日本国内のワクチン接種は、4月12日の月曜日以降、第2段階として65歳以上が対象となる。
その直前になって、次から次へと問題が指摘されている。
平塚大臣のなりふり構わぬファインプレイで、日本はワクチンを手に入れた。ベルギーから最初の冷凍コンテナが空輸されたのは2月中旬。さっそく医療従事者を対象に接種が始められる。
……かに思われたが、厚労省の承認手続きが遅れており、また各都道府県へ届ける輸送態勢も準備されていなかったため、5日ほどロスした。
米国フィッツナー社製ワクチンはマイナス75度という超低温での保存が必要であり、専用コンテナに密封された状態で出庫されるが、これを小分けにして配送するためには、同等の能力を持つ冷凍トラックが何十台も必要となる。
そんなもの、一台だってあるわけがない。
聖火リレーのスケジュールマップを流用して、全国をまんべんなく回るひと筆書きルートを運輸省が作成した。
リレーとは逆向きに、まず東京からスタート。
厚労省は全国100拠点に特製冷凍庫を配置しており、先見の明ありと自慢しているようだが、考えていたのはそこまでだった。
施設に到着したトラックからコンテナを運び出し、拠点冷凍庫の前まで数人がかりで運んでくると、さっき電源を入れたばかりなので冷えていませんというケースが多くあったらしい。
半日から丸一日、ドライバーたちは待機させられる。
残業代はつくのかどうかで、会社とずっと揉めている。
平塚はすぐ動いた。
ワクチン配送ルートについてはテロの危険を防ぐため秘密厳守にするとマスコミへ一斉通達したのだ。命令者は首相とした。
国益に反するスッパ抜きなんかされるとボクが怒られちゃうんだ頼むからやめてよね、と同情を惹く形にして記者たちの口をやんわりと塞いだわけだ。
実に、仕事のできる男だな。
遺伝子組み換えワクチンなど射ちたくないと拒絶を示す人はむしろ医療関係者や研究者に多く、地域によってはかれらが実際にテロを起こした。拠点冷凍庫のコンセントを抜いておいたのはそんな反社会勢力の仕業だ。というのが政府や厚労省・各道府県警察の一致した見解である。
テロならコード切断とか、もっと容赦ないことをしておかないのかよ。
どのみち捜査も非公開だし、藪の中ではあるのだが。
冷凍庫に移し、トラックが去っていったあとでもテロは起こせる。なぜそこまで考えない。
実数はまったくわからないが、一拠点ぶんのワクチンがまるごと廃棄処分となったケースだってあったという。
医療従事者の何割にワクチンが接種されたのかになると、もっとわからない。プライバシー保護のため伏せられている。
それ、プライバシーか?
議論したって無駄だよね。そもそも議論のしようがない。
数字のまったく含まれない記事なら掃いて捨てるほど書かれてるけどよ。日付すら某日でごまかすしよ。
約2ヶ月の貴重なノウハウを蓄積し、いよいよ、一般人への接種開始だ。ここからは一気に難度が上がるぞ。
政府は自信満々なのだが、マスコミは質問を投げ続ける。
回答は、早ければ翌日返される。
回答が得られるような質疑は無視してよい。政府が答えないところにヤバさの本質が隠れているのだ。
マスコミが問いもしないヤバさはもっと深刻だが、そこまで分析するのは俺の手に余る。
エヴァンズに尋ねるとたいてい即答で返ってくるからたすかっているが、新聞だけではさっぱり意味がつかめず、悶える。ヒマつぶしにはなるけれど、退屈してるときにしか役立たないものだからな新聞は。
いや、退屈してたってもっと有意義な時間の使い方があるとは思うのだが。
対象の高齢者には、居住する市町村役場から接種券が郵送される。この券に書かれている番号で、一覧にある病院・診療所から選択して、予約をとる。
ワクチンは解凍して注射するまでの時間がシビアなので、まちがいなく指定した日時にその場所へいること。
接種券には細かな字でびっしりと手順や注意事項が記載されているそうだ。
あせらなくていいからじっくりと読んで、このとおり操作してもらえればスムーズにワクチンを射てますからね。費用はすべて国の負担です。一日も早く病魔を退散させるためですので皆様御理解と御協力を。
政府は毎日、全面広告でこんなメッセージを投げかけている。
予約システムのベースは、韓国企業から提供されたスマホアプリ。
「すべてに同意します」のアイコンを一度タップするだけで、すぐ接種券番号入力画面が表示される。かんたんべんりなインターフェイス。
これも全手順がいちいち新聞でも解説されていて、そこまでしてあげないとできない人たちを相手にしているんだろうなと背筋が寒くなる。
携帯ショップの順番待ち、何週間先まで埋まっているのだろう。さすがにここの予約は人力対応だと思うが。
ねえ。まさかそんな、それはさすがに。
スマホを使いこなすどころか、持っていない老人も多いはずだ。
その人たちのために、役場は電話予約も受けつけている。
ただし回線もオペレーターも追加予算内でなんとか設置している状況だから、できる限りスマホで予約してくれという。
なんと過酷なゲームか。どれだけ現金を持っていようと、この鬼ガチャを楽にクリアさせてくれるアイテムは用意されてなさそうだ。
むしろ詐欺師がよろこぶか。途方に暮れる老人たちへ、おたすけしますと声かけて回れば、あっという間にミリオネアだぜ。
これも、コヴィッドの生み出した新商法といえるのかな。
仮に俺がスマホ操作してやるにしても、あっさり予約なんてとれるものだろうか。
どうせ相手は老人だし、困ってみせて時間をかければ謝礼だってより多くもらえるだろうし、ついでに家庭環境や、近所の誰と仲悪いかなんて聞き出すよな。その情報をもとに、近隣一帯から巻き上げるだけ巻き上げて、トンズラ。
ビリオネアだっていけるんじゃないか?
