東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-02-012.hmos

スターンに、愚痴を吐いた。

強烈な説教が返ってきた。

 

「私からエヴァンズに、よく言っておこう。こんな働かないヤポを甘やかしてちゃいかんと。

早速こいつは君の悪口をこともあろうに私へ言ってきているぞ。反省も学習も成長だってしないのはヤポのヤポたる所以だが、それにしたってつけあがりすぎだ。

私も失望していてね。今夜で4日目になるが、言われたことを黙々とこなしてりゃあ充分だと思い上がってるこんな無能は店の品位を下げるだけだ。とっとと地下へ落としてしまえ」

 

ちょ、ちょ、ちょ。

俺は洒落にならない空気を察して、背筋を伸ばした。

エヴァンズの件はひとまず置いておこう。いま、スターンから、俺が店の品位を下げていると言われた。

営業中は定位置でじっとしてろと言われたから座っている。退屈で眠くなったりはするが、客が帰ったらすかさず片付けと消毒をしていたし、たった3日でそこまで言われるなんて理不尽すぎやしないか。

この点は、はっきり抗弁しておかねば。

 

「どうすればいいのか、と私に尋ねるのかね。それこそが無能の証しだよ。

ヒントをあげよう。

君は、先週までここにいたヤポの代わりだ。そのくらいは察しているだろう。さて君の前任者は、何日目で始末されたと思うかね。

答えなくていい。ヒントは以上だ。

さあ今日も考えて働け。終了」

 

スターンは横を向いて、経理のチェックに戻った。かなり機嫌が悪いことはどんなデクノボーでもわかる。

俺は黙って今の説教を吟味した。

前の奴は、始末されたのか。

ヤポニカをすっとばして殺処分か。ヤポニカが何なのかも未だに謎だが。

 

この店のボスはスターンだ。

仕事ぶり云々はともかく、スターンを怒らせたら俺は殺される。

エヴァンズに今のやりとりを伝えて助言を請うか?

いや、スターンの方が格上だ。エヴァンズは逆らうまい。

 

俺は、昼間の仕事がメインで、アヴァンティを副業のように捉えていたが、逆だな。

主戦場はこっちだ。

エヴァンズと戦うためにスターンの力を借りようとしてたのは計算ミスだと気付いた。

スターンこそが敵だ。こいつに背中を向けてはならない。

スターンの計略を探り出すために、エヴァンズに軽口を叩かせる。そんな風に考えていかねば。……だな。

 

更にだ。アヴァンティにおいて俺は、命じられた以外の行動をしていいのだと許可されたことになる。

たった今、その言質をとったわけだ。

昨夜まで、ここで余計なことは一切するつもりもなかった。当然だ。サービス残業させられてる気でいたから。

今日からは、すべてのドアを開けてやる。

どこに何を隠しているか、徹底的にチェックしてやる。

もちろんスターンに疑いを抱かれないことを最優先にしてだ。

ふざけんなよ犯罪組織のくせに。たっぷりお返ししてやるからな。覚悟しやがれ。

 

カムパネルラの手が空いているのを見て、俺は厨房へ入った。

未だ、挨拶以上の会話をしたことがない彼に、話しかけてみる。

スターンと戦うことを決めた以上、君は重要な情報源だ。

俺と同じ日本人奴隷だと思うが、さて、味方になるか敵になるのか。それも見極めておきたい。

 

あらためまして、よろしく。と握手を求めてみたのだが、警戒されていて距離が縮まらない。

まあ、想定内だ。

横から見ても威嚇的なギョロ目は、生まれつきだろうか。どんな人生を歩んできたのだろう。

いじめられっ子か、いじめっ子か。

どんな恋愛してきたものか。

なるべく、幸福だったように想像しておいてやる。

両親や家族が人格者だったおかげで今のあなたがあり、あなたは今もそれを誇りにしている。

そうプロファイリングしたことにしておく。これも実家の店で学習した処世訓だ。

質屋へカネを借りに来るような連中との接触ではとりわけ最初が肝腎で、ここを間違えると無益に怨みだけ買うものだ。カモッラしかり、うちの親父しかり。

 

ま、それはさておき。

俺はカムパネルラに語りかけた。

スターンにきついこと言われちゃって凹んでいる。どうしたらいいのかわからないけど、ここの仕事を続けられるようになりたい。カムパネルラ先輩のお力にもなりたいんだけど、何ができるか。今やっと考え始めたところなんです。等々。

