今日は夜勤だ。
よく防犯ポスターに描かれる泥棒さん風の装束で、1kmほど北から、二番町エリアへ歩いていく。
この界隈にも浮浪者は多い。おかげでそこそこ目立たない。
酔っぱらいに挨拶される。
シーッと口元に手を当てるジェスチャーをすると、察してくれる。
おまわりさんよりずっと呑み込みが早くてたすかる。
おまわりさんを見かけることは稀ですけどね。
バリケードで厳重に封鎖された交番がまた増えてる気がする。人手不足が深刻だもの、しかたない。
むしろパトロールなんかしたら報告しなくちゃいけなくなる事件数も増えて検挙率が低下するから余計なことをするなと号令がかかっているそうだ。
警察官は公務員だから、上意下達に慣れている。結果みんながハッピーさ。
防犯請負会社も儲かっているようだしな。もし治安が回復して倒産しても、それまで蓄積した顧客情報には法外な値がつくはずだ。
これを元手に泥棒稼業でも始めたらいい。
まわるまわるよ経済はまわる。いつかすべては混じり合うよ。
さて、仕事だ。
夜間でもイスラエルのドローンは飛んでいる。目視は昼間よりも困難。暗視ゴーグルをつけていてもさっぱりわからない。
指示はすべてエヴァンズからインカム越しに与えられる。16L、34Rなどのように。基本は英数字のみ。これが方位を表す。俺がうろつき回る反対側のビルで工作員が爆弾を仕掛けているのだろうなあと察するが、完全に別行動のため定かではない。
しかしそれでいいのだ。
ちなみにカモッラお得意のフォネティックコードが今回俺には設定されていない。独立したポジションだからである。
却って責任感が強まる。
ドローンよ、1機のこらず俺を追いかけ回せ。
まるでアイドルになった気分だぜ。
パトカー軍団の先頭を駆け抜ける逃走犯でもいいな。
萌える。実に、血が滾る。
ドローンの追跡を躱す方法はたくさんあるが、基本は建物の中へ入ることだ。
ドアや人目があろうとなかろうと、その手前で尾行をあきらめるケースは多い。自律型でも操縦型でも、そのように教えこまれているらしい。ドローンは捕獲されやすく、分解すればかなり多くの機密情報を手に入れられるからだ。絶対に生還せよ、との原則は案外万国共通なのだった。
追跡者たちは建物を外から取り囲んで、ターゲットが出てくるのを待つ。これが適すか適さないかは条件次第。出入りの激しいショッピングモールでは、中で変装しなおさなくたって悠々と出てこられたりする。慣れている逃亡者はトイレで服を脱ぎ捨て30秒もあれば余裕で別人になりすまして立ち去るから、追跡する側が諦めるのも早い理屈だ。
警察犬が臭いをたどるなんてローテクがまだまだ手放されないのも代替手段が無いためだって。すでにカモッラ一味は、都内で飼育されていた警察犬を皆殺しにしちゃったけどな。
蛇足だが、昨今どこでも都市には刺激臭が満ち溢れている。
いわゆる消臭剤やアルコール洗浄液がまさにそれで、人間にだけは感知されにくくなるが遙かに鋭敏な犬の嗅覚をすっかり破壊するほどのノイズ源を撒き散らす。
訓練された犬ほど、鼻が効かなくなっても調教師の表情を頼りに捜査員がこうであってほしいと思いこんでいる人物に噛みつくという学習効果を発揮するらしいので、冤罪は増える一方なのだとか。
とはいえ冤罪かどうかを審理するのも公務員。
最終的に解はひとつしかありえなかったという公式資料だけがつくられる。
どこかに問題でも生じていましたか。
いませんね。
失礼しました、蛇足おわり。
台詞こそ無いが、俺は必死で演技する。
デス・スターへの侵入路をなんとか見つけ出そうと躍起になっているコソ泥。トルーパーどもにそう信じこませ、警戒心を湧き上がらせねば意味が無いのだ。
基本動作は指示に従うが、そこに感情とリアリティを上乗せする。
たとえば大使館北面に伸びる唯一の通用口。夜間は警備員もおらず、監視カメラのみとなる。
俺は死角から近付いて、このカメラの背面ケーブルをペンチで切断した。すぐ逃げる。隠れて、様子をうかがう。
40秒弱で軍服が2名、中から出てきた。
ごくろうさん。でもゲートを開けて外に出てくる気配はありませんね。
それより頭上の羽音が少し大きくなりました。こっちに見つけられた模様です。
はい、撤収します。
俺は走って路地へ逃げこむ。
羽音はついてくる。想定通り。
浮浪者たちが何事かとざわめく。おまわりに追いかけられているのか、よし足止めをしといてやる。そんなアイコンタクトを受け取るが、俺を追う人間の姿が見えないので不思議に感じていることだろう。
ドローンの飛翔音に気がつければ、大きなアブに追いかけられていたようだと判断するかもしれないが、刺される前に散りたまえ。
さて俺は、指定された建物に飛びこむ。
素早く変装。別の出口から顔を出し、羽音が聞こえないことを報告して、這い出る。
同じ手順をもう一軒繰り返して、デス・スターから1.5kmは離れたか。
背後からプリウスが静かに近付いてきた。乗る。
ふう、おつかれさま。
「あの大型カメラはダミーだ。それを監視するモニターが奥に何台も隠れている。それでもここまでイタズラされれば大使館としても黙ってはおれまい。なんとか君をとっちめたいと策をめぐらす。
さて明日はどんな手で攻め、どこまでの受けに備えておけばいいだろうね」
軍服がゲートより外へ出てくることはありえますか?ありえませんか?
