東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-12-006.hmos

学習塾近辺は、夜7時くらいから路上駐車で大渋滞する。

その頃合いに、小学生たちが授業を終える。

高校生が帰り始めるのは、10時前後になる。

 

都内の飲食店はコヴィッド対策で夜10時までの閉店を厳守させられている。

巡回する警官がいなくなってからは必ずしも徹底されていないが、それでも看板や入口付近の照明は消している。

ところが塾だけは煌々と闇夜を照らす。

苦情に対する理論武装も万全なのだろうと思う。

館内で密閉・密集・密接を避けることは他業種にくらべてずっと容易だし、エリートコースを目指す学生の側だって逆らうどころか講師に手本を示す勢いでレベルを競い合っているのだとか。

 

現役大学生アルバイトが通用するのは家庭教師まで。塾講師なんて、フルタイム戦闘員じゃなきゃつとまらない。

24時間耐久テトリスに臨めるほどのスタミナと精神力が必須条件だ。イースポーツがオリンピックに採用されたら熾烈なスカウト合戦が勃発するのだろうなあ。

おっと話がそれちまう。

2巡目の週末から、夜勤が増えた。

イェーガーたちは各自休憩を挟みながら深夜まで働く。その回収が遅くまでかかるためだ。

 

イェーガーは子供たちと一緒に勉強するわけではないし、常に物陰から見守る立場なので監視されることによるストレスも溜めなくてすむ。

それでも目の前で虐待される同世代をじっと見つめ、どうすればその脆弱な魂を解放してやれるかと考えることは、かなりの苦痛であろう。

物理的な体格差はいかんともしがたいから、ガチムチの塾講師なんかよりスタミナ配分もシビアだ。

ハイエースの座席でぐったりと仮眠するイェーガーたち。

俺はせめてもの安全運転を心がける。

 

「ここまで多くの犠牲を払いコストもかけてつくりあげる先がヤポ官僚だろ。実に笑わせるじゃないか。

君たちはどれだけチャイナ文化の猿真似が好きなんだい。

当のチャイナだってとっくに科挙制度を廃止しているし、まさにそれがもたらした安定と平和主義ゆえに西洋武装勢力の侵略に対抗できなかったのだと正しい反省をしているっていうのに。

その遅れっぷりは、1000年かけても取り戻せないぜ」

 

カキョですか。聞いたことあります。

まったく言い返せないので完敗を宣言しちゃうんですけど、じゃあ何が教育の正解なんでしょう。

試験制度そのものが間違ってるんでしょうかねえ。

 

「一足飛びに正解だけ教えてもらえれば満足か。それもヤポ流教育理論の成果なのかな。

CNだって現在も試行錯誤を重ね続けているんだぞ。現状に問題があると思っているのなら自分自身で正解を探して辿りつけ。

ちなみに問題があるとさえ考えていなかったことは知っているから弁解はしなくていいよ」

 

認めよう。

日本の教育は世界でも高水準だと、俺は信じていた。

正確にはそうだと信じこまされていた。

出生率は低いが子供は大切にされ、幼稚園か保育所を経て満5歳になった次の年度から小学校へ入学する。義務教育だ。公立校なら無償で通える。……はずだがどこでも出費が大変だと愚痴をきく。

具体的なこと知らないから恐怖だけを感じてる。

 

12歳になると中学校へ。

ここへは3年間通い、社会性を磨く。

実態としてはその次に高等学校が控えており、義務教育ではなくなるから入学試験もあり、親には学費負担がのしかかる。

中学とは、よい高校へ入るための準備をする3年間だ。

日本ではほぼ全国民が高校へ入る。つまり、保育園と大差ないレベルの収監施設だってあるから決して狭き門ではない。

一部のエリート向けを除いて、大半の高校では就職するための技能を学ばせる。男なら土木機械操作の習熟とか、女なら家事育児や簿記会計といったところかな。

 

どこの高校へ行くかで人生は決まる。

生涯年収もおおよそ想定できるようになるし、最終的な友人とか伴侶もだいたいこの頃の人脈からそう離れたところには拡がらない。

もっと上を目指したい奴は大学へ行く。

俺は盛岡農林専門学校へ進んで卒業したが、ここは準大学という位置付けだ。最終学歴が高卒よりは一段上と評価されるし、就職先だって東京への足掛かりを得られた。

花巻の地元では家業のせいでずっと友達もいなかった俺が、初めてそんなこと気にしない同級生を持つこともできたんだ。

農専の卒業生には、国家公務員もいる。

地方公務員なら中卒でも不可能ではないし、コネさえあれば学歴は二の次。しかし中央官庁となると高嶺の花だ。

年収1000万でも下の方なんだろうなあ。

そこまでいくには、いい高校から名門大学へ進み、人脈も築いて不撓不屈の精神を磨き上げなくてはならない。

幼いうちから周囲が一丸となって応援してくれることも必要だし、何より本人にその覚悟と実力が備わっていなければ。

メッキは簡単に剥がれる。

同世代のライバルたちは容赦なんかしてくれない。

そんな環境に揉みしだかれまくった勇士たちが、国の根幹を支えている。

これが日本という国なんだ。

太平洋戦争で最後にはアメリカに敗れたけど、その猛々しい根性が高く評価されて占領もすぐに解かれ、軍備を持たない真実の平和主義国家として最大の同盟国アメリカと肩を並べ世界のリーダーシップならんとし、たゆまぬ努力を続けてきた。

それが、俺たちの国なんだ。

 

日本の教育制度は、その礎となる、立派なシステムなんだよと。

そう信じ続けていたかったのだが、エヴァンズに軽く鼻であしらわれて言い返せない俺が間違いなくここにいる。

なぜだ?

