西新宿のツインタワー。つまり、東京都庁だ。
2本の矢は、ここの屋上から発射された。
二番町まで直線距離で4km。
イスラエルの兵器会社が世界中で販売している、スパイク・ロングレンジという対戦車ミサイルの有効射程ぴったりだったらしい。
都知事が休暇中だからって、やりたい放題じゃないかよエヴァンズ。
「ILの基地をILの兵器で攻撃するってのは最高の意趣返しじゃないかね。これが昨今のトレンドだよ。
それにしても屋根があんなに堅いとは。
ILの耐爆建築基準は世界一厳しいんだが、ヤポの大使館にすらその最高ランクを要求していたなんて驚いたね」
だから2発目を射ったと?
不発だったみたいですが。
「あれは成形炸薬弾だ。直撃した先端部から高圧ガスを送りこんで、館内を隅々まで火だるまにした。
まあ職員はとっくに核シェルター内へ退避していただろうから物的損害しか与えられてないと思うけどね」
な。なんつう、えぐいことを。
「こんな戦術を考え出し、絶え間なく使い続け発展させてきた民主主義者たちが、かい?
それとも、せっかく手に入れたんだからと試しに1回使ってみた僕たちを批難しているのだろうか」
あ。もちろん、そこまで対策を施していたイスラエルに対してですよ。
えぐいったらないぜ、まったく。
「さて今後の展開だが……ここは昇級を賭けたテストにしてみようか。
君なら、どう駒を動かす」
デス・スターは大ダメージを蒙りました。
アリエルは死んでないようですが、大幅な戦力減ですね。
一気にとどめをさすべき……なんて答えたら失格なんでしょう?
「ほう。耳障りな搦め手をつかうね。
単刀直入に結論だけ言ってもらえないかな」
そこまで考えがまとまってません。
ですが、これ以上攻めれば我方にも被害が出るのは避けられないし、たとえ大使館職員を皆殺しにしたとしてもやつらの日本支部が壊滅したってだけの話です。
今後の状況は確実に厳しくなり、西洋諸国へ向けてのプロパガンダもイスラエルが一方的に都合よく説明する。
日本は民主主義陣営の一角から外されるかもしれない。
そのあとどうするんだ?
というところなんですよ。
「ここまでやっておいて今更そこを論じるのか。呆れたな。
君にはシナリオライターなんて到底、無理だ。
もう一度だけ訊いてやる。とりあえず今日何をするかアイデアを出せ。
君がでもいいし、チームとしてでもいい」
はい……とりあえず攻めこむのは無しですから、イスラエル大使館をひたすら見張りますね。
そのうち連中おそるおそる様子を見に外へ出てくるでしょう。
それでも、じっと見張るだけにします。
やつらが調子に乗ってきたら、なんらかのアクションを仕掛けましょう。
「まあ、その程度の常識は持っているんだなと安心したよ。
正解を言うぞ。
フェダーイー・ジョバンニの徘徊は昨夜限りで終了だ。君は忽然と行方をくらませる。ゴーストのようにな。
怪異譚のクライマックスとしては出来過ぎなくらいだったろう。そのあとはダラダラ引きずるもんじゃないよ」
え。……大使館の監視は、続けないんですか?
「続けるよ。
それを今後も君がやっては台無しだということさ。
第2ステージでは、新しい主人公を配役する。それでなくてはコンテンツ自体が陳腐化するんだ。わからないかな」
わからなくはないけど、いきなり引き剥がされて、戸惑ってます。
イスラエルにとどめをさすまでつきあいたかったなあ。
「その意志があるなら尚のこと、ヤポにとどまっていちゃダメだろう。とっとと本場へ行って殺されてこい。
新しい顔と経歴ならすぐ準備してやる。
出演歴には、村の公民館で40人の盗賊のひとりに扮しましたと書いておいてやるよ」
恥ずかしいからノンキャリアにしといてください。
はあ……本場か。
パレスチナでは、昨日みたいな戦闘も日常茶飯事なんでしょうね。
「1918年、ブリテン人が踏み荒らしに来て以来、ずっとそうさ。
並の共同体ならとっくに歴史ごと根絶やしにされているところだろう。器の違いを思い知らされるね。
3000年も家をあけていた放浪息子が屈強な郎党を引きつれて戻ってきたからといって、住まわせてやる部屋は無い。
PS人は、何度も何度も焼き払われながら、その姿勢を崩していないんだからね。
ちなみにだが2001年のUSツインタワー突撃ハイジャックを青天の霹靂だと評するジャーナリストを見たら、中東史を学んだことがない証拠だから嘲嗤え。あの程度のテロ、アラブ人なら3日に1度はやられてる」
は、は。……ところで、イスラエル大使館はスパイク・ロングレンジでも破壊できないほど堅牢でした。
成田空港だったら、もっと簡単にぶっつぶせますか?
