をセールスポイントにしている学校ほど、何がなんでもここでライバル校に差をつけてみせねばとはりきっている。
そっちもそっちだが、塾や通信講座の売り込みも前年比数倍という活況を呈す。
本日は8時くらいから残りの少年たちを塾付近へ投入するべく、元麻布へ戻るそうだ。
そして明日は全員を塾付近へ配置することとなるだろう、だって。
「失業は論外として、両親の年収が1000万円を下回った段階で国立大学へ進む道はあきらめましょうと小学生のうちから教えられるらしいね。
ジョバンニの、昨年までの年収っていくらくらいだったんだ?」
申告額では300万ちょっと、税金を天引きされた手取りは150万もいってないですね。
正社員でこれですから。1000万なんて想像もつかないなあ。
「そんな家畜以前のミルワームに明るい未来を夢見させていたんだから、岸信介という詐欺師には才能があったんだと認めなくちゃならんかな」
天才的なマジシャンだったと思いますよ。
それにしても、いったいどうすればここから這い上がれるんだろう。
「まだ術が解けてないのか。
あらゆる逃げ道は塞がれているよ。どこの世界に、穴の開いた虫カゴを使うやつがいるんだ」
そこんところから認めなくちゃならんのですかね。
次は勝ち組の家系に生まれてえなあ。
「生まれ変わって、せいぜい転落を楽しむがいい。
年収1000万円ごとき維持するために嘘をつき重ね、電話越しにオレオレと叫ぶ相手が誰かすらわからないほど脆弱な家庭を築き、そのうえ全収入を教育産業に注ぎこむのが夢だというなら止めない。
僕にはミルワームの方がずっと幸福に思えるんだが」
そうか。言われてみればミルワームとして生きることの何がいけないんだ。
「報告を読んで笑い転げてしまったよ。
ヤポは高学歴になるほどエンターテインメントを軽蔑し、忌み嫌うみたいだね。
子供たちからエンターテインメントを取り上げて、代わりに不味い餌だけを与えたがる。
どんな原理に基づく行為だいこれは。
君なら説明できるかい?」
遊んでないで勉強しなさい、てことですか?
忌み嫌うまでは言い過ぎでしょうけど、勉強優先は基本原則じゃないですかしらん。
「縦書きの経済書を一字一字丹念に読むことが君たちの考える勉強か。
そんなことさせている時間があったら、同じ目線で一緒に遊ぶ方が遥かに強い印象を共有できるだろうにとは思わないのか」
ハロウィンの夜、トキオが連れ子くんを肩車してやってた光景が頭をよぎった。
あの日のこと、全員が一生忘れないだろうな。
もし、危ないからといって子供を家で一人で勉強させたりしてたら、溝なんて埋まるチャンスも無くなるよな。
おい。また言い負かされそうになってるぞ。ヤメロ。
「小学生の目線になって想像してみるといい。
毎日毎日、意味不明な教材と宿題を与えられ、ゆっくり夢を見る時間すら削られて過ごしているんだ。
親とのスキンシップは、物心ついた頃からほとんど味わっていないので異物感がある。
そんな大人たちから見くだされ、命じられ、クリアすればするだけもっとキツいノルマを与えられるという懲罰を心身に叩きこまれながら、今日まで生きてきた。
這い上がるとか、外に別の世界があるなんてずっと考えないようにしていたが、同世代が行動したという噂を伝え聞く。でも失敗したらしい。
今後、もっと締めつけが厳しくなる。
冷静ではいられなくなっているところだろうね。
そこへ、次のキャラクターが登場だ。
小学生の男の子。マントをひるがえして不意に出現する。
転校生ではないようだ。
先生の気配がすると瞬時に姿をくらます。
なんでも見透かしたような表情をたたえ、話した内容は決して忘れない。いろんなことを知っていて、とくにケンカの仲裁がうまく、君はこう考えていたんだろう?とまるで心を読んでいるかのような印象を与える。
まだ2日目だが、しばらく続けてみる予定だ。
ここまでで感想はあるかい?」
な。ミステリアス・ストレンジャーかよ。
ヤバいぞ。児童文学によくある系統だけど、カモッラはそんな子役を44人も揃えたのか。リアルにやべえ。
すべての小学生を味方につけたら笛を吹いて連れ去っちゃうつもりじゃないだろうな。東京じゅうの子供が一夜にして消え失せてしまいかねないぞ。
「これはエンターテインメントからの発想なんだよ。子供たちの心をつかむにはどうすればよいかという目的から計算していったわけさ。
僕たちですら驚くほど順調な滑り出しだった。
子供たちはホンモノのエンターテインメントに飢えていたんだ。
どうやらヤポでは、小学生相手の商売でもカネを払うのは親だからと、そちらにばかり媚びるものしかつくってこなかったらしい。
