謹賀新年。
2020年はロクでもないことが重なりすぎました。
疫病にやられ、秘密結社に拉致され、奴隷として種々のおつかいをさせられ、銃を撃ち、薬物を射たれ、レイプだってしたりされたり。
住居不法侵入、誘拐、自動車爆弾の設置に、それからそれから。えーと。
直接ひとを殺めた経験だけはたぶん無いはずですが、それに準じる極道の限りを尽くしてしまった感じがします。
毎日毎日、泣き暮らしました。
早くここから逃げ出したい。
自由になりたい。なれたら、罪を償います。
それが新年の抱負です。
令和三年初日に誓う。南無妙法蓮華経。
都知事があれだけ外出自粛を呼びかけてたってのに、神社周辺はどこも混雑している。
出店も並んでる。さすがに行列はまばらだけど。
新型コロナに打ち勝つために熱々の甘酒を、とかアイデアの絞りどころに感心する。
おみくじも盛況のようだ。苦しいときこそ、科学より神頼みか。
そういうものかもしれないな。
病魔退散の御利益があるという半魚人を描いた幟が、人の数よりも多い。まちがいなく去年までは存在しなかったアイテムだ。
これも災厄商法か。
けしからんと立腹するべきなのか?
むしろバイタリティあるなと思う。
行政に振り回されて息の根止められ、鳴き声ひとつ立てず圧し潰されて消えていった業者が日本中、いや世界各地でたくさん生まれた一年だった。
まだまだ続く。
どんなことをしてでも生き抜いてやると疫病でも戦争でも商売にしてしまう、こいつらの図太さって尊敬せずにおれないんだが。
だから災厄は長引くと思う。
容易に終わらせちゃもらえないなと納得できてしまう。
なにか間違ってるか?
そもそも正しいのは誰なんだ。
どこに基準点を設けるかで決まることか。
役所は役所の論理で動く。商売人も独自のモノサシで勝負する。
そいつらがバトってるっていうことか。
踏ん張る拠点を持たぬまま、流されるだけのお客様はどちらにとってもカモってこったな。
終わりっこなくねぇか、これ。
元日はエヴァンズの大使館めぐりに終日つきあった。
オマーン、コモロ、ヨルダン、マレーシア、アラブ首長国連邦、モーリタニア、ブルネイ。とぐるり一周し、各滞在時間は20分から60分。
途中で、共通項がわかるかと訊かれた。
地理的には、中東3・アフリカ2・アジア2ですか。ばらけてますね。
ヨルダンとマレーシアはよく来てるとこですが、その他はあんまり馴染みがないかな。
共通項なんてあるんですか。
「今日は外したが、余裕があれば追加したかった大使館ならPK・SA・BD。ヒントとしてなら更にEGとIDだな」
ああ、イスラム教の国だ。
「ヒジュラ暦では今日は1442年5月17日だ。かれらの祖国では普通に平日なんだが、滞在国では官庁も店の多くも閉まっているから、仕事にならなくて暇をもてあましている。
そこで僕なんかは普段より重宝される。少しご無沙汰している国々を中心に、セコセコ挨拶回りして顔を売っておこうという算段だ」
なるほど。
ところで今更なんですけど、エヴァンズってイスラム教徒ですか?
「ちがうよ。どうして?」
やたら詳しいなあって以前から思ってたし、エヴァンズがイスラム批判するのを一度も聞いたことがないから。
日本やアメリカ、フランスなんかは大嫌いみたいだし、紫党やマスコミに対してはどこまでも容赦しないでしょう。
だからもしかして、ってちょっと思ってたんです。
「へえ。だからムスリムだって言われるのも心外だけどね。
イスラームにだって、悩ましいところはいっぱいあるよ。ただ西洋連中の愚かしさの方がはるかに病的で深刻だしヤポに至っては論外だから、相対的に良く言っているような印象を与えていたかもしれないね」
あんたのヘイトこそ深刻に病的だろエヴァンズ。
どうしたらそこまでこじらせられるんだ。
ところで、教えていただけますか。イスラム教徒とつきあうときって、何に気をつけたらいいんでしょう。
「……は?
