東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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擬人化すると、シリアとレバノンは兄弟に見える。

もちろん仲が悪い。性格も違いすぎるし、ひとつ屋根の下で一緒に暮らさせようなんて狂気の沙汰だ。

だって兄弟だからさ。

他人が首をつっこむな。兄弟だけで気のすむまで殴り合わせてやれよ。

たぶんそれが、もつれた家族関係を解決するには一番の近道だ。

 

レバノンは、フランスが、シリアの中につくった国だ。

カトリックの一員であることを強く主張するマロン派という宗教コミュニティが人口の多数派を占めるように、計画的に国境線が策定された。

政治体制はフランス式民主主義に準じたものが用意されたが、レバノン独自の奇妙なローカルルールも設定されている。

まず国民議会は一院制で、その議員定数は11の倍数。

マロン派と、それ以外の宗派とが正確に6:5となるよう調整してから、やっと国民に投票させる。

完全に公平な選挙を実施すればマロン派議員だらけになってしまうから、その他の宗派にも半数近くもの国政参加権を与えてやっているのだぞ。と説明されればありがたいと感じる人だっているかもしれない。

でも最終的に多数決をとればマロン派の組織票が確実に採択されるのだから、誰もが納得する素晴らしい制度だ、とは残念ながら言えないと思う。

 

だいたい不自然すぎるだろう。

住民の大半がマロン派なら、マロン派が一番得をするような法律ばかりつくられていって当たり前だ。それでこそ民主主義じゃあないのか。

なんて猿芝居は大概にして、現実をありのまま見つめましょう。

 

レバノンは民主主義国家なんですよ。

だから西洋列強からは何をやったって大目に見られるんです。

シリアはそうじゃない。

民主主義とはそもそも……なんてお題目は、お暇な方が好きなだけ机上で論じてください。

これが現実なんだ。では、先へ進みますよ。

 

建国当初のマロン派は得意の絶頂だったはずだ。

オスマン帝国は滅んだ。西洋列強は、もと帝国の住民が今後も自分たちの脅威とならぬように、民族・文化・言語そして地理的な一体感をなるべくつくらせないような直線国境で分断して、それぞれを取り分とした。

帝国を特徴づけていた、イスラム・アラブ・中東といった概念はすべて反西洋的であり、結局敗れた側に特有の条件だったのだから、顧みる価値も無いゴミであると解釈される。

すべて捨てろ。忘れよ。

おまえたちはこれから真理を学びなおして文明人になれるのだから、ありがたがるのだぞ。

こんな理屈をふりかざせるようになるのだから、戦争に勝つことこそ国家の至上命題にちがいない。

国の長たる者は常に戦争の準備を怠ってはならず、攻めても攻められても勝って相手を屈伏させねばならないのだ。

これができなければ国民から信任されない。それでこそ民主主義。

 

「オスマン帝国は民の声を聞いてこなかった。

民衆の発する不平不満や領土欲・征服欲に無頓着すぎたのだ。だから敗北したのだよ。

さあ、おまえたちも民主主義の仲間に加わりな。

ただし俺たちより強くなったら、ただじゃおかないぜ」

西洋社会は、こんな倫理を説いてきた。

従わざるを得なかった。

刃向かったら、もっと殺されるだけだから。

 

そんな中東世界のなかで、マロン派の国であるレバノンは、すばらしい新世界への中継ステーションとして発展する。

マロン派はフランス人よりもキザったらしく、アラブ人を虐待した。

さぞや得意の絶頂だったはずだ。

イスラエルが登場するまでは。

 

どうあがいたところで、マロン派はシリア人なのである。

先祖代々シリアで暮らし、その社会ではマイノリティだった。

生粋のフランス人ならば、かれらのアラブ臭がきつくて反吐が出る。相手なんてしたくないから褒めちぎってすぐ帰国する。

そんな上っ面だけの関係が20年ばかり続いたところでアラブの西洋化なんて始まりようもない。

ギリシャと同じだ。

育まれたのは、憎しみだけ。

 

この点、ユダヤ人は格が違った。

あらゆる敵と味方のパラメータを手に入れて綿密なロードマップを作成し、英仏ばかりか米国や国連との根回しも周到に張りめぐらせてゆく。

かつてレバノンが独占していたポジションは、すぐイスラエルが引き受けるようになった。

 

イスラエル人は戦略上の必要からアラビア語の修得に熱心だが、西洋社会で暮らしていると、アラビア文字を発音できるというだけで白眼視される風潮が今でも根強い。

気位の高い諜報機関ほど、イスラエルを頼って中東情勢を分析してもらうのだ。

マロン派にそんな仕事はつとまらないのでレバノンの価値は暴落した。

 

数だけやたらと増えていたマロン派キリスト教徒は、だんだん無理をしなくなっていく。特権が約束されているだけに、その腐敗は深刻だった。

レバノンの特色のひとつはここにある。

マロン派という、傀儡ですらないフランスかぶれの為政者たちが理想主義と信仰談義に全エネルギーを費やす傍らで、レバノン人という無法者の集まりが着実に闘争テクノロジーを磨いていったのである。

 

