出ろと言われる。
2名の刑務官に見張られながら、廊下を進む。
今日の部屋には着替えが用意してあった。じっくり監視されながら、全裸になる。
ワイシャツと、スラックス。
ムショから出してもらえるのかなと淡い期待を描いたが、おっぽり出されてすぐカモッラに連れ戻されるのもノーサンキューだ。
抵抗できるはずもなかったし、情報は極力隠し通した。エヴァンズやスターンに詰め寄られても、なんとかわかってもらうしかないのだけれど。
次の部屋は簡素な応接室になっていて、椅子には保阪が座っている。
刑務官が厳かに敬礼する。
ここからは保阪についていく。
屋内の駐車場で、ランクルに乗りこんだ。
後部座席の窓にはスモークが貼られており、外からでは人がいるかどうかもわからない。
ドアが分厚かった。防弾・防爆仕様か。
それでもイスラエルやカモッラにくらべると、こんなものかなという印象だ。
保阪は運転手に指示を与えてから、後部の、俺の隣に着座する。
やっと口を開いた。ここでなら盗聴器の心配が無いということか。
「警視庁がどうしても事情聴取させろときかなくてね。交換条件をつけて許可したが、これきりだ。
不安だったろう。ここからはカモッラが絶対に手出しできないアジトへ籠もるから、そのつもりでいてくれ」
……ウンベルト。おまえはいったいどこに所属してるんだ?
日本政府じゃあないよな?
「ベンチャー企業を起ち上げた。
カモッラと、その系列一味を駆逐することがデビュー戦となる。
日本政府とは、このミッションが終了するまでは蜜月関係を築いておくつもりだ」
この春カモッラに捕まったと言っていただろう。あれは嘘か。
「嘘だよ。
なんだ、自信無さげだな。フェダーイーとおだて上げられていても、そんなものか」
兜を脱ぐよ。俺は所詮ピエロにすぎなかった。
あれは実力じゃない。カモッラでは、奴隷でしかなかったからな。
「ひとりのこらず殺すつもりだが、未練はないな?」
可能なのか?やつらは手強いぞ。
「ひとり、のこらず、殺すつもりだが、未練は、ないな?」
……ああ、無い。
「自信無さげだな。ケンヂ。
俺の期待を裏切るな。
いいか、二度と言わないぞ」
わかった。たった今、覚悟を決める。
「それでいい。アジトへ着いたら、すぐに知っていることを洗いざらい吐いてもらう。そのつもりで準備しておいてくれ」
……質問していいか。
トキオも含まれるのか?
「例外なんかゆるしていたら、いつまでも先へ進めない。
トキオにもチャンスを与えたんだが残念だったよ。
ばかなやつだ、チョンになんか惚れやがって」
……なるほどな。
酒場のエアコンの件、誰から聞いたんだろうと不思議だったんだが。
やっと合点がいった。
「ケンヂ、忠告しておく。
惚れさせるのは構わんが、惚れるのはよせ。
そこに弱点が生まれる。
ずいぶん苦しむみたいだよ。それを攻撃されるとな」
肝に銘じておく。
そうか……トキオ、残念だったな。
ということは、だ。
あの紙片を燃やさせたことで、酒場への侵入路を探りあてたと。
そういうカラクリか。
「はは。その調子だ、ケンヂ。
徹底してリアリストであれ。
さらにシティウス・アルティウス・フォルティウスだ。より速く、より高く、より強くな。
カモッラなんぞ飛び超えてみせろ。
アザリアはもっと上を目指すんだ」
アザリア?
まさか、おい、それを社名にしたのか。
「ヒロシと俺が創立者だからな。
チョウゼン・モリヒル・シノブも仲間に加わった。
リョクセキとトヨコはまだ迷っている。
そしてケンヂ、ついにおまえを手に入れたわけだ。
たのしくなるな。あのときやりのこしたことを、存分にリベンジしてやろう」
ルルコはどうした?
「拒絶したから、生かしておくわけにはいかなかった。
残念なことだよ。彼女は有能だったから、今も後味が悪い。
ケンヂ、俺はあんな思いを二度と味わいたくないんだ。わかってくれるよな?」
ランクルは中野に着いた。
いつだったかエヴァンズと襲撃の下見に来た警察病院の近くを通り過ぎ、路地の奥にあるマンションの駐車場で降ろされる。
一見なんの特徴もない建物だが、それこそが重要なのだろう。
保阪に連れられ、ある部屋へ。
セミナールームか。正面にスクリーン。その向かいに特等席がひとつ。一人掛けのソファだ。
それを背後と脇から囲むように20脚ほどのテーブル付き椅子。
ここで尋問されるんだなと思う。
トイレをすませ、男の事務員からヘッドセットと心拍モニターを装着されてソファに座る。
それが合図か、背後のドアからゾロゾロと何人もが入ってきた。
無言のままめいめい椅子に掛け、筆記具やポータブルデバイスなどを準備している。
キーボードを叩く音も聞こえはじめた。
決して振り向くなと言われているので姿を見られないが、圧がすさまじすぎる。ちびりそうだ。
尋問官は、長身の白人男性。日本語ペラペラ。
昨日の刑事とはまったく違うタイプで、塾講師みたいだった。
左手でリモコンを操作し、スクリーン上の画像や資料・地図などを流れるように切り替えながら、次々と質問を浴びせてくる。
この道路を通ったことがあるか。
この中に知っている人物はいるか。
地理や歴史のクイズみたいなのも出された。
イスラムやアラブ社会についてどの程度正確な知識を持っているかも調査の対象だったようだ。ニワカだとばれてしまった。
事前に装着されたヘッドセットだが、俺の視線をサーチしているのだろうと途中で気付く。
複数の顔が並んだ画像を見せられると、知っている人物をつい凝視してしまうものだ。尋問官は明らかにその反応を見た上で搦め手の質問を仕掛けてきた。
嘘はつけない。
話したくないことまで洗いざらい白状させるためには、ここまでテクノロジーを駆使する必要があるんだな。勉強になるよ。
自覚は無かったが、心拍数が異常値を示したらしい。ドクターストップがかかって、いったん中断となる。
保阪がジンジャーエールを持ってきてくれ、それを飲んでいる間に後ろの審査員たちは出ていった。
「なかなか鍛えられてるみたいだな。もっと早く気絶か失禁するものと思ってたんだが」
保阪よ。悪趣味にもほどがあるぜ。
この尋問、あとどのくらい続くんだ?
