東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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アヴァンティに、アモスが来店した。

 

俺は暗がりに身を潜めていたが、もっと奥まで隠れ、息を殺した。

スターンはそのグループへ穏やかに挨拶をした。

合図をしたようには見えなかったが3人が一斉にこちらを睨みつける。

アモス、マリエ、ゴステロ……

最悪だ。よりにもよって、なんでこの3人がつるんでるんだ。俺は袋のネズミか。

 

3人はボックス席に腰を下ろし、ばらばらにカクテルをオーダーした。

うまそうに飲み、スターンにお褒めの言葉。

その他にも談笑を交わしているが、日本語じゃない。

ううむ、わからん。

 

アモスを挑発するようエヴァンズから命じられていたが、きっかけがつかめない。

逡巡していると、ゴステロが俺に手招きをする。

冷汗を流しながら、スターンに目配せ。

行けとアイコンタクトされる。

はあ……

立ち上がり、猛禽類たちとの闘技場へダイブ。

 

ゴ「随分たくましくなりましたね、ジョバンニ。

次の職は決まっているんですか。自分を高く売りたいなら相談に乗りますよ。傭兵は売り手市場ですから」

 

今日のゴステロは、派遣会社の広瀬氏モードらしかった。骨格は同じなのだが、表情も物腰も柔らかい。

騙されないけどよ。

 

マ「ジョバンニ。7月1日は父の命日なんだ。

もちろん、カマスで大勢が一緒に亡くなった。

この日はあけておいてほしい。岸はまだ隠れている。まだまだ苦しめてやりたいんだが、あたしたちも大道具小道具を片付けなくてはいけないから、ケリをつけるよ。

君にもとっておきの役を用意しておく。

準備だけしておいてくれ」

 

マリエさんは長髪になっていた。復讐が終わるまでは切るまいと決めたのだろうか。

俺だって忘れちゃいませんよ。

それにしても、いいカラダだ。マユミさんより美人だし。

アモスとつきあってるんだよな?

ちくしょう、イスラエル人のくせして毎日いい思いしてやがんだろうなあ。

 

ア「ジョバンニ。あなたと私は敵同士になるが、ここは非戦闘区域だ。仲良く飲み交わそうじゃないか。

……あれ、もしかしてムスリムだから酒は飲まないかな?」

 

身構えていたのだが、言われてみればアヴァンティで喧嘩なんて御法度だ。険悪な雰囲気はつくるまい。

 

俺はスターンに、グラヴェル・ガーティを所望した。ブラッディ・メアリーじゃ子供っぽいかなと思って。

ほとんど同じだが、貝のエキスが入ってて少し生臭い。

とりあえず全員と握手。

さあ肚のさぐり合いだ。

 

ア「誤解してほしくないんだが、私たちが根絶させねばと思っている対象はテロリストだけだ。

イスラエルは人種や宗教に基づく差別を憲法で禁止している。国内にはキリスト教各派の教会やイスラームのモスクも無数に建っているし、皆が共存できる社会をお手本として示すことが私たちの存在理由だと常に意識しているんだ。

その精神を理解できず、弱者に憎しみを植え付け狂気に駆り立てさせる人達が未だにいる。

嘆かわしいことだよ、とても」

 

そのテロリストをつくりつづけている原因が、そもそもイスラエルなんじゃないのか。

パレスチナ難民がいなくなればテロリストだっていなくなるよ。その鍵を握っているのがイスラエルだってことこそ自明じゃないのかね。

 

ア「不思議でならないんだが、難民たちはどうしていつまでも難民でいたがるんだろう。それこそ何世代にもわたってさ。

私たちはかれらに教育と就業の機会を与えている。

実際、イスラエル人やアメリカ人となって国家に帰属した元難民は大勢いるんだ。

強制はしないよ。ただ、市民権を手に入れた以上は自助努力や社会貢献が求められる。当然だよね。

ところが難民のままでいつづけたい人は、この義務を果たしたくないんだろう。しかもかれらを操ることが利益に直結する人達もいる。

すなわち、テロリストだ。

その行為を黙って許していてはいけないよ」

 

パレスチナ難民に教育を与えるって、それはイスラエルや西洋社会を鑑とする価値観を教えるんだろう。パレスチナ人にとっては屈辱でしかないよ。

 

ア「まさかテロリストにも権利を認めましょうなんて教えるわけにはいかないさ。

文字だって、私たちはヘブライ語から教えるけど、そこから拒絶されちゃうんじゃ何ひとつ始まらない。

純真に学んでくれるならばかれらは難民でなくなり、イスラエルで友人をつくり仕事をして自立することができる。近道でしかないはずなんだけど。

テロリストがそれをさせたがらないことは理解するよ。

その目的が私たちを憎しみ合わせることにある限り認めるわけにはいかないってことも、理解してほしいんだけれどな」

 

イスラエルは、これからもずっとその方針を貫いていくつもりなのかい?

