1月4日は月曜日。
三が日は終わった。
今日からは平日だ。
少しでも稼ぎが欲しい個人商店は、営業開始している。
塾は年末年始もずっと照明ついていたな。
もちろんコンビニは一刻の休みもなく働きどおし。まだ襲撃されていない店舗に限り、だけど。
大型量販店やショッピングモールでは初売りをやっていた。行列ができていた。
去年までと違うところは、行列に浮浪者が多数紛れこんでいて、その周辺ではソーシャルディスタンスが守られていたことだ。ハッピ姿の誘導員は遠巻きに構えている。
渋滞が見込まれる交差点に配置される、警視庁のパトカー。
これが今年は皆無である。
なけなしの人員は靖国神社などへ回しているようだ。
思ったのだが、政府が緊急事態宣言を出したがらないのは経済活動停滞への恐怖以外にも、罰則が発生することで警察や検察の負担が増えるからという理由もあるのじゃないか。
周辺県から協力を仰いでいる現在の状況で、これ以上仕事を増やす要因はつくりたくない。そちら方面からも内閣に圧力がかかってるんじゃないかな。
どうでしょう、エヴァンズさん。
「言いたいことは理解するが、経団連や労組からの要求とは比較にならない。
公務員には行政府に楯突く権限など無いよ。首相がやれといったらやらなくちゃならない。
それが公僕の宿命だから」
そうか。警察官も公務員なんだ。
じゃあ、トップの人たちは今週いっぱいゆっくり休んでるところでしょうかね。
「休んでるんじゃないかな。
もともと警官殺しは山梨カルテルが始めた作戦で、カモッラはそこまで干渉はしていないんだが、どうもかれらは下っ端だけを狙うのがポリシーらしくて警察官僚はターゲットにしていない。
僕たちならまず頭部から無力化しておくんだけどねえ」
へえ。
山梨カルテルは、どうして下級警官を狙いはじめたんですか?
「その国では犯罪だと規定される行為を事業展開するにあたり、準備段階として権力側の捜査機関を無力化しておく。合理的な考え方だ。
ドン・パブロはCOでこの腕を磨いた。ストリート・チルドレンに銃をばらまき、警官のバッヂを手に入れてくれば賞金を出すぞとコンテストを開催したんだ。
少年たちは知恵をしぼって警官たちをおびきだし、血まみれのバッヂを手に入れては事務所を訪れる。
眺めのいい部屋で、会食しながら詳しく話を聞いてやるというのが基本コースだったそうだ。
それまで実力はあるのに褒めてもらった経験の無い少年は大勢いて、皆たちまちドン・パブロのファンになった。
望めばカルテルの一員となり、もっと高度な仕事も与えられた。
ドン・パブロはやがて郷里に一大拠点を築き、コカインの栽培・精製・販売まで垂直統合したカルテルの首領となる。ところが敵も多くて抗争が絶えず、遂には政府の特殊部隊に本部を襲撃され、替玉を殺されてしまった。
ドン・パブロはこのとき逃走し、ま、現在はヤポに落ちついているということだな。
本国時代と比べたら微々たる収入だそうだけど、山梨県では多くの人助けをして名士扱いされている。
コカイン製品のネームバリューも上がってきたし、もっと販路を拡大したいと都心へ乗り出してきて、昨年夏頃から除草作業にとりかかった。
概ね、そんな流れだ」
麻薬の販売はコジモの少年たちがやってましたけど、あれの製造元が山梨カルテルだったんですか。
じゃあ敵対的な関係も生じず、コジモの縄張りでないエリアを山梨のチームが開拓していったと。
理想的な共存を保ちつつフロンティアを分け合っていった感じですかね。
「ドン・パブロも、CO警察にくらべるとヤポの治安部隊が手応え無さすぎて呆れている。過大評価しすぎていたようだ。
今の兵力でも皆殺しは可能なんだが、そうすると無秩序社会が到来するから、ひとやすみして戦略を練り直している。
警察や医療従事者にキュア・シリーズが好評なので、むざむざ顧客を失うのも愚かしいのだろう。
このまま殺さず生かさずの状態で安定させておくのもアリだ。善良な消費者でいてくれるうちはな」
そうか。おまわりさんもおいしゃさんも、おくすりにたすけてもらいながら、なんとか踏みとどまっているんだ。
お正月だってのに、休めもしないんだから。
あれ、冬休みをとってる官僚たちも顧客のうちに入っているんですか?
