1月11日、月曜日。
新成人を祝う祝日だ。
日本では満20歳からが成人とされ、飲酒・喫煙・セックスを大っぴらに味わうことが許される。賃貸契約やギャンブルにもやっと親の同意がいらなくなったりする。
未成年は犯罪しても実名を報道されないが、大人になってからはやめておけ。というジョークみたいな格言を高校時代までは俺も唱えていた。
現実はもうちょっと複雑だ。
俺は農専で、犯人が何歳だろうが「被害者が表沙汰にしたがらない場合は事件性そのものが発生しない」と学んだ。
カモッラでは「官僚ならば、よほど敵をつくらない限りはマスコミを近寄らせない特権があるものだ」と知った。
実名曝しを恐れるのは庶民だけで、成人かどうかは大した問題じゃない。
ちなみに加害者とは未来ある人たちだし、エリートの子息だったりすれば尚のこと、万が一報道されるとしても匿名が原則。
これに対し被害者はすぐ実名で曝される。
遺族や友人たちへのインタビューほどしつこいものはないし、そんなマスコミの攻撃を封じるにはカネもコネも必要なので、庶民は二重三重の陵辱に耐えねばならないのだ。
もっとも、より大勢の無関係な庶民がその報道を愉しむからというのが根本の理由である。
何を言いたいかというと、軽はずみな犯罪なんてやめておけ、だ。
やるならエラくなってからにしろ。
ともかく今日は祝日なので、公務員が初登庁するのは明日からとなる。
官庁ひしめく千代田区霞が関がひっそりしているのは火曜日の朝まで。
それまでに片付けておくべき仕事がいろいろあるので、俺とエヴァンズは子供たちの送り迎えに忙しい。
説明が難しいな。
まず、全省庁の全部門が2週間閉まりっぱなしというわけではない。
冬休みを徹底的に満喫するにはエリートの中のエリートでなければならぬ。
庶民の親から生まれ、猛勉強して公務員となった無血統階級はすすんで仕事を引き受け、休業期間中の雑務を処理する必要がある。とはいえ、かれらだってエリートのはしくれ。プライドだってそれなりに持っている。
実務は、派遣労働者が担当する。
人材派遣会社から送りこまれてくる兵隊は、単純作業しか求められていない、いわばロボットだ。
書庫から資料を探してきてコピーをとり、綴じて、会議室の机に並べておく。そんな仕事を黙々と命じられた通りこなす。
許可された以外のエリアに立ち入ってはならず、守秘義務も多岐にわたって課せられる。
管理責任者である下級公務員は毎日ロボットたちの勤怠表にチェックを入れて、上長の机に置いておく。
この鉄壁なルーティーンが休み中も欠かさず行われていた。
何ひとつ異常はありませんでした。と休み明けに胸を張って報告できることは、底辺のエリートたちにとっては至上の歓びであるだろう。
カモッラはその夢を壊したりはしない。
誰しもが幸福でいてくれるほうが、犯罪者にとっても都合がよいのだ。
派遣会社。
俺は初めて登録した次の日まんまと拉致され現在に至るので人さらい集団の印象しか持っていないのだが、もっと複雑なこともやっているらしい。
正社員や短期アルバイトを求める企業やイベンターがハロワに募集を出すのと同じ作業を、手数料とって効率的に斡旋するというのも業務のひとつ。マッチングに至るまでの手間暇が大幅に削減できることは、大きな魅力だろう。
官公庁も大いに利用している。
たとえば選挙とかスポーツ大会とか、一時的に大量の人手が必要になるイベントが、しょっちゅう発生するのだ。役所というものは。
そこで派遣会社に丸投げして、均質なロボットを準備してもらい、終わったらきれいに回収してもらう。
貢献度を評価されれば正規職員に、みたく不届きな野心を期待させずに使役できることも重要だ。
中央官庁なんてとくに、エリートの誰もが、ライバルをひとりでも蹴落としたいと願っている。
作業員なんてロボットでいい。
奴隷の身分を弁えていてほしいのだ。直に面接して雇用すると、内定や歓迎会といったプロセスを経るうち、どこかで夢や期待といった雑念が発生してしまう。そんなの毎年新卒採用だけで辟易してるんだよ。
かくして庁舎内では休業中でも大量のロボットが働いている。
犯罪者は、この隙間から侵入する。
昨今、あらゆる企業はコンプライアンスを重要視している。
セクハラやパワハラの根絶にも全力で取り組むし、個人情報の取り扱いだって作らず・持たず・持ちこませずを徹底させなくてはならない。
官公庁は扱うデータの機密性が民間企業よりずっと高いため、天井知らずのセキュリティが求められて当然である。
すべてのドアはIDカードをかざさなければ開かないし、パソコン1台ごとに指紋認証装置を付属させ、誰がどんな情報にアクセスしたかを細大漏らさず記録し、サーバー・コンピュータに保管している。
IT革命は、こんな想像を絶する情報管理を可能にした。
犯罪など、できるはずがない。
だからこそ上級公務員は安心して休んでいられるのだ。