「話せることが無くなるまでだ。
カモッラの巣と奥多摩・山梨の基地はBC兵器で根こそぎ駆除してやるつもりだが、雑草みたいなのがちょこちょこ街なかに萌芽を生やしているだろう。いま欲しいのはその情報でね。
可能な限り全拠点を一斉に焼き払って、種も残さずにしておきたいんだ。わかるだろう?」
クークンのことか。
俺も、一軒一軒がどこにどれだけあるかなんて知らないぜ。
そこまでやるとなると、途方に暮れてしまうよな。
「そんなこともない。
キュアだったか、あの麻薬の販売網と地図上で一致するはずだろう。
いま考えているのは、山梨からの出荷品にポロニウムを混ぜておくんだ。売り子も客も、自動的に死んでくれる。
因果応報。実に合理的だな」
それがリアリズムか。おみそれいたすよ。
なあ、いまは日本政府に協力してるみたいだが、おまえにとってはカモッラより政治家や官僚どもの方が鼻持ちならないんじゃないのか?
次はどこまで粛清するつもりなんだ。
「はは。むしろあそこまで愚鈍だとかわいげもあるってものさ。
ケンヂ、豚は豚だからこそ価値があるんだ。
牙も爪も、毛皮すら失くした。生殖能力は旺盛なまま闘争心は去勢してある。美しいとはそういうことさ。
粛清なんてもったいない。
繁殖、飼育。あとは労働させるんだ。有益に使ってやればいい」
なるほど。
カモッラを殲滅しておくのは、あいつらが絶対に俺たちの下になんて就かないからだ。
そういう基準で決めてるんだな。
よくわかる。
「そろそろ落ち着いてくれたかな。
では休憩おわりだ。再開しよう。俺たちは時間が惜しい。
思い出したことはなんでもその場で言ってくれ。真偽はジェネレーティヴAIが判定するから、記憶違いや誤謬がいくら含まれようが気にするな。
トリガーになるキーワードが多ければ多いほど俺たちの情報密度は高まり、立体的な作戦が組めるようになる。
いいな。カモッラについて知っていることを洗いざらい、すべてだ」
尋問官がまた出てきた。
俺は彼を先生と呼ぶことにした。
教師のようでもあり、カウンセリングを受けているような気分にもなっていたからだ。
一問一答の真剣勝負が展開され、審査員が無言で評価を加えていく。それらすべてがアザリアのデータベースにぶちこまれるということだろう。
ベンチャー企業らしい財産の築き方だ。
こんなのに襲われる側に立ってちゃ、命がいくらあっても足りないよ。
俺はカモッラに捕まってからの一部始終を語る。
先生も、適度な助言や質問を重ねてきて、すっかり忘れていたことも次々と引き出さされた。
テクマクマヤコンに北方4島の説明をさせるとロシアの領土だと答えられたりしたことなど。
まったくけしからんやつらだったよカモッラは。
エヴァンズ、スターン、博士に教授。
あいつら一度たりと決して日本を日本と呼ばなかった。
ヤポヤポと蔑んで、ひたすら侮辱し続けた。
なんとけしからん。
俺はじっと耐えていたが、今もそのことがゆるせない。
万死に値する。カモッラは日本にいながら日本に仇なす、癌であり寄生虫である。
割合に利口だったがバカどもだ。バカというよりも、話の噛み合わない、理解などし合えない毛唐だ。
連中をすみやかに摘除し、健全な社会を取り戻さなくてはならない。
俺の抑留体験がこの大手術に貢献できるというなら光栄なこと、無上の喜びである。
やっとつかんだ自由と安心。救い上げてくれた保阪にはどれだけ感謝しても足りない。
一度は失くしたこの人生、輝ける未来を信じてアザリアに捧げよう。
そう。
俺たちは今やっとスタート地点に立ったのだ。
今だ、今だ。
世のあらゆるものの上にあって住むべき時を俺たちは迎えた。
最後の審判は近づけり。裁きの日は近づけり。
偽善者よ去れ。知恵者は走れ。
本統にでっかい力。力。力。
俺は戦士だ。
今だ。今こそ支配を覆すのとき。
リアリズム!