東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2021-07-006.hmos

保阪はレザージャケットの懐中からタオルを取り出した。

俺の右手首に巻き、結束バンドで固定する。

ものの数秒。

これでウォッチの動作を止められるという。

生地の内側に金属の膜を埋めこんであるようだ。ひんやりとして、重みがある。

 

次いで、駐車場の真向かいにそびえ立つホテルへ歩いていくよう指示された。

ふりむくな、早足でだ。と口調は厳しめ。

従うより他ない。

 

保阪は俺の後ろについてくる。

「6月30日をもって営業を終了しました。49年間にわたるご愛顧を」……と書かれた貼り紙をガン無視して、ずんずんロビーを突き進む。

エレベーターが待っていた。

俺はまっすぐ入り、その姿勢のまま壁に密着する。

保阪がボタンを押し、ぐんぐん上へと昇っていった。

「22階です」との自動アナウンス。

向きを変え、俺を先頭に廊下を進む。

 

2212号室。

ここへ入れと命令される。

 

ドアは普通に開いた。

中には、フルヘルメットとプロテクターで完全武装した人物がひとり。

背後でドアが閉まる。

保阪は入ってこなかった。

 

「椅子に座り、腕を出せ」と命令される。

タオルを巻かれた右腕の方だよな。

パーティションに開けられた穴から、ぐいと突き出す。

武装男、ひと呼吸おいてからタオルを剥がし、精密ドライバーのような工具を2種類使って俺からウォッチを外した。

ものの数秒。

あっけにとられている間に俺のウォッチは手提げ金庫のような小箱に投げこまれた。

ガチャリとロック。

「完了だ。出ていけ」

素っ気なく命じられる。

無言のまま俺は立ち上がり、入ってきたばかりのドアを開けた。

保阪が立っていて、手にはアイマスクを持っている。

 

「ケンヂ、これでおまえは自由の身だ。

今から俺たちのアジトへ案内する。ただ、目隠しをしてもらわなきゃならん。

いいだろう?」

 

さっきまでとは一転した、柔和な笑顔。

よかった。保阪は、俺の知っていた通りの保阪でまちがいない。

積もる話は着いてからにしよう。

俺はアイマスクを装着した。

 

次の瞬間、ガスを嗅がされたらしい。

床に倒れたところまではおぼえている。ずいぶん用意周到な拉致だ。

カモッラと戦うんだからこれくらいは当然か。

それにしても保阪、おまえはいったい……

 

頬を叩かれて、目覚める。

手錠をはめられていた。

服も、なんだこりゃ。灰色の上下で、腰回りはマジックテープで留めてある。

ポケットもボタンもなく、囚人服という言葉が浮かぶ。

 

目の前の男から威圧的な声で名前を確認され、歩けることを試された。

カビ臭く陰鬱な廊下を、途中いくつもの鉄格子を鍵で開けながら通過。

机と2脚の椅子があるだけの、2畳間ほどの部屋へ入れられ、少し待たされる。いわゆる取調室だろう。

ドラマではよく鏡があって、その向こうから別の刑事たちが監視しながらつぶやいていたりするんだが、そんなギミックは見当たらない。

天井に、埋め込み照明。

室内にスイッチ無し。

窓無し。

ちょっとだけ懐かしくも思う。

 

やがて、初老の男と制服警官が入ってきた。

男は、刑事か。足が不自由なようだ。俺の向かいに座る。

警官はドア脇の角に直立し、俺を背後から睨みつける。

さて、いきなり尋問開始。

刑事は持ちこんだ書類を読み上げた。

俺の本名・生年月日・学歴と、東京での前住所や前勤務先。まちがいないかと確認される。

はい、相違ありません。

 

「令和2年1月27日、文京区役所で奇声を発し、そのあとハローワーク飯田橋を訪れているね。この後、消息不明となった。

カモッラと接触し、その一員となったためだ。

まちがいないか」

 

カモッラと言われた瞬間、危機感のゲージが上がる。

ここが警察署だとして、カモッラの盗聴器は仕掛けられていないか。この一部始終は筒抜けになってないか。

保阪が録音していて、それが証拠とされる可能性はないか。

俺は黙りこむ。

 

「君に黙秘権は無い。まだ被疑者だからなどとは思わないことだ。

私を怒らせない方が賢明だぞ。

まちがいないか?

さっきみたいに、ハキハキと答えろ」

 

時間を無駄にしたくないから、ハキハキと答えてやった。

カモッラが盗聴していますよ?と。

いきなり刑事に胸ぐらを掴まれる。

 

「ここをどこだと思ってるんだ。日本警察を舐めるな。

おまえは逮捕され、今は丸腰なんだ。

姑息な真似はやめて素直に捜査協力しろ」

 

息がくさい。マスク越しでも臭う。

ちなみに俺だけがマスクをつけていない。

稚拙な恫喝だなあと思いながら、考える。

 

この刑事はカモッラのやりくちをまったくわかっちゃいない。知能指数低すぎ。

たった今、カモッラがここを襲撃しようと考えたらどうなりますか。あなたも私も容赦なく、こっぱみじんですよ。

ちんたら捜査ごっこしてる場合じゃない。

と、伝えたいんだが。

無理かな。

 

「4月8日、成田空港でテロを起こしているな。ずいぶん派手にやりやがった。

あれにおまえは絡んでいるのか」

 

うーんと。あれかな?どれかな?

