もういーくつ寝るとークリスマスー。
クリスマス?
知ってますよ、日本古来から伝わる風物詩ですよね。
いい子にしてないとサンタさんがきてくれないぞと子供を早めに寝かしつけ、大人は風紀紊乱をたのしむんだ。
12月24日の夜はラブホやカラオケルームが特別料金でも満室になり、延長もゆるされない。
もちろんレストランも激混みで、去年の俺は24時間超のオーバーワークでふらふらだった。
食材が注文と違ってたり、傷んでたりすると、直接俺に苦情が入る。
平謝りしている間に次の苦情が押し寄せる。
メンタル弱いやつは簡単にばっくれやがるから、その穴埋めもしなくちゃならない。
ずいぶん鍛えられたよ。
あの一日にくらべたら、カモッラでの拘束なんて甘酸っぱくてくすぐったい限りさ。
今年もあと3週間足らず。
クリスマスまでは2週間。
ショーウィンドーに、赤と緑のデコレーションが増えてきた。
存命中の商店は、なんとかここで利益を出したいと必死なのだろう。いつ襲撃してくるかわからない暴徒たちへ向けて、どうか幼い頃のあたたかな気持ちを思い出して、と訴えているようにも感じる。
どの程度効果があるものなのか、統計をとってみたいですね。
商材をたっぷり取り揃えてますよという告知は、飢えた狩人たちも惹きつけてやまなかろう。
「DEでは早くも、クリスマス期間中の小売店営業禁止へ向け根回しを進めている。
スムーズに実行できるだろう。いいお手本だ。学ぶ気のある政治家にとってはね」
反論できない。
日本では政府が機能不全に陥ってる。
何をどうしていいやら判断も指示もできず、負けを認める勇気さえ無い。
秋ノ宮は自分に解決能力が無いことを自覚はしていると思うのだが、なぜまだ政権にしがみつくのか。
もっとうまくできる後継者を指名できないからか。
おまえにそれを判断できないことは皆が知っているんだから、とりあえず降りろよ。
首相をやりたい奴はいっぱいいるんだから、提出期限を決めて三行公約でも掲げさせて、簡単な討論でもさせたらいい。全有権者対象の投票なんてやってる余裕は無いんだから、最低限実行力だけは確かな首長に斬るべき患部をどんどん斬らせて、3ヶ月なり6ヶ月を限度とする戦時内閣で急場をしのいだら、その後はあらためて民主主義に戻せばいいんだ。
そもそも決断力の欠けたモーロクジジイを飾っておける局面じゃない。だからとっとと退場しろ。
日本贔屓で瞳の曇ってる俺でさえ、こんなことを思う。
そうとも。やりたきゃ3行でまとめてこい。
「秋ノ宮は、ワクチンさえ届けばワクチンさえ届けばと、そればかり唱えているね。
まるでアトムボンベさえ完成すれば一発逆転勝利できると信じこんでいた1945年のアドルフ総統みたいだ。
不正選挙の動かぬ証拠を追い求めて目を血走らせているドナルド現大統領も同じかな。
この心理状態、類型化しやすそうだから名前がついていそうなものだけれど、しっくりくる単語がなかなかヒットしないねえ」
実際、このアメリカ製ワクチンが日本へ届いたとしても、状況が一転するとは俺も思わない。
イギリスで健康被害が出たのと同じ副反応が、日本でも最低1件は発生するだろう。
そのときどう国民へ説明し、安心させるかといった対策を、既に考えていて然るべきだが。これまでの実績をみるに、余計炎上させるのが関の山じゃないか。
「USでも数日中にFDAが使用許可を出す見込みだけど、2つの工場で量産体制に入り、冷凍庫ごと梱包して、コヴァックスに全数納品するのかどうかでまた揉めてと。あまりに不確定要素が多すぎるよね。
それに賭けるなんてビジネスではないし、信仰ならば他人をまきこむのもたいがいにしろだ」
冷凍庫?
「メッセンジャーRNAタイプのワクチンは取り扱いもデリケートで、パイソンズ製が摂氏マイナス25度、フィッツナー製は摂氏マイナス70度で使用直前まで保管していなくてはならないそうだ。
先に承認されそうなフィッツナー社は超大手企業なので専用冷凍庫とセットで出荷する態勢を整えている。当然その価格も上乗せされるが、輸送費も含めて会計処理するのに分割しやすいように配慮されていて、買う国が予算を通しやすいようにしている。
多国籍企業はこんなところまで初手から準備しておくんだ。参考にしたまえ」
マイナス70度?
それって、常温にさらすとたちまち分解してしまうほど脆いってことですかしらん。
「博士が手に入れた資料によると、フィッツナー製品の方がパーツ数は少ない割に複雑な構造らしいね。冷凍コンテナ1個あたり1000ロット詰まっていて、一度開けたら5日以内に使いきれということだ。
パイソンズ製はもっと簡易なパッケージで、100ロット単位。30日以内に使いきればいいらしい。
ちなみにどちらも、消費期限は工場出荷日より6ヶ月とあった」
日本が購入しようとしてるのは、どちらですか。
「は?
