東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-02-011.hmos

ドローン使いのオーナーを、大使館へ送り届けた。

エヴァンズが深い溜め息をつく。

よっぽど緊張してたんだな。こんな姿、初めて見た。

史上最悪の領土問題を抱えてるって言ってた、例のエージェントか。

そういえば北方領土について調べておこうと思ってたんだった。忘れてた。

ともあれ気になったことだらけだ。

何者なんですか?と訊いてみる。

 

「カモッラにとって上得意様のひとりだよ。

オリンピックのせいで今年は世界中から、超のつく大物さんが、これから次々いらっしゃる。夏には休む暇もなくなるぞ。覚悟しておきたまえ」

 

うへえ。

選手村を覗いておられたようですが、まだまだ出来上がってない今のうちから、あんなに調べておく必要なんてあるものですか?

 

「ギリギリになるまで何もせず事件が起きてから動き始める、そんなヤポならではの発言だね。

1972年のミュンヘン・オリンピックを君は知っているかな?」

 

ええと。映画になってた、あれですか。

テロリストが選手たちを殺した事件ですよね。

 

「あの国の人たちにとっては、つい昨日の話だからね。

次はもっとうまくやるぞって、君たちとは覚悟のほどが違うんだよ」

 

……今度は何人、殺す気ですか。

 

「それはさすがに、部屋割りや大会スケジュール・各国からの参加選手などが決まってからじゃないと無理ではないかね。

今日はまだ下見だ。あの部屋を使うかどうかだって、稟議はこれからだろう」

 

カモッラは、どんな国のエージェントさんからだって、依頼されればお手伝いするものなんですか?

 

「さすがにバッティングすれば、後からの方をお断りしたりするよ。

でも、可能な限りなんとかしたいね。

僕たちはプロだから」

 

プロのなんでも屋かあ。

夏にはもっと忙しくなるのかあ。

それまでには、逃げ出さなくちゃなあ。

ところで、あんな小さなドローン初めて見ました。カモッラの貸出品ですか?

 

「まさか。僕もあんなUAVは初めて見たよ。

あちらさんの前線では、特に市街戦では標準装備になっているらしい。

指定した場所まで自律飛行させる精度も大したものだった。あれには驚いたね」

 

FPSゲームでなら違和感もないけど、リアルな戦場であんなもの使われたらチートどころじゃすまない話ですよ。アンフェアすぎらぁ。

 

「ILのUAVには、負傷兵を搬送する専用機みたいなのもあってね。

タイヤの無い軽自動車みたいな外見なんだが、150キログラムまでの貨物を収容して宙に浮くんだ。

あれも初めて見たときは、度肝を抜かれた。

負傷者を載せたら自動で基地まで戻り、すぐ次の現場へ飛んでゆく。24時間ごとにバッテリー交換する必要はあるが、昼夜問わず働き続ける。

うちもあんなの欲しいんだけどね。ヤポを運転手に雇うのがせいぜいだ」

 

俺がハンドルを握ってる脇でよくもそこまで言えるもんだと驚くやら呆れるやら。

……ILか。大使館の表札とイニシャルは一致する。

あの、アイエル国はいったいどこと戦ってるんですか?

 

「フム?……ほう、それは面白い質問だね。

ILは周囲の全国家を敵に回している。しかしKRとKPのような交戦状態にあるのかといえば、ない。

軍隊が常時展開する主戦場はPSなのだが、ILはここを国家と見做していない。

ILはどこと戦っているか、か。

これは哲学的な問題かもしれないねえ」

 

エヴァンズが難しいことをつぶやきはじめた。

哲学は知らないが、周囲すべて敵だなんて物騒な国だな。そりゃ負傷兵だってひっきりなしに生むだろう。

そんなやつらが、日本で何をしでかすつもりなのだか。

 

「ジョバンニ。無学な僕に教えてくれたまえ。

ヤポは、現在どこと戦っているのかな?」

 

は?

