東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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自衛隊の評判が、すこぶるよろしい。

 

連日報道される大規模接種会場の光景。

東京では大手町の合同庁舎、大阪では府立国際会議場で、5月24日から休み無く高齢者にワクチンを射ちまくっている。

居住地の役所が発行した接種券の番号で事前予約を必要とするのが原則だが、実際は行けば誰でも射ってもらえる状況らしく、記念グッズ欲しさにボケたふりして何度も手ぶらで通い詰める猛者さえ出現しているようだ。「こんなことはしないでください」という注意喚起として載っている記事によると。

むしろ宣伝してるようにしか読めないんだが。

俺も特製ワッペン欲しいし、隊員と写真撮りたいぜ。

 

なんとなく抱いていた違和感の正体を最近自分なりに理解できるようになった。

今年65歳なら、生まれは1956年。

太平洋戦争の終結が1945年で自衛隊の創設は1954年なのだが、ブーマーを中心勢力とするこのあたりの世代は、自衛隊に良い印象を持たない。今でも憎悪がデフォルトだったりする。

「軍隊を持つこと自体が悪である」と両親たちの世代を全否定しながら、「世界最強を謳う米軍の保護下で幸福に暮らしましょう」という矛盾しまくりのアイデンティティを植えつけられて育ってきたところに、隣国と交戦する気まんまんの機甲保安隊を持つことになったのだ。

いったい当時どういうロジックで周辺諸国の批判から逃げ通したのか興味の尽きぬ議題ではあるけれど、おおかた米国が黙らせたのじゃないかしらん。

それが祟って2021年現在でも自衛隊の存在理由は曖昧で、警察のお手伝いもできず、米軍からもついてこなくていいと言われる中途半端な幽霊だ。

震災が起きると決死の救助活動が喝采を浴びたりするけれど、そこに戦闘機や国産戦車の出番は無いのである。「救助隊なら救助隊に専門化して予算を効率的に使え」と言われちゃうと反論もできんのだよな。

 

例外もいるだろうけど、概して老人は自衛隊が嫌いだ。

そこへ、よりにもよって、高齢者対象の大規模ワクチン接種を自衛隊にやらせようと誰かが思いついた。

議論のひとつもしたのかは定かでないけど内閣が承認。

そしていよいよ始まった。

 

結果的に、よい効果が生まれた。

老人たちとその家族は、政府にも役所にも医者にもすっかり愛想を尽かしていたのだ。

ストレスもフラストレーションもとっくに限界を突破。外で憂さを晴らしたいけど、お出かけが歓迎される状況でもない。

そこへ大規模会場のお知らせ。

自衛隊員にひとつ叱言でもかましてやるかと鼻息荒らげて集まってきた老人が、わんさかいたにちがいない。

 

自衛隊員はキビキビと、かれらをもてなした。

予約のとり方がさっぱりわからん!と言い終わる暇もなく、かまいませんのでこちらへどうぞと誠心誠意で手取り足取り。

家や町やテレビで見慣れてるダラダラした若者たちとは別人種としか思えない、ひたむきな表情と鍛えられた肉体美、無駄のない挙動。

凝り固まった偏見はたちまち溶解して、その日に焼きついた純真な感動が残る。

 

新聞社にも、当初は批判を煽って失態をあげつらおうという姑息な狙いを準備していたところが少なくなかったとみられる。しかしインタビューすればするほど当てが外れるので、流れに素直に身をまかせることにしたようだ。

今では各紙競いあっての自衛隊讃美合戦。

防衛大臣もこんな晴れ舞台は二度とないからノコノコ出しゃばり、聞かれたらなんでも喋る。

平和だなあ。

こちとらイスラエルと戦争中だってのに。

同じ国に生きてるなんて思えないよ。

 

「4月に秋ノ宮がワシントン詣でをしただろう。

ロビネットは彼なりにヤポへ感謝していて、パイソンズ・ワクチンを優先的に供給するよう指示したそうだ。

6月中にはヤポへ届くワクチンのうち、フィッツナーよりパイソンズの方が多くなる。大規模会場ではパイソンズを使用するから、ますますこちらの比重が高まっていく見込みだな」

 

へえ。じゃあ自衛隊は当分、もしかすると来年かもっと先まで、国民との触れ合いで手一杯ということですね。

イスラエル大使館から要請されても、出動する危険は少ないと。

ありがたい情報です。

 

「出てきても、軽くひとひねりしてやるだけだがな。

むしろ陸自が動けば、そちら経由でILからどんなオーダーが発せられたのか探れるぞ」

 

イスラエルが日本の警察・自衛隊・政府・マスコミその他に正確な情報なんて教えるはずがないのでは?

うまく動かして、俺たちをあぶり出させようとするくらいでしょう。

それでも陸自にはそれなりの火器がある。カマスを殲滅した、あれだけの作戦を実行することが可能です。

警戒はしておこうと思っているまでですよ。

 

「そこまで考えられるようになったか。さすがだな、フェダーイー・ジョバンニ」

 

もうすぐ1年経つんです。

マッサン、ミサトさん、ヒトリくん、ソウくん、ミヨさん、ヨネさん。

みんな逝ってしまった。

けど、忘れませんよ。

俺は、仇を討ちたい。

最近、ノンマルトとパレスチナが想像の中で重なり合うんですよ。

その大地に根ざして、土や風や草木や虫たちと時間をかけて共存してきた人たちがいた。

かれらだって、もとは開拓者であり侵略者だったかもしれない。

それでも大地に受け入れられるまで暮らし続けたなら、もうその土地の一部になったと胸を張っていいでしょう。

堂々と生きていけばいい。

ところが、ただ奪うだけを目的に乗りこんでくるやつらがいる。

国をつくるとか空港をつくるとか、自分たちの都合だけ振りかざして生態系を滅茶苦茶に踏み荒らす。

自分自身の尊厳以外に敬意を払う対象を持たない、そんなやつらはゆるせません。

 

パレスチナは3000年前にはユダヤ人の土地だったんですって?