「造作も無かろう。
耐爆どころか耐震設計すら、成田じゃまともに考慮されていない。福島の原子力発電所も紙工作レベルだったが、あれより基準が低いんだぜ。
盗賊だって40人もいらないな」
じゃあ本場へ行く前に余興でやっつけといていいですかね。
「その意気だけは買ってやる。習作のつもりでシナリオを書いてみろ。
ただ採用はされまい。
成田空港が機能しなくなると僕たちが出張する際に不便だし、山梨カルテルだってスノーやセムテックスの空輸が滞って業務に支障をきたすだろう。
ヤポは50年以上、成田の拡張以外に首都圏空港開発を検討すらしてこなかった。更地にするのは容易いが、その前に代替移動手段を確保してからということだな」
そんなジレンマもあったのか。
空港なら市ヶ谷に無駄なスペースあるんだから、どうせ使うあてもないんだったら国民のために開放させれば一挙両得ではないのかしらん。
よし、まずはシナリオだ。ダメモトでいいなら好きなだけ書いてやろう。
「成田には今、続々とオリンピック選手団が到着して、全国各地のホストタウンへ収容されている。
その中に、明らかにcovid-19の症状を呈しているんだが検査では陰性というケースがすでに現れているね。おそらく例のデルタ株だ。
ヤポは、検疫済みのマークをつけてどんどんホテルから追い出しているようだが」
え?咳をゴホゴホさせていても、ですか。
「ヤポは書類しか見ないからな。
しかも選手が起きている間はずっと接待漬けにして、長距離バスに乗せている間も色紙にサインを書かせ続けるとか、アイドル並みのスケジュールで鋭気を搾取するべく必死のようだよ。
ヤポ全土にデルタが蔓延することは時間の問題だが、1ヶ月も先のオリンピックよりずっと早く完了するだろう。
はたして何日で、という賭けが今盛り上がってるんだが、さすがにパラメータが多すぎてね」
最悪じゃありませんか。
せっかくワクチンを全国民ぶん融通してもらったのに、なんの効果もない。
「そもそも第1世代のワクチンでデルタは抑えこめない。
相手は自分たちより賢いウイルスなんだってことを理解していないがゆえ、追撃をくらうんだよ。
さてどれほどの被害が出るものだろうね。
ボルティモア機関でも、精確な補正は難しいんじゃないかな」
確かなことがひとつあります。
日本政府は今これだけ盛り上がっているワクチン接種、射っても無駄だよなんて公表したくないでしょう。
しません。
人類はコロナに勝利した、オリンピックは団結の象徴だ、と大本営発表を唱えつづけるはずだ。
オリパラは予定通り敢行されます。
メダルの数を死者数が追い越すことでしょうが、汗と涙を讃える、がんばれコールだけが連呼される。
役人が書類しか見ないなら、国民だって報道がすべてです。美しい伝説だけがのこる。
俺はこんな国いやだ。
早く本場へ行きたい。
どうすれば、かないますかね。
「なんだそりゃ。ずいぶん卑俗な願望だな。
デルタの脅威はアラブでも、ILでだって、同じだよ。
僕が言うのもおかしいんだが、ヤポでは政府機関に脅威を感じる必要がないから実にのびのびやらせてもらってる。楽園といっていいんだぜ。
童貞でも経験値を稼げる島だ。
だから試したいことがあればヤポにいるうちにやっておけ」
微妙にはぐらかされてる気がしなくもないが、冷静に考えれば英語での挨拶ひとつできない俺に、本場なんて高すぎるハードルだ。
せめてコジモ・チルドレン並みの戦闘力をつけてから臨まなけりゃな。
「もうひとつ忠告しておく。
すでにアラブ世界において、フェダーイー・ジョバンニは最新ニンジャ枠で登場し絶大な人気を得ている。
彼を主人公にしたマンガを路上に並べればたちまち子供らが群がり、むさぼるように読み始める。各地で社会問題になっているほどだ。
未来のフェダーイーとなる、かれらの夢を挫くんじゃない。
リアルな君が顔を出すことは幻滅でしかない。
次はホンモノの力を手に入れてから、新しい名前で再デビューするべきだ。このセオリーを理解できるのなら、カモッラが協力をしてやると言ってるんだぞ。
わかったか?」
マンガ……?
ああ、マンガか。
脳裏に妹の姿がよぎった。俺、アラブでマンガになってるのか。
ずいぶん遠くまで出稼ぎしたな。
欲しい。トシにも読ませたい。
文字はわからなくていいからオリジナルをください。むしろ絵だけでインスピレーションを搔きたてて、俺は俺のマンガにするんだ。
新しいシナリオをくっつけてな。
うわあ、夢がひろがるぜ。
エヴァンズだけ、カタール大使館へ入っていった。
英雄はもういない。納得したので、俺はついていかない。
400m離れたパーキングでお留守番だ。
最寄りのコンビニへ、新聞を買いに行く。
昨夜の新宿激震は各紙がトップで報じていた。
が、「北朝鮮のミサイルが靖国神社を狙ったものの外れてイスラエル大使館へ命中、周辺のビルを吹き飛ばした」と雑な憶測を交えてまとめられていた。
昼間の厳戒態勢も「北朝鮮のスパイが実地検分していたのを目ざとく見つけたイスラエル大使館職員が自衛のために展開したもの」という解釈だそうで、おそれいる。
政府はただちに、被害を受けたイスラエル大使館へお見舞いの言葉を述べ、修築にかかる費用を全額負担しましょうと申し出た。
イスラエル側も恭しく感謝の意を述べたので、マスコミとしては批判の矛先を官邸へ向けづらくなる。
そこで休養中の芦屋都知事が標的とされ、都民の安全を守る責務はどうしたと集中砲火を浴びせられる。
いつもといえばいつもの流れだ。
まったく、えぐいったらないぜ。