国交大臣が、国内旅行支援キャンペーン中止に伴うキャンセル料を、「全事業者に対し一律50%補償する」と発表した。
開いた口が塞がらない。
バカすぎだろ。そこまで無能なのか。
なんだよこの内閣。
ひっくり返した卓袱台をいったい誰が片付けると思ってんだ。そんな計算すらできないのか。
幼稚園児向けの学習塾から入りなおせ。
先生や上級生にちゃんと挨拶するんだぞ。
卒園後にもらえる仕事なんてあるのかな。
費用対効果が悪すぎるから、とっとと締めて潰したほうが世間様のためになるか。
「商工会議所や財務省が3月末までに倒産する中小企業の概算を修正しはじめているが、どちらも他人事だと思ってるからか、呑気なペースでやってるねえ。
リモートワークだから、マシントラブルでしたと言っておけばどれだけサボってもゆるされる。公務員たちはこの環境にすっかり味をしめてしまった。
疫病が特需をもたらし、その波にうまく乗ったんだ。
せっかくだから、今日は経済についてだべろうかい。スケジュールに余裕があるから、呑気につきあってあげられるよ」
肚立たしくてならんのですけど、コヴィッドのせいで大勢の不幸な人が生まれ死んでいく一方で、莫大な富を掴んでいる人たちもいることは理解します。
これって普通の現象なんですか?
ゆるされていいことなんですか?
そこがまず不思議でなりません。
「君こそ幼稚園から入りなおした方がいいぞ。
損する者がいる以上、得する者も現れる。これは公園を20分も眺めていれば気付けることだ。
さらに20分観察すれば、勝ち組にも負け組にも一定のパターンを見出すことができる。
とりあえずは誰もが勝ち組に倣おうとするよね。
ここまでは原始社会だって通用するロジックだ。言葉すらいらない」
原始社会。言葉はいらない。
あの、その世界では、貨幣は登場しますか?
勝ち組と負け組を区別する基準とは、何なんでしょう。
「貨幣か。いい着眼点だが、原始社会ではイメージの共通化が図りにくいな。
仕切り直して、現代風のフィールドを設定しよう。
公園をインターネットに置き換えて眺め回してみたまえ。
注目を集めつづける者が勝ち組で、その反対である負け組はどんどん入れ替わって表舞台から消えてゆく。
これなら多分、君と僕とで同じイメージを描くことができるだろう。いいかな?」
わかります。
インターネット、もう1年近く触ってないけど。
「大前提を確認しておくが、現実の経済活動でもインターネットでも、勝ち組・負け組は幸福度とは連動しない。
金持ちにも貧乏人にも特有の悩みがあり、対応を誤ればトラブルやストレスにまといつかれる。
一般に、金持ちのストレスは貧乏人のストレスよりも過酷だ。ゆえに最初は誰もが勝ち組あるいは金持ちを目指すものだが、成熟するにつれ目標は分散していく。
基準を作って勝ち組・負け組という尺度を指標にはするけれども、負け組を望んで負け組に安住している者にとってはそこが最適解なのだからそっとしておいてやれ、という意味だ。
ここまではいいかな。
大切なポイントだから、必要に応じて何度でも繰り返すが」
はあ。俺、SNSでバズって通知が鳴り止まなかった経験が何度かあるんですが、最初の1回だけ興奮しましたけど、ウンザリするようになりました。収益化につなげましょうってテンプレメッセや、ウエメセで絡んでくる奴が多すぎて。
だから勝ち組なんて望みもしないし、負け組だとも思ってませんけど、そんなところで合ってますか。
「ベストアンサーだ。
経験によって自己の力量を正確に判断できるようになれば、最適ポジションを自力で求められるようになるだろう。そこにホームグラウンドをつくればいいんだ。
実力や周辺状況が変化すれば修正していって構わない。自分で決めろ。
さて、こういう自律性を高めた商人が大勢いる社会は安定力が強い。
綻びが生じにくいし、時間をかければ相互補完が充実して連帯効果も出てくる。
決して平等にはなりえないが、不揃いだからこそ結合が密になる。
町から郡程度までのコミュニティであれば、こんな経済倫理でやっていけるんだけどねえ」
それ以上となると、国ですか。
全国チェーン展開するような企業だと、いまの商店街的な発想とはまったく異質の存在になりますよね。
「まさしく。
町内や郡内で2号店・3号店を出すうちは出店先でのローカライズ優先も可能だが、圏外の商業区へ進出していく場合は軍隊を越境させるのと同じ思考回路になる。
国防とは異なる次元の戦略と装備が求められるし、必要なんだ。
初手から取り組まねばならないのは既存競合他社の殲滅だよね。
敵に反撃準備させる余裕も与えずに乗りこんで粉砕する。
恭順の意を示すならば武装解除させ接収して看板を掛け替えさせ傘下に加えるのもあり。
ちなみにこの成功体験は地元へもフィードバックされ、出発点だった町の商店街も粛清して大手チェーン店の系列企業のみで統廃合するのが自然な流れという常識を生んでいく。
これを経済と呼び、かつ、究極の正しいお手本にすべしと教えるのが西洋文明の基本イデオロギーだ。
君も、それが当たり前で、それ以外の世界が存在するなんて思ってもいなかったんじゃないか?」
はい。まったくそのままのフレーズを頭の中に浮かべていたところです。
なおかつ、それ以外の世界をイメージすることができずにいます。
「いわばインターネットの利用者すべてに勝ち組を目指せと押しつけ、四六時中広告でバズれバズれと煽り立てているのが去年まで君の暮らしていた世界だよ。ばからしくないかい?
