官僚たちは、冬休みに入った。
官僚とは、千代田区霞が関に集中する各省庁にお勤めするエリートさんたちである。
日本有数の名門大学出身者であることを誇りとし、国家公務員という重責を生涯かけて全うすることを誓い、知力・体力・時の運まで総動員して祖国の秩序を維持することが使命だ。
悲観主義や優柔不断を斥ける、鋼の精神が求められる。
だからこそ、休むといったら休むのだ。
新型コロナウイルスだかなんだか知らんがそんな夷狄に神国日本はびくともせぬわ。
この猛々しき態度を国内外に知らしめる目的もあるから、胸を張る。
あとは現場におまかせだ。
優秀だが自分たちほどではない民草にも達成感と表彰されるチャンスを与えてやらねばならぬ。それもまた公務員の大切なつとめといえよう。
ああ忙しい忙しい。
たまにはゆっくり休ませてくれ。国際便が飛んでないから、仕方がない国内の保養地をあたるか。キャンペーン中止?そんなシケた割引に頼らなくてもすむだけの給与もらってるから大丈夫。それより旅行業界が青息吐息だっていうじゃないか。やれやれ、たすけてやるか。
ああ忙しい忙しい。
官公庁を監督する立場であるとされる行政府を内閣と呼ぶ。
このメンバーが閣僚で、総司令官が内閣総理大臣。通称、首相。
内閣だって冬休みをとる権利は有しているのだが、今季は首相の一存で返上すると決定。
理由は新型コロナウイルス感染症。正式名はコヴィッド・ナインティーン。
秋ノ宮ヨシヒデ首相は、ウイルスには年末年始なんて関係ないんだぞと叫ぶのだが、休日を取り上げられた閣僚たちの不満が爆発寸前であることまで計算しているのだろうか。
すべき対策が定まっていて、それを実行するために休んでなんていられない、と説得するならまだしも。普通に考えて省庁が動いてないのに大臣だけが出勤したって意味ないのだ。
むしろ何をやっているかといえば資料も無いのにひたすら会議会議会議ばかり重ねて数時間おきにマスコミを呼びつけては一方的な演説して解散。この繰り返し。
まずはおまえが休め、秋ノ宮。
なんなら二度と戻ってこなくていいから。
「ジョバンニは軍隊経験を持っていなさそうだから、中学や高校での部活動でたとえようか。
雇われコーチが全部員に、年末年始毎日早朝から出てこいと号令し、夕方までひたすらウサギ跳びを強いている。
なにを感じる?」
よその学校でしたら、バーカと嗤って放置します。
自分の部でそんなことやられたら、俺なら辞めますね、即。
「そのコーチに悪意などあろう筈がない。
むしろ純真で朴訥だから直進しかできないんだということはわかってやれ。
とはいえ悪意があってもなくても先ず逃げ道を塞いでから命令するのは基本中の基本だからな。逃走路を確認もしないで飛びこんでくる部員だってマヌケなんだ。
せいぜい嗤ってやろう」
安全運転を遵守しながら、ふと右手のウォッチに目をやる。
こいつのせいで俺は逃げられないんだが。
カモッラに捕まらないチャンスなんて、どこかにあったかなあ。
秋ノ宮に悪意が無いことはなんとなく納得できるが、カモッラは悪意ありまくりだろ。
俺はいつ、ウサギから人間へ戻れるのか。
「先週、変異株が関西空港の検疫で確認されたという未確認情報が入っている。
現場がありあわせの器材で特定に励んでいるが、どうやらアルファ型らしい。GBで暴れまわっているやつだ。
ついに来たぞ」
ぎく。
政府は年末年始の国際便で外国人の新規入国を停止するという対策を土曜日に決定したばかりなのだが、それより前に持ちこまれたってことか。
WHOは今月、特に警戒すべき変異株にようやくニックネームをつけ始めた。イギリス発がアルファで、南アフリカ共和国発がベータとか。
日本では未だに変異株とひとまとめに呼んでいるが、既製のワクチンがどこまで効くかという現実的な問題として扱う場合、厳密な区別ができてない時点で対策もへったくれもない。
PCR検査する段階でも、塩基配列をわかってなければ陰性判定しか出てこなくなる。
現場、よく見つけたな。
「順序からいえば、現場からの第一次報告が直接厚労大臣へ届いたんだ。
霞が関を経由していたら早くても2週間遅れていたと思う。
大臣は、現場への指導を徹底しますというニュアンスで電話に呼び出された件を首相に詫びた。秋ノ宮これに噛みつき、外国人を水際で止めろと外務大臣や国交大臣へ指示。こういう流れだよ。
現場は引き続き、人員も予算もキットの予備も無い中で検出に挑戦した。
WHOの公開情報と照合した結果、アルファ株だと断定するに至ったのが今朝のことだ。
さて次はどこにどう報告したものやらという状況だね」
リークするならマスコミがいいのでは。
いま各社とも政府にたいへん厳しい態度で臨んでますし、変異株の拡大で実害を蒙るのはなんといっても一般市民です。
広くこの情報を拡散して、一人ひとりにステイホームを心掛けさせる。
それが最善だと思うんですが。
「へえ。ヤポメディアのことを言ってるんだよね?
