4月である。日本では、年度初めだ。
人出がぐっと増える。車道も歩道も、繁華街やイベント会場、公園の周りなどが大渋滞を起こす。
春の風物詩だ。
夢と希望と不安をいっぱい抱え、なけなしの小遣いを握りしめて田舎から出てくる小猿さんを、一匹でも多く捕獲してチュウチュウ搾りとろうとする歴戦のスカウトマンも大量に湧いて出る。
そう、カキイレドキだ。
2018年は、なんとか走り抜けた。
2019年は、配達が遅れまくるのでイライラし通しだった。
2020年はエヴァンズにこき使われているうちに過ぎたが、道路の混雑は軽めだったと記憶する。
コヴィッドが流行り始め、東京へは来るなと叫ばれ、今よりずっと人々は恐怖し、おとなしく従っていたんだよな。
2021年。
ワクチンは今月から高齢者へ順番が回り始めるという段階だ。
次々増えていく変異株は、この第一世代ワクチンでは完全には抑制できないので警戒をゆるめてはいられないのだけど、これ以上ひきこもっていては餓死するだけだと切羽詰まってる都民が大勢いる。
かれらは路上に溢れだし、小猿はそんなパリピに群がる。したがって、例年並みの混みようだ。
これもリバウンドといえるのだろう。
エヴァンズは渋滞を見越して、スケジュールを緩めに組んでいる。さすがといおうか。
エリアは渋谷・新宿にウエイトを置いているようだが、恒例の大使館めぐりや高級住宅街の盗聴器設置と回収、それから霞が関および永田町への少年兵送迎も、コンスタントにやっている。
これから向かう先をダイレクトに伝えられることは稀、というかエヴァンズの気分次第なので、ほどよい緊張感とストレスが同時に溜まる。
インターバルが長めだから新聞や雑誌を読んだりエヴァンズから蘊蓄を聞く時間も多めで、これもありがた迷惑なことフィフティー・フィフティー。
「毒蛾の発生からひと月以上経つが、生息域が変わらないよな。どう思う」
意外と小規模な集団なんですかね?
武器の種類も限られている。確実な殺傷能力を持つのがGB剤だけで、この残数が限られているから、手を広げられないでいる?
「イェーガーは1ヶ月で友達を500人つくったが、それと同じ拡大路線はとっていないようだ。
仲間を増やすこと自体は容易だろうし、規模が大きくなれば食糧もカネもより必要になるから、殺虫剤だけでも襲撃する頻度は上がるだろう。
もうひとつ。警察に捜査されているのは承知しているんだから、1ヶ所にとどまり続けているのは危険だ。
渋谷・新宿から動く気配を見せないのは不自然に思う」
巣は別なところにあって、渋谷・新宿は狩り場として固定されているのでは?
「だったらなおさら地域分散して撹乱を狙いそうなものだ。
昨日までに他区で起きている類似の犯行はすべてニセモノで、GB剤は使われておらず、逮捕されたのも大人ばかりだな。だから毒蛾の異質さがより際立つ」
そのうち都内各所で一斉にドッカーン、て予感もして怖いんですけどね。
GBより殺傷能力の高い毒ガスを上空から撒き散らす、なんてテロをされたらどうします。
「そこまでするとしたら、それなりの目的があってだろう。君ならGB剤をテロに使うか?」
いえ。少なくとも俺はしません。嫌いな奴に噴きつけて逃……そういえば、毒蛾は銃を使わないんですよね。
護身用に携帯している可能性はあるとしても。
「コジモで教育を受けていたら、まず銃、なんだがな。
接近戦で毒物のみというのも随分とハイリスクな攻撃だ。
音を立てたくないわけではない。被害者には悲鳴を上げさせているしな」
じゃあ飛び道具は持っていないと見做しましょう。
格闘技を仕掛けている様子も、ありませんか。
「むしろ組み合いになる状況を避けようとしている。
子供対大人だからな。極力接触せずに倒したいのだろう。そこはわかる」
わからないですねえ。何が目的なんだ?
「僕たちだってずっと意見を出し合ってるんだよ。
警視庁の毒蛾捜査本部へ集まってくる情報が量的には一番多いから、その資料をベースにしているんだが、さっぱり要領を得なくて疲れるばかりさ。なんとか僕たち自身で現場を目撃できれば、そこが突破口になりそうなものなんだが」
なるほど。それでこうして巡回を。
小学生の集団はあちこちに屯してますが、怪しいと思えばすべて怪しく見えますね。
「この車に2人で乗っている間は大丈夫だと思う。
ヤポには、物売りが窓を開けさせる習俗も無いからな。ただ、一人になれば用心しろ。
過去の被害者に共通する特徴を、僕も君もしっかり備えている。狙われる可能性はきわめて高いぞ」
なるほど。だから俺たちに白羽の矢が。
ひでえなカモッラ。誘蛾灯かよ、俺たちは。
「ぜんぜん話はかわるんだが、興味なければ聞き流せ。
US大統領ロビネットがどうやら大勝負に出る構えを示し始めた。分断と抗争がやまない国内の騒乱を解決する、冴えてもいないが効果的なやりかただ。うまくいけば戦争がはじまる」
ほほう。
察しがつきますよ。国内を結束させるために、外に敵をつくるんでしょ?
