エヴァンズはアヴァンティでのやりとりを一部始終知っていた。
情報の入手経路を教えてくれないのは当然とも思うが、いったいどうなってるんだ?カモッラのセキュリティは。
「もう少し有意義な話題を転がしてくれると助かったんだがね。
実のところ、けっこう失望している」
面目ありません。相手のペースに呑まれました。
語学力も知識も経験値もかけ離れていて太刀打ちできません。正直、打倒イスラエルの信念も少し揺らいでいたりします。
「君は所詮ニワカだものな、無理もない。
アリエルに会わせてもらえると聞いてかなり動揺していたらしいけど、いったい彼とどんな対話をしてくるつもりなんだ」
あ。それを相談しようと思ってたんです。
敵の正体を間近で見て、しっかり観察してきたいと思うんです。万全の準備を整えて、臨んで。
「どこまで愚かなんだ。芸能レポーターでもそこまで能天気じゃないぞ。
ちなみに武器は隠し持っていくのか?」
絶対見つかると思いますから、丸腰で。友好のポーズは崩しません。
「君はすでにフェダーイーとして名乗りを上げているんだぞ。屠場にスキップしながら向かう牛じゃなければ何のつもりだ、いったい」
……見通しが甘すぎましたか、ね?
「過去、同じような誘いを受けてアリエルとの対面に臨んだアラブ人は何百人といるよ。
殺意を持っていようがいまいが、アリエルは得意の柔術で2秒以内に相手の自由を奪う。数日後にはあることないこと自白させられている映像がつくられて西洋メディアにばらまかれる。人気シリーズさ。
ヤポ語で告解する犯罪者はかなりレアなはずだから、君は比較的長生きさせてもらえると思うけどね」
もちろん、そんなことになる前に、俺のウォッチを爆破させるつもりでしょう?
「当然だ。僕の監視下から消失した時点で最悪の事態を想定するよ。こんな注意も今更なんだが」
はあ……イスラエルと対話するって試み自体が絶望的なのかなあ。
「僕と君の対話だってこれほど噛み合わないんだぜ。敵意があれば尚更だ。
西洋人同士だって、サミットともなれば、ネクタイや髪型を褒め合う以上の会話なんておそろしくて誰もしたがらないものだよ」
サミットかあ。
秋ノ宮、今頃ヘラヘラお茶飲んで骨休めしてることだろうなあ。
「アモスは、民主主義が正しく機能している国同士で戦争が始まった前例はただのひとつも無いと言っているんだな。
西洋人がよく使うロジックだが、ジョバンニはこのジョークの何がおかしいのかを説明できるか?
できるなら教えてもらいたいんだが」
ジョークなんですか。
俺にも説明できません。
だいたい、どこで笑えばいいかがわかりません。
「アモスが伝えたいことは、だから民主主義こそが良いシステムなんだというシンプルな定義だろう。
民主主義国家同士であれば戦争が起こらない。
戦争を起こさないためには全国家が民主主義を採用しようという理屈だ。
ここまではいいかな?」
正しいかどうかはさておき、よく聞くフレーズですよね。
反論したいところですが、矛盾もしてないように思います。
もしかして一理あったりするものですか。
「やれやれだな。
質問する。民主主義が正しく機能している国を、君はいくつ挙げられる」
米英仏……それから、概ね納豆衆に加盟している国々と合致するのではないでしょうか。
「ヤポは含まないのか?」
日本は天皇制を存続させているから帝国なんだって、あなたから何度言われてきたことか。
象徴にすぎないのでとか詭弁を弄することはできますが、皇室を国の根幹にしている以上は帝国主義ですよ。日本は、帝政国家なんだ。
「USはヤポを民主主義国家だと承認しているぜ。
マンハッタン・トランスファーでも同様に周知されている。大酋長のゴリ押しに逆らえる外交官なんて、なかなか養成できるものではないからね」
……いったい、日本は民主主義なんですか?帝国主義なんですか?
「好きな方を信じたまえ。現実的には、仲良し倶楽部に混ぜてもらえたら民主主義者だ。肚の中でどう考えているかなんて問われない。
その仲間から外されるときには、あいつは正しい民主主義者じゃなかったとレッテルを貼られる。その程度の便利な小道具だよ」
それって、国民選挙で元首を決めるシステムが採用されているかどうかはまったく関係しない、と?
「それを基準にしたらヤポを民主主義倶楽部に仲間入りさせることは不可能になるね。皇帝も首相も、ごく一部の支配階層によって決定される国なんだから」
むしろ、どうして日本が民主主義国家だって当然のことのようにまかり通っているんだろう。
国連には、疑問に思ってる人くらいいるんでしょう?
「類似例がGBだ。あそこもウィンザー家の嫡子を君主と規定しているだろう。王国なんだ。
反対に、USよりも厳正な直接国民選挙で大統領を選出するRUを、西洋は絶対に民主主義国家とは認めない。
こんな馴れ合いで日々お茶会ばかりしている国際偽善機関に、まともな人材が集まってくるわけないじゃないか」
以前、ロシアの大統領選では候補が大都市しか回らなくなるって批判してませんでしたか?