 

ア「もちろんだよ。それが建国理念だし、私たちがパレスチナに戻ってこられて、これからもずっとこの地に住まわせてもらえる根拠の真髄だからさ。

私たちは対立をもたらしに来たんじゃない。約束された平和を届けに来たんだ。

どうか聴いてもらいたいんだよね。争うことばかり考えていないでさ」

 

俺は言い負かされそうになっている。

すまない、同志諸君。

こんなはずじゃなかったのだが。

 

絶対にアモスの理屈は間違っているのだが、俺にはそこを突くことができない。まだまだレベルが足りないようだ。

ここが非戦闘区域でよかった。戦場だったら考えこんでいるうちに脳天撃ち抜かれてジ・エンドだろう。

いい勉強になったと思うことにする。

アモス、外では覚悟しておけよ。

アリエルと一緒に吹っ飛ばしてやるからな。

 

ア「客観的な分析として言えることだけど、イスラームの教えは時代錯誤だ。20世紀の科学技術・社会認識・国際規範への対応も出遅れていたけど、21世紀に入ってますます歪みは歴然としてきた。

イスラームだけじゃないが、時局に応じて自らを変革していけない者は頑迷になり、努力をあきらめて不遇を他人のせいにするんだ。

悪いことに、それへ手を貸す知恵者も尽きない。

嘆かわしい。ただただ、嘆かわしいよ。

ジョバンニ、あなたは理解力を持つ人間のようだ。今夜じっくり話を聴いてもらえたことを嬉しく思う。

現在の立場にはいろんな事情やしがらみが絡んでいるんだろうが、ぜひ、もっと考えてもらいたい。

遠くない将来、次は太陽の下で、笑顔で握手を交わせることを願っている。

ありがとう。

私からのメッセージは以上だ」

 

く、くうううう。

以前はここまで日本語流暢じゃなかったよなコイツ。なんだ、まるで女を口説くような爽やかさで軽やかに締めくくりやがって。

マリエが微笑んでる。こっちを見るな、まるで憐れまれてるみたいだ。

歴然とした差を感じる。

ゴステロ広瀬も、アモスを頼もしく感じているのがあからさまだ。

なんてこった、完敗かよ。

 

……俺は黙ってグラヴェルを飲み干し、ゆっくりと、アモスに尋ねてみた。

こちらこそ、ありがとう。

まだ、うまく言葉がまとまらないが、よく考えてみることにするよ。ところで、せっかくだから訊いていいかな。

アリエル、いるだろう?

俺、何度か遭遇しているんだが、捕まったら秒でひねり殺されるんじゃないかなって、すごく脅えているんだ。暗殺部隊の長だとも聞いた。

実際はどんな人なんだい?

イスラエルが平和を愛する民主主義国家なら、そんな部署があること自体、おかしいだろって思うんだが。

 

ア「ああ、アリエルか。たしかに怪物役が似合いそうな風貌だけど、根は陽気なおじいさんだよ。

怖く見せることで犯罪を抑止しようとする狙いもあるんじゃないかな。

暗殺部隊と言った?

それはまた随分と悪意のこもった翻訳だ。

平和な国でも死刑執行人が必要だったりする。国内外に多くのテロリストがいて日夜その脅威にさらされているイスラエルでは、軍隊も警察も重武装しているし、捜査機関にも強力な権限が与えられているものだよ。

テロが根絶されればそんな必要もなくなるんだけど、相手次第だから仕方がないよね。

ジョバンニさえよければ、アリエルとの会見を5分くらい設けることは可能だよ。オリンピック開会式までは滞日している予定だから、どこかでセッティングできるだろう。

会えば一瞬で誤解もとけると思う」

 

面白そうだが、ひとまずエヴァンズと相談だ。

どちらが嘘かは俺の眼で見極めてやる。

それにしてもギャップがありすぎだぜ。プロパガンダなんて、そんなものかもしれないが。

 

ア「イスラエルさえいなくなれば中東は平和になると主張する人達がいる。

むしろ逆じゃないかな。

今のままでもイスラエルに対し全アラブ諸国が団結できるというなら考える余地もあるだろう。

不可能だ。イスラームだからか、アラブだからなのかはわからないが、かれらの相互不信は年季が入りすぎているよ。

イスラエルというわかりやすい共通の敵が一国あるだけの状況でも、かれらは力を結集することができないんだ。

一方、民主主義が正しく機能している国同士で戦争が始まった前例はただのひとつも無い。なぜなら国民が望まないからだ。

こんな単純な理屈がわかってもらえないとは嘆かわしい限りだとつくづく思う。

対イスラエル戦線だけでなく、石油価格の調整でもかれらは目先の損得ばかりにしか注意が向かない。

過去幾度かオイルショックが起き、アラブ諸国が石油の供給を人質にして国際社会へ無謀な要求を突きつけるというテロリズムを発揮したことがあった。しかし大概どこかが抜け駆けして、数日で数年分の利益を上げ、その直後にかれら同士の間でヒエラルキーが再構築されて平常化するんだよ。

振り回される国々はたまったものじゃないが、石油への依存度が高いうちは産油国のテロに逆らえないことも事実だ。

脱石油社会の推進は環境保全のためでもあるけれど、テロ撲滅運動の一環でもある。

世界が平和になるのは、やっとそれから。なのかもしれないね」

 

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