自分たちは楽園をつくりあげた。
日本の未来は世界がうらやむ。
これからも永遠に。
ユビカシ。
エヴァンズから教えられた単語だ。初耳だった。
自分のパソコンを起動するために、他人の指紋を借りることを意味する。行為した主体を明確に表現するため、ユビカリではなくユビカシと言わなくてはならないそうだ。
理解できません。
なんで他人の指紋で、自分のパソコンが開けるんですか。
解説。
コンピュータはOSも秒進分歩するし、セキュリティだって突破されるたびにアップデートで防衛しつづけていかなければならない。たいへん忙しい世界なのだ。
システムが更新されるたび指紋認証も再設定せねばならないが、エリートはこの作業をとても面倒臭がる。他人任せにできないからだ。
マニュアルを渡されても読む気すらしない。
結局、設定しない。
でも毎日メールチェックは必要だ。
室内を見渡し、派遣でもいいから一番若いのを呼びつけて、開かせる。その日帰るまでこれですむ。
ログイン履歴は別人のIDで記録されるが、管理部門から指摘されれば素直に謝り、その都度新しいマニュアルをもらってくる。
こんな慣習が全省庁のほぼ全部門で常態化しているがゆえ、管理者も記録はいちいち修正しないけれども放置しておくのだそうである。
デジタル・セキュリティは技術職だからエリートにはつとまらない。
派遣ロボットは雇用者に逆らわない。
だからいつまでも平和な状態が続き、犯罪者は好きなところを泳ぎ回っていられるという理屈。
ちなみに警視庁・警察庁・法務省など世間通念的に個人情報の取り扱いが特に厳しく求められる省庁ほど、ユビカシが根深くはびこっているんだよとエヴァンズは嗤っていた。
セキュリティを厳重にすればするほど、そんなんやってられるかと、安易なショートカットが必要とされるでしょうからねえ。なるほど。
それにしても、チョロすぎないか。
人材派遣会社といえばゴステロだが、あいつだけじゃなく、カモリスタが潜入あるいは直接経営している派遣会社はいくつもいくつもあるらしい。
そもそも派遣会社に求められる最大の使命とは、人材ロンダリング。
いろんな訳アリ物件を預かり、洗浄・再処理・パッケージングを施して適切な流通に載せるのだ。
一社だけでは経歴の水増しにも限度があるため、いくつもの同業者を並び立たせる市場の形成が望ましいそうだ。
一巡する頃にはどんな社会不適格者でもすっかり生まれ変わらせて新人としてデビューさせられる。
うまく説明しきれてないと思うので、もう少し具体的に、エヴァンズから聞いたままを語ろう。
専門技術や体力・スタミナなどを求められる部門は別として、オフィス内で事務等雑用をさせるためのロボットを人材派遣会社に求める場合、通常は、若い女性が喜ばれる。
コンプライアンス上、決して口には出されないことだが、国家公務員といったら大半が男性で、上級へ行くほど昭和臭キツいおっさん純度が高まるから、当然なのだ。
セクシャルハラスメントなど絶対に発生しないけれども、これは立件が不可能であるからに尽きる。雇用主を守るセキュリティなら鉄壁なのだ、そこだけは昔から。
さて決してセクハラではないのだけれども悲恋が発生する頻度は高いらしい。
当事者同士、ときには周囲までもがつらい思いをしながら別れる。
別れたあとは「違う派遣会社から」新しいロボットを雇うのが普通だ。
ひとつの大手人材派遣会社があればいい、というわけにいかない理由がここにある。
小さなパブがあちこちにいっぱいあって、ひとつふたつ出禁になってもまだよりどりみどりだよ。こんな優しい環境が、昭和おじさんには必要なんだってさ。よくわからんけど。
派遣会社側でもこの状態こそが都合よくて、傷ついた女性には安全なお店を用意してゆっくり回復してもらうという措置がとれる。
実はそれほど傷ついてなくても、こまめにロンダリングしてそのたび若返らせていくことだって可能だし、むしろ計画的にやっている。
ほとぼりさまして、すっかり別人のプロフィールを手に入れたら、次の野望を満たしに行けばいい。
これが人材派遣業の社会的使命であり、犯罪結社にとってもなくてはならない部門なのだという。
そうですか、よくわからんけど。
霞が関を駆け回り、イェーガーやクークン、マウスたちを降ろしたり乗せたり。今日はほんとに忙しい。
夜まで続くかもだってさ、うへえ。
何をしているか、いちいちは尋ねないが、見張りが少ないうちに盗聴器やカメラ・銃や爆弾などを仕掛けて回っているようだ。出勤している公務員は明日に備えて出入り可能なエリア内の様々な箇所をチェックしており、その間隙を縫っているみたいである。
ロボットが全員一丸となって協力していてこそできる芸当だが、それにしても大掛かりだ。
決して軽はずみな犯罪じゃない。
そこは認めてやる。
日本からエリートは一掃されるのかな。
その点にだけは、うっすら期待してみたい。
新時代の到来か。それは希望だ。