日本は、アジアの東端に位置する。
ヨーロッパを中心とした世界地図ならまさに端っこで、極東と呼ばれる所以だ。
海を挟んで西方には広大なユーラシア大陸が見渡せる。ロシア・朝鮮・中国と、かつて敵だった強国がひしめいている。
太平洋のはるか彼方から米国がこの海域を守ってくれているとはいえ、日本は自由主義連合諸国の中でもかなり危険な最前線に立っているのだ。その役目は重要きわまりない。
平和を貫くため憲法で軍隊の保持を禁止しているので、自衛隊という純粋なる国防組織しか有していないけれども、世界最強の米軍に基地と運営費を提供し、戦争勃発の際は政府と国民が全面的に協力することを誓う。
決して荒唐無稽な理想論ではない。
日本人はヨーロッパにジパングと伝えられた時代から優秀で勤勉な国民性を賞讃されており、不正を嫌い協調を重んじ黙々と清貧に耐え抜く、世界を驚嘆させるほどの類い稀な資質を誇りとする。
残念だが、ならず者国家の政府や人民には、こんな力が備わっていない。
かれらは言論統制や思想教育・強大な警察権力による取り締まりによってしか国政を維持していくことができず、いつまでも貧乏なくせに軍事費にだけは糸目をつけない。
他方、俺たちは今日も胸張って生きる。
正々堂々と、自由を尊び、こつこつと真面目に働く。
輝ける旭日をいの一番に全身へ浴びて、そして、世界へも語りかけるのだ。かけがえのないこの地球を、皆で一緒に、守っていきましょうよと。
幼い頃から慣れ親しんできた童話だ。よくできていると思う。
日本でしか通用しない地理的な条件も多く含まれているので全世界市民の共同宣言にできるほどの普遍性はないけれども、日本国民を団結させるためなら必要にして充分じゃないのかな。
実に誇り高いよ。
そう。
唱えている限りは。
3月25日の朝、北朝鮮が、いつもの宣徳基地から日本へ向けてミサイルを2発も射出した。
おそらく日本中のスマホがアラートを発して騒然となっていたのではないかと思う。
エヴァンズは教えてくれず、当日の新聞には載っていないから俺は翌日、つまり今日、知った。
まじかよ。
2発とも約450km飛翔して領海まで届かず落下、水没。
なお同海域に中国軍の艦隊がいくつも目撃されたとの追加情報あり。
秋ノ宮首相はすぐさま防衛大臣に厳戒態勢を指示しつつ、国民へは「被害は報告されていないので、国民の方々は冷静に通常どおりの生活を送っていただきたい」とアナウンス。
当の北朝鮮からは、この日9時から開始される聖火リレーへの祝砲および参列のつもりであると説明されたらしい。
マスコミは半信半疑のまま慎重に記事を書いている。
北朝鮮や中国のこけおどし威嚇はこれまでもあった。
だが日本の、こんな弱腰で低姿勢な対応など、岸政権時代ならば絶対にありえない。
百歩譲ってお祝いのつもりなら、なぜ事前に知らせないんだ。政府もなぜ抗議しない。射ち返してやれ。国境手前ぎりぎりへシーバスターぶちこんでやれ。それでやっとおあいこだ。次からは武器を持たずにやってこいと、なぜ言えぬ。
ここまでバカにされて国民の安全など守れるか。
がうがうがう。
「そんなの別段ニュースじゃないからさ。気にもしなかったよ。
第一、ミサイルも艦隊も、来るまで気付いてすらいなかったんだろう?ヤポは。
よくそれで防衛がどうのこうのなんて議論ができるもんだ。よっぽど暇なんだな」
もしミサイルが日本まで届いていたらどうするんです。戦争が始まります。在日米軍が黙っちゃいません。
「ヤポが宣戦布告することはありえないし、KPもUSだって、しやしない。戦争は発生しないよ。
それからKPはすでにUS本土まで届く大陸間弾道ミサイルを開発し、配備までしている。昨日のは新型のテストだったみたいだけど、正確に目標のブイを破壊して完了したようだ。周辺にヤポの漁船が迷いこんでこないよう、CN海警局が監視していた。
なにからなにまで用意周到。
きみたちこそ、せっかくお隣にいるんだから、かれらの折り目正しさを見て学んだ方がいい」
なんでそこまで知ってんですか。
防衛省や海上保安庁経由の情報じゃあ、ありません……よね?
「朝鮮半島ルートだよ。パスクァーレが何日も前からレポートしてくれていた。
面白いのはUSの駐留軍で、KR班からヤポ班へ直前に通達された。今から30分間、何が起きても知らんぷりしててくれと」
在韓米軍から在日米軍へ、直前に?