秋ノ宮は外務大臣へ、どこ製でも構わないから一日も早く一個でも多くのワクチンを入手できるよう交渉しろと命じてる。マサチューセッツの大使館を通じて現地では湯水の如く現ナマをばらまいてるよ。
ビジネスだったら一番まずいやりかただ。口も尻も軽い上、ライバルに利する行為まで働くなんて。
そんな奴からは搾り取るだけ搾り取って、即捨てるのが常識というものだ」
ぐああああああ。
え、それでもワクチンが無差別にいろいろ入手できたとして、これだけ仕様が違っちゃったら混乱してミスが起きちゃいますよね。
「むしろ起きないだろう。上がアテにならないからこそ、現場は付属されているマニュアルを熟読する。
英語のままの方が絶対歓迎される。混乱を招く夾雑物はひとつでも少ないほうがいいからね。
もっとも今は確実にそれをするだけの余裕を欠いているので、致命的なケアレスミスが少なからず発生することは避けられまいが」
どんなミス報告でも上がるたびに現場が悪いと叱責するだけの省庁。という構図も想像できてしまうなあ。
誰が一番悪いんだ。やっぱり秋ノ宮か。
「だいたい厚生労働省は、USからサンプルを提供されているにもかかわらず治験を実施していない。
こんな得体の知れないものを国民へ投与して実験するなど恐ろしいことだと内閣へ達する手前で霧消しているよ。
それでいて首相が思い出してひと声発すればただちに結果報告書を仕上げて提出するんだろうし、ワクチンが届けば即自治体へ配分することもまちがいない。
平和ってすばらしいね。
心からそう思うよ、ジョバンニ」
いまは戦時です。強い戦時内閣こそが必要なんです。
そして秋ノ宮は不適格です。
じゃあ誰だといいんだ。
岸首相カムバーッッック。
「GBで発生した副反応では大事に至ったケースもなく、接種後は運動を控え翌日もしっかり休養すべしと周知されて既に落ちついている。
ヤポでは問題にもならないだろう。
一昨日も国内製薬会社の経口抗真菌薬で死者が出ていて全国の薬局店頭から回収を始めているが、メディアが無視しているから順調この上ない。
どうして君たちはここまで平和でいられるんだ。教えてほしい、いや、いい」
褒められたことは素直に喜ぼう。
ちなみにその薬って、コヴィッドに効くとして売られていたものですか?
「効果覿面だと宣伝しているウェブログがいくつか確認できるね。文面はほぼ同一、テンプレートのままかな。
ただ厚労省のサイトで推奨薬一覧からは消されている。
こういうところだけは実に素早いんだよヤポは。それが平和を維持する秘訣なのかもだがな」
いまって、平和なのか?
エヴァンズにこうまで言われると、そんな気もしてきた。
いや冷静に周囲を見渡せば、焼き払われた住宅や掠奪された商店があちこちに骸をさらし、物陰からはけだものの瞳がじっとにらみつけてくる視線を感じる。
堂々と街路を歩いているのは、失うものの無い浮浪者ばかり。
見上げれば必ずどこかの方角に黒煙が揺れている。
銃声だってひっきりなし。
平和じゃない。平和とは、もっと安心して生きていられる世界のことだ。コヴィッドが何もかもを変えてしまったんだ。
こいつらを撲滅する日まで、人類は平和ではいられないのか。
だったら戦ってやろうじゃないか。
ワクチンはそのための大いなる武器のひとつに違いないんだ。
「話は戻るけれどもさ。ジョバンニはクリスマスプレゼントに何をもらいたい?」
はい。え?
何かリクエストしてもいいんですか?
「ただの質問だ。24歳の独身雄ヤポが対価も払わずに欲しがるものが想像もつかないから、教えてほしいと言ってるんだ」
ああ、そうですかい。
世界平和を望みたいところですけど、もうちょっと現実可能な夢を語りましょうかね。
ケーキをホールでいただけたら最高です。
「ほう、そうきたか。
なるほど言われてみれば味覚と嗅覚が治ったというのにずっとシリアルと水だけで我慢させていたかもしれない。
もしかして不満を感じていたかな?」
なにをいってやがる。
あんなネズミの餌で満足していられる人間がどこの世界にいるというんだ。
今はアヴァンティのまかないも食えなくなったから、外でこうしてコーヒーにホットサンドかおにぎりを付けるくらいがひとときの幸福ですよ。
じっと耐えてましたけど、改善してもらえるなら改善してください。
「考えておこう。しかしトレッドミル付きの部屋では食事はあれしか与えられない。
この先も走り回ってもらう仕事を抱えているから、部屋を替えることは難しい。
アヴァンティねえ。
今はトキオと、もうひとり新しい子で交互に回しているようだから君が入り込む余地はかなり遠のいてるな。
わかった、せめて僕と外回りしているうちは今よりバラエティに富んだ飲食をさせてあげられるよう配慮しよう。
クリスマスのホールケーキも一応考えておく。ただ期待はするな」
意外な展開になってきた。
ハムスターのように飼われていることを今の今までまったく配慮されていなかったのかと怒りがこみあげてくる。
しかし前進したことを、ひとまずは喜ぼう。
そして俺は年柄もなく、クリスマスを心待ちにするのだった。