じゃあ3000年間ずっとあなたたちの土地ではなかったわけだ。

どのツラさげて所有権を主張するんですか。

産みの母より育ての親。なにをいまさらだってんだよ。

むしろ流浪の民であることこそがユダヤ人のアイデンティティ。

そっちに誇りを持ったらどうだい。

 

でもたかだか70年あまりとはいえ、そんな強奪から生まれた不自然国家がパレスチナに根付きつつあるわけでしょう。

たしかにあと30年も存続したら、イスラエルにも既得権を認めてやらなくちゃおかしいかなって気にもなってしまうかもしれません。

もう、待った無し。

西洋列強がオスマン帝国を地上から葬り去ったのに比べたら楽な仕事だと思うんでね。イスラエルを、消し去りましょう。可能です。

予行演習を成田空港でやってみてもいいですよ。

殺された人が戻ってくるわけじゃないけど、せめてね。

あの世で再会したときには、そんな土産話のひとつくらい、してやりたいって思うんです。

 

「マッサンたちへの手土産か。

その発想はなかったな、いい話だ。ぜひ君自身の口から語り聞かせてやってほしい。

ヤポを撃退したと。

祖国を取り戻したぞと。

その手でな」

 

現在のシナリオは、せいぜいイスラエル駐日大使館を制圧するまででしょう。もっと先までプランニングする必要があります。

こんなの序の口ですらない。

かすり傷でも負えば恥だ。

ああ、もっともっと力が欲しい。知識だってつけたいし、度胸・カリスマ・武器も技術も。

毎日走りこみながら、そんなことばかり考えています。

もどかしいったらない。

 

「いいことだ。ぶれずに突き進め。

その心掛けが貫かれてさえいれば、君には着実なレベルアップに準じたミッションが与えられる。

たしかにヤポでの経験なんてイージーモードもいいところだ。とっとと世界へ乗り出そう。

フェダーイーの仲間たちが、君を歓迎するだろう」

 

俺は二番町へ来るたび、そこがまるごとイスラエルであるかのように感じる。

浮浪者含めた全通行人は、言葉も通じない敬虔なユダヤ教徒だ。皆が皆病的な愛国者でもないと思うが、気をゆるしてはならない。

どこに狙撃手が隠れていても不思議じゃないし、どこに地雷が埋められていてもおかしくない。

ここは敵地なのだ。

そして俺は、大義に身を捧げた工作員。

今日もドローンたちの注意を惹きつける。

やつらの追跡アルゴリズムにはクセがあるので、捕手を配置してくれれば誘導できますよとエヴァンズに提案してある。

軍用偵察ドローンが1機いくらするものかは知らないが、現場はかなり慌てるはずだ。痛快だな。

 

……!!

 

異様な気配を背後から感じ、すかさず脇道へ隠れた。

振り返らない。住宅の車庫を抜けて更に細い路地裏を駆け抜ける。

周囲に注意を払いながら、壁によりかかり呼吸を整えつつエヴァンズと交信。

そちらのモニターになにか映ってましたか?ドローンではありません、もっとヤバいものから見つめられてる感じがしました。

 

「僕にも見えていない。だが、今の行動は正解だ。

第六感が鋭敏であることを評価する。躊躇せず走り出したことも尚良い。

今日は撤収しよう。帰巣ルートを指示する。

22L。ゆっくり進め」

 

意図的に回り道をしながら二番町を離れてゆく。

デス・スターから600m離れるまでは不安でたまらない。

広い通りへ出た。横断歩道を渡る。渡り終える直前、エヴァンズから目の前の銀行へ飛びこむよう指示され、自動ドアをくぐる。

ガラス越しに、道路へ目を向けた。

信号が変わって車列が進み始める。

カーキ色のいかついオフロード車が通り過ぎた。

運転手の顔は見えなかった。ドアガラスに金網が張ってあったからだ。

しかも左ハンドル。

シルエットからは、かなりの大男だと察せられ……

厭な汗が、背筋を流れる。

 

「見たか?よし、すぐ出ろ。奴が戻ってくるかもしれないから急げ」

 

急いだ。その後も路地から路地を忍び抜け、ほどよく離れた街区でプリウスに拾われる。

あれ、あいつですよね。

イスラエルの……ブルドーザー?でしたっけ。

 

「僕にも顔は見えなかった。しかしあのダビデという軍用車はアリエルの私物なんだ。本人が持ちこんだとみて間違いなさそうだね。

まさかまたやって来るとはなあ。

ちょっと今のままのシナリオでは具合が悪くなってきたね」

 

そりゃそうだろう。顔バレしてるんだ。俺も、エヴァンズだって。

しかも……

晴海での惨劇を起こすために戻ってきたん……だろう?

今年こそ。

 

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