米国は、何百人かの中間投票人を置くことで、却って地方の発言力も強まるんだとか。たしか。
「言ったよ。
RUは共産主義でも民主主義でも極端なまでに基本を徹底してくれるから問題点も浮き彫りになりやすいんだ。だから、ありがたく師範とさせていただくのが正しいはずだね。
ところがロンドンのシンクタンクが発表したばかりの年次報告によると、完全な民主主義国の数は現在35だという。納豆衆加盟国28のうち20国が含まれている。
ヤポが25位で、ILはもう少し下だったな。
上海組加盟国とアラブ諸国はひとつも入っていない。
いったいどういう基準で評価しているのやらだよ。
君は、そっち側の陣営からありがたくもお誘いを受けたわけだが、せっかく5分もいただけるのだから有益な質問をしてきておくれ。ユダヤ人ならこのブリティッシュ・ジョークを説明できるんでしょうか?とかね」
正味4分58秒で最後まで喋らせてもらえるかな。
ロシア以外の民主主義国は、多かれ少なかれ、自国内の事情に合わせてアレンジした民主主義を採用していると理解していいんですか?
「アモス流に言うなら、民主主義なんて時局に応じてコロコロ変節していって構わないんだということになるかな。
実態として、民主主義とはテレビの人気投票で元首を決めるという政治バラエティだ。マスメディアを牛耳る者が考え出した最適解なんだろう。
素人が素人をまつりあげて期間限定のハラハラドキドキを繰り返す。視聴者を飽きさせないのが手段にして目的だが、少なくとも僕たちは飽き飽きしている。
もっと磨きこまれた本物の芸を見たいものだよ。
政治ドラマのつもりなら尚更だ」
ガマール大統領やフサイン王のように、国の威信を生涯かけて守り育むぞと誓って元首を務めるような人物を、見たいということですか。
たしかに選挙対策が一番の勝負どころになってしまうような政治体制では候補者に求められるのがルックスとアドリブの才能だけになってしまうのも無理ないかもしれませんけど。
「企業の経営責任者を全従業員の民主的投票で決めたりしたら何が起きると思う。
業績重視の、あるいは危機的状況に立たされている組織では絶対にゆるされない原理が、なぜ国家運営では最良とされるんだ。
時局に応じて自らを変革していくどころか、現状に妥協して10年先の未来さえ考えなくなるのが民主主義という宗教さ。西洋はひどい麻薬を発明したものだよ。辺境ではヤポなんていうグロテスクな奇形種まで生み出してしまうしな」
そうなんだ。すべて民主主義のせいだったんだ。
いまの日本がこんななさけない国になっちゃったのも、民主主義を押しつけられたからだ。
ゆるすまじ、民主主義。
「冷戦時代と呼び慣らされているが、20世紀を通じてアメリカ合衆国とソヴィエト社会主義共和国連邦が戦争した事例だって、一件たりと無いんだぜ。
戦争を回避するために全国家が民主主義あるいは共産主義だけに染まる必要なんて無い。
互いに相手を殺し尽くせるだけの武器を持っている二国間では戦争が生じない、これが正解だ。あるいは片方だけ完全に無力化されている場合でも戦争を回避できる。
西側の勢力内で基本路線とされたのは後者だな。
昔から西洋列強は、格下の同盟国に兵器の所持を禁止する方針を原則としているが、そんな不均衡こそが武力外交の温床であり、際限のない暴圧と憎悪を生むんだよ。
この次アモスに会ったら、言ってやるといい。
もし世界に35しかない完全民主主義国家が外側の大勢から隔離政策をとられた場合、ILは果たして、いつまで踏ん張れるだろうか。
ぜひ最後の一国になるまで初志を貫いてほしい。
応援しているよ、とね」
民主主義がマイノリティになる?
え。イスラエルを逆包囲するイメージまでは抱いてましたが、まさか、そんな状況が起こり得るものでしょうか。
「起こすんだよ。僕たちが。いつまで眠り呆けているつもりなんだ。
いいか。民主主義は民主主義であるがゆえに最大の弱点を持つ。そこを突くんだ。これが最も賢い者の戦い方だ。
民主主義政権ならば、国民の大多数から支持されていることが成立条件だろう。
民主主義が正しく機能しているのであれば、人口比率のもっとも高い層からリーダーが生まれて当然だ。しかし民族や貧富の対立が激しい国ほど、絶対にそうならない。
民主主義のシステムには本質的な欠陥があるんだ。
この制度に立脚する以上は、多数派でなくても支配者になり続けていられる攻略法があるのさ。それを手に入れさえすれば勝ち組なんだ。
ところが、これを暴かれると大きなダメージになるのもまた民主主義の特徴だ」
ええ……と?
少数派でも多数派を支配できる都合のよいシステムが民主主義で、しかしそれは同時に弱点でもある?……という話をしていますか?
「ILには領土を拡張できないというジレンマがある。
たとえばガザを国土に編入して現在の住民にイスラエル国籍を与えてしまった瞬間、アラブ系の人口比率が急上昇し、建国以来続いたユダヤ政権は国民の過半数から否定されてしまう計算になる。このためILはひたすらアラブ人の数を減らすという戦略以外をとれないんだよ。
平和的に対立状態を終わらせることはユダヤたちにとって死を意味する。
イスラエルがユダヤ人の国であるためには、すべてのアラブ人がテロリストとして死んでもらわねば困るわけさ。切実なんだ。
ILは周辺諸国を何度でも蹂躙できる軍備を保有していながら、民主主義を建前とする限り、その力をほんの見せかけにしか使えない。これが実情さ。
だからILの暴力を封じるためにこそ、かれらの民主主義精神を盛大に応援してやるべきなんだ。
テロリストにはそんな足枷がないからね。コーディネーターがほんの少し助力するだけで、攻守なんて簡単に逆転する。
今からそれを見せてやろう。
覚悟はいいな?フェダーイー・ジョバンニ」