とりあえず、そんなクソみたいな質問をしないことだな。
ムスリムは誇り高いんだ。自分が豚よりも醜い存在であることを弁え、襟を正して突っ立っていろ。それ以上をかれらは求めない」
ひでえ。俺、まじめに訊いてるのに。
「まじめに答えたよ。逆も然りだ。
ムスリムが西洋社会とつきあう際は相手を尊重し、その流儀に合わせる原則を貫く。
西洋人には同じことができないんだ。
自国でも相手国でも尊大にふるまい、ムスリムの憤りが爆発するまでやめない。
いや、爆発させてからも西洋人は否を認めず、より強い暴力を行使する。
さんざん過ちを繰り返した経緯を圏外から見ていれば理解できることだろう。誇り高く突っ立っていろ。
あとは何をしても大概は赦される。
ムスリムは寛容なんだ」
わかったような、わからんような。
でも、イスラム原理主義者は決して寛容じゃないはずですよ。
かれらを怒らせない心掛けを聞きたかったんです。
「原理主義者の知り合いがいるのだったら紹介してほしいね。
ユダヤでもキリストでも日蓮宗でも、原理主義者とか原点回帰論者といえばつきあいにくい存在だ。
しかしかれらも友人なんて欲しないからトラブルを避けてひっそり暮らしているケースがほとんどで、人里で出会うことは普通、ない。
そんなかれらのテリトリーへ土足で上がりこむ気だったら勝手に殺されてしまえ。
僕は巻きこまれたくない。一人で行ってこい」
俺だって巻きこまれたくありませんよ。
そうですか。山の中へ入っていかなければいいのか。
それなら、そっとしておこう。
「世界でも指折りのハレンチ偽国家であるヤポへ大使館員として派遣されるくらいだから、僕が毎日会っているクライアントは皆、強靭な体力と精神力を磨き上げてから送り出されている。
なおかつ毎日すさまじい密度で学習と情報蒐集・交渉に在住自国民のフォローアップなど、壮絶な激務をこなしているんだ。
常識的に考えてくれ。
僕が行って、お茶して、戻ってくるまで20分。
君ならどれほどの情報交換ができる。
ヤポの閣僚や官僚にはこの基礎的なスキルすら無いんだ。毎週ただ集まって長の説教を何時間でも黙って拝聴するだけの生活に慣れきっているからな。
そんなヤポとのつきあいで大使館員は生命をすり減らしているんだが、とりわけイスラーム国家の大使が被るダメージは強烈だ。
ヤポは生活環境の穢れと爛れがおぞましすぎるばかりでなく、教養も国際常識も持ち合わせないから下品で無神経な放言を軽々しく頻発する。
ムスリムは繊細で敏感なんだよ。清廉であるがゆえに。
僕はそんなかれらにシンパシーを感じる。
同じ苦痛を味わい、その共感を語り合ううち、強い連帯意識で結ばれるようになった。そういうことじゃないかな。
僕はムスリムではないけど、かれらの絶対的な味方でありたいと考え、そのためにできる仕事を日々考えているんだよ。
どうだ、少しは納得してもらえたか?」
は、は、は。言いたい放題ぬかしやがって、この。
でも、それでもムスリムになる気はないわけですか。
「イスラーム圏に腰を落ちつけ、そこで生涯を送るつもりであれば、ムスリムである方が暮らしやすいだろう。
だがこの仕事をしている限りは、一方の側に忠誠を誓うことで生じる死角が命取りになる。
ムスリムを守りたいのにムスリムと同じ方向を見ていては、かれらの敵と戦うことができない。
このポジションは、ムスリムでない方が都合がいい」
戦術論か。ちょっと複雑。
観測点、とも違うような。
あれ?今の話は、敵国へ忍びこませるスパイのことを言ってますか。
「なんのことやら。もう少し整理してから質問しろよ」
イスラム戦士の集団がいるとします。
エヴァンズはその外側から状況を監視する。
イスラム教徒でない方が都合がいいと言ったのは、敵国に潜入してスパイを働くからでしたか。
でも、エヴァンズはムスリムではないんですよね。
「そうだよ。僕はスパイなんてしない。
今だって、ヤポになりすまして潜入工作なんて、しちゃいないだろう」
西洋、あるいはキリスト教側が、自分たちの内部にいるイスラムのスパイを見つけ出そうとします。
そのスパイがイスラム教徒であるという証拠をつかむか、自白させられるかすればスパイ確定ですよね。
でもエヴァンズはイスラム教徒のリストには載っていないし、実際イスラム教には詳しいけどスパイではないわけです。
逮捕したい側は、いったい何を根拠にエヴァンズへ罪を宣告すればいいんだろう。
「ずいぶん回りくどい説明をしたものだな。
所属がどこであれ、あるものに貢献したい者がそのものについての知識しか持っていなければ失格なんだよ。
アッラーのみを崇めクルアーンの戒律に従いますと宣言する以上は、オーソドクスやカトリック、アングリカンやプロテスタントを深く研究することが難しくなってしまう。
もちろん信徒になって真正面から戦うべしと決意するのだって尊いよ。だがソルジャーばかりでは平面的な戦術しか組み立てられない。
僕はあくまでフリーエージェントの立場で、全体状況を俯瞰しながら適宜戦闘に参加する。
現代戦にはこんな駒も登場するということだ。
それが、コーディネーターだ」