東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2021-04-006.hmos

毒蛾の脅威は消滅した。カモッラにとっては。

 

警視庁は依然、ベン・ギャザラという物質も知らないようであるし、原宿の小学校から実験器材や医薬品が大量盗難され近所の空き家で子供たちが日夜研究に勤しんでいた実態にも無関心のままでいる。

もっともそれらの証拠一切は当日夜の不審火ですべて灰と化したから、一層真相へは近付けまい。

捜査本部はこれからも毎週、決まりきった会議をスケジュール通り行い、次第に小さな会議室へ移されていって、時効の直前、大掃除ついでにドタバタしてみて、やっと解散となる見込みである。

 

報道陣は模倣犯たちの顛末を一話完結で記事にしたりもしていたが、まるで「地面の上に幾つも幾つも柱が立っているんです!」とハシャいでいるような姿だった。

それらがひとつの胴体とつながっていて、更にその上に頭が載っているんだけど。なんて、どう説明したものやらだ。

こんな未解決事件は年間何百何千と発生するのだ。すぐに忘れ去られよう。

とはいえカモッラと当事者たちは毒蛾が完全消滅したと知っているけど、ただ不安がる人たちだけはそれが終わったことを知らない。教えてあげることも難しい。

まあ、警戒は続けていなよ。

それでいいのか。

 

エヴァンズから聞かされた補足をいくつか。

毒蛾の中心グループは、12月にイェーガーから誘われたけれども、そのときは羽化する勇気を持たなかった小学生たちである。クリスマスプレゼントだって、もらえなかった。

多くの同級生が行動を起こし、荒野へ飛び出していってたくましく生き抜いている噂を聞くたび、もう一度チャンスが欲しいと湧き上がる衝動を抑えこんでいた。

かれらは自前で武器の開発を始める。

以前から化学が好きで、庭にトリカブトやベラドンナを植えていた少女がいて、彼女のアイデアでGB剤が採用された。

経営難の薬品工場を選別し、コンタクトをとってみる。

メールで化学式や工程について説明し、商談に入っていった。

コスト計算もスケジュールも、子供たちの出す案の方が厳密かつ適確であり、工場側の口調がどんどんかしこまったものになっていって気味悪く感じたと渉外担当の少年は語る。

子供たちはもちろん正体など明かさなかったが、工場側は自分たちを凌駕する超専門家集団から依頼を受けているのだと襟を正して応対したようだ。誤解が含まれていたとはいえ、それは健全な接客姿勢といってよいものではないのか。

ともかく、子供たちはGB剤スプレー24缶を手に入れた。

さっそく使ってみる。

毎回、反省会をした。

どんどんスキルを上げていった。

 

次回分を発注しようとした矢先、警察が捜査しているとわかった。この追跡者より徹底的に考え、行動しなければならなかった。軍資金はいくらでも欲しかった。もっと、もっと安全に手に入れられる、強力な毒も。

そこでバイナリーが選ばれた。

警察の目はくらませても、同業者には尻尾を掴まれた。カモッラは置き配の受け取り場所を監視し、回収者を尾行して原宿のアジトを特定する。さらに数日間観察し、司令塔のような役割を担っている男性1名の存在も確認。ジェンナーロという、コジモからの脱走兵だった。

 

アウトランダーで山梨へ2往復した日、コジモからも、このジェンナーロを捕獲する中隊が派遣され、原宿に展開していたらしい。

ちなみに無傷で身柄確保し、現在奥多摩で査問中だそうだが、子供たちとの関係性でいうと、ヒモのようなもの。

匿われ、養ってもらう代わりに戦術指導などアイデアで貢献していたらしい。

 

ジェンナーロは体のあちこちを負傷しており、子供たちの介助に支えられていた。

子供たちもある程度の尊敬は寄せていた風であるが、まだ同志として連帯感を抱くには至っていなかったようだ。

エヴァンズやナツミさんたち一行は堂々と、ビジネスライクに毒蛾たちを訪問して提携を呼びかけた。その空き家にはジェンナーロと、子供たち十数名が隠れていたそうだけど、包み隠さず自己紹介して、ボディチェックも受けて、かれらの望む形を全面的に尊重した状態でプレゼンテーション開始。約2時間半で合意に達する。

 

つまるところ、毒蛾と呼ばれていた少年少女のグループは、毎日不安の中で生きていたのだ。

大半は家出中の状況だが、家族とのしがらみを完全に断ち切って巣立ちしたマウスたちと違い、かれらの親はまだ都内で生きている。

未練もあろうし、見つかってしまう危険も小さくはない。自分たちは世間的には犯罪者だし、今日まではうまくいったけど、すでに致命的なミスをやらかしていないとも限らない。

所持金はどんどん減ってゆく。

どこまでたどりつけば、ひと息つけるだろう。この戦いを、終わらせられるだろう。

鼠マントの少年たちにもう一度会いたい。今度こそ、こんな世界から連れ出してもらいたい。そう願っていただけだったのに、うまくいかないよね、と。

そんな悩みと戦い続けていたのだった。小さな小さな、蛾たちは。

 