民主党と共和党の対立なんか後回しだと思わせて、両党から、最も好戦的な分子を国の外に送り出しちゃう方策だ。
して、相手はどこです。
「今日はずいぶん冴えているなジョバンニ。じゃあ、どこをターゲットに据えるかの予想もできるか?」
アフガニスタンからの撤兵は、いまさら戻せませんよね。ロビネットにとってはずっと以前からの公約ですし、新鮮味もなく、ウンザリ感を再燃させるだけです。
新たな敵として、ドラマチックに演出できる相手先……やはり、イスラムですかねえ。
まだ戦場にしていない国といったらどこだろう。イラク・パキスタン・ソマリア・リビア以外で……レバノン?それとも、とうとう、イラン?
あっエジプトって軍事政権なんでしたっけ。意外性もあるし、それほど強くもなさそうだから、いいのでは。
「EGのアブドルファッターフ大統領はたしかにクーデターで政権を奪ったが、それは前大統領の舵取りがあまりに下手糞だったからだ。
現政権は国民の絶大なる支持を受けて安定しているし、周辺国との関係も良好だから悪口を言うだけで反感を買うぞ。
もっとシンプルに、US国民の正義感を燃え立たせられる相手がいるだろう。
昔は、ここの陰謀だと言っておけばなんだってゆるされたから歴代大統領にとって魔法のランプだった。そろそろ世代が一巡りしたから、熟成されて飲み頃だ」
……ロシア?
「そのくらい単純明快でなければUSでは説得力を持てない。
RUはUSより律儀な民主政共和国なんだが、USでは帝国で今も通じる。
ヤポこそ名実ともに帝国なんだがな。
それはさておき、ロビネット政権はRUと戦争を始めることをどうやら最終決定した。ただし、もちろん代理国家に戦わせる。
戦場はUAだ。いま、その準備が水面下で進められている」
ユーエー?初めて聞く国記号ですが、どこですか。
「ウクライナ。
旧ソヴィエト連邦構成国の中では最も西寄りだった。1991年に独立し、以来ずっと西洋至上主義を前提にした国家体制を敷いている。
1986年に首都の110キロメートル北にある原子力発電所で大事故が起こり、このときモスクワ政府の対応がずいぶん遅れてしまって、ウクライナ経済は大打撃を蒙った。それまでは連邦内でも屈指の農業先進国だったんだが、ウクライナ産というだけでどこも買ってくれなくなった。
こんな屈辱を経験しているがゆえに、今も世論はロシアを憎悪しているんだ。
さて、実はロビネットの次男がUAの大手化石燃料企業から法務執行役員として給料をもらっている。実態はヨーロッパの納豆衆諸国へエネルギーを販売する上でUSが調整役をする、そのパイプ役というところだ。
父親の大統領選挙では、UA政府から莫大な資金援助を受けた。US国内では、いつ暗殺されてもおかしくないロビネットにカネを貸したがる投資家がほとんどいなかったし、ヤポ政府なんてドナルド支持だったからね。
ここでUAはロビネット一家に大きな貸しをつくった。
さて、無事に大統領となり権力を手に入れたロビネットはUAへ返礼をせねばならない。
一番喜ばれるプレゼントはなんだろう。
ロシアとの古いつきあいを完全に断ち切れるだけの経済力、そして軍事力。さらにUAを納豆衆へ迎え入れるための大々的なキャンペーンを、USが国を挙げて展開しよう。その一環として、ロシアにはとことん悪役を演じてもらうのがいい。
こんなところだ」
なるほど。でもそれをするためにわざわざ戦争する必要あります?
ああ、米国民すべての目をそこへ向けさせ、一体感を形成するというイベントも必要なんですものね。つまり……
ウクライナが西側の一員となるのを、ロシアが断固阻止するよう、仕向けていく……?
「UAとRUは地境だけで1000キロメートル以上接しているんだ。UAが納豆衆に加わった瞬間から、この国境沿いにモスクワへ照準を向けたミサイル基地を次々と造らせるのは当然だろう。
ウラジーミルは黙っちゃいないよ。
仕向けていくまでもないだろうね」