議事堂の乱勃発から28時間経過。
駐車場へ着くなり俺は、エヴァンズに状況を尋ねた。
「民主党の勝利だ。新大統領はジョセフ・ロビネットだと議会が正式に承認した。
さて今日は忙しいから、おしゃべりは少し控えてくれ。
では出発だ」
1軒目は、麻布台のアフガニスタン大使館。
40分で戻ると言われる。
新聞を買ってくる余裕はあるな。
買ってきた。
トップは全紙一斉に、本日より首都圏で緊急事態宣言が発令との大見出し。昨夜、急遽決定したらしい。
国際面まで飛ぶと、アメリカの事件が載っている。
「暴動ついに首都で炸裂!」
「民主主義は死んだ!」
と楽しそうに煽っている。
記事を読んでも全容がまったく理解できない。
砲声に脅えながら屋内で肩を寄せ合っている市民たちへ寄り添っている風の論調は感じるが、現地で取材したものでないのは明らかだ。いつから使いまわしてるテンプレだろう。
あとは海外ニュースからの引用と、すぐ連絡のつく日本国内の政治学者や匿名の事情通からもらったコメントを手際よくつなげて。
ええとつまり、見出しで表現してる要約がすべてだね。
よし因数分解完了。俺の頭は冴えている。
詳細は、エヴァンズ待ちってことだ。
国内ニュースは、さすが記者たち、咀嚼した上で書いている。多少は。
それによると、首都圏1都3県の知事が連名で、緊急事態宣言の発出を政府に要請。
年明け2日目から連日打診を続け、回答を迫っていた。
これにとうとう秋ノ宮が屈したという顛末らしい。
国としての緊急事態宣言は、昨年4月から5月にかけ行われて以来だ。
1度目は感染者数・死者数ともに先進国内ではひときわ少ない数字を維持し続け、岸首相は危機を乗り越えたと朗らかな笑顔で勝利宣言した。
9月に政権交代。変異株が猛威を奮い始めたのは11月以降。
首相になった秋ノ宮は2度目の緊急事態宣言を出すことに甚だしく消極的で、経済が止まってしまうと何度も口にしている。
1回目は成功例と見做されているようだが、その時点でも巨額の債権が発生し、政府が機密費あたりから補填していたのだろうと考えると納得しやすい。
また規制を発動すれば前回をはるかに超える経済的損失を生じさせ、内閣が汚点にまみれて斃れるばかりでなく、閣僚たちに支払ってやる退職金さえ残せないかもしれない。
これを怖れていたのではあるまいか、秋ノ宮は。
しかしとうとう出したのだ。要求をしつこく上げつづけた自治体に対してのみ、ではあるが。
そして新聞はこれを快挙だとして大々的に書き立てる。
あーあ今頃残りの43道府県がうちにも出せと政府をつつき回しているころだろうなあ。
粘り強く最後までゴネ続けたからこその勝利だっていう経験則を学ばせちゃった格好だ。知らんよもう。同情する気もないが、いったいなにをやってるんだ秋ノ宮。
芦屋都知事は冷徹にポイントを稼いでいるように見える。
メッセージは力強く、情にも訴えかけ、リーダーシップを損ねさせていない。
昨年何度か東京都独自で緊急事態宣言を出し、政府からも地方知事からも批判され吊し上げをくらった。あのとき休業要請に従った大中小企業への補償は、都が支払った。当然だ。
しかし今回は独走を避け、徒党を組んで政府に働きかけるという明確な戦略転換を図っている。見事だな。
都内の警官が大勢襲撃され警視庁が機能不全に陥ったことも、逆転の発想で利用しているように見えている。警視庁は東京都の所管で、それ以外の46道府県を管轄するのは警察庁だ。この2庁間で警官を融通し合うことは、現場レベルでは不可能。
前政権相手であれば、芦屋ユリコは治安悪化の張本人というレッテルも張られて更に進退きわまっていたことだろう。しかし秋ノ宮と和睦し、首相権限で警察庁から警視庁への応援出動という異例の措置をとらせた。
経費は都が支払っているとしても、警察庁職員は助けに来ていただいているお客様だ。危険に飛びこんでいけと命じることのできる立場ではない。
ここでも芦屋は機転を利かせる。
俺の見る限り、現在都内に警官は広域配備されていない。通報がくれば駆けつけるが、車輌2台・最低でも4名態勢で一定距離を保ったまま行動しているのだ。
商業地区や神社周辺など群衆が密集する地域に警官は派遣されない。
二重の意味を勘繰れる。
警察官の安全を優先することと、商売人にはこっそり自由を与えるという狙いだ。
都知事としてのメッセージにぶれは無く、さりとて罰則が適用される機会はつくらせない。こんな奇蹟のアクロバットが、東京都内では演じられているのである。
痛快なのは、政府はもちろんマスコミがこれに気付いていないこと。
岸政権時代の名残りか、今もマスコミは芦屋都政になにかと批判的である。知ればマッチポンプだと、犯罪者を容認していると、騒ぎ出さずにはおかないだろう。