……え、そのあと日本政府へは知らされたんですか。
「ヤポなんて徹頭徹尾、輪の外さ。だってそこから先の情報はダダ漏れになるんだから。
いまの話の笑いどころは、US軍のヤポ駐留班も今や戦力外通告を受けているところにあるんだが、意味がわかっていないようだな」
在日米軍は、太平洋安全保障の中核じゃないんですか。
なんで仲間外れにされるんですか。
「中核どころかアンザスにも加わっていないってのに。それがヤポの認識か。
要点だけ述べる。
ヤポ駐留のUS軍基地はあらゆる設備が充実していて、ヤポ政府がすべての経費を支払ってくれる。食って、飲んで、現地女を抱いて、異動のたびに祝賀会。給与を全額、本国の家族へ送金しても困らない。
戦闘は無く、訓練も静かにやってくれと言われるから日々ダイエットのための運動をするのが仕事みたいなもんだ。
こんな部隊に1ヶ月もいたら人間はどうなる」
どっ……どどど……どうしようもなく、豚より怠惰になってしまいませんかね。
「USでは高所得層から低所得層まで肥満の度が著しいんだが、ヤポ帰りは特に再就職が難しくて蔑まれるんだ。
ペンタゴンでは、ヤポから基地を撤収して今後はカネだけ受け取ろうという議論がずっと以前から繰り返されている。だがヤポが引き留めたがるので、一向に進展しない。
ドナルドは存続派だったな。共和党員の息子には劣等感をこじらせたニートが多いから、かれらへ一時的に軍籍を与えてヤポへ来させるんだ。リフレッシュしたら入れ替えさせるというプログラムが4年間、それなりに成果を上げていた。
ともかくだ。そんな実態だからヤポ駐留班もまた、輪の中には入れさせられないわけだよ。
やれやれ笑いを説明するなんて作業は疲れるし心を蝕むな」
俺だって虚しくてたまりません。どこまでコケにされりゃ気がすむんだ、うちの政府は。
ひどい、ひどい、ひどい。
「ところで、聖火リレーだって?
なつかしいな。去年、成田空港まで迎えに行って、大勢救出したよな。
かれらも今じゃすっかりヤポ語を覚えて、シン・Eの販売はじめ、いろいろ手伝ってくれている。たのもしいことだ」
ああ……あの、亡命者みたいなおじさんたち。元気ならなによりです。
当時は浮浪者みたいで臭そうに思ったけど、今の東京はあれよりもっと臭い浮浪者で溢れかえっているからな。これから暖かくなってくると、ちょっと、つらいな。
「ひとり200メートルで1万人以上が4ヶ月かけて47都道府県のあらゆる町を駆け抜けます、か。
日中だけのようだから、外出規制の有無にかかわらず予定表通りに走るのかな。
沿道の見物客は、さすがに散らすだろうが」
中止せざるをえない地域も出てくるでしょうね。
4ヶ月もあれば様々なアクシデントが起きるでしょう。
カモッラが何かを仕掛ける可能性だってあるし。
「面白みもないし規模も小さいから、利用しがいを感じないな。
強いていえば奥多摩や山梨を走るときは僕たちの仲間がカメラに映されないよう気をつけよう、くらいか。
ところで知っているか。
聖火リレーは1936年のベルリン大会から始められた。
ドイツ政府が発案して、オリンピアからバルカン半島を北上、当時の国割でギリシャ・ブルガリア・ユーゴスラヴィア・ハンガリー・オーストリア・チェコスロヴァキアを経由してドイツまで届けられたんだ。
ゴールのベルリンまで含めて7つの首都を結ぶルートが策定され、ひとり1キロメートルだからたぶん6000人くらいの走者がトーチをつないでいった。
どうだい、壮大だろう」
すごいなあ。それは陸続きのヨーロッパだからこそ可能な大技ですね。
「その3年後に第2次世界大戦が始まるんだが、ドイツ軍はこのときの地図を流用して、機甲師団を無駄の無い経路でギリシャまで侵攻させた。
ここから教訓を汲み出すとすれば、平和な時代だからといってなんでもオープンにしておくとロクでもないことになっちゃうぜということだ。覚えておこうな」
げ。それは……それは、あまりに、ひどすぎる。
「ナポレオン・ボナパルトもアドルフ・ヒトラーもロシア遠征に失敗しているんだが、もし次に挑戦する者が出てくるならば、直前に詳細な地図をつくって実際に歩いてみておくことを薦めておきたいね。
特にモスクワは大陸性寒冷地だから、できれば1年以上生活してみて、寒暖差の厳しさを思い知っておくとよい。
むしろそれを知らずして攻めこむなんて愚の骨頂だよ。
ヤポも、やたらめったら隣国を敵視ばかりしているが、相手側の土地について毛ほどの情報も集めようとしないでよく議論だけできるものだと心から呆れる。閣議しかり、防衛省や外務省などでの会議しかり、すべてにおいてだ。
こんな島に1日でもいたら、人間はどうなる」