テキサス州。
ダラスやヒューストンといった都市名を聞けば、サボテンにカウボーイ、それからスペースシャトルのイメージが浮かぶ。
州都オースティンは北緯30度。屋久島や種子島と同じくらいだそうだ。
雪なんて降らないでしょう、標高1500メートル以上の山にでも登らなけりゃ。
そう考えて当然だ。
世界終末大氷河期映画のような画像を見せられて、最初はロシアかなと思った。
凍りついた死体の山を野犬が食い散らかし、薪になりそうな家は解体されて持ち去られ、冬季迷彩で完全武装した集団がいかつい銃を手に路上を徘徊している。
やっぱりロシアでしょう、ここ。
次をめくると、白い防寒着で全身を包んだ群衆が寄り添っている。
テンガロンハットに、MANGAの文字。これがトレードマークですか。
次の写真。
ドナルド・ジョン元大統領が、軍服で演説している。
テンガロンハットに、MANGAの文字。
ほう。
しかしなかなかテキサス州までは思い至らず、とうとうエヴァンズがしびれをきらして、解説を始めた。
「火曜日に最低気温6度、摂氏でいうとマイナス14度を記録。
花巻では大したことない数字かもしれないが、熱帯の住人には天変地異だ。
全都市の水道管が破裂し、道路はスケートリンクと化した。路上生活者の大半は凍死または水死したとみられる。
ロビネット大統領は州を非常事態宣言区域に指定して救援隊を向かわせたが、現地では、民主党の軍隊がやってくるぞと大騒ぎ。虐殺されるかもしれないと脅えている。
電力不足で伝わらないのを承知の上で、ドナルドは全国有志への連帯を呼びかけた。この大寒波も民主党の自作自演であり、かれらは国を乗っ取るためならなんだってやる連中なのだと。
メイク・アメリカ・ニフティ・グレイト・アゲイン。偉大なUSAを取り戻せ、さ。
聖戦にまた新たな章が追加されたよね」
ムチャクチャですね。こんな気候大変動、人類に起こせるはずがないのに。
「ほう?君は地球温暖化説懐疑論者か。
いいことだ。きっとドナルドと対話が弾むだろう」
温暖化の真逆ですね、言われてみれば。
ドナルドとの対話はさておき、ロビネットはどう説得すればいいんだろう。こんな狂信者たちを。
「説得か。どんな紛争も話し合いだけで解決できると主張する国も存在するみたいだから、そいつらにアイデアを出してもらえばいいんじゃないかな。
それにしてもドナルドは大統領でなくなったからこそ、より強い力を手に入れたんだ。今、彼の周囲には、信頼できる味方しかいない。
この4年間、官僚たちに仕事と給料を与えてやりながらメディアに追い回されてばかりいたからね。自由の尊さをじんわりと噛みしめているところじゃないか。
見てみなよ、この溌剌とした表情を。ロビネット現大統領とは、あまりにも正反対だ」
俺にはドナルドが大悪党に見えるのだが、俺のほうが間違っているのだろうか。
実際、ロビネットが敗れるか暗殺されたりして再びドナルドの天下になれば、歴史はそっち基準で書かれるだろうしな。
え、勝ったもん勝ちなの。
今更なんだけど、それでいいのか。それしか、ないものなのか?
「どっちが勝とうが転ぼうが構わないんだが、US内での争いが長引けば長引くほど、周辺国すべてが潤うからね。
この先数世紀は国外に武力行使できなくなるほど疲弊し尽くしてくれればありがたい。
ついでにUSへ貢ぐだけが能のヤポも乾涸びてもらって、少しは清貧を学ぶ機会を楽しんだらいいんじゃないかね。
学ぶのに何十世紀かかるか知らないけどな」
なるほどそれが本音か。
内戦すればするほど、こんなやつらの思う壺なわけだ。
国として一致団結。それこそが礎にすべき常規であり、防御こそが最大の攻撃であるのだ、きっと。
秋ノ宮首相、やっぱりあなたもういいので早く岸さんと交代してください。あの人じゃないと国民をまとめることはできません。
カモリスタにしゃぶり尽くされる前に、早く、早く、勇退を。
「温暖化の話に戻るけれども、数時間先・数日先の天気さえ正確に予測するのが難しいのに、数年後・数十年後の気候変動を一通りの展開しかありえないかの如く決めつけて議論するというゲームが、僕には楽しめない。ジョバンニはどう考えている?」
はあ。そう言われてみると随分ムチャクチャですよね。
深く考えてきませんでした。ただ、温暖化対策は日本だけじゃなく全世界規模での問題とされているはずです。日本人だからこんなのにひっかかりやすいんだとかいう単純なロジックではないように思います。
よほど頭のいい人が考えた理論なんですかね。
「世界終末神話のひとつにすぎないよ。頭のいい奴が考えたというより、いろんなアイデアが出ては消え甦り複合化していく流れの中でうまく時代とシンクロナイズしたんだ。