アラブ人はすべからく大前提としてイスラエルを嫌うが、レバノン人はパレスチナ人も嫌っている。

シリアやエジプトはかつてパレスチナ難民を全力で保護し、かれらのためにイスラエルを倒そうと軍備増強に走った。その絶頂期でさえ、レバノン人は難民に冷たかった。

「おめおめ泣いて逃げてきたのか、なさけねェ」

レバノンへ辿りついた難民はこのように嘲笑され、一宿一飯を恵まれた翌朝から銃の扱い方と基礎体力づくりを指導されたという。

今日に至るまでずっと、レバノンからは多くのテロリストが生まれた。

アラブの軍事大国が25年も過ぎるとパレスチナへの共感をすっかり失ってしまったのよりも息の長い抵抗を続けてイスラエルを困らせているわけだから、実はより正解に近い励まし方だったとは言えまいか。

 

もちろんレバノン流儀はいろんな陣営から批判もされるし、シリアだって認めちゃくれないんだけれども。同じレベルの人材育成術を持っていない国はひがんでるだけかもしれない。

間違っていると主張したいならエビデンスを示してください。イスラエルが許されるならレバノンだって正義だ。

試してみてほしいんですが、たった今からでもイスラエルが先住民に対し心からの尊重と敬意をもって国づくりを始めるなら、テロは止みます。

因果関係は明白だと思うんだがな。

 

到底誰にも聞いてもらえなさそうな理想論はさておき、レバノン人はパレスチナ難民を厳しく鍛えあげた。

イスラエルはレバノンへ抗議するが、マロン派中心の政府は自国内武装集団の区別も把握もできておらず、てんでお話にならない。

そこでイスラエルは自前の諜報工作隊を大量に送りこみ活動家を見つけ出しては暗殺するという、まるでテロリズムのような公務をつくり予算を組んで常態化させた。

こんなグレーな外交も、民主主義国家同士がやるなら大目に見られるらしい。

レバノンはますます混沌としてきた。

もしかするとマロン派の現役政治家たちだけは一心に祈るばかりで悩んでなどいなかったかもしれないが。

 

1975年4月から本格化したレバノン内戦は、無数の小規模武装政党が意見の対立から抗争と復讐に明け暮れたという側面もありはしたが、注目すべきは15年以上にわたってずっとその中心にありつづけ再編も連合も経験していない武装組織といえばマロン派だという事実である。

抗争激化の発端となったベイルートのバス虐殺事件からして、一方はマロン派だった。

1990年10月に内戦が終結した決定打だって、当時の国軍総司令官が大統領官邸で降伏宣言したことによる。もちろん、この人もマロン派だ。

マロン派を主体に語るとレバノン内戦を説明しやすくなるのは重要なヒントである。

大統領が人事権や決済権を持つ官庁や国有企業の要職はマロン派が固めているし、武器の手配や国際世論の誘導もフランスが便宜を図ってくれる。反政府組織が束になってかかってきても、ひねりつぶせて当然のはずなのに。

それがこじれてもつれ続けたのは、マロン派がどれだけ無能であるかの証明に他ならないと考えられる。

ついでに、フランスもな。

 

1976年5月からのシリア軍介入は、マロン派政府からの要請に基づいていた。

キリスト教徒を保護してくれ、ムスリムには容赦するなとオーダーされていた。

その逆だったら、シリア兵は誠実に励んだだろう。

拒否すればイスラエルが介入してもっとひどい事態になると思えばこそ、引き受けたのだ。

 

もちろん成果は上がらず、誰もが不満しか抱かない時代が過ぎた。

1982年6月6日のイスラエル軍侵攻は、誰も頼んじゃいなかったが、その3日前にロンドンでイスラエル大使を銃撃して逃走した犯行グループがパレスチナ人とみられレバノンに拠点を持っているからだという理由をつけて開始された。

ずいぶん無理矢理な口実だが、こんな公式声明で押し通せちゃうなんてさすがは民主主義だ。

 

大規模空爆に始まり、800輌の戦車に続いて6万の兵が南部3方面から進撃したと堂々たる記録も公開されているのがイスラエル流儀である。

一説には1973年に奇襲を受けて以来イスラエルは軍備増強に血道を上げてきたが、どうやらその使い道がなくなってきたので10年目を前にして国軍の存在意義を示す機会を設けておかねばという焦りにもかられていたらしい。

使用期限の迫っていた弾薬や化学兵器は、ベイルートですっかり消費された。

想像よりはるかにひどい事態だった。

2000年5月までイスラエル軍はレバノン南部を占領下に置き、兵たちに実地訓練を施す場として活用する。

ここまでするから不敗神話も維持できるのだ。民主主義に憧れを抱く国家元首さんたちは参考にするがよい。

ただしフランス軍より強くなろうとしてはいけないよ。

難しいバランスだねえ。

 

レバノンでは内戦後、6:5ルールが見直され、キリスト教徒とムスリムの議員数が等しくなるようにと改訂された。

大統領はあいかわらずマロン派からしか立候補できないものと決められている。

何をやっているんですか。

もう一回内戦して、全部ぶちこわしてしまえよ。

 

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