国が愚かであってくれたおかげで、ここは錬金術師たちのユートピアだ。ワンダホー。
なんてつい妄想してしまった。
くそ、カモッラの奴隷じゃなければな。いまは稼げるチャンスなのに。
ワクチン接種前には、体調を整えておかねばならない。
できれば翌々日まで休みをとって、食糧と飲料を備蓄して、籠城するかのごとくステイホーム。
そんな提言も時々載るが、いまひとつ地味かな。
医療従事者なんて相当体力なければ今日まで生き残っていないだろうし、かれらには周知のことなんだろうが、高齢者だとワクチンで死に至るケースだって出るだろう。
一般人対象であれば、揉み消すどころか、たとえ交通事故死でもワクチンによる目眩のためとか報道されるおそれがある。
可能性が1ナノミリでもあれば記者はそう書くさ。某専門家の口を借りて。
第1次接種でも、ぎっしり圧縮された同意書にサインをさせたそうだ。
いかなる訴訟も起こしません、守秘義務を貫きます、検温・採血・所見などのデータを逐一厚労省へ提供します、等々。
ワクチン開発過程で治験するよりも、安く大量に実験結果を集められたことと思う。
順序が逆?
でも、賢いなあって思うこともできるわけよ。
ともかく日本人にもフィッツナー・ワクチンは大丈夫そうだというエビデンスが確保できた。欧米より20倍ほど多く副反応が出たらしいともいうけど、100倍でも微々たるパーセンテージだから問題にならないんだってさ。
それで、いよいよ、高齢者へも射ってよしとのゴーサインが出た。
医療従事者相手のときほど危険視する人は出なかろうと予測されている。素人にはナノテクの何がヤバいのか説明することも難しいだろうし、流行語のブラッド・ミュージックだって音楽の一種らしいですよと言えば納得されるだろう。
ましてかれらの世代は既成の秩序に対し全幅の信頼を寄せている。
だからとっとと片付けてしまおう。
最大の障害は、スマホに頼りきった予約システムだ。
だから毎日、アプリの操作説明がしつこいほどに解説される。
そうだね、こいつがラスボスだ。クリアすればエンディングが奏でられ、感動のエンドクレジットを見られるよ。
ほんとかなあ。
その先でも新たな課金がまちうけているような気がしてならないんだが。
「ジョバンニ。原宿へ向かってくれ。急な指示を出すかもしれないから、今日は特に慎重な運転を頼む」
イエッサ。毒蛾ですか?
「ああ。うまくいけば48時間以内には、すべてが片付く。
必要なチェックは僕がするから、君はあまりキョロキョロせず、運転だけに集中してくれる方がいい。
子供ばかりに気をとられるな、という意味だ。
わかるな?」
ラジャ。店の看板でも眺めてます。
連中、運転手の視線にまで注目してるものなんですか。
「未熟なスパイは眼球の動かし方でバレるんだよ。
その他多くの手懸りを、無警戒な人間は撒き散らす。
そろそろおしゃべりも止めてくれ。あとで種明かしをしてやるから」
30分ほど、原宿の住宅地をノロノロ走った。
表参道の小学校付近で、12月にイェーガーを何度か降ろしたことがあるな。
初々しいランドセルの集団が何組もかたまっていて、直視は避けたが、慎重に徐行しながらやんわりと会釈は交わす。どいつもこいつも怪しいなあ。
やがてエヴァンズから、空域離脱を下知される。
渋谷を抜け、代官山まで南下した。
「よし、明日は山梨行き決定だ。2往復になると思うから今夜はしっかり寝ておいてくれ」
は?車は……まさかハイエースじゃないでしょうね。
「それは僕も御免だな。安心しろ。御婦人と、将来有望なお子様をお乗せするんだ。
アウトランダーにしよう。あれなら10時間のドライブにも耐えられるだろう」
それにしたってつらいですけど。
御婦人?もしかして、ナツミさんですか。
「ああ、知ってたか。そうだよ。
うまくカップリングが成立するといいんだがねえ。世界最強の毒物同士だ。さぞやすごい融合が起きるだろう」
いったい何をやらかすつもりですか。
セムテックスの次はGB剤で東京を壊滅させるんですか。
「ベン・ギャザラの話はしていなかったかな。
毒蛾は最近、GBよりずっと狂悪な薬物の合成を始めたんだ。それで足がついた。
さあ、警視庁なんかに先は越させないぞ。毒蛾のすべては、僕たちがいただく。
ヤポは脅威の自然消滅を勝手に喜んでいればいい。
では、スタミナをつけに行こうぜ」