一大産業化して、呆れるほど多くの資産家も生み出した。理詰めでつっこむのは野暮というものさ。ファンがテリトリーの内側で喜んでいるだけなら放っておけばいい」
すでにとんでもなく広い縄張りをつくられちゃってる気もしますが、わかりました。
ええと。あれって、科学的根拠があるものなんですか。
地球が温暖化することは、確率的にはどのくらいなんでしょう。
「そういう白痴をひけらかしたいだけの話し方はやめろと言っているだろう。
地球温暖化は科学的根拠に支えられた確実な未来予測のひとつだ。ただパラメータが厖大すぎるので、そうならない展開だっていくらでも科学的に予測できるぞということだ。
3日後の天気予報だって現代科学を駆使して導き出した最も高確率な推測だろう。それがなかなか当たらない。
ただ、サイコロで当てようとするのと比較する奴がいたら、そいつは正真正銘のバカだ。
君となら対話が弾むだろうから、一緒に檻の中で遊んでろ」
俺だってさすがに御免蒙りますよ。
ただ、バカの方が数多そうだから俺が檻の中へ入ります。城壁サイズの檻をつくって。
「ドナルドは地球温暖化説とその推進者を毛嫌いしていたからね。2016年のパリ協定からも、バラクの業績を打ち消すというライフワークに沿わせる形で離脱した。
あの協定は目標値が国によって随分とちぐはぐで、努力したポーズさえ示せばじゅうぶんという程度のよくある国際茶番劇だったから、弱小国でも破綻国家でも気楽に署名できることが魅力の、いわば全員参加型デモンストレーション企画だった。
ドナルドだって支持者には約束を守る男と評価され、実績に加点した。
要するに地球温暖化理論は間口の広さゆえに世界中の人をたすけ、喜ばせ、稼がせているコンテンツなんだよ。だから、ほっておけ。
一部の熱狂的ファンがやかましいのはこれに限ったことじゃないし、繰り返すが手間暇かけて反論するなんて無粋だ。
ただ僕は楽しめないね。それだけさ」
反論するなと言う割には随分ねちっこくつついてたぞおまえ。知らんけど。
誰かに語りたかっただけか。そうかそうか。
「ふうん……おや。ほうほう。
ジョバンニ、速報だ。能美の後釜が決まった」
エヴァンズは、タブレットでお友達のカモリスタとチャットしながら、そうつぶやく。
当ててみろ、と言ってやがんのかな。
何日か前に報道はされた。名は忘れたが晴海の選手村で村長をつとめる、能美よりも齢上のおじいちゃんが、TOC会長を引き継ぐということだった。
これも猛烈な批判を招いた。
能美としては、古いつきあいで気心も知れた盟友であり、渡された原稿をただ読み上げればいいだけの簡単な仕事だからと愚痴りながら口説いてみたら快諾された、ということらしい。
トレードで自分は村長やるからと転職先確保の下心もあったようだ。
翌日にはこの村長もまた、過去からつい最近まで、おびただしいセクハラパワハラの前科を積み重ねてきたことを暴き立てられる。
さらにTOCの理事会が、自分たちに相談もなく勝手に決めてマスコミに知らせるとは何事かと憤激。
どうやらマスコミが一枚上手で、能美からちゃっかり聞き出してスクープしたようなのだが、痴呆症進行中の能美は身内からの容赦ない詰問に弁解もできない。
紙面に名前は出てこないが、ミスター観音もさぞや怒ったことであろう。そんなわけで、仕切り直しとなった。
「ヒント、女性だ」
ほう。
と言われてもな。
スキルは要らないが、クリーンさが求められる。女性ならフェミニストたちの攻撃にも曝されにくいでしょう。華やかで、男性にも女性にも好かれる、というより敵をつくらない人でなければなるまい。
女優さんかな。スポーツもやってる、あるいは、そんな役で有名な人。
3名ほど、思いついた名を挙げた。
「ストップ。ひとりもわからないんだが、いったいその人たちは何者だ」
なんと。エヴァンズは、日本人なら誰でも知っているはずのタレントを御存知なかった。マジかよ。演劇の話はよくするくせに、芸能に興味ないんだな。テレビなんて、一年に1秒も見ないのだろう。俺も昨年まったく見せてもらえてないが。
ともかく、ネタが尽きた。次のヒントをもらう。
「現、閣僚だ。TOCは公益法人扱いだから兼任不可のため、大臣を辞職する形になる。秋ノ宮にOKをもらったそうだ。明日あたり、理事会に挨拶して正式承認、その後記者会見にて発表という流れだろうな」
閣僚?女なんていたっけ。ええ、そこまで覚えてないよ。
大臣名で答えてみたら、すぐ正解した。なんだ、あっけない。しかし名前がわかりません。顔も、思い浮かびません。
新聞に載るのは明後日か。エヴァンズ、プリントアウトしてきてくれないかな。