でもスルーされている。
痛快だなあ。
見事だなあ。
ステイホームも大事だけれど、現場をナマで見て歩くとこんなこともわかってくるものなのだよ、なんてつい、ひけらかしたくなってしまうよ。
ああエヴァンズが戻ってきた。
次はどこへ行きましょうか。
「聞き流せ。いいか、聞き流すんだぞ。
ロビネットは、バラク政権の副大統領時代から一貫して、AFより軍を撤退させよと吠えてきた。だからAFからも一定の支持があるんだ。
いま大使館は安堵のムードに包まれていてね、追加の発注をもらえた。
さあドナルドへ引導を渡しにいくぞ」
ははは。はい、忘れました。
それで、どこへ行きましょうか。
「次の予約は代官山だが、インターバルを設けておいたからもう20分ここで待機だ。僕はレポートを作成するから、なるべく静かにしててくれ」
はい承知しました。
代官山には大使館ひとつしか無いから、リビアだな。ここも反米国家だったかな。
今日は大忙しだなあ。
受注いっぱいとってきて、日本へ納税しやしないくせにガッポリ稼いでおくんだろうなあ。俺にどうこうできる話じゃないんだけど。
音を立てずに俺は新聞の続きを読む。
厚労省が、アメリカ製ワクチンの仕様書を日本語で公開した。省のウェブサイトで全文が読めるらしい。
新聞にはその要約が紹介されているけど、なんじゃこりゃ。
ぎこちないし、主語と述語がつながっていない。
機械翻訳そのままか?さらに継ぎはぎした?
チェックもしてねえのかよ。
内容的には免責事項のウエイトが高いんだけど、オリジナルは37ページあるらしいから記者のチョイスが偏っているってことだと思う。半年かけて3万人以上を対象に治験したデータもぜんぶ掲載されていたらしいけど、縦書き新聞でそこまで載せることはできないもんな。
ああ、ムズムズする。
英語はわからないけど、とりあえず原文をそのまんま見たい。アメリカのサイトでならとっくに公開されているよな。そこへのリンクを貼っておいてくれればじゅうぶんなんだがそれすら。
ああ、ムズムズしただけだった。
気になる話題もうひとつ。
なかなか日本へ届かないワクチンを優先的に接種できる予約券を都が発行し、職員が電話で営業して予約金の振込先を伝えて回っているらしい。が、これは詐欺なので信用しないでくださいとのことだ。
なるほど商売人はいろんなアイデアを思いつくものだなあ。
新聞で警告されるくらいだから、すでに相当の被害が出ているのだろう。こんなのまだまだ序の口で、もっとあざとい手口が次から次へと編み出され、試行錯誤を重ねて爆発的進化を遂げていることだろう。どこかの変異株みたいに。
俺がいま読んでいるこの新聞だって、嘘ばかりだ。デタラメな記事しか載っていない。
チラシ裏の方が価値あるだろとさえ思う。
読み方を知らなければ、ありがたがって信じこんじゃう。信じるしかないだろう。
どうすれば自分自身を守れるか。
最初から一切読まない。それもひとつの解答だね。無意味だとはいわない。
しかし何かの拍子で読んだ最初の記事に、それこそコロッとひっかかるんじゃないだろうか。耐性ついてないからさ。
俺は近頃、新聞読んではいちいち粗探しして楽しんでいるが、これはテクニックを磨いてこその芸当だ。
騙されながら、考えながら、試行錯誤を重ねて身につけてきた芸だ。
そこで、この記事について考える。
予約金の振込って、いくらぐらいだろう。
たぶん数千円だ。高額では怪しまれる。
薄利多売の詐欺だからこそ、新聞に載るくらい広まるんだ。
この程度なら騙されてむしろホッとしなよ。
そしてじっくり考えよう。思い出せるうちに騙されたプロセスを検証しておこう。
さすがの俺様がこんな詐欺にひっかかったんだぜと、一席語れるくらいまで再現できるほどの芸にしちゃいたまえよ。自信と心構えが身につく。
これこそ最強の武器であり財産だ。
もっと強敵がいつまた狙ってくるかわからない。だからしっかり、肌身放さず、意識の隅に置いておこう。
それでもまた騙されたら、レパートリーを増やして第3第4に備えるべし。
致命傷くらって再起不能になる可能性はずっと低くなっていくはずだ。
それでいいんじゃないか。
新聞はこれからも、嘘しか書かない。
しょうがねえなと共存してやれ。
ただ、時々でも読んでいちいち考えておけば、嘘に備えるテクニックが確実に身についてるはずだ。それこそが新聞の存在理由であり社会的使命であるとすら言えるかもしれない。
俺に言えるのは、こんなところだ。
「よし、出かけるかジョバンニ。
行先はLYだ。道はわかるな?」
アイ・サー。まっすぐ西へ、4キロほどです。
20分で着けます。
発進!