アメリカって、キリスト教国家なんですか?
そう真正面から切り出せばまた軽蔑の眼差しを向けられることがわかっていたので、少し考えた。そこで、こう尋ねた。
ロビネット大統領はキリスト教徒であることを堂々と宣言しているみたいですが、これって国内の宗教対立を煽ったりしないんですか。イスラム教徒やユダヤ教徒は、ものすごく反発を感じるような気がするんですけど。
結果、やっぱり愚弄された。
「USはプロテスタントの国だ。プロテスタントが、プロテスタント流に独立戦争してアングリカンに勝って建国したんだ。
かれらが結束するとしたらプロテスタンティズムを根拠にするより他にないし、実際USの文化とか精神と言われているものの中に根深く沁みこんでる。
けばけばしくて、新しいものほどよいとする思想だな。
USはムスリムが暮らしやすい国じゃあないんだよ、有史以来ずっと」
はあ。アメリカって、なんでもありで、宗教的にも寛容なんだってイメージを持ってました。
プロテスタントというのはキリスト教の中ではどういう位置づけなんでしょうか。
「おまえは、いったい、どこの世界線からやってきたんだ。外宇宙人か。よりにもよってヤポに擬態するとは物好きにもほどがある。とっとと星へ還れ」
おまえこそ半島へ還れ。なんて言わないから教えてくれよ。
プロテスタントって、なんですか。
「原始キリスト教が、ローマ帝国の東西分断によりオーソドクスとカトリックに別れたところまではいいか?
カトリックはローマを中心にヨーロッパじゅうへ拡大し、絶対的な権力を築いた。
この教団を象徴するキーワードは、トリニティだ。
父と子と召使たちは同一体であるとし、支え合うべしと説く。
この三者が争うことはありえないし、争えば異端だ。そんな考え方を基軸とした」
父と、子と、召使たち……。母はどこにいるんですか?
「旧約聖書第一巻・創世記の時代から、女は人間扱いされていなかった。
男の肋骨からつくりだされた、ちょっと劣る複製品。それが女の定義だ。妻であり母としての特別扱いはされるが、トリニティには含まれない。聖書にそう書いてあるのだからこれは絶対だ。いいかな、続けるぞ」
納得はできませんが、ひとまず置いておきます。先へどうぞ。
「カトリックは極端な中央集権体制だ。
すべてはローマが決める。
富も首都へ偏る。
16世紀初頭になると中央と辺境を往復することがさほど冒険でもなくなってきて、互いに相手の放埒ぶりを見て不満を募らせるようになっていった。
大きな転機のひとつが、エアフルトのマルティンという聖職者の出した質問状だ。
素朴なお手紙だったんだが、既得権益を恣にしていた連中の痛いところをどつきまくっていたため大騒ぎとなり、刺客が放たれた。
マルティンは地方領主の城へかくまわれ、民衆たちの議論も白熱して、やがて反カトリックを叫ぶ巨大な勢力ができあがる。これがプロテスタントだ」
宗教改革って聞いたことありますが、それですか。
それにしてもカトリック、えげつねえな。
「プロテスタントは独立志向のせいで小さな宗派がやたら乱立したんだが、イングランドでは少し特殊な発展の仕方をする。
ここでは先にローマ・カトリックからの円満な分社化が成立し、アングリカンというローカル教団が生まれた。
しかし本家と同じ体質で腐っていると民衆から断罪され、この地に広まったプロテスタントはカトリックではなくアングリカンをやりこめることに特化して理論と武装化に磨きをかける。
この特殊化した宗団がピューリタン。そして、かれらが北アメリカ大陸へ渡り、合衆国の始祖となったわけだ」
ああ。アメリカはイギリスの植民地だったんですもんね。
「そうだな。ところで以前からずっと気になってたんだが、君はUSのことをアメリカと呼ぶよな。
カナダやメキシコは、アメリカではないのか?」
え?カナダ……は、アメリカの北。メキシコは、アメリカの南。
アメリカ合衆国ではない、ですよね?
「ヤポ語でいうところの南米はどうだ。ラテンアメリカという言葉は聞いたことがないか」
いえ、あっちは南アメリカ大陸と言いますよね。アメリカだ。あれ?アメリカ?
「もう結論を言う。大西洋と太平洋に挟まれた2大陸と島々を合わせてアメリカだ。
そこに暮らす人はすべてアメリカンまたはアメリカーノと呼ばれる。先住民も移住者も、無国籍の長期滞在者もひっくるめてな。
その中の一部に、USと呼ばれる合衆国がある。ここの国籍を持つ者はUS人だ。
かれらだけをアメリカ人と呼ぶことは大変まぎらわしいので、今後は注意してくれ」
フムムムム?カナダ人やメキシコ人もアメリカ人だって?