そこへ、カモッラが現れた。

びっくり仰天したことだろう。しかも自分たちのしてきたことを、ぜんぶまるっとなにからなにまでお見通しだ。

神か悪魔か天使か精霊かと、そりゃ驚くよ当然さ。

だがしかし、対話によって、蛾たちはこの突然の来客が、まさしく福音を携えた使徒であることを確信する。

憧れ、恋焦がれ、ひたすら背中を追いかけて走り続けた、まさしくその希望の星が、いま、降臨したのだと。

全員が納得したら、あとは行動に移る。

男子はほぼ全員、コジモ行きを選択した。女子の大半も、クークンに保護されることとなった。

支度を始め、皆それぞれ全財産を詰めたバッグを抱えて整列。

2ヶ月弱の思い出がしみこんだアジトへ別れを告げる。

 

化学マニアの少女ふたりはナツミさんと意気投合し、山梨行きを希望した。

最初からそのように仕向けていたらしい。そうでしょうとも。

山梨カルテルはこうしてまんまと、将来有望なスターの原石を手に入れたことになる。

 

ふと思うのだが。

仮に警察が先に手入れしてた場合、この天才級少年少女は全員ただの犯罪者として扱われ、その才能を継続発展させることなく、むしろ今後は特技から徹底的に遠ざけられ、世間からも爪弾きにされながら死ぬまで過ごすことになるよな。

それは正しい道筋なのか?

 

蛾たちは、マウスになりそこねた。

しかし自力でここまでやってみせた。すげえことだ。たいしたもんだと、おそれいる。

そこまでやれたからには、カモッラが放っちゃおかないよ。それもわかる。

 

蛾たちは、これから、マウスより更にもっと強くて賢い、なにものにだってなれるはずだと思う。

でも世間的には犯罪者でしかないんだろうとも思う。

ところで都内にはまだまだ小学生が遊んでるんだが。イエーガーが見向きもせず、マウスにも蛾にもなれず、ならず、今も黙々と地道にお勉強してる子供がいっぱいいるはずなんだが。

世間が求めているのは、そんな子ばかりということでいいのか?

言われたことだけソツなくこなし、褒められたらそこで試合終了、満足してしまう。そんな子ばかりで。

いいならいいでいいんだが。

その水準を飛び越える子供たちは、みんなカモッラがとっていっちゃったよ。この半年足らずで。

いいのかな。

知らないよ。

差はひらくばかりだよ。

今でも日本人とカモリスタの能力差、決定的だけど。

20年後、いや10年後にはもう、ヤポとすら呼ばれないかもしれないよ。

かないっこないって。絶望的だよ。

そんなことを、俺は毒蛾事件から、思い知らされたのだった。

 

「大きな案件だったが、無事に片付いてホッとしている。さあ、これでようやく中東戦争に集中することができるぞ」

 

え?

中東?

……ウクライナって中東でしたか?

 

「UAをミドルイーストに含められないこともない、か?苦しいな。ちがうよ、ずばりイスラエル戦争のことだ。

いよいよオリンピックだからさ。

早ければ今月末から、続々とお客さんがやってくる。一年延びたぶんだけ、どいつもこいつも手強いぞ。

ジョバンニにも、全力で走ってもらうからな」

 

明かせる範囲でいいですから、概要を説明していただけますか。最近そっちの方面から遠ざかっていたので、頭の中の地図もあやふやです。

いったい何がはじまるのでしょう。

 

「オリンピックは戦争の代償行為だから、リアル・ウォー前のプレイベントであり、予行演習という性格を持つ。

現実に戦争中の国々は、オリンピックでも敵国の撃滅に全力を尽くすのが当然だ。

戦時国際法適用外だから、オリンピック憲章に反さない兵器なら使い放題。

1917年以来、史上最悪の領土問題を抱え続けている中東諸国が各々の信ずる未来のために気炎を上げるのもまた、当然じゃないか。

担当は僕なんでね。秋まではこれにかかりきりになる」

 

イスラエルが中心なんですか?

1917年には何があったのでしょう。

 

「ヨーロッパ大戦は4年目を迎え、猫も杓子もうんざりしていた。

この年11月、ブリティッシュ・エンパイア戦時内閣が、とうとうユダヤ資本に援助を請う。戦争協力してくれたら、君たちユダヤ民族に祖国をつくる権利を与えよう。ブリテンはその目的達成のため最大限の努力を惜しまないことを誓う。こんな宣言が発せられた。

ユダヤ人が聖地カナンを欲しがることはわかっていて、当時その一帯は敵国の領土だったから、実に合理的な提案だったといえるだろう。

翌年大戦は終結する。

ブリテンは勝利した連合国側の一員だったので、敗戦したオスマン帝国を完膚なきまでに切り刻んで解体させた。

カナン一帯は予定通りブリテンに与えられ、この地に民主国家が根づくまでブリテンが統治し教育するという建前がとられる。

扱いづらいユダヤ人を本国から追い払って植民地建設に没頭させることは、当時としては、実に合理的な最適解だったわけだ」

 

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