掌に隠せるほどの小さいドローンを、墜落させることは可能だろうか。
すぐ思いついたのは、ショットガンだ。
散弾で広範囲に狙う。一発でも当たれば大ダメージに違いない。
もちろん却下だよな。
そんなもん、街なかで撃てるか。
「ソードオフ・ショットガンでも銃身は50センチくらいあるだろう。冬場ならコートに隠すのもギリギリ有りだが、これからの季節、持っているだけで何機もにマークされるな。
それを見越して囮に持たせるというなら、いっそランチャーでも担がせろ」
何機も……
イスラエルは偵察用ドローンを常時どのくらい飛ばしてるんですか。
「知らん。ナノUAVはせいぜい20分しか飛ばせないからな。予備をたくさん準備してあるはずだ。
ガザでは昼も夜も、ウンカのごとく飛び回っているというぞ。パレスチナ人の顔と居住地をせっせとデータベース化するためにな。
もちろん君が今日30分間、二番町を探索していたというデータも、しっかり記録されているさ」
まずいじゃないですか。次、歩き始めた時点で警戒されますよ。
「次どころか、上を向いてビルの高さを目測しながらぐるぐる歩いてたんだから既に要注意人物としてターゲットコードまで割り当てられてるよ。
その程度は想定済みだ。君は舞台上のキャストなんだから、本望だろう」
なるほど、俺は囮なんですね。
イスラエルの狙撃兵を倒す係は、別にいるんだ。
「君が撃たれて初めて、敵の居場所もわかるんだがな。
これも言っておくが、狙撃兵は単独では行動しない。
射手1名につきアシスタントが必ず傍に数名付いてフォローする。ILではその中にもUAV担当を入れるのが基本だ」
どうしてそこまでガチなんですか、イスラエルって。
まったく、なにからなにまで。
「そこまでしてても自分たちを狙うテロが止まないんだからIL国民は絶え間なく緊張を強いられて、不自由な生活に慣れちまっているんだ。
すべてアラブ・テロリストのせいなんだと呪いを募らせながらね」
その元凶こそ、そもそも自分たちでしょうに。
「この議論は果てしがないからやめよう。不満なら君が間に入って止めてこい。次の瞬間、前後左右から弾のシャワーを浴びるだろう。それでも、一歩たりと解決には結びつかない」
憂鬱になるなあ。
ところで、現実的にドローンから逃げる方法ってあるんでしょうか。
「逃げる、とは?
あのタイプに攻撃能力は無いから、知らんぷりしてろよ」
隠れているのを見つけられた。そんな場合でも、打つ手無しですか。むざむざ観察させておけよと?
「仮に野原のどまんなかでも、ショットガンでUAVを墜とせたらかなりラッキーだぞ。
チャフでなら一時的にコントロールを奪えるかもしれないが、すぐ続けざまに仕留めることができなければ意味がない。信号をロストすればUAVは空中静止するだけだからな。
笑い話でよければ、鷹か隼を飼っておこうというのがある。意外と一番現実的な対処法だ」
厄介な兵器ですねえ、ドローンって。
「ヤポでは、6年ほど前に首相官邸の屋上で民生品のUAVが転がっていたのを工事業者が見つけ、大騒ぎになった。ただちに法規制をつくって、それきり国内では研究も普及もさせない方針で、今に至るな。
いったい何をやりたいんだ?おまえたちは。
法律で禁止したから誰も所持していないはずだという理屈で警察の捜査マニュアルにも載っていない。おかげで僕たちだけがなんでも覗き放題さ。けしからんことこの上無しだね」
つまり、こういうことか。
最新世代のドローンを使った諜報や戦術の進歩って、想像を絶する烈しさなんだと思う。それをさっぱり実感していない俺に、張り合いがなくてつまらないぞと軽蔑を向けているわけだ。
6年間もゲームから離れていたら、ずっと遊んでる子たちとは対話も噛み合わなくなる。遊び友達になれるまで、かなりの距離を感じるよ。
ドローン戦では、日本だけがそんなハンデを背負ってるわけだ。絶望的な出遅れじゃないか。ちくしょう。
「いいかジョバンニ。ILの占領地域で肩を寄せ合って暮らしているPS人は、何世代も絶滅収容所の施設内で壁ばかり見つめて生きてきたに等しいんだ。
自分が温室の中で引きこもってきたヤポであることはひとまず忘れろ。これから君は、かれらの味方となってILに戦いを挑み、恐怖と苦しみを与える。大役だぞ。できるか?なりきれるか?
やるからには、もうヤポではない。
フェダーイー・ジョバンニ。君は戦士だ。
これでいいな?」
……………。
「じゃあ、今日は早めに切り上げよう。スターンからの呼び出しはきていない。どこかで食事でもしていくか。
部屋も、フェダーイーにふさわしい等級を準備しよう。数日待ってくれ。
トレッドミルをこれまで以上に励んでおいてほしい」
……おい。
おいおいおい。
人が絶句してる間にどんどん話を転がしていくじゃねえかよ。
なんでそうなる。
頼むからもっとゆっくり、俺に考える時間を与えながら喋ってくれ。いちいち了解もとってくれ。
拒絶するタイミングがつかめない。
わざとか。考えさせないために早口なのか。
ド悪党だな。
わかっちゃいたけど、さんざん思い知らされてきたけど、おまえら、どこまで卑劣な……え、元麻布へ向かえですって?