かれらは官僚や政治家たちと違って、ただひたすらカネのためにしか働かないよ。
また政府を叩くネタが転がりこんできたと、これで一儲けできる業者をピックアップする。
公表前に営業をかけ、スポンサー料を払わせる。
そんなことしかしないはずだけどね。
僕たちの見る限り、関空検疫の現場チームはヤポメディアとのつきあいに時間をとられたくないと思っている人ばかりだから、そんな案は検討すらしていないと思う。
さて、ではどこに報告し、対策をしてもらうべきなのやら」
野党……なんてもっと非力か。二流三流の代名詞だからなあ。
ああこれが他国での話だったら、ケラケラ嗤っておしまいなのに。
打つ手無しだよ。
つらすぎる。
「閣内の温度差が二極化していることは留意しておいた方がいいと思うよ。
covid-19が容易に収束しないと考えているのは秋ノ宮だけで、その他大勢は焦らなくても夏までにはすっかり落ちついているはずだと呑気に構えている。厚労省が休み前にそんな予測を置いていったからね。
それなのにワクチンをくれくれと巨額の予算を吐き出し続けている首相をどう制御したものやらと、皆でやんわり押しとどめているのが近頃の閣議の雰囲気だ。
君なら何を感じる?」
……収束?それは思ってもみなかったな。
え、その可能性は高いんですか。
「2002年のSARSは9ヶ月で突如収束したから、2019年のSARS2も同じパターンを描くだろう、と希望的観測を立てることは無根拠でもないが、それ以外の可能性を考えなくてもよいという論理が僕には不思議でしかたない。
秋ノ宮だけが雪国の生まれだからというコメントも見たが、君にならその意味がわかるか?」
雪なんて暖かくなれば溶けるんだから真冬にせっせと除雪する費用をかけるなんてバカらしい、と南方人は考えるんだよなあ。って話ですかね。
雪ってのは積もっていくうちに圧し固められて高硬度の凶器に変質するんですよ。
重量も増すから屋根をぶち破って落下します。
路肩は死角だらけになって猫狐狸がよく跳び出してミンチになります。不慣れな旅行者も転んで滑って轢かれます。
雪捨て場は郊外につくられますが、夏がきた程度では底の方まで溶けません。
都会モンにはそれがわからんのですよ。
「さすが実体験者の言葉には迫力があるな。
秋ノ宮はウイルスを雪のようだと怖がっている。閣僚たちはトイレでそれを嘲嗤う。なるほど意味が通じるな。
このギャグには識者の解説が必要だ」
むがあ。個人的に肚が立ってきやがるぜ。
でも、だからといって秋ノ宮へ同情はできないけどな。
「国交大臣は、秋ノ宮が中止させたキャンペーンの期日が1月11日までだったから、12日の午前零時とともに国内旅行の割引を新規で開始させようと調整に躍起だったりしてるしさ。
しかしまだ首相の承認を得ていないから発表もできず、年明けに決定させたとして業者も利用者もかつてない規模で慌てること必至だ。
僕たちだけで見ているのがもったいないくらいの爆笑動画が連日たまっていくんだが。こんなヤポでも国家のつもりなんだとまだ言い張るつもりかい?
ぜひ解説してほしいよ。君のような識者に」
これ以上つきあっていられるか。
だが、もしもコヴィッドが淡雪のように一瞬でなくなってしまうなんて可能性があるというなら、期待したくてたまらない。
もう、こんな果てしない戦争状態はまっぴらだ。
マスクを外して深呼吸をしたい。
立ち食いやバイキングを気兼ねなく楽しめる世界へ戻りたい。
治安回復はそのあとで取り組むべき課題だ。
災厄のどれかがひとつでもいいから減ってほしい。
切実に、それを願う。
「covid-19を収束させることは、決して難しくはないんだよ。
SARS2ウイルスの基本特性はもう解明されているのだから、密を避け、マスクをつけ、アルコール洗浄をこまめにしながら不要不急の外出を控えていれば、感染拡大を抑止することができる。
なぜこの処方箋に反することばかりやりたがり、やらせたがるのか。
儲けている、儲けたい、まだまだ儲けてやると意気込んでいる連中に乗せられすぎなんだ。
失敗国家の中でもとりわけヤポは余力があって、死蔵しているリソースもたっぷり隠れているから、ここで終わらせるなんてとんでもないんだろうけどさあ。
前例に倣って4年くらい搾り取って最後は原爆でとどめをさすかい?
すっかり破壊しつくしたあとの世代が原野を耕すところから再出発して、どうせまた一時的な黄金期をつくりだすんだろうけどね」
カモッラも、消えてなくなれ。故郷へ還れ。ゴー・ホームだ。
俺だって岩手へ帰りたい。
雪おろしで汗だくになり、ぐっすりと寝て、春を待つんだ。