日付だけでは記憶をたどれないが、質問し返すのもばかげている。

俺は首を振って、いいえと答えた。

刑事は察してくれた。

 

「5月18日、靖国神社で銃を乱射。

あれも、おまえたちの仕業か」

 

靖国神社の敷地内へ入ったことはありませんねえ。少なくとも俺は。

だから、ノー。

 

刑事は書類にボールペンでメモをとりながら続ける。

俺が、喋りたくはないが捜査には協力的になったと理解したようだ。まちがってるんだが、時間がもったいないのでこのまま進めよう。

俺にも、この一年半を振り返る、いいきっかけになる。

 

「8月4日、品川コンテナ埠頭で大量の火薬が爆発するという事故があった。

あれはさすがに、おまえでも詳細を聞いているはずだ。

知っていることをあらいざらい吐いてもらおう」

 

フーン。この刑事は何ひとつ知っちゃいないんだ。

俺はそのとき目黒の東山付近を走ってました。大きく揺れましたよねえ。と記憶をたぐって話す。

東山といえば陸自の施設が集中していて、いつだったかビアジオともあの辺で再会した。

刑事は、自衛隊というキーワードに色めき立つ。

品川の話はもういいのかよ。

 

「8月から、おまえたちのテロは急激に暴力性を高める。

とくに防衛省や自衛隊の幹部私邸を狙い、家族・親族にまでむごい仕打ちを重ねたな。

恥ずかしくないのか。

人の心なんて持っちゃいないというのか」

 

マッサン一家を皆殺しにした連中にそれ言ってやってほしいな。

カモッラは純粋に報復をしただけだから。

あと、人の心を持っているからこそ相手のそこも突けるわけよ。君たちにできる?

なんてことも、説明できる自信ないから言わんけど。

 

「おまえたちは警察にも牙を向けた。

10月31日のハロウィン。渋谷で武装集団が大暴れし、多くの仲間が犠牲になった。

俺も、足ごと吹き飛ばされた。

見ろよこれ。障害者になっちまったんだぞ。

おまえたちを死んでも赦さないよ。

いいか、一人残らず地獄の底へ叩きこんでやる」

 

へええ驚いた。その程度で障害者気取りかよ。

ラブリオーラやスナッフじいさんに会わせてやりたいな。

義足を買えるなんてさすがは公務員。

これからはサイボーグとして生きますって前向きな発想も教わってこい。

 

「11月25日。なんとおまえは花巻の実家で目撃されている。

宇宙人みたいな姿だったそうだ。

里帰りは、何度かしているのか」

 

えっあの日俺を目撃したのはトシと清六に限られるが……通報したんだな。隠し通したいはずだったろうに。

ええ、俺ですよ。

妹が病気だというので、カモッラが帰らせてくれたんです。

意外と温情的なところもあるんですよ。

 

「ふざけるな!!!

テロリストのくせに、よくも、ぬけぬけと」

 

以下うんざりするほど長たらしい説教みたいな呪詛が連なる。

よっぽど暇なんだな、日本の警察って。

 

「そして今度は子供たちの未来まで奪いはじめた。

どこまで、どこまでこの国を破壊すれば気がすむんだ。

すべて、おまえたちの責任だ。

人生を狂わされた子供たちへの償いを、おまえたちは生涯かけて支払わなくてはならない!!」

 

そうだね。責任もって、未来ある子供たちに、脱・民主主義を伝えていこう。

こんなダメな大人になっちゃおしまいだぞって、生涯かけて説いていくよ。

だから、もう次の行動に移らせてほしいんだけどさあ。

こんなとこでグダグダ時間つぶしてることは誰のためにもならないよ。

それすらも、わかってもらえませんか?

 

「2月から4月にわたって、国際法で禁じられている毒ガス兵器を使用したテロを、これも、子供たちにやらせている。

我々がその製造元を押さえこんだから現在は鳴りを潜めているようだが、まだまだあきらめてはいないだろう。

いったいこの先、何を始めるつもりでいるんだ!」

 

ああ。GB剤とベン・ギャザラね。すでに懐かしい。

毒蛾はとっくに解散したからもう現れませんよと教えたかったが、余計なきっかけを与えると根掘り葉掘りほじくられること確実なので、刑事の自慢話をうまく引き出すように仕向けて、はぐらかした。

GB剤をつくった町工場を即営業停止させた件は、警察がどこまでもチャランポランであることを示した具体例のはずなのだが、当人たちはそれのおかげでテロの拡大を防いだのだと勝利への一歩に数えてるみたいで、びっくりだった。

ちなみにバイナリー兵器については今も存在すら理解の外であるようだ。

目頭が熱くなる。

 

「そしてとうとうイスラエル大使館を周辺の街区ごと吹き飛ばしたのが、先月末のことだ。

報道は北朝鮮が犯人だと決めつけているが、我々は知っている。

おまえたちのしわざだ、何から何まで。

さあ吐け。きさまも現場にいたんだろう」

 

いたどころか、主演でしたよ。

それを気付かれてもいないことに軽い挫折を味わう。

芸の世界の厳しさか、これも。

 

 

数時間に及んだ尋問の仕上げに、刑事はずっと肉筆していた供述書を読みあげた。

一人称小説風で、なかなか凝った物語に仕上がっていた。モデルはどうやら俺なのだが、演出上甘いところがまだまだいっぱいある。

こんな内職がゆるされるほど暇なんだな警察って。

でもちゃんと指導してくれる人材には敬遠されてしまうんだろう。時間ばかりあっても、これじゃあ何も蓄積できない。ゴミを量産するだけだ。

せめて税金を使わずにやれよな。

 

サインを求められた。戸籍名にしろという。

フェダーイー・ジョバンニの名を汚さなければいいよ。

フルネームで書いてやった。

やっと解放され、留置場へ戻った。

 

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