官邸は、お正月でも休まない。
マスコミでさえ、元日は記者が休んで2日目は休刊にするのに。
そのスケジュールはきっちり守られているので、1月3日の新聞はボリューミー。
記者の苛立ちが手にとるようにわかる。
苛立つ閣僚に対し、国民はもっと苛立ってるんだぞ!と代弁する形でその怨みは発散される。
つくづく卑怯だと思うがしかし、便利な構文だよな。
言いにくい本音はすべて架空の一般市民から聞いたことにしとけばいいんだ。
ちょっとでも真実は混じっているんだろうか。
いまの御時世、街頭インタビューなんてテロと同義だ。
無分別に電話でアンケートとったりするのも迷惑きわまりなくて反感買うだけだろうから、良識あったらやらないよな。
記者はコタツで創作にふける。
うん、そんなところじゃないかと思う。
ステイホームしてくれてればいいさ。
誰も傷つけない。
たったひとつの冴えたやりかた。
だいたい内閣、動かすべき省庁が休んでいるのだからひたすら会議ばかりやって今後の計画を立てておくことしかできない。
会議名は重複を避けるため日毎に長たらしくなっていき、それを一覧整理する担当大臣も必要になってくる。
厚労大臣は全国の現場で発生するアクシデントへ直接対応する必要に迫られるたび姿を消す。
議題が宙に浮いたままでも時間がくればお開きで、首相はただちに次の会議へ向け移動を開始。
寸暇を惜しむ忙しさだ。
しかし今この瞬間にも前線では多くの患者が病魔と戦い、銃後でも全国民が一丸となって勝利を信じつつ配給を頼りに生命をつないでいる。
政府にはかれらの犠牲を無駄にしない責務があるのだから休んでなどいられない。
「我々は勝利するぞ、必ず」
秋ノ宮ヨシヒデは無表情のままかぼそく呟き、記者に背中を向けるのだ。アイ・シャル・リターンを決め台詞に。
若い記者はこの言葉を知らない。
先輩が教えてくれる。
必ず戻ってくるから、という意味だ。カリフォルニア州知事がサムズアップしながら流行らせ、映画で有名になった。返礼するなら「首相、カムバーック!」と叫びたまえ。
12月最終週あたりから、こんなお約束が官邸で繰り広げられていたらしいが、正月明けには陳腐化して、今更やると恥ずかしいので御用心。
そんな頃合いでようやく活字にされてもな。
だいたい読者が気安く行ける場所じゃないぞ官邸なんて。
こんなところにもエリートの奢りを感じとるのは、ひがみだろうか。
だってマスコミに親近感なんて湧かないし。
紙面の1/3は官邸発信記事の寄せ集め。時系列がバラバラなので、神出鬼没の秋ノ宮がまるで妖怪に見える。
残りの記事は、市井の風景。
クリスマス殺人事件の扱いが縮小してきた。
警視庁も文科省も情報を出し渋りしているようだが、単に捜査が進展していないのかも。
小学生たちの親殺しというショッキングな内容に都民が拒絶反応を強く示しているという雰囲気も大きい。
家族全員のステイホームなんて息苦しいことだろうなと想像するが、小学生のいる家庭ではテレビでこの話題が流れだした途端にチャンネルを換えられるだろうと容易に察せられる。
むしろあらゆるニュースを見せなくなるだろう。
中学生高校生ともなると素手でも惨劇が起こり得る。
そして、まもなく大学入試共通テスト。
カモッラが手を出さなくても少なからぬ爆発が各地で発生するのじゃないか。
決して無事ですむわけあるまい。
俺は、マスコミが意識して、読者のフラストレーションを安全な方向へ逃がそうとしてるように感じている。
本統に取材しているかどうかは測りかねるが、描かれる市民生活はどこまでも健気であたたかく、やさしく、思いやりといたわりに満ちあふれた感動譚ばかりなのだ。
そんなんばっかだから、さすがに食傷気味で胸焼けがしてくる。
一般社会のなかに悪人なんていない。ただ時折、些細な誤解と行き違いが発生することは仕方ない。でも日本人ならそんなトラブル、冷静に話し合って解決できるよね。してみせよう。役に立つ知恵のヒントが新聞にはたくさん詰まっているよ。毎日読もうね!