心にもなく、しおらしい独白をぼそぼそとつぶやいて。

今日のところはここまでだ。

いきなり最初からがっついてはいけない。そんなの常識以前だろう。

スターンも聴き耳を立てているはずだ。

慎重に、長期戦のつもりで。おまえたちより度胸のあることをわからせてやるからな。

 

ほどなく開店した。

今日も予約した客が時間通りに訪れる。

リストに山猫博士の名があった。

月曜日にも来店し、俺に話しかけてきた。火曜日エヴァンズから、新型コロナのワクチンをつくっている博士だと教えられた。

カモッラのためだけに、俺の血を使って、こっそり作ってこっそり使うつもりなのだとか。

マッドか。

そいつが、今日も来る。

俺から特にアクションは仕掛けないが、じっくり観察しておこうと思った。幹部級ならマークしておかねばだし、スターンとはどちらが格上なのだろうというのも気になるところだ。

補足情報はまた、エヴァンズに語らせればいい。

こうしてカモッラの内部事情に詳しくなっていけば、いずれ脱出の方法も具体的に計画できるようになるさ。

 

8時、博士あらわる。

初めて見る、若い男女を連れてきた。一番奥のボックス席へ案内する。俺の定位置からすぐ向かいだ。

アヴァンティ内は基本静かな空間で、その中で博士の声はよく響く。

今夜はばっちりと聴き耳を立ててやろうじゃないか。

 

「SARS-COV−2の遺伝子配列は、とっくにWHOが公表してる。

ワクチン開発も世界中で始まっているが、おったまげたのは、とうとうメッセンジャーRNAを直接製造して注射させようって動きがブームになってるってことだ。

従来だと、ウイルスを抽出して、弱めながら培養して、パッケージしていくんだけどね。オレがやってるように。

でも最先端企業たちは、データから直接ウイルスによる生成物のコピーをつくっちゃう。自然増殖を待たずにすむからすぐに大量生産できますよというわけだ。

治験にはそれなりの時間をかけると思うけど、なんたって全世界が必要としている予防薬だからなあ。

バイオテクノロジーもここまできたかと、おじさんはぞっとしちゃうよ」

 

「covid-19が何者かの陰謀によって演出された説ね。オレは信じない。

きっかけが愉快犯だった可能性はあるけど、SARSは脅迫に使うにはイマイチなんだよなあ。

テロ目的なら、今でも炭疽菌が最高じゃあないかな。

しかしだね、今回RNAの製造技術がブレイクスルーを達成し、covid-19が長引いて世界中に大規模なナノテク工場が次々つくられていくとする。

そこから先は見ものだと思うよ。なんたって原発狙うよりもずっと安上がりな標的だもの。

君たちがもし実行する際には、事前に教えておいてくれると嬉しいな」

 

「CNの疫病対策はガチでヤバいぜ。

現地に10日ほどで専門の大病院を2棟もつくっちゃったばかりでなく、今は30以上の機関が協力して1日あたり2万件近いPCR検査を行っている。

この態勢になってからのスタッフ罹患はゼロだ。練度の上がり方が尋常じゃあない。

むしろUSが、これからヤバい。危機感が無さすぎる。

あのリーダーがどれだけ世界を引っ掻き回すか。それはそれで見ものなんだがねえ」

 

「ヤポは危機感以前に検査の仕方を知らないからね。PCRもやってないし、感染率を算出しようにもデータが揃わない。

政府はやっと対策委員会を立ち上げたが、16人ほどの老耄を寄せ集めてニコニコ記念写真を撮っただけで、議事録もとってないとさ。

国民皆保険制度を半世紀以上もやっているくせに、PCRは保険適用外。だから検査キットも常備してこなかった。

今月大慌てで商社を動員し、諸外国へ中古でいいから売ってくれと駆け回らせているみたいだがね。

あとは、マスクの買い占めか。農作物が不振になるたびやっているのと同じルーティーンだから商社の動きだけは素早いんだが、あいかわらず態度が尊大で相手先から愛想を尽かされまくっているよ」

 

専門的すぎて、俺には半分も理解できなかった。緊張しすぎて疲れた。

スターンより、今日からは1422号室に泊まれと言われた。

手順は同じだ。シャワーを浴び、ガウンを着て、唯一開くドアから入る。

部屋のつくりは一緒だが、廃墟のように朽ちていた。

 

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