土曜日の朝、会社からの宅配便が届いた。元払いだったので、ほっとする。
あいかわらず嗅覚を感じないが、ツンとくる。
おそらく玉葱とニラを入れてあった段ボールだろう。それでも結構綺麗なのを選んだみたいだ。
さて、誰が詰めてくれたのやら。
退職届をあらためる。
俺の、一方的な家庭の事情により退職を許可願いたい旨、記されてあった。
これが世に言う辞表というやつか。
今後の参考にするかもしれないから、写真に撮っておく。
たぶんこれを送らないと、退職金は振り込まれない。
病院の支払いが想定外すぎたので、早いに越したことはないと思って、すぐポストに投函してきた。
無職になっちまったよ。あっけないもんだな。
人生、一寸先に何が待ち受けているか、わからんものだなあ。
月曜にハロワへ行くとして、土日に細々した用事を片付けておく。
まだ若干だるさを感じるので、無理せず、疲れたら横になった。
ニュースでは、中国の武漢でロックダウンが始まったという報道が繰り返し流れている。都市封鎖だって。
テレビではいかにも中国といった田舎町の風景ばかり映っていたけど、画像検索するとギラギラしたメガシティだった。
感染者は900人近くにのぼり、なお爆発的に増加中。
2003年にサーズという感染症がやはり中国から流行して、半年あまりで8000人の患者と800人の死者を出した。今回のは、それに匹敵する殺人ウイルスであると専門家は予測している。
はあ。死んでてもおかしくなかったのかな。
いやあ、会社をクビになったくらいで済んだこと、喜ばなくちゃ、かもだなあ。
2003年といえば、俺は6つか7つだ。
赤痢で入院したのが小学校へ入る前の年だったから、あの頃か。なんとなく記憶にあるような、ないような。
感染力の強いウイルスは変異するサイクルも早いから、半年ほど暴れまくれば環境に順応しておとなしくなるものだと専門家は説明する。
WHOは危険性をそれほど高いとはみなしていない。ただ新型であるがゆえに、ワクチンがなく、感染経路などが絞りきれずに被害を拡大させてしまっている、ということのようだ。
よくわかりました。
罹患者としては、このウイルス、後遺症で味覚を破壊するぞ、これ結構つらいぞとコメントしたいところなんだけど、余計なことはしません。
ブラック企業を舐めたらあかん。
あいつらウイルスよりずっと怖いし手強い連中ですからねん。
月曜日、ハロワへ行く途中で区役所に寄る。
保険証を、退職届と一緒に会社へ送り返したのだけど、休職中に医者へかかる場合はどうすればいいのだろうか。と11階まで行って尋ねたのだ。
これが、ヤブヘビだった。
退職した理由をしつこく聞かれ、コロナだとは言いたくなかったから、インフルエンザで一週間休んだらクビにされました、と答えた。
それは労働基準法に照らして不適切な解雇であり、会社に抗議をするべきです。と最初の担当者が激昂する。
やめてくれ。俺は事を荒立てたくないし、むしろ縁が切れてせいせいしているんだ。
同情はありがたいけど、頼むからそれ以上干渉しないでくれ。と必死で抵抗する。
2人目の担当者から無職になると保険証の種類が変更になると言われ、10分ほど待たされて、新しい保険証を受け取った。
そのあとで、保険料30万円を納付せよと振込用紙を渡されて、ブチ切れる。
3割負担にするために年30万円も払わせられるなんてぼったくりもぼったくりだ。
担当者、これは国民の義務なのでとふんぞり返ったまま耳をかさない。
つい大声で罵倒していたら、更に上司らしいのが出てきて、交代。
この3人目によると、保険料というものは前年度の収入によって決定するのでこの金額になっているが、現在無職であるという理由で支払いが難しいのであれば減免措置がとれるのだと説明して、いともあっさり7万円の振込用紙に差し替えてきた。
俺はもっとブチ切れる。
なんなんだお前らはいったい。30万円が、ちょっと大声出したら即1/4以下になった。
どれだけデタラメなんだ。
金輪際、ビタ一文払わないからな!と言い捨てて席を立つ。背後から、失業手当は申請されましたか?と追い討ちがきた。
知らねえよ!
「前の会社で1年以上お勤めですから、ハローワークさんで申請していただければ、何割かもらえるのですけれどね……」
最後まで聞かなかった。その金で保険料を払えと言いたいだけだろう。
自分たちの非を認めず、ハロワにたらい回しする態度もゆるせない。
どうせこのあとハロワへ行くつもりだったのだ。そっちで聞けばいいことだ。
ここへは二度と来るか。
すっかり気分をささくれ立たせながら、ハロワへ到着。
結論から言うと、失業手当もなかなか面倒臭くて、申請した上でなおかつハロワへ通い続けて求職の熱意を示しながら、次の仕事が決まらないという条件を満たさないと前年収入の50%から80%という給付金はいただけないのだとか。
当然だ。もとは税金。失業者にホイホイそんな金くれてやられてたんじゃあたまらない。
俺はすぐにでも、まっとうな会社で働きたいのだ。
担当者に礼を言ってから、窓口を替えて、求人票の閲覧を始める。
いろんな仕事があった。
眺めながら、想像をくゆらすのは楽しかった。
これだけもらえるのなら働きたいと思う会社もあれば、給料は安いけど面白そうじゃないかとワクワクさせる仕事もあった。いったい何をさせられるのか見当もつかない職種もいくつかあった。
そのうち、俺が辞めたばかりの会社が登場した。
求人票には会社名は載っていない。住所も、番地まではわからない。
しかし、まちがいなく、うちの求人だ。
楽しくて、やりがいのある職場です!
頼もしい先輩が、優しく指導します!
フレッシュなガッツを求めています!
希望に満ちたワードが並ぶ。
研修期間が終われば給与は急に撥ね上がるかのようにも書いてある。フフン。こんなのにひっかかる奴なんているのかよ。
いや。俺、ひっかかってたじゃん。
入ったら抜け出せないんだよ。相手はプロだから。
急に、目が醒めた。
その後で見る求人票は、すべてが胡散臭く映った。
どいつもこいつもが、若い労働力を汚い手で揉みしだき、むしゃぶり尽くすべく、我も我もと争って呼び込みをしているようにしか思えなくなっていた。
今日は、疲れすぎてるな俺。ひとまず帰ろう。
一晩寝て、明日、また来よう。
とぼとぼ、鎧坂を下りながら考えた。
求人票の何割かは、人材派遣会社が募集するものだった。
同一の仕事が、その会社自身と、派遣会社とによって別々に届出されていたりもした。
察するに、人が集まらず、依頼された派遣会社でもすぐに人材を手配できない場合、双方ともがこうしてハロワも利用するのだろう。
概して、派遣会社の方が給与が高かった。
なるほど、人集めでクライアントには負けてられないだろうからな。そこは人材派遣業のプライドということで、納得ができる。
しかも派遣会社だけは、備考欄に自社の住所を記載していた。うち一軒は、俺のアパートのすぐ近くなのだった。
ハロワよりも口が堅いだろうし、親身に相談にも乗ってくれるんではないか。
そんな期待を抱きつつ、つい、足が向いた。