「はっきり答えられる。無い。
負傷者をひとりでも出せば大使は本国から叱責をくらうよ。民主主義は人命尊重にこだわるんだ。敵も人間だとは考えないからこそ生まれる発想なんだが」
じゃあドローンへの対策だけを考えればいいわけですね。
偵察用の小型ドローンでも、機首に毒針でも付けて俺にぶつけてくれば致命傷を負わせられると思うんですが、想定しておくべきでしょうか。
「君の着用している素材は径1.0ミリまでの針ならば咥えこんで逃さない。針が折れる仕様になっていなければUAVごと捕獲するチャンスだ。服の上からなら、どうぞどうぞと刺されてやれ」
地肌を狙われないよう留意します。ちなみに銃弾にはどのくらい耐えられますか?
「貫通はしないだろうが、かなり痛いと思うよ。君を行動不能にできれば、さすがに装甲車で回収に来るんじゃないかなあ。僕たちよりも先に到着されてしまえば、君のウォッチを自爆させざるを得なくなるね」
覚悟しておきます。
ところで気になってたんですが、デス・スターからの電波って1km以上は届かないんですか?
ドローンが飛ばせる範囲をもう少し正確に知っておきたいんですが。
「カタログスペックでは数十メートルがせいぜいだよ。デス・スターには中継設備も無いし、従来、本舎周辺を監視する役割しか求められてこなかったんだ。
以前、晴海でアリエルが選手村まで飛ばしたのを見ただろう。直線距離で600メートル程度さ。障害物があればあるだけ、もっと行動範囲は制限される」
アリエルってあの大男ですか。
大使館員?諜報員?
俺、顔を覚えられていますよね。
「将校あがりで、特殊部隊や暗殺チームの長を歴任してきた男だよ。仇名はブルドーザー。
オリンピックが延期されたので本国へ戻された。僕はともかく君の素性は伝えてないから、顔の特徴からカモッラと結びつけられることはないだろう」
ほっ。もう日本にはいないのか。
あの……今更ですけど、あのとき何を偵察していたんですか?
選手村はまだ建設中でしたし、イスラエル選手団がどの部屋に割り当てられるかも決まっていなかった頃ですよね。
「ああ……そうだな。今更だから、明かそうか。
1972年のミュンヘン・オリンピック開催中に、選手団宿舎へ武装グループが侵入しILのアスリート11名を人質にとるという事件が起きたんだ。
大会は翌朝以降もスケジュール通りに進められたんだが、世界中から集まっていたメディアは犯人たちの籠城する宿舎ばかりを中継した。警察の突入部隊へ密着しリアルタイムで作戦内容を解説するという目立ちたがり屋の局もあった。
犯人たちはテレビを見ながら激怒。
IOCも大会が盛り上がらなくて激怒。
ILはテロリストよりも警備責任者のドイツ人たちを批難とてんやわんやの20時間を経て、犯人と人質全員のほか警官含めた17名の死亡という形で決着したんだ。
その後ILは世界中のメディアを自分たちへの同情を掻き立てるように誘導しつつ、これまで以上に各地でアラブ人を殺しまくるという国家事業にますます励むようになるわけだが。
そろそろ半世紀経つので総括してみたところ、この事件はIL史において成功体験のひとつと認められることになった。テロリズムの恐怖を世界に知らしめる、有益な教材だとね。
だから2020年のオリンピックで今ひとたび、この惨劇を繰り返してみようじゃないかとアリエルたちは考えたわけだ」
え……?ちょっと理解が難しいんですが。
今回はイスラエルが首謀者をやるんでしょ?
イスラエルのテロリストがアラブ選手を殺すんですか?
「なにをバカなこと言ってるんだ、フェダーイー・ジョバンニらしくもない。
パレスチナ解放を叫ぶテロリストが半世紀前の雪辱に挑む、というシナリオに決まっているじゃないか。
ガザには、すっかり洗脳されてIL政府にだけ忠誠を尽くすパレスチナ難民が何百人もいるんだ。そこから選抜された屈強な悪役が東京で暴れまくるんだよ。
ILからの選手団も、全員殺される前提で選抜される予定だった。もちろん本人たちには知らせない。なぜ今回に限って優秀なアスリートが外されるのかと疑問視する報道もあったようだが、IL国民は政府の決定には逆らえないことを叩きこまれているから大した議論も起きなかったよ。
ただ、covid-19がこの計画をすべて御破産にする。
結果的に僕もつらい仕事から解放されることになった。よかったよ。
それにしても、まさか君にこのエピソードを話す日が来るとは思わなかったな」