一体どこがおかしいというのだ?

 

「シンプルに考えてみればいい。

イェーガーは君と釣り合わなさすぎるから、コジモのウーゴくんを例にとろうか。

ウーゴとジョバンニ、どちらが賢い?」

 

……賢さですか。ウーゴの方が賢いでしょう。

 

「ケンカをすれば、どちらが勝つ?」

 

まちがいなくウーゴです。あいつは武器を使い慣れてるし、武器が無くても身体能力高いですから。

 

「メンタルも君より格段に上だ。じゃあ訊く。

君がウーゴに勝てる要素は何かあるか」

 

はあ。身長と年齢くらいかな。

 

「潜入工作には低身長の方が有利だ。見た目子供であれば相手の警戒も解きやすい。

年齢については、君が彼より長い期間ヒトのツラを被っていることは確かだが、その日数の大きい方が格上だと考える根拠は何かね」

 

失礼しました。じゃあ俺はあらゆる点でウーゴに勝てません。

 

「それでもウーゴは君に敬語を使うし、君はそれを当然と考え気にもしない。

この瞬間に勝負は終わってるんだ。

彼はすでに君を殺してる。その逆は想像することすら困難だね」

 

比喩ですか?

ちょっと意味がわかりません。

 

「メタファーだ。これ以上わかりやすい説明なんて思いつけないよ。

商売人同士の駆け引きを見る機会があれば参考にするといい。下手に出ている方が攻撃中なんだ。大抵は、そちらが強い」

 

はあ。今はよくわかりませんが、考えておきます。

 

「さっき身長と年齢では君の方が上だと言ったね。それにも一理あるとはいえる。

一定の基準で数値化されたAからZまでを並べて大きなものほど偉いというルールをつくれば、この秩序を尊重する社会の中では最大値のAが一番偉い存在とみなされる。

この秩序が維持されている限りAはふんぞり返っていられるのだが、その状態に居座っていたいのなら秩序を保つための努力が必要だ。

これを怠るとルールなんて一撃で破壊されるよ。

誰が無能なバカに支配されていたいものか。

当然だろう」

 

それってつまり、齢上の方が偉い社会を維持したければ年長者がしっかりその状態を維持しておくことが重要だという意味ですか。

そんなのあたりまえじゃないか、と俺は今まで思ってました。

でも70歳以上のベビーブーマーが今も一番利益を独占しているって社会はとても不健全だし、俺も含めて底辺で貢がされてる若い世代がいっぱい喘いでいるわけですよね。

この秩序をひっくり返せるのだったら、いったい俺は何ができるんだろう。

 

「フン。君はまだまだ、倒すべき相手をはっきり見定めることができないでいるんだろう。

わかっていて、認めることだけを躊躇っている小学生たちよりもずっと手前でむずがっている段階だ。

警告しておくが、無秩序状態は経由するなよ。どんなひどい秩序でも、無秩序よりはマシさ。

無秩序では生命と財産を守るために無駄なコストがかかりすぎる。愚か者Aよりもっとひどい愚か者Zはただ秩序の破壊だけを実行するんだよ。フランス革命のように。

18世紀の局地的な事件になんて今更修正も施せないが、いま僕たちの目の前で余計なことを始めたら即ヤポニカにしてやるからな。ということで、わかったら黙って待機だ。

安心しろ、君にできることはせいぜい運転とお使いくらいで、僕たちもそれ以上は求めないし望まない。考えたいのならイェーガーを見て学べ」

 

イェーガーに悩みを打ち明ける小学生たちは、倒すべき相手を特定している?

え、それはいったい誰のことを言ってるんだ。気になる。

社会が憎いとか政治が悪いとか、そんな漠然としたイメージではないのだろう。具体的な人物ぽい印象だった。

先生とか親とか……いじめっ子、とか?

だとして、どんな秩序に変えればいいというんだろう。わからない。

わからなさすぎる。

メタファーの意味すらわからないから、今夜テクマクマヤコンに尋ねよう。

 

親たちが、塾へ子供を迎えに詰めかける。

夜の街路は危険すぎるから、大人でも丸腰では歩かない。

進学塾へ通わせるほど金持ちだと、狙いを定められるのがわかっているから尚更だ。

しかし親御さんたちも大変だなあ。

見ていると、一台に何人も乗せて連れていく。ご近所かママ友同士で当番でも決めているようだ。

 

高学歴高収入で幸福なマイホームを築くことは、俺にはとうに諦めた、見果てぬ夢のひとつだった。

だが、いまは夢見るのさえ御免だ。

負担が大きすぎる。

まっぴらだぜ。

 

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