東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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高田馬場駅前の広場がバリケードで封鎖されていた。

立て看板の注意書きによると、ホームレスたちの溜まり場になっており、ここからクラスターが発生するおそれがあるため集まらせないようにしたとのことだ。

区民は理解し協力せよとの定型文がくどくどしく念押しされてあった。

 

同情はするが、ここにしか居場所のなかったホームレスたちへ代替地を提供している気配はまったく無さそうなので、行政措置としては赤点だな。クラスターの起きる場所を闇雲に広げるだけだ。

新宿区役所にはこの程度の人材しかいないのか。まさか粛清やってたりはしないと思いたいが。

 

英米仏などではワクチン接種が順調で、今週から続々と飲食店の営業制限が撤廃され、経済活動本格再開への気運が高まっているらしい。

一方まだまだ最初のワクチンも届いていない国だって多い。

日本政府はインド・パキスタン・ネパールからの渡航者を入国後検査してから6日間宿泊施設で待機させると発表した。

いま日本へやってくるのは大手のビジネスパーソンか政府関係者など意識も年収も高い人たちばかりだと思われるが、日本語しか話せない検疫官から一方的にそんなルールを伝えられたらブチ切れるんじゃないか。

勝手に決めて、あとは現場に放り投げ。それ以上の仕事が秋ノ宮たちにできるとも思えない。

おそらく「日本は先進国の一員だから英米仏と同じ基準で動いてよいのだ」と露ほども疑いすらしていないぞ。

 

全国で医療スタッフの50%がやっと2回目のワクチン接種を終えたばかり。高齢者の1回目接種は、全国対象だとまだ1%にも達していない。

新規感染報告は連日5000人台。

いままで見てきた流れでは、これらの数字だってどれほど正確なのやらと疑うことはできる。

しかし、じゃあ、もう安心だ安全だと唱える根拠も示してくれ。

何事も気のもちよう一つだよとかほざいてんじゃねえ。

 

平塚大臣が、長めのインタビューに答えている。

少し頭を引いて記事全体を視野へ入れてみると、文中に数字がほとんど使われていないことがわかる。

読者にわかりやすく伝えようという配慮なのかもしれない。民主主義国家で政治家がのし上がるには必須のスキルだ。

しかし俺には時間と労力の無駄に思えてならない。

 

さきほどの1%が「まだまだ始まったばかりでじれったいように思われるかもしれないが現場では着実に経験が積まれているしほぼ課題も出尽くしたのでここからは加速度を上げていけるものと信じている」などと変換されていては、本質を見失ってしまうのだ。国語の能力向上にも結びつかないだろう。

このときの大臣の心情を述べよ、と問われたら、必死に言い逃れしている、が正解だ。

そしてこんな詭弁で逃げきれる能力こそが、民主主義社会では最も尊いとされる。

 

せっかく読んだので要約しておこう。

 

秋ノ宮は7月末までに全高齢者への2回接種を終えたいと発言した。

希望であり確約ではないが、これが政権として取り組むべき目標設定である。

全国の市区町村へ見通しを尋ねたところ、約6割から、可能だとの回答を得た。

ならばいける、と平塚は発奮する。

大臣としての責務はワクチンの納入を滞らせないことが第一だが、フィッツナーからもパイソンズからも手堅い返事をもらっており、特に問題はない。それより国内で業績未達の自治体がどんな困難を抱えているかを調査させた。

筆頭は医師不足だが、規制緩和と学徒動員を更に推し進めることで解消をめざす。

これまでは医師と見做されなかった者でも医師に数えてよいことにするのだ。

まさに政治家ならではの算術といえよう。

 

それから由々しき事態が発覚した。

ヒューマンエラーにより廃棄されるワクチンが想定よりもかなり大きく生じていたのだ。

担当者を厳しく処罰した自治体も多かったが、平塚はこれを止めさせ、今後は速やかに特設部署へ報告するようにと指示する。

それから新聞でもよく正規の手続きを踏まずにワクチンを接種した政治家や財界人が糾弾されるけれども、これを批難しないようにとのお触れを出した。ほとんどが、時間切れで廃棄するしかなかった製品を手近な関係者に役立ててもらったというケースだったからだ。

よほどの悪意ある常習犯でない限り、私が全責任を持つから捨てるくらいなら射て。

平塚は何度もこの発言を繰り返している。

選挙運動かなと思うくらい露骨だが、力強くて好印象がのこる。

厚労大臣なんて最近ますます影が薄くなったけど暇だからって記者は構っちゃくれないからな。

厳しいけど、これも民主主義なのよね。

 

東京と大阪での大規模接種会場は月曜日から開始される。

こちらは自衛隊が久々の晴れ舞台だと張り切っていて、今日の新聞では大手町会場で1000人集めての予行演習をやってみた、なんて取材記事が載っていた。

1年前、カマスを襲撃した隊員も配置されてたりするんだろうかと少しだけ気になるけど、気付けっこないし、かれらだって仕事のうちだ。罪には問えまい。

 