日本は……どことも戦ってないですよ。平和な国です。

 

「へえええ。これはまた意外な答えが返ってきた。

なるほど。もうひとつ訊いていいかな。

これから君たちの国へ侵攻してくる敵が現れたときには、どういう対処をするつもりでいるんだね?」

 

日本には専守防衛を鉄則とする自衛隊があります。軍隊ではありませんけど、国土を守るに充分な武力を有しています。

それから在日米軍も一緒に戦ってくれます。

この力があるから、周辺諸国は日本へ攻めてきたりできないのですよ。

 

「おお、すごいな。今日はとても勉強になった。ありがとう」

 

……なんだこのクソ野郎。

もっと訊いてこいよ。バカにされてるのはわかってる。言い返してやりたくてたまらない。

 

「結構だ。これ以上聞いたら笑い死にして次の仕事にさしつかえる。

さて……このあとはCRとBEを回るんだが、六本木からまた二番町へ戻ってこなくちゃならないね。あまり心拍数を上げないように運転を頼むよ」

 

六本木の駐車場で一人待機となる。

今日も、車の傍から離れないようにと言われている。

これも軟禁というのだろうか。スマートウォッチを介して居場所と体のコンディションを逐一エヴァンズにもスターンにもモニターされていることは疑いない事実なので、このカラクリをうまく出し抜く方法を見つけない限りは、へたな動きをとれない。

昼夜兼行で疲労も溜まっているので、すぐシートを倒して目をつぶった。

おっとその前に。気になってたことを調べておこう。

テクマクマヤコン、テクマクマヤコン。北方領土について教えろ。

 

「JP北方に位置するクリル諸島は、RUに属する領土です。

カムチャツカ半島から連なり、火山帯に沿って56の島から構成されています。

気候は穏やかで、亜寒帯性の特徴を有し、海流の影響で亜熱帯植物も繁茂します。多様な動植物相を包含し、とくにベリー類の豊かさが注目されています。

1984年にはクリルスキー州立自然保護区が設立され、レッドブックに指定される稀少動植物45種がこの環境下で手厚く保全されるようになりました。

1991年、ソヴィエト連邦初代大統領ミハイル氏がJPを訪問した際、JPはイトゥルプ以南の島々を自分たちの領土であると初めて主張します。

17世紀にはこの地域にアイヌ民族が定住していたとする記録が存在し、アイヌ民族は現在JP国民として同化政策の対象になっているため、アイヌ人のものだったのなら日本の国土だという論拠でした。

同年、ソヴィエト連邦は解消され、発展的に再構成されます。クリル諸島の議題はRUが継承しました。

RU初代大統領ボリス氏はJPとの取引材料としてイトゥルプ島やコノシル島の譲渡を検討しましたが、居住する島民たちの猛反発により頓挫。

安全保障上の問題に加え、JP人民はイエドゾ島周辺と同じようにこの海域の魚や甲殻類を乱獲しはじめるのではないかという懸念が浮上します。

JP政府はその質問に明確な回答を示しませんでした。

RUではこの議論を終了したものと見做していますが、JPでは2020年現在でも継続中であり、RUに対するヘイト・レイシズムの一要素を構成しています」

 

お、おおお。おいおい。

黙って聞いてりゃ、なんだこいつ。

何てこと言いやがる。

それは、ロシアの言い分か?そのまんま、かれらの主張を鵜呑みにして、今の説明を読み上げたのか?

百歩譲ってそうだとしても、日本の主張も公平に聞いてから判断しろよ。

今この場で俺の口から北方領土についてうまく語ることはできないが、つい最近になって日本が一方的にゴネて領土を欲しがりだしたなんて、そんなチャチな問題なんかじゃ、ないはずだぞ。

ああ、まったく海の向こうには、ひでえ誹謗中傷をこねくり回す連中がいるものだよ。

カッカしていたら、エヴァンズが戻ってきた。

 

「ジョバンニ。残念な知らせだ。

君にトレッドミルを使わせてやろうと思ってルームウェアとシューズの持ち込みを申請していたんだが、正式に不許可となった。今の君のランクでは、そこまでの特権を与えてやるわけには、いかんとさ。

しかも藪をつついて蛇を出してしまったみたいだ。もっと実力に適した部屋へ移せという指示が出てしまった。

1106号室は今後、君より上位のヤポに割り当てられる。すなわち君の部屋はダウングレードする。

もし、もっと良い環境の部屋が欲しかったら、ランクを上げていくことだ。早いとこ給料分以上の働きができる人材になれって意味だよ。

さあ、次へ行こう」

 

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