無害であることをアピールするため予告編ですべて種明かししておくとか、無粋きわまりない宣伝も常識になっていた。あまりにも愚かじゃないかね。
まさかここまで?と感心してしまったんだが」
すっかり打ちのめされて口応えもできなくなり、沈痛な気分でイェーガーの第2部隊を降下させて回る。
気にし始めると学習塾って至るところにあるんだな。
一般商店などより派手な看板を掲げる傾向があり、特に密集している地区ならば大学や名門高校の近くなのだろうなという見当までつくようになった。
「子供向けの玩具業界よりずっと露骨に、学習塾は親をターゲットにしている。
まだ調査中なんだがヤポの親というのは麻薬依存症患者よりはるかに判断力が鈍いみたいだね。
子供たちの方が金銭感覚にもコスト計算にも敏感で厳しいよ。でも、その子自身の意見など一切聞こうともせず、親は勝手に収入の大半を広告巧みな業者の売り出す教材費に注ぎこみ続ける。
文部科学省の報告書でも面白いのを読んだ。
公立校はどこも赤字経営だし組合との交渉が煩雑なので、できる限り効率よく統廃合を進めたい。私立校は都道府県に管轄させているから文科省は生徒数すら把握していないのだが、公立校が脅威を感じるほど勢いをつけてくると対応せざるを得ないので面倒なところから潰したい。
これらに対し学習塾は行政がたすけてやる必要もなく、利益率が高いので財務省からも褒められる。教育産業部門の構成比が上がることも役人の自尊心を高めるから、規制を緩めるなどして塾だけは今よりもっと拡大させていきたい。
ところがそれを阻む悪が、少子化だ。
そこで厚生労働省に圧力をかけるとともに生涯学習意欲を高めていく大規模な国策が必要であると結論してあった。
僕は大笑いしたんだが、君はどうかな」
マネジメントとしては間違っちゃいないんじゃないでしょうか。
何をすべき、の部分がぜんぶ他人任せというのが姑息だなあとは思いますが。
「そこはヤポの官公庁すべてが徹底して守っている共通ルールだから気にするな。どうせ誰も最後まで読まないし、レポートを大臣に提出するまでで役所の仕事は終わりなんだ。
外務省だけは国外での実務を伴うから独自のルールが必要で、そのため他の省庁と足並みが揃わないのだが、いずれにせよ大臣なんて首相より頻繁に交代していくからね。そもそも影響力なんて持ちえない」
教育って、もっと崇高で、国にとって大切なものだと思ってました。
むしろこれだけデタラメにやってて、よく今まで問題にならなかったな。
「問題とは?
当事者は誰も困ってないし、わざわざ問題にしようなどと考える輩は省庁に入れさせない。
これがヤポ流平和構築の基本だろう。
命じられでもしなけりゃ問題をつくる者なんていないよ」
親は自業自得の面もありますけど、当の子供は犠牲者じゃないんですか。
「ますますわからないことを言う。
こと子供の教育を論じる際、当人を会議に参加させないのはヤポが伝統的に墨守している鉄則のひとつじゃないか。
これから解体する家畜に意見なんか求めないのは、ある意味賢明なシステムだと思うけれどね。
ちなみにヤポの法律では、満20歳を迎える前日までの国民は両親の所有物だと解釈すべきものらしい。ここまでくると完璧すぎて拍手するよ」
カモッラは、その子供たちに反乱を起こさせようとしているんですよね?
子供たちは虐待されている。そう考えているからこそじゃないんですか。
「なんだ、そんな風に考えていたのか。ようやく呑みこめた。
誤解も甚だしい。
先週の反乱に僕たちは一切関わっていない。武器を勝手に使用された山梨カルテルだって被害者で、責められるべきは管理不徹底だった学校側だ。
その後に調査を開始して、見過ごせない状況を発見し、尊厳を奪われている側の意見を聞いてみようと考えるに至った。いま、その最初の行動を起こしたばかりの段階だよ。
反乱を唆すつもりだろうなんて心外だし、失敬すぎるぞ。
まずはコミュニケーションを確立し、かれらが求めているものを惹き出すんだ。
そこからだよ」
ああ、たしかに誤解していたかもしれない。今までが今までだから無理もないんだが。
え、じゃあ、子供たちが望まなければ、何もしないつもりですか。
これ以上、事を荒立てないでいてくれますか。
「僕たちは笑顔で殺されていくのが本望なのです、と子供たちが異口同音に唱えるならば、カモッラとしても尊重せざるを得ないだろうね。
たしかにその可能性はゼロではないよ。
ただ、そんな都合のいい意見は皆無だ。
みんな烈しく憎んでいる。
その相手を名指しするのが怖いだけのようだ」