大手町合同庁舎の駐車場には毎日自衛隊の車輌が並んでいて、もう見慣れたとはいえなかなか壮観だ。

ところで平塚へのインタビューとは別記事なのだが、看過できないトラブルの萌芽がすでに顔を覗かせている。

町医者での接種も大規模会場での接種も、高齢者が居住市町村より郵送された接種券番号で予約して、指定された間隔をあけて同じ会場へ2度行くことで完了となる。

この予約システムが共有されていない。

同じ番号で両方とって、直前になって片方をキャンセルなんて普通にありえるわけで、当然その数だけ廃棄ワクチンが生まれてしまう理屈だ。

予行演習ではこんな問題起きないだろうが、いざ始まってから大量のキャンセルを前に自衛隊員はどう対処するのだろうか。

当面は、捨てるなら自分へ射ってくれ、と志願する隊員がその場にいくらでもいるからロスも出ないと思うが、接種者リスト管理なんて際限なくメチャクチャになるよな。

平塚もそこまで語ってはいないんだが、いずれ直面する問題だし、平塚以外に担当できる人材もいないだろう。

擦り切れてプッツンしなけりゃいいけどねえ。

薄情だけど、これも民主主義だからね。

 

「ジョバンニ。今夜はアヴァンティだ。アモスが来る可能性は低いが、慣らしのつもりで入ってくれ。

他に気になる話題があれば、明日教えてくれ」

 

了解です。

たまに入るとアヴァンティって、ディープな話題がこれでもかってくらい飛び交うので、とても刺激が強いですよ。

朝までぜんぶ覚えてられないのが難ですけど。

 

「いいことだ。新人のうちは、あんな店こそが最高の学校さ。

僕も多くを学んだな。

毎日がヤポ相手のストレスで、発狂しまくっていたからねえ」

 

そんなウブな時代があったんですか、エヴァンズにも。

スターンって、店内の会話に全部聴き耳を立ててるんですか?

 

「能力は持っているはずだが、すべてに興味は持っちゃいないんじゃないかなあ。

初代のジェイクに比べるとスターンは無口すぎるからね。

彼の趣味嗜好は僕には探りきれない。博士でもつかみきれないって言うほどだからさ」

 

教授も、謎めいてますよね。

博士と一緒じゃないとあまり喋らないけど、すべてを見抜いているかのような、強烈なオーラを纏っている。

 

「教授を笑わせるには、コツがいるからな。

もし機会があればDZの歴史について語ってもらうといい。FRの悪口をこれでもかというくらい聴ける。

店仕舞いできなくて、スターンが必死に話題を逸らせようとしたが、かなわなかったという逸話があるほどだ」

 

DZ?ドイツ……連邦のどこかですか?

 

「現地語のゼエルから採られているんだが、いわゆるアルジェリア民主人民共和国のことだ。マグレブ連合の一角だよ。

130年間くらい、FRの植民地だった」

 

マグレブですか。俺、アフリカ大陸がまるごとイスラム圏だってつい最近まで知らなかったんですが。

フランスに支配されていたということは、シリアやレバノンみたいな?

あれより複雑なんですか。

 

「SYやLBの方が複雑さでは上だろう。

DZはFRから地中海を渡ってすぐだったので、リゾート地として積極的に開発されたんだ。海岸線1000キロメートルの巨大なテーマパークさ。

現地のアラブ人やベルベル人たちはFRからの観光客をもてなすキャストとして厳しく躾けられた。

だから白人を追い出したあとでも、DZで使われているフランス語は対岸よりずっと上品なんだ。これがFR人には憎らしくてたまらないらしい」

 

うわあ。もうすでに胸灼けが限界を超えました。

 

「FR人からすれば、賢くて礼儀正しくて、自分たちに永遠の忠誠を誓っていたはずの黒人奴隷が、突然独立を叫び始めて凶暴化するなんて理解できないわけだよ。

君たちは悪いやつらに唆されているんだ、それはEG以東に住む妖術師たちの仕業に違いない。イスラームめ、けしからん。

こんな情勢分析を、専門家たちにつくらせるわけだね。

現地でも、フランス語やフランス文化の残り香を受け継ぐべきか捨て去るべきかで武力抗争が何十年も止まないしさあ。観光収入源は持っておいた方がいいんじゃないかと僕なんかは思うんだが」

 

ナショナリストからすれば、フランス支配の残滓なんて穢らわしくて我慢ならないんでしょうけど、130年にわたる史実を無かったことにもできないでしょう。なんとか妥協点を見つけてほしいものだけど。

 

「アルジェリア生まれのFR人で、郷里を舞台にペストの流行を描いた小説家がいるんだよ。

話題になってたから読んでみたんだが、1940年代当時の現代劇なのにアラブ人もイスラームも一切出てこなくて、白人たちばかりがロマンスと議論に明け暮れているうち病魔が去っていくんだよね。

絶句したけど、支配者には真顔でこれだけの世界しか見えていなかったんだなという勉強にはなった。

教授の感想だって?

そんなの怖くて誰も聞けないよ。一行ごとに悪罵混じりの註釈をみっちり加えながら何夜もかけて朗読劇なんか始められたら、たまったものじゃない。

君もそれだけは言うなよ。その場にいる全員から怨まれるぞ」

 

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