「いや、官僚たちなら必要も無いだろう。
興味本位で手に入れる輩はいると思うが、常用までするかねえ。
かれらは領収書を金額入れずに出してくれるような店しか利用しないのが習慣だから、少なくともカルテルにとって顧客ではないな」
だったら官僚だけ殺して回ればいいんじゃないですか。
もう末端を苛めるのはやめて、エリートだけに的を絞れば八方丸く収まりませんかねえ。
「意味不明なんだが。
僕たちなら官僚殺しの方が手慣れているけど、無差別にはしないよ。
誰がどれほどのメリットを享受できるか。あるいは純粋に復讐でもいいけど、まずはシナリオと見積もりを出したまえ。そこから検討を始めよう」
カモッラらしいや。
そうだよ、こんな考え方をするやつらだった。
「なんだか近頃急に官僚を憎みはじめたみたいだが、首相をコロコロすげ替えてもおまえたちの社会が安定していられるのは官僚のおかげだぜ。
立法府がどんな予算案を可決しようが、全ヤポから吸い上げた税金は結局のところ各省庁に分配される。
ここから先の争いが発生せず、官僚たちは与えられた予算をきれいに使い切ってみせるんだ。
民衆のうち、稼ぐやつからは多く取り、浪費するやつは助けないで放っておく。
ここも計算と徴収を財務省が引き受けることでブラックボックスを神秘化し、労働者階級には公平感だけゆきわたるよう努力が重ねられてきた。
貧富の格差はふつう社会不安を増大させるものなんだが、ヤポにおいてはその発生を未然に抑えこむことに成功している。お飾り皇帝が象徴として機能してくれているおかげなのかな。
いや、歴史的には16世紀以来今日までずっと鎖国してきたことで培われた、見ざる聞かざる喋らざるの三無主義崇拝がもたらした成果だろう。遺伝子レベルで適応したんだ。
学ばず考えず成長せず、ただ自尊心さえあればよしとする平和が第一の民族性が。
おまえたちって奇蹟だよ。ここまで幸福な人類種は、地球史が終わるまで二度と現れないんじゃないか」
なんだか珍しく、エヴァンズが日本人を褒めている。
初めてじゃないか。ストレートに賛美しているぞ。変なものでも食ってきたか。
俺は騙されない。
最後には絶対、どんでん返しを用意しているはずだ。
「ヤポは働き蟻よりもずっと働き者だと思うよ。何も考えないからできるんだろうな。
黙々と、ただ働く。
それ自体が目的であり喜びだという、理解しがたい陶酔状態を何十年も維持していられる。
毎日そんなに働いていたら、豊かにならないわけがないんだ。
この利潤を官僚が極限まで吸い取り溢れさせないでおくことで、破綻が生じない。
おかしいぞと思うことさえさせてこなかった手腕は見事だと言うに尽きる。
それでも、富は貯まる。際限なく溜まってゆく。
紫党はUSに貢げばよいという使い道を発明した。
不要不急の最たるもので維持費だけベラボーにかかる戦闘機をコレクションしておくなんてのは、特に喜ばれた買い物だ。
はじめのうちは大いに褒められたものだけど、それがあたりまえになってくると今年はこれだけかと不満を漏らされるようになっていく。
もうカネはいいから人を出せ、知恵を貸せと要求されると、ヤポにはできない。致命的に苦手なものばかりだ。
うちにはカネしか無いんですと1990年あたりからは劣等感の方が強くなっていったみたいだね。
民衆は何も気付けないから、まだ黙々と働き続けて、いつのまにやら2021年だ。
こう振り返ってみると、やはり君たちはたいしたものだと思うよ。
USが消滅するとこれからどこにカネを捨てればいいのかわからなくなって発狂してしまうんじゃないか。
僕たちが心配することでもないが、納豆衆やマーストリヒト倶楽部がただちに押しかけて契約を結ばせるよね。
上海組やイスラーム圏は愚か者を相手にしたがらないから今後も構ってくることはないだろう。
KRはどうかなあ。お隣さんだからガン無視もできなかろうと、これまで通り程度のつきあいは続けてくれるかしらね。
ふう、今日は久々にヤポの展望を語ってしまった。
ずいぶん疲れた。
慣れないことは、するもんじゃないな」
え、終わり?
賢者のような微笑を浮かべるエヴァンズ。きもちわるいな。
こいつは、へらず口を叩かせている方が却って無害な気がする。
いや、それはないか。
毒しか持ってないくせに今日はその毒を自分で嚥みこみやがった。そんな感じだ。
で、結局なにを言いたかったんだろう。
日本はすばらしいぞ、ってことだよな。
うん、そうだ。日本人は働き者で、平和を尊ぶ民族なんだ。
これまでも、これからもずっと。