イェーガーとは。
小学生男子ばかりで構成されたアイドルグループの構成メンバーである。トレードマークは濃鼠色のマント。
12月、東京都内の小学校に数十名出没し、クリスマスの大量虐殺事件を惹き起こすトリガーとなった。
事件後も各地に現れ、さまよえる少年少女たちの道しるべとして暗躍。
なおグループ総体はユーゲントと呼ばれる。少年隊という意味で、ドイツ語だそうだ。
イェーガーはパラシュート部隊の降下猟兵を意味する。
アルファはドイツ人なんですか?と訊いたら、ミリタリーマニアではあるみたいだけどね、とエヴァンズは答えた。謎めいている。
これ以上は、深入りしない方がよさそうだ。
マウスとは。
イェーガーにそそのかされ、クリスマスプレゼントの武器を使って親を殺し家から脱け出した少年少女のこと。
a. 成功し都内潜伏中の者。
b. 成功したけど逃げ切れず、あるいは自首・投降して逮捕され勾留中の者。
c. 殺害は失敗したが逃亡には成功した者。
d. 実行に至れず未だに武器を隠し持ってチャンスを窺っている者。
などに分類できる。総数は約500名。
かれらは事前にイェーガーから与えられたヒントをもとに都内各チェックポイントに集結。新たな課題をクリアしていくことでサバイバル能力を磨き、どんどんレベルを上げてゆく。
わずか2週間のうちにハイパーマウスへの変態を達成した個体もいて、認定されると各イェーガーが自分のチームへ組みこんでいく。
ある程度の軍団になると高難度のミッションに挑戦できるようになり、より大きな報酬を皆で分かち合えるという特典につながる。
ゲームとしてはきわめて単純なシステムなのだが、日本の教育は従来あまりにもこの逆ばかりを押しつけてきた。
愉しむことはけしからん。
モチベーションに頼るな。
報酬は親や先生に預け、自分自身は常に清貧であれ。
それを誇りに思うことが正しいのだと。
カッサカサにひからびてはいたが、まだ洗脳されきっていなかった子供たちの心に、まばゆい光が射した。
「ああ人生って面白いんだ」
障害物を己が力で取り除き、自由を手に入れたマウスたちは、まだまだこれからが成長期。
ギラギラと輝く瞳で、いくらでも食糧を求めてる。
昨日は霞が関が狙い目だった。次はどこを襲いますか、先輩。
ああ、たくましいなあ。たのもしいなあ。
俺、最初からつきあってたわけだけど、まさかこんな展開が用意されてたなんて想像もつきませんでした。
まだまだこの先もシナリオには描かれてるんでしょ?
カモッラは、丹念にそれを実行しているわけなんでしょ?
おっそろしいなあ。やばすぎだなあ。
こわいから、さからいません。さからえるわけ、ありません。
ぼっくは、すなおな、うんてんしゅ。ねずみさんたち、おねがいだから、せなかから、かぶりつかないでね。はい、しゅっぱつ、しんこぉー。
クークンとは。
コジモの女子寮版、ということになるだろうか。
霞が関界隈では20代の女性も何人か乗せたり降ろしたりした。
マウスに女児も含まれるのはわかるのだが、クークンはもう少し上の年齢層である。
エヴァンズから断片的に教えられたところによると奥多摩のように大きな拠点ではなく、都内各所に点々とシェアハウスがあり、その総体、およびメンバーの女性たちをクークンと呼ぶ。
ミス・サチカはクークンだ。
絶対に他所で言うなよと3回も念を押されたので黙っておくが、彼女はショタコンで、変声期を過ぎた男には性欲を感じないらしい。
しかし派遣会社経由などによる潜入工作はベテランなので、男のあしらい術なら心得ている。作戦上必要であればターゲットの性的嗜好に合わせた色仕掛けを適確に繰り出し、一瞬で虜にさせ、なんでも盗みとる。
そんな仕事のせいで浴びる烈しいストレスは、腕白坊主とお風呂で洗いっこしてやるひとときで流し落とすという。
それで3人も引き連れてたのか。ハーレムじゃないか。
ところでクークンはドイツ語で雛とかひよこを意味するらしい。
彼女らはコジモの少年たちと同じく麻薬販売を主業とするが、女という武器を活かした特殊任務を手懸けることも多いのだとか。こわいねえ。
外にバレなきゃセクハラにならないなんて安心しきってる昭和脳なんて、ほんと、チョロすぎるカモなんだろうな。
火曜日。エリート官僚たちが初出勤。
例年であれば午後から、新聞記者を招待して年頭挨拶の儀を催す。
お年玉をもらった記者たちが翌日の朝刊で勇ましい訓辞を国民へ届ける。
これが何十年も続いてきた慣行であったらしいのだが、今年は各省庁から続々と中止の連絡がファックスで送りつけられる異例の幕開けとなった。
新聞各社は常識的に怪しむが、とにかく来ないでほしいようだと行間を読んで察し、変異株も流行っていることだしなと冷静に大人の対応をとった。
とりあえず挨拶の原稿もファックスされてきているから、記事は書ける。
お年玉と飲食を期待していたクジ運のいい記者は残念げだが、ジャーナリストをやってたらこんなアクシデントしょっちゅうあるものだよと室長になぐさめられて、それ以上の駄々はこねない。
新宿区霞ヶ浦の新築ビルで、TOCの能美会長も新年挨拶するんだが、こっちは予定通り行うそうだ。じゃあ皆で盛り上げに参りますか。とそちらは想定外すぎる大渋滞となった模様。
エヴァンズは車へ戻るたびにニヤニヤと経過報告してくれる。
その都度、尋ねる。
霞が関では、今どんなことが起きてるんですか?