それはカモッラのローカルルールなのかい?頭がこんぐらがってしまうわ。
「新大陸のうち南アメリカはスペインやポルトガルが領土化したから、今もカトリック勢力だ。
北アメリカへの植民が本格化するのは16世紀末からになる。
この頃には覇権がイングランド・フランス・ネーデルラントなどに移っていた。
昔も今も、移民は貧困層が少しでも希望の見える方へと決死の覚悟を抱いてなるものだけど、この新天地にはすでに先住民が推定500万人いた。
南方で侵略者が大虐殺を行っていることは噂になっていたから、懐柔にも乗らず、初手から激戦になる。
ヨーロッパからの移民団は、本国からの軍事支援に頼って戦いながら領土を拡げた。もちろん捕虜やアフリカ産黒人奴隷は道具扱いだったのでより烈しく損耗させられたことも忘れてはならない。
絶対数ではヨーロッパ人は常に少数派だったが、治安良化に伴いますます多くの移民が土地を求めてやってくる。
現地を故郷とする新世代も一大勢力を構成するまでになり、かれらは堂々とアメリカ人を名乗った。
この中心的存在だったピューリタンが1776年、とうとう合衆国として独立を宣言するわけだ」
1776年?
1789年のフランス革命よりも早い?
え、アメリカの方が先だった?
ままま、ますますこんぐらがってくるじゃないか。
「USではこの建国理念を子供のうちから徹底的に教えこむ。
政教分離とか人種差別撤廃なども掲げるが、根底にあるプロテスタンティズム至上主義と絶対的な選民思想を冒さない限りにおいて認めてやるという扱いだ。
神に約束された土地へ来て暴力で勝利を手に入れた実績こそがUSのアイデンティティであり、だから歴代大統領はキリストの神に対して誓いを立てるんだよ。
こんな狂信者どものワンダーランドへ来たがるムスリムなんて、いるわけがないだろう」
はあ。まあ、そりゃそうでしょうけど。
そりゃ、そうでしょうとも!
「ちなみにロビネットはカトリックで、バラクは黒人教会を転々としてきた。キリスト教徒であることは必須だが、民主党はそこまで信仰による結束を絶対視しない。
ドナルドはプロテスタントの中でもとくに原理主義を貫く長老派の信者だ。共和党ではそうじゃなければ仲間と見做されないし、ロビネットみたいな演説をしなくたってすぐ一丸となれるのさ。これは宗教の力だよ」
民主主義……そんな国で民衆の総意を汲んだら……だからドナルドは大統領になれたのか。
これからも、とんがったやつほど大統領になれるんじゃないか。
それは……正しいのか?
アメリカ合衆国では、そうなるしか、ないのか?
「もともとプロテスタントは原理主義なんだ。
トリニティの解釈はカトリックがあとづけしたもので、聖書には記されていない。
そういった不純物をすべて取り除いて、聖書に載っているままの教えに従おうというのがプロテスタントの真髄だからね。
ほら、原点回帰論者ってのはつきあいにくい存在だと、以前も言ったことがあるだろう。
US人とはつきあわなくていいよ。絶対に、わかりあえないから」
俺のなかの常識が、くずれおちていく。
どこの世界線に迷いこんでしまったのだろう。そんなアメリカ、きいたことない。
これは嘘だ。きっと、夢のなかにいるんだ。
「べつにそんな国がひとつくらいあったって構わないが、あいつら、でかい顔してその価値観を押しつけてくるじゃないか。
ヤポその他の従属国から貢がせたカネで軍事力をひたすら上げて、次から次へと見せしめをつくって、恐怖の大王を自作自演する。
素朴なお手紙でも出してみたくなるよね。
どうしてそこまできらわれることばかりやりたがるんでしょうか。よほどたいくつしていて、おともだちがほしいのでしょうか。あそんであげてもいいですよ。ばくだんを2020こ、しかけました。クリスマスにぜんぶ、きどうさせます。せかいさいこうのかがくりょくとやらで、どうかふせいでみてください。
とかな」
ああ。それを、やったんだ。
PAでしたっけ。国際テログループが。
もしかして東京よりも大惨事になっているのかな。報道、されてるんだろうけど、現地では。
いったい、いったい、いったい。
「余談になるが、カトリック規範では親子喧嘩が発生したら家長が決断を下して解決に至ることが原則になる。これはローマに権限を集中させたカトリック組織の構造にも一致するから筋は通っているわけだ。
プロテスタントはカトリックを批判し、その制限からの解放を主張したので、息子が決断して家を飛び出し幸せをつかむ筋書きが、王道のプロットとなる。
キリスト教圏の文学や映画を渉猟すると、その国の人々がどんな主人公像や結末を好むのかが事前に予測できるようになる。世界レベルのヒットメーカーになりたかったら、そんな考え方もできるようになっておくといい。
これも経済学だ」