アジトへ帰るのかよ。
ちっ、どこかへ電話をかけ始めた。
たぶんアラビア語で喋ってる。意味はさっぱりわからない。くそう、いつもこの調子で肝腎なことが訊けないんだ。
はい、まもなく着きますよ。
え、六本木から右の小道へ?
公園の方角へ向かうんですか。
次は……左折?
この建物へ入るんですね。
警備員がゲートを開ける。
看板の文字は読みそこねたが、屋上に紅白の旗が翻っていた。初めて来る大使館だ。
……どこなんだ?
恭しく案内されて中へ入った。
ここはカタール大使館。
作務衣のような軽装のアラブ人が大勢、きびきびと働いている。ジーンズや背広姿もいる。女性は、いない。
広い応接間へ通される。
エスニックなお茶と軽食が用意されてあり、ボリューム感のあるソファに尻を沈めながら、ごちそうになった。
大使にも紹介され、補佐官や書記、その他何人もの専門職員らしき人々と少しずつ対話をする。
終始エヴァンズが通訳をつとめたが、大使館員は皆、基本的な日本語はマスターしているみたいだった。
エヴァンズは真剣な表情と情熱的な口調で、俺がフェダーイーに志願しこれからイスラエルに聖戦を挑むのだと力説する。
カタール人たちは、瞳をうるませながら俺を見つめ、激励と、力強い握手をくれるのだった。
素性や、これまでカモッラでどんな活動をしてきたか等、質問されればエヴァンズのフォローを受けながら簡潔に答えた。
俺の自伝を今すぐ書きたい。そんな気にさせる、圧倒的に勇者然としたプロフィールが誕生させられていた。
俺は今日、突如として、世界の不条理に激怒して敢然と立ち上がるヒーローとなったのだ。
武者震いを抑えきれなかった。
さあ爆弾をよこせ。敵はどこだ。
俺は神より与えられた地上の生を最も有意義に使ってみせる機会に恵まれたのだ。こんな嬉しいことはない。同志たちよ、君たちは子供らをしあわせにする国づくりに励んでくれよな。時々は俺のことも思い出してくれればじゅうぶんだ。では、そろそろ旅立たせてくれ。
「順応が早すぎるぞ、フェダーイー・ジョバンニ。
酔いしれるのは無理もないが、そうあっさり舞台から降りられると思うな。人材は無駄づかいすべきものではないんだぞ」
はは。昨夜からの展開が急すぎて脳がバグりまくりです。
俺はこれから何をやらされるんでしょう。
アラブ連盟の大使館を一軒ずつ回って、別れの水盃を酌み交わす予定なんでありますか?
「ヒーローのつもりならもっと冷静でいろ。この劇に道化役は要らない。
QAはアラブ随一の情報発信大国だから、ここでお披露目しておけば手間が省けると計算したまでのことだ」
なーんだ。もっとちやほやされていたかったなあ。
んで、自爆テロはいつ頃決行するんでがしょ。
「そんなに自爆したいのか。痛いぞ?
君は何度もカーボムを仕掛けているじゃないか。
道具にやらせられる仕事は極力、道具にやらせるんだ。
何度も言うが人材は貴重なんだからな。道具未満の人間モドキじゃないつもりならば、だ」
もっともですな。人間らしいとこ見せてやんなきゃ。
で、具体的にはどんな作戦でイスラエルと西洋列強をギャフンと言わせてやるおつもりですかい?
「それは今夜詰めておく。君は走りこんでおけ。
筋肉は裏切らない。生死を分かつ決め手は逃げ足の速さに尽きる。この鉄則を骨身に叩きこんでおくんだ」
おお、目から鱗。
テロリストには突進力しか求められてないと思ってました。旋回力も大事だぞと。心にメモメモ。
「圧倒的なテクノロジーをふりかざす組織的暴力集団に、丸腰同然で立ち向かうんだ。知力・体力・時の運まであらゆる能力を総動員したって勝てやしないと心に刻め。
どう戦っても、戦わなくたって、おまえはいつか死ぬだろう。その日をとことん遅らせて、それだけやつらを困らせてやればいい。
せいぜい語り草になってやれ。
どうだ、やりがいのある仕事じゃないか?」
やりがいを求めるのだったら、無茶をしてでもパレスチナを解放するまでがテーマですよ。ユダヤ人をふたたび流浪の民にさせるんだ。
いっそ逆包囲して、今のイスラエルをそのまま牢獄に変え、ユダヤ人どもの絶滅収容所にしたっていい。
子々孫々まで、20世紀の御先祖様が申し訳ないことをしましたって悔悟と反省に貫かれた新しい聖書をつくらせて語り継がせるんです。それでこそ大義でしょう。
俺はその実現をこの目で見届けるまで、生き抜いてやりますよ。
「薬が効きすぎたようだな。わかったよ、尊重しよう。その線に沿ったシナリオを考えてみる」