ばたばたしている間に、秋ノ宮が米国へ行って、戻ってきた。
ロビネット大統領と30分も会談してきたって。
は?30分?
たったの?
「予定では15分だったそうだが、延長してくれたらしいよ。
事前に告げていた以上の現金を積んでいったんだろう。見ろよほら、ロビネットの顔。はちきれんばかりに笑っている。なかなかお目にかかれないぜ、こんなの」
金額はさておき、15分だの30分で何が話し合えるんですか。通訳する時間だって必要でしょう?
「ドナルドと岸なら、そのあと2時間くらいのゴルフを愉しんだかな。
そういえばドナルドを接待するときの岸は、この世で最高のニヤケ顔を見せることで有名だった。博士はアヘ顔と呼んでいたか。
ロビネットと秋ノ宮じゃあ、そんなドラマは生まれないな」
日米首脳会談て、その程度のものなんですか。
「その程度?これだけ貢いでいるんだからビーフジャーキーもう1本おくれよとでも言いたいのか。
国家元首が挨拶して、文書にサインをして、記念写真を撮る。余った時間で相手のネクタイや髪型を褒め合ったりもするかな。
これだけなんだから15分あればじゅうぶんだろう。
短距離走なら何試合できると思っているんだ」
文書にサインする……だけ?
その内容は事前にすっかり仕上げておく、わけですか。
「シェルパと呼ばれる交渉担当が数週間から数ヶ月かけて協議し、共同声明を練り上げ、各々の国で了解をとってから、元首を対面させて調印させる。必要であれば帰国後、議会に諮って批准。
先進国の首脳会談とは、概ねそんなものだ」
なるほど……言われてみれば、ぶっつけで会議してたんじゃあ時間なんて何日あっても足りないでしょうからね。
「だいいち民主主義国家の元首なんてテレビの人気投票で選ばれただけの、頭スカスカな芸人ばかりになるじゃないか。大根役者に権力なんか持たせちゃ大変だから、どこの国でも官僚が策を巡らせるんだ。
15分も延長した理由は、ヤポのシェルパが秋ノ宮のおしゃべりを止められなかったからでもある。時間にルーズで統率力の欠けた、駒に使えない相手だとロビネットも失望したことだろう。
岸は岸でひどすぎたが、秋ノ宮はそれ以下で採点不可だな」
呼びつけて、カネをむしって、そんなとこまでチェックして。何様のつもりだよロビネット。
秋ノ宮も日本のマスコミも、へらへら喜んでる場合じゃないぞまったく。
やるせなくなる。
「安心しろ。錬金術が使えるうちはヤポがUSから見捨てられることはない。
最近ウラジーミルとの電話会談が日増しに険悪になってきてるようだからな。ロビネットにとって、愛玩犬と戯れていた30分は極上の癒やしになったはずだ。
この笑顔は本物に違いないよ」
ロシアとは大統領同士で毎日語り合ってるのか。敵対国だと却ってチンタラやってられないんだろうかな。
駐米・駐露の日本大使館では情報をさぐって意見交換とかしてるんだろうか。
考えるまでもないことだな。ああ、やるせない。
「へえ。ほう。なるほど。
ヤポの新聞というのもこうしてたまに眺めてみると、いろんな発見ができて楽しいものだな。
ジョバンニ、来週から新規感染者数が爆発的に跳ね上がるから覚悟しておけ」
え、えっ?
そんな話題、載っていましたか?
「その通り書いてあったら大したものだけれどね。
まず、この厚労省が出している全面広告だ」
それは、12日から始まった、高齢者向けワクチン接種へ行きましょうという呼びかけですね。
元気そうな老人がゴルフでナイスショットしたようなポーズの写真で、ワクチンを射って希望が湧いてきた、楽しむために勇気を出すぞ!と力強く叫んでいます。
……これが感染爆発の引き金に、なりますか?
「わからないかね。こっちはどうだ。
スマートフォンで接種予約をする手順が、紙面を半分以上割いて丁寧に解説されている。
いま対象となっている65歳以上のヤポへ向けてだと思うんだが、それにしては文字も小さすぎるし、使い回しをする前提で下請けに丸投げしてつくらせたようにしか見えないな」
それ、毎日載ってます。
初期にくらべるとこれでも随分わかりやすくなったんですよ。地道にマイナーチェンジされてます。
「こんな記事も見つけた。
どこかのなにかの専門家にインタビューした際、ワクチンは2回射ってやっと免疫のできる準備が整うと説明されているんだが、この記者にはそれが意外だったので、こうして最後に付け加えたように読めるね」
そのようですね。文体が細やかなので新米の記者さんかな。熱心にメモをとりながらインタビューしたような印象を感じますね。
「世間擦れした老人は3つのうち、この広告だけしか見ないんじゃないか、と思うのは偏見かな」
偏見でしょ。
日本人は識字率が高いんです。老人にスマホ操作は無理かもしれないけど、縦書きの活字なら若者より早く読めるはずだから、読むでしょ。どうせ時間もありあまってるんだし。
「自信たっぷりだな。賭けるかい?
