「なるほど、そんなやりとりがあったのか。
道理で上機嫌だったわけだよ、みんな。
安心しろジョバンニ。君の返しは及第点だ。特にラブリオーラへの挑発がウケるね。決闘するときは僕も呼んでくれ。
どちらの味方に就くかはその時次第だが」
わかっちゃいるけど、こいつもたいがいだよなあ。
俺は冷静を装い、マッケイじいさんてのは何者なのかとエヴァンズに訊く。
「ユーイング肉腫という、脊髄に巣食う癌の一種を10歳の頃から発症して以来、半世紀以上を車椅子と共に暮らしていると聞いてるよ。
それ以上のことは本人から聞く方がいいだろう。親しくなって、大いに語らえ」
かなり気難しい性格みたいですし、嫌われて結構ですからなるべく接触したくありません。
彼はカモリスタなんですか?
日本人にしては、ヤポ呼ばわりを多用してましたけど。
「去年の4月だったかな。君の運転で、東京へお迎えしたのは。
あの頃は、カモッラのオブザーバーだった。
今は、カモリスタなんだろうねえ。会議のたびに幹部たちをやりこめるとも聞くし」
カモッラはもとから犯罪秘密結社だけど、その上層部に、日本社会への怨みつらみを50年以上たぎらせてきた障害者が参入してきたわけかよ。
昨夜だけでも物騒な計画をいくつも語ってやがったなあ。
え、これからますますカモッラはテロを過熱させてゆく……のか?
「ところで君は昨夜、初めてイノセントと呼ばれたんだな。
その対義語はわかるか?
ヤポ語でいうなら、健常者に対して障害者にあたる。
マッケイやラブリオーラは自分たちのことを何と呼ぶか、という意味なんだが」
はあ。昨夜は出てきた覚えが無いですね。
ハンディキャッパーとか?
いや、かれらが自称にそんなネガティヴ要素を入れるわけがないから……なんだろ。
超越者、アベンジャーズ、エスパー、ニュータイプ、パーフェクトソルジャー……
「もういい。正解はサイボーグだ。
人体の機能拡張を目的としたテクノロジーの活用に制限を設けないという考え方だな。便利なものは積極的にどんどん使っていけということだ。
実に滑稽なんだがヤポはこの発想がまったくできない。
マッケイたちはどんどん先へ駆けていくから、差は開くばかりなのにな。
このロジックは頭に入れておいた方がいいぞ」
サイボーグですって?
車椅子を使うことがですか。それはさすがに……むしろ、滑稽ですよ。
「エスパーやニュータイプの方がましだとでも?
今日は天気が良くて機嫌もいいから、ヒントをいくつか出してやる。君たちは車椅子を特別視するが、自転車や自動車に同じ感情は抱かない。その差を説明してくれ」
普及度の違い、でしょうか。
街なかでは車椅子なんて滅多に見ませんから、特別視まではいかなくとも珍しがられはするでしょう。
その程度の差なのでは?
「車椅子を視界に入れさせまいとする街づくりに必死のくせして、自覚は露ほども無く、それでいて差別なんてしていませんと胸を張る。怨まれるのも当然だよな。
ためしに明日、ミッションを与えてやろうか。
新宿から国分寺まで、車椅子で往復してもらおう。生命の危険に何度遭遇したかを報告してくれ」
まるで米国の白人居住区を黒人に歩かせるみたいな言い方をしますね。
「共通項は多いかもな。
現実的に、サイボーグたちは概ね18歳になるとすぐ免許をとって手動運転補助装置付きの自動車を買い、可能な限りその中で生活する。かれらが自分専用パワードスーツのチューンナップにかける情熱はすさまじいよ。
こんな感覚も、君は想像すらしていなかっただろう」
まるで、いや、まさしくサイボーグだ……
免許は18からですか。ラブリオーラも、とるのかな。
「彼は戸籍が無いからヤポの登録なんて必要ない。
専用車と偽造ライセンスは既に持っていて、カモッラとコジモの仕事を随分こなしているよ。君より信頼されているし、階級も上だ。
昨夜はその点でもひどく勘違いをしていたようだが」
げえ。
じゃあ、あいつ、俺のハッタリを嘲笑ってたんでしょうね。
失礼なこと言いやがると思ってたけど、あれ、俺を完璧に見くだしてたんだ……
「エヴァンズは何を教えてるんだ、てやつかい。
まったく耳が痛いよ。弁解しておくと、君を育てるのは労力の無駄だからとっくに諦めてるってわけなんだが。
だから気にするな。君には今している以上の仕事を求めちゃいない」
失礼すぎる野郎だよ、ほんとに。
まったく、なんてみじめな結末だ。
「少し脱線するが、IOCもヤポ並みの愚かな価値基準を設けている。
薬物や道具の力で身体能力を高めることを激しく批難する一方で、自分たちの利権と結びついた企業の製品を用いることなら推奨するという、露骨すぎる二枚舌だ。ある選手がどんな成績を出そうと、RUやCN製の薬物を摂取したと証明させられれば失格にできるというロジックだな。
結果があとからいくらでも操作可能な競技大会なんて興醒めも甚だしい。少しはエンターテインメントの基本を学べと言ってやりたいね」
なるほど。俺はそっちには驚きませんけどね。
オリンピックだって西洋主義に根ざしているんでしょう?
