イェーガーたちの搬送と回収を始めて、今日で7日目になる。
初日からかれらの俊敏な動きには驚かされていたが、毎日着実にその練度が上がっていくのを見せつけられて、俺はビビりまくっている。
猟兵は車内でおしゃべりをしない。
コジモではもっとゆるかった。平均年齢は奥多摩よりも下に思えるのだが、極上の精鋭ばかり集められると、こうなるのか。
原則、同じ子がずっと同じ学校を担当する。
休憩時間になるとどこかの教室に突然現れ、いたずらをして消え去る。
全生徒から注目を浴び、その正体をつきとめようと知恵をふりしぼる探偵団を校内に幾つもつくりだすが、謎は深まるばかり。
先生たちは本気にしない。
新種の学校怪談か、他校でも流行っているようだからネットかテレビで広まっているのだろう、それより空き教室が再び問題の種とならないよう子供たちをしっかり見張っておかねば、などと考えながら師走をやり過ごすことで精一杯のようだ。
そんな呑気な大人たちが、職員室や校長室、応接室などでは油断しまくり。
あらゆる内部事情を遠慮なく相談し合う。
イェーガーたちは毎日レコーダーを回収し、カモッラの本部で特製AIに集積させる仕事もこなしている。
もちろん俺はその現場なんて見ちゃいない。子供たちにくらべたらずっと口の軽いエヴァンズが時折調子に乗って語ってくれるから、へえそうなんですねと相槌を打つまでだ。
しかし少年たちのモチベーションが日に日に強くなっていくことは肌で感じる。
かれらは初日から、この子と特別仲良くしようと見定めた生徒をピックアップしておき、放課後および土日の学習塾、場合によってはその子の自宅へこっそり現れ、より深い悩みを引き出したり、たすけとなる本をプレゼントしたりなどの関係を構築して、虜にしてしまうのだ。
猟兵たちはこのノウハウを共有し、とくに異性をターゲットにする場合は慎重にも慎重な態度で接しているらしい……
おいちょっとまて。
その齢で同級生の女の部屋へ忍びこんだりしてるのか、おまえら。
あと5年もすれば毛も生えてくるだろうイェーガーたちがその頃どれほど危険な存在になっていることだろうかと、俺は頭を抱える。
「野暮なことを訊いてみるけど、君たちヤポにイェーガーをつくることができるかい?
今の流れでは、そのうち感化された小学生が自発的に蜂起しそうなんだが。
いわゆる大人たち連中がまったく気付いてすらいないので、あっさり決着がつきそうなんだ。
もっと抵抗してくれないと、深みのある成功体験を子供たちに与えてやれない。せめて、結晶核として自分たちのフィールドに入りこんでいるイェーガーが何者なのか、その行動パターンと弱点を見つけよう、くらいの対策を考えてくれれば僕たちも真剣にお相手してやれるんだが。
ああ、いい、忘れてくれ。野暮だった」
いちいちひとこと余計なんだよてめえ。
しかし。
イェーガーのつくりかた?
たしかに、なんでこんな兵隊をわずか1週間程度で44名も準備できたのかってことは大疑問だ。
行動パターンと弱点だって。
弱点、あるのかな。
手強い連中だけど、シンプルな命令しか与えられてないようだし、全員が同じプログラムで動いているとすれば、一種類の罠で捕らえることができるか。時間をおくと次の対策をされちゃうから、なるべく一網打尽に。
カモッラはおそらく、学校側が察知し何らかの行動を起こす場合まで検討してシミュレーションをしている。
アクシデントにだって備えているはずだ。各イェーガーのメンタルやフィジカルにだって、徹底した配慮を施していると思う。
こんなやつらと戦うには、同じものをつくる技術が無くちゃ駄目だろう。って言いたかったわけか。
あるわけねえよ。
ほんと、絶望的になる。
「ウイルスに対しワクチンをつくるのだって、同じ理屈なんだよねえ。
まず病原体を分離し、その特性を解析するところから始まる。ウイルスと同じものをつくる必要はないけど、その制御を学ぶというか飼い慣らすことができるようになればアンチウイルスだってつくれるだろうという手順なんだよ。
うろたえて叫ぶだけ。いかに数字を誤魔化すか。調べようともしない。なんて論外でさ。
その程度しか考えられないんなら、邪魔だからとっとと死に絶えてくれ。自分たちでできないというなら僕たちがたすけてやってもいいぞ。
実にシンプルだろう。
ただ、それにしたってもう少し歯応えが欲しいよねえ」
海外ではワクチンに対する議論が沸いている。
日本ではそれらがまったく報道されないばかりか、近日中にアメリカから届くはずのワクチンを各都道府県へどのように配分するかで延々と揉めている。
そこへ一部マスコミが「日本製ワクチン開発に岸首相が超法規的予算を出していたはずではなかったか、あのカネはどこへ消えてしまったのか」と突然騒ぎ始めて収拾のつかない乱戦状態に突入した。
そのことを当てこすってるつもりかよ、エヴァンズ。