これが根底に流れるテーマなんじゃないかな。
しかし人類とはそもそもそんな理想的被造物ではないわけで。
不平不満は抑えきれないほど溜まっているのだ。
いくらコヴィッドのせいだといってもウイルスに責任をとらせることは不可能だから、人間は人間のために対処法を見つけねばならぬ。
新聞はその使命を引き受ける。
ありふれた手法だが飽きられもせず王道とされるのは、「政治が悪い」と批判すること。
政治なんて人間社会特有の現象で、2人以上集まれば自然発生する。
新聞社はめいめいどこかの陣営に就き、代理戦争を演出。
どこにも与せず公平な判断を述べたいと考えるのはいわゆる学者の了見で、勝手にやってもらっていいけど儲からないし注目もされない。
新聞は売れてナンボの世界だから、読者を惹きつけ焚きつけ煽ることに甚だ熱心である。
その歴史とともに培われたテクニックの最たるものが、巧妙な政治批判というわけだ。
岸政権時代、日本の新聞はこのお家芸を忘れかけていたが、最近野性を取り戻した。
各社それぞれ、経営基盤に傷をつけないこと、主たる購買層の心に響く記事をつくること、を原則として敵を見定め、自分たちの側にいないやつらに全責任があると主張して紙面を飾りたてる。
ある程度ライバルもいて互角に張り合っている風が装われていることも市場を活性化させておく重要な環境づくりだ。無からどんどん富を生み出す錬金術的な面白みもある。
昔からなんでも糧にしてきたが、100年に一度のパンデミックだってかれらには燃料であり、ごちそうだ。
ステイホームのおかげで誰もがテレワークに依存せざるを得なくなった2020年こそ、勢力伸長の一大転機。
民衆たちの魂をつかみとるなら今だ。
さあ、おうちにこもって新聞を読もう!
自分たちは必ずあなたを満足させてあげられる。あなたの望む記事を書ける。
そう、悪いのは政治だ。
よりよい社会をつくるため、次の政権にはもっとふさわしい人を選びましょう。あなたがたは有権者です。選挙権という力を持っているのです。その使い方を覚えましょう。もっと新聞を読むのです。
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全紙面の半分以上は、広告なのだ。
実はすべての記事が最終的にここへ誘導するためにつくられている。
知っている人には常識みたいだが、俺は最近まで気付かなかった。
記事を読んでも理解できない場合は、同じページの広告から目を通すといい。すっと腑に落ちる瞬間を得られよう。
もっとも理解したところで内容の無い記事であることも多いのだが、それがわかるだけでも心が大いに満たされよう。
構造が見えると、読むスピードも速くなる。
新聞っておもしろいなあ。おもしろいよ。実におもしろい。最高だ。
数独と同じで知識はなにひとつ遺らないんだが、頭の回転だけは速くなる。
楽しいよ。もっと読みたい。
なんだろうね、この感覚。
中毒症状かもしれないな。
薬物は摂取していないぞ念のため。俺は健全だ、そのはずだ。
「ああ、そういえば先月、ドナルドが岸に勲章を贈ったじゃないか。
それと一緒に届けられた直筆メッセージのコピーが入手できた。
まだ興味あるか?」
へえ。ぜひ聞きたいですね。
でも大した内容ではなかった感じですか。
直筆……ということは、そんなに長くもない?
「ドナルドはもはや側近のごく一部すら信用していない。
岸も信用されちゃいないが、並み居る属国のなかではUSというよりドナルド個人に対して忠誠を誓っている貴重な手駒だ。
恩赦を与えた凶悪犯に準じる扱いくらいは、してみせたんだろう。
内容は……合図をするから全軍引き連れてパール・ハーバーまで来て待機していてくれ、だ。
感想があれば聞かせてくれ」
暗号を解読したらそうだった?
それとも、原文ママですか。
「平文だ。ヒラブン。
ちなみに岸は箱の二重底から紙片を見つけ、辞書で調べながら何度も読んだが判断しかねて元補佐官ら数名に相談した。
現在もかれらは解読できないと悩んでいるが、ドナルドだってヤポのIQは承知している。暗号になどするわけないよ。ストレートに読むべきだ」
全軍を、というのは自衛隊の陸海空を指しているんでしょうねえ。
在日米軍なら大統領でなくなった者の命令は聞かないから。
「自衛隊だって元首相に指揮権は無いはずなんだが、秋ノ宮が命じるより岸が命じた方がすぐ動くんだろうな。
むしろ号令ひとつで飛び出していきそうだから危なっかしいよ」
ドナルドは1月20日までは大統領なんですよね。
その日までに、行動を起こす。
日本からも出動させる。
自衛隊、はりきるだろうなあ。実戦を命じられるの、なんたって初めてだから。
「ハワイまでの潮流や所要日数、補給態勢なんかちゃんとシミュレーションしているのかねえ。
玄関を出る前に泣きじゃくりそうな予感しかしないんだが。
で、指揮官は岸が務めるのかい?
あいつにできるのかい?
どこから指揮を執るつもりかね。
暗号解読で足踏みしている間にすべては終わってしまうぞ」
総司令官はドナルドなんでしょうから、ドナルドにすべて任せましょう。
ストレートに指示してもらえば自衛隊は最高の働きをしてみせます。
岸さんは悠々と見送っててください。