「まだ死者は出てないね、ひとりも。
建物の外から観測できる器物破壊も、現時点ではゼロ。
救急車の呼び出し件数は多いんだが、どこも余裕がなくて来てくれないから、泣き叫ぶ官僚たちを隔離して、残った人たちでお片付けをしているところが多いかな」
カモッラ的には想定外ですか?
シナリオ通り進んでいない?
「シーラッハのプラン上は最高点でもないし最低点でもない。ま、普通だ。
目的は官僚の仕事を増やすことではなく、マウスたちに仕事のABCを教えていくチュートリアルだからね。
現場では細かな指導と反復をさせているところだ。
日数もかかることは想定の範囲内だよ」
まだ当分続くんですか、霞が関通い。
「じっくりコトコト煮込むプロセスを愉しむべきだ。恋愛と一緒だよ。
それをした先には、時間をかけたなりの味わいが待っている。
そこまでたのしめるのが、大人だろう」
メタファーですか。
それにしても、官僚のおかげで日本の秩序は安定しているんだって言ってましたよね。今からそこに、じわじわと大打撃を与えていくわけでしょう?
無秩序の到来は愚策だとも吠えてませんでしたか。
矛盾してないかなってモヤモヤしています。どこか間違ってますかね。
「なるほど。君にしてはずいぶんと知恵をひねったな。
真剣に考えてみよう。まず、官僚がいるからヤポはどこまでデタラメを尽くしても安定を保っていられる。たしかに僕はそんなことを言った。
しかし僕たちはヤポの安定なんかに価値を認めないんだ。
公務員も、保護すべき対象ではない。むしろ邪魔の極みだ。全部廃棄しよう。
あいつらは技術も労働力も持っちゃいないんだから」
たしかに存在理由を持たない存在ですよね。
でも無秩序が生まれます。いいんですか?
「だから、制御しながら破壊する。
計画倒産とか発展的解消と呼ばれるものと同じだ。スクラップ・アンド・ビルドだよ。
段階的に連続して破壊する。不確定要素は可能な限り潰しているし、不測の事態には迅速なリカバーで対応する。
あとは、納得してもらうだけだな」
カモッラだからきっちりシナリオ通り実行するんだろうなあと思ってますけど、庶民は知らないから大慌てしますよね。
そっちへのフォローは?
「しない。
手間もかかるし、ヤポの群衆がパニックを起こすことも僕たちの想定には含まれている。その通りに動いてもらうためには、カモッラの存在は知られていない方が好都合なんだよ」
ああ。ようやく理解しました。
日本人のためにしてくれてるんじゃないんだ。
カモッラは、カモッラのめざす最適解を求めているだけで、日本人がどうなろうが、そこはどうでもいいんですね。
「どうでもいいなんて雑だな。有益であれば利用するし、無益なものは消毒処理して片付ける。
最大限に配慮してあげているよ。
なにか不満でもあるのかい」
有益か無益かはカモッラの一存で決めるみたいですけど、俺だって必死に生きてるつもりなんですよ。無益だなんて言われたら傷つきますね。そこが不満といえば不満です。
「必死に生きて、やるだけやって力尽き、くたばったならそれは幸福なんじゃないか?
それとも、だらだら生きて有益か無益かも決めること無く傷つかずに過ごしていたいというなら勝手にしたまえ。
どこでどんな退場をしようが僕たちは関知しない」
噛み合わないなあ。
所詮、相手を問答無用に踏み潰せる力を持っている側は、殺される側の痛みや悔しさにはどこまでも鈍感だってことなんだろうな。
「やれやれ。昨日あれだけマウスたちの鼻息を背中で感じていながら、君はちっとも影響を受けていないのか。どこまで鈍いんだ。
あの子たちは君よりはるかに、自分たちがこれから生きていくための場所をつくろうと真剣に考えて行動しているよ。
だから僕たちも共感し、応援したいと思ってできるかぎりの貢献をするんだ。
しみったれた態度で、現状維持しか望まず、それ以上を考えないつもりなら無益に分類されるのが当然じゃないか。
こんな基本的なことを、君の前で何度もぼやいてる気がするんだがなあ。いつまでも成長してくれないな」
わからないのは、おまえらだ。とっとと日本から出ていけ。
ここは俺たちの国なんだぞ。