「秋ノ宮のひと声で、緊急時に備えていた陸自の衛生科隊員がどんどん自治体へ出向した。
そこで感染。戻って入院。
というスラップスティック・コメディを国民に知らしめたら笑い死に患者が多数出るからなんとかしろ、と野党群が紫党からの要請を受けて、半年前の記録から引っ張り出してきたネタのようだよ。
美しい協力態勢が機能しているじゃないか。
この程度の見せ場でも与えておけば、野党群だって紫党の一番突かれたくないところは刺激したりしない」
なんだ八百長か。
それなら俺も構うまい。
注目すべき報道はこちらだ。
アメリカ製ワクチンを世界一早く承認したイギリスが12月8日より国民への接種を開始したところ、初日に激しいアレルギー反応を示した患者が2人出た。
たちまち継続するか否かの大論争に発展する。
ただ、イギリス本土ではそこまで大騒ぎになっていない。
完璧な薬などあるわけがないし、コヴィッドに罹患して苦しむのに比べたら軽い副反応だ。
むしろこの診療記録もアメリカへ送って今後に役立ててもらおう。という冷静な意見が勝っている。
反感を剥き出しにしているのはフランスだ。
遺伝子組み換え工業製品であるアメリカ製ワクチンを断固拒絶するべし、という世論の声が過半数を超え、フレデリック大統領は国民への接種を義務化しないことを誓約。
アメリカに対しより詳細な情報公開を求めるからとのコメントを発してデモを抑えることに必死だ。
ドナルドにそんな要求するだけの力なんてないから、汗のしたたる音よりも小さな声で付け加えてるぜ。と、いじわるメディアはわざわざ書いちゃうんだよね。そうエヴァンズは冷笑する。
「量が多いし、絞りきれなくてプリントアウトはしてこなかったんだが、US国内ではFRよりはるかに大きな騒動が起きているよ。
民主党が優勢だった選挙区を中心に何度も大統領選投票の再集計が行われているが、昨日までに勝敗が覆った例は1件もない。
ドナルドも共和党支持者も、この結果には到底納得ができない。陰謀団はすでにUSのかなり深層にまで達しありとあらゆるデータを改竄する能力を手に入れているのかもしれないと、すっかり疑心暗鬼をこじらせてしまった。
国内製ワクチンについて、11月半ばまでドナルドは自分の手柄だと吹聴していたんだが、最近はその主張を逆転させている。
拙速に承認された前例のないナノテク製品だという情報はUSでも周知されているが、それを政府命令で注射されることに対する本能的な恐怖心は誰しもが持つのだよね。バラクやロビネットら民主党の有名人たちから積極的に、自分たちが率先して接種し皆に安全なことを示そう、と表明し始めたあたりから風向きが変化した。
共和党支持者を罠にかけ抹殺する国家的陰謀のいよいよ大詰めだぞという噂が駆け抜ける。
ドナルド自身もこの被害妄想に取り憑かれた。
自分はこの1年間、悪魔たちの甘言に乗せられ着々と生贄にされるべく歩かされ続けていたのではないか、ということだ。
近頃の発言は黙示録じみていて、これまで通り本人が誰とも相談しないで思いつくまま衝動的に投稿しているのだとすれば世界文学史上稀に見る傑作となりそうな迫力に満ちている。
ヤポを除く全世界が注目しているところだけど、支離滅裂だから解釈がわかれるんだ。
一定の評価が下されるのは、今後の国際情勢しだいということになるだろうねえ」
ドナルドは、核のスイッチを押しそうですか?
以前、彼が大統領になれたのはそれを期待する人たちが応援したからだ、とか聞いたように思うんですが。
「ジョバンニ。僕が今からつぶやくことは、ただの噂だから信じるな。
諜報員の世界では知れ渡っていることなんだが、僕の口から漏らしたとなると外聞が悪い」
心得ました。誰にも言いません。
「ドナルドは既に何度もボタンを押している。
その日時・場所・回数はすべて記録にとられているが、ミサイルは発射されない。
なぜか。
ミサイルは誘導装置だ。どこに向け、どれほどの攻撃力が必要なのかというデータを入力しない限り射てるわけがない。通称フットボールと呼ばれるあれは、大統領の精神状態を診断するためのツールにすぎないんだ。
ドナルドがかなり危険な症状に陥っていることは副大統領のマイケル・リチャードまでは伝えられている。
合衆国憲法修正第25条に基づき、大統領の職務遂行不能時は副大統領がその権限を奪う資格を持つんだ。そこで現在はマイケルに期待が集まっている。
ドナルドを早く拘束せよと、ペンタゴンその他が毎日たのみこんでいる。
しかしドナルドを支え反政府主義者から国を守れと叱咤する勢力もまた、マイケルを頼りにしている。
板挟みのマイケルは毎晩泣き通しているよ。せつないねえ」
スイッチで戦争は始まらないのか。
ならちょっと安心。
「僕としては連載をもっと読みたいから、ドナルドにはのびのび苦悩し続けていてほしいねえ。
どうせ、あと40日の命なのだから」