ボルティモア機関が公表している今週ウィークデイのヤポ発症件数は約19000人なんだが、僕の予想では来週……そうだな、30000人を超えると思う。それ以下だったら、小遣いを増額してやろう」
ほお。3万人超だった場合は、俺は何をさせられるんですか?
「ゴステロにでもくれてやるかな。
あいつは今クリミア半島へ派遣する助手を欲しがってる。ロシア語もウクライナ語もわからない人間でも、何かの役には立つだろう。揉まれてこい」
いえ、もう少し長生きしたいです。
ところで言われてみれば、この広告を一瞬見るだけだと、ワクチン射てば即コヴィッドと永遠におさらばできそうな錯覚を抱きかねませんね。
予約もしないで病院へ詰めかける老人、いっぱいいそうだなあ。
「知らないのか。すでに大勢湧いていて、ウイルスを撒き散らし、持ち帰っているよ。せっせと。
それから予約していても時刻通りに来ていないケースが多くて、過去最大のペースで解凍済みワクチンが廃棄処分されているという問題も起きているね。
識字率の高い国ではその程度、あたりまえなのかい?」
読解力は低いからなあ。こんちくしょ。
「近所に幼稚園や介護施設などがある診療所では、すかさず連絡して手の空いている職員に来てもらい、接種するという機転をきかせたりしているところもあるみたいだがね。
2回目をちょうどいいタイミングで接種できるかは不明だし、なにより役所はこんなルール逸脱をことのほか嫌う。医師法・薬機法・感染症法を駆使して有罪にしてみせるだろうね。
ヤポメディアも、ややこしそうだから踏みこまない。おりこうさんたちばかりだからなあ。
錬金術が使えなくなったらどうしよう、なんて考えたこともないんだろうね」
打ち出の小槌からおカネが出てこなくなったら……俺なら、誰にもそれを告げず、今ある資産を掻き集めて見つかる前にトンズラするなきっと。
エリートさんたちも、我先にとそうするだろう。考えていなくはないと思う。
ただ、壊れた小槌を誰が修理できるか、その後始末をどうするんですかという話になると……ややこしそうだ。
期待される人にはなりたくないと思う。
やっぱり逃げるか。少しでも、希望の見える方角へ。
「ところでジョバンニは去年、IL大使館の敷地内まで入ったことがあるんだっけ。千代田区の二番町だ」
二番町……ああ、覚えてます。たしかあの日、ガタイのいいスパイさんを乗せました。
だからアウトランダーで行ったんだ。晴海のマンションで、ドローン飛ばして、エヴァンズがずいぶん緊張していたのが印象的だった。
あれがイスラエル大使館か。
建物が周囲のどこからも完全に見えないようになっていて、まさしく秘密基地といった感じでしたね。
「僕からはイスラーム臭が漂うんだってよ。そう言われて、今年は担当を外されてしまった。
まあ仕方ない。
さて、これからオリンピックを控えて東京でも中東戦争のミニチュアが勃発するわけだが、ありがたいことに僕はILへ気兼ねしなくてもよくなった。
当然なんだがね。ILとPSの両方と握手を交わすなんて自殺行為だ。
1990年代を除けば、岸くらいだろう。世界広しといえど」
へ?岸、さんが、そんなことを?
「知らないのか。
2015年1月、あのバカは中東を訪問して、誰彼かまわずカネをばらまいて回った。
日曜と月曜にILのトップと、火曜日にPSのトップと会談し、終始ヘラヘラしていたんだよ。
いまでも中東全域の語り草だ。正真正銘の白痴だから嗤って見逃してもらえてるが、常識的にありえないことだぞ」
そんなに……異常ですか?
「たとえばだ。内戦中のユーゴスラヴィアで、全陣営に公平に武器を配って回ったらどうなると思う」
げげ。それは絶対やっちゃあかんですね。全員から怨みを買いますよ。
「やるんだったらそれぞれ別個に交渉人を派遣し、黒幕は決して楽屋から出てこない。鉄則だろう。
岸は堂々と顔をさらし、額面までぜんぶ公開しながら回って歩いたんだ。異常じゃないか」
異常……すぎます……たしかに。
「ある意味たしかにヤポだからできる曲芸さ。人間業じゃない。もちろん、僕にも不可能だ。
だが、さいわい今年はILを担当してくれる、とっておきの逸材が確保できた。おかげで僕はアラブ側の代理人に立てる。
やっとこの態勢が整ったので、ほっとしているところさ」
ILだけ担当と、もう一人は、それ以外のすべてを担当?
……イスラエルって、それほどの強国なんですね。
ちなみにIL担当って誰ですか。
「君も知ってるはずだな、アモスだ」