きれいごと好きな広告業界主導の文化祭なんだから、スポンサーの宣伝活動が目的のすべてだ。ハデハデな衣装に身を包んだサーカス芸人が出身国のアナウンサーに声援もらいながら汗だくで演技して、勲章をもらったりもらわなかったりして一喜一憂する4年に一度のイベントなんですよね。
勝手にやらせとけばいいんじゃありませんか?
「どうしたジョバンニ。おまえにしては随分達観した意見だな。何が起こった?」
何がというか、最近中東へのシンパシーが強くなったせいですよ。
雑誌のオリンピック特集で一覧を見てたら、西洋諸国は選手団を3桁送り出してるところが少なくないのに、アラブ諸国では大半が1桁でしょう。
マスコミなら、かれらは貧しいからだって1行で分析して終わりなんでしょうけど、いやいやIOCがそもそも相手にされてないだろこれ、おつきあいで名前だけつないでおくよって程度にしか扱われてないぞって風にしか見えてこなくなったんです。
ロシアは国として堂々とボイコットしてるんですよね。清々しいくらいだ。
まあオリンピックにはオリンピックなりの歴史が120年分あることだから、いまさらスポーツの祭典には戻しようがないでしょう。需要があるならその人たち向けにやってあげてください。
そんなことより俺は、イスラエルをどうにかしたい。
「イスラエルをどうにかする、か。
なんとも大仰なテーマを口にしてるな」
誰のせいだよ。ったく。ちくしょう。
皆目、見通しも立たないけどよ。
「ひとまずわかった。そこまで真剣に考えているとは思わなかったよ。
晴れ舞台を用意しておくか。
確認しておくが、アンチILでいいんだな?動き出してからは引き返せないぞ」
え?は?
おい。誰もそこまで言……いかん、全力でこっち睨んでやがる。
圧が……パねえ。
いや、だから、あの、うわあ。しくじった。
「アモスの出方次第になるな。ILの政情が落ち着くまでは動き出さないか。
……ああ、かれらのスケジュールを教えといてやる。
IL本国では3月に国政選挙が行われたんだが、右派代表である自由民主党だけで過半数をとることができなかった。
そこで連立与党を組むことになったんだが、合意がまとまらなくて難航している。
2009年から首相を続けている党首のベンヤミンは対PS撲滅主義の強硬派だ。自民党内で彼に逆らう者なんていないんだが、いくら右派同士でも党外にまでその神通力は及ばないのだな。
そこで5月4日にとうとう組閣を断念して、首相を辞めると言い出した。
現在は第2党の党首が内閣を準備しているところだが、6月末頃までずれこむ気配だ。
これが固まらないと予算がつかないからね。最前線と、継続中の諸作戦は別として、新規の対PS工作はそれまでお預けということになる」
なんとも悠長な政治をやってますね。
民主主義だからそんなに時間がかかるんですか?
だったらいっそ永遠にチンタラしててくれた方が助かるんだけど。
「ヤポみたいに、熱湯を注いで3分も待てば内閣がつくれてしまう国の方が異常だぞ。
それにILでは閣僚になると家族親族までテロの標的にされるから、本人の一存で決断できる話でもない。時間がかかるのも当然さ」
自業自得じゃないですか。
即刻パレスチナいじめをやめればいいんですよ。ざまあ。
「過激派ぶるのも結構だが、君こそ背中から撃たれないようにな。
さてしかし、こちらから仕掛けていくのならば、6月前半までにリーチを詰めておく方がいいということになるか」
あ、やばい。いけない。
今日は浮き足立ってるぞ、俺。
慎重に。口を慎め。まだサイボーグにはなりたくない。
「よし、ジョバンニ。BEへ向かえ。いつもの駐車場だ。わかるな?」
ヒヤッとした。ベルギー大使館のことだ。
千代田区二番町。
そして、すぐ近くにはイスラエル大使館がある。
展開が速すぎだぞ。何を仕掛けてこさせる気だ。
「念のため言っておくがIL次期首相を出す予定の新正義党は、自民よりも右寄りだからな。7議席しか持っていないが、自民党の対PS戦略を手ぬるいと猛批判している。
極東で同胞が危害を被っていると連絡が届けば、組閣を早めて急遽精鋭集団を送りこんでくる可能性だってある。くれぐれも舐めてかかるんじゃないぞ」
それをこれからおまえが俺にやらせるつもりなんだろうがよ。
順序がおかしいぞ。たのむからやめてくれ。余計なことをせずに問題解決をめざしてくれ。
ああもう長考してやがるが絶対によからぬことしかたくらんでねえコイツ。最悪だ。
二番町に着いて、ベルギー大使館はいいからイスラエル大使館のある区画の周辺を散歩してこいと言われた。
制限時間は30分。
ここを戦場にするつもりで偵察しておけという、いつもの予備調査である。
真剣に歩いた。
戻って、報告をする。
大使館は3番地のどまんなかに建てられており、外周からはまったく見えない。周辺ビルは最高でも地上7階で、大使館の屋根すら拝むことは不可能。
ドローンでなら偵察可能ですかね?
「ILのUAV技術は掛け値無く世界最高水準だよ。
君の方が、ばっちりかれらに捕捉されているはずだ。
散歩中、ときどき羽音が聞こえなかったかい?
あれがILのUAVだよ」