タイムラインから一瞬でも離れればもうお客は来てくれないんだと狂信者は脅えてばかりいるんだが、そんなのはビジネスじゃないぞ愚か者、というところだ。
頭を冷やして20分ほど黙って観察してみろ、そうすれば術も解ける。
と、人間にだったら言ってみるんだが、ヤポ相手にはそんなヒーリングも効かなくて嘆かわしい」
嘆かれついでにお尋ねします。俺はまだ術中にいるんです。
コヴィッドで旅行会社やホテルは仕事がなくなりどんどん潰れました。
まだ生き残っているところが年末年始のキャンペーンに賭けて、最後の力をふりしぼって準備を重ねていた目前で政府がいきなり反故にして、しかも損失の半分しか払わないと抜かしやがったんです。
その半分だって、手間暇かけて申請して、いつ手許へ届くのやら。
もう何もかもが、おしまいですよ。たとえコヴィッドがたった今一瞬で消え去ってくれたとしても、国への信頼なんて二度と取り戻せません。
ひどすぎます。むごすぎます。
一方でさっき、裕福な人たちはそれをすら食い物にしてますます肥え太るって言いましたよね。
俺は見逃しておけません。でも術が解けてないから、どう考えればいいのかすらわからない。
なにかヒントをください。おねがいします。
「殊勝だが、まだまだ愚かだ。
そして今まさに息の根を止められている業者たちも、君と同じかそれ以上に愚かなんだ。
いまさら何かしようったって手遅れすぎるから、いさぎよくあきらめたらいい。
来世にでも希望をつなぐんだね。
自分たちを支配する政府がいったいどんな連中なのかと、何十年生きてきたんだか知らないが考える時間はそれなりにあったはずだよ。
考えも行動もすることなく末期戦が始まって、一年近くも粘っていたら、それなりの結末を迎えるしかないじゃないか。
最後の最後まで貢いで貢いで、搾り取られてごくろうさん。あっぱれだ。
そう割り切りなよ。
きっとかれらは幸福さ。
本望だと思いながら首をくくるんだよ。
そっとしておいてやれ」
なんで、なんでそんな薄情すぎることを平気で言うんだ。
こいつは、鬼畜か。
せめて人間だと思ってやっていたが。
「せっかく外野の観測点に立っているんだ。負け組だけじゃなく、勝ち組もしっかり見ておけ。
官僚はエリートばかりだ。
幼い頃から脇目も振らずに良い成績をとることだけ求められ、鍛えこまれてきた。
ライヴァルに情けをかけないことも、下から縋ってくるやつらを蹴り払うことも意識下に刷りこまれている。
それでこそエリートだ。
かれらは学校卒業後、次の生き残り戦略を実践する。
自分の失点だけはつくらない。有能な上司や部下・取引先は最大限に利用して、それ以外とはつきあわない。
過剰なストレスにさらされていることと思うが、それを散らす手段も各自で磨いてきたことだろう。
covid-19という災厄がきた。
脱落した者もいるんだが、生き残ったエリートはより強くなって新しい居場所を確保している。
厚労省は直接対応しなくちゃいけない部署だから他よりも割を食っているが、たとえば金融危機だったら財務省と立場が逆転するからね。うらみっこなしだ。
とにかく、他人には構わない。
これが勝ち組のメンタリティだよ。
生き残りたいなら、こちらをこそ参考にしたまえ」
信じられない。
信じてたまるか。
それでは公務員がみんな殺人ロボットみたいじゃないか。
そんなこと、あるわけがない。あってたまるか。
希望よ、希望はどこだ。
「正直、この程度のシミュレーションでそこまでダメージを負うなんて君はどれだけぬるま湯で育ってきたんだと呆れるよ。
経済学を少し囓れば、ヤポの社会が脆弱点だらけであることを幾通りにでも説明できるし、勝ち組ならば勝ち続ける秘訣を、負け組ならば網にかからず泳ぎ続けていられるヒントを学ぶことができる。
とはいえ、ヤポの縦書き作家が好んでつくりあげるオ金持チニナリマショウ論だって経済学の一分野だと言って言えないこともない。構わないでおいてやるから、読みたきゃ読んでろよというところだね。
もういいかな。
大して踏みこんでいない気もするが、僕は少し喋り疲れた」
俺も心が傷だらけだった。くやしくてたまらなかった。
しかしエヴァンズを以前より強く憎むようになったかといえば、それも違う。
こいつ、言い草はひどすぎるのだが、悪意を持っているわけではなく、むしろ普段よりも手加減していた感じさえする。
つとめて俺たちを見くだしているわけではなく、ずっと高みから、昆虫の生態観察でもしているつもりなのだろう、平然と。
それよりも、政府の愚かしさが、俺は憎い。
たまらなく、憎い。