3月10日、火曜日。
駐車場にはエヴァンズともう1人、労務者風の男がいた。
プリウスの並ぶエリアとは別のブロックまで歩く。
灯りの下に、冷凍車仕様の軽トラック。
エヴァンズがスマホを操作すると、壁の一部が開いた。シューターの出口みたいになっている。
上から、死体袋のようなものがドサッと、1個ずつ落ちてきた。
俺と労務者で抱え、トラックの荷台に放り込む。
10体ほどで、一段落。
ドアを閉める。
「それじゃ気をつけて。所長によろしく」
俺は運転席へ。労務者は助手席へ。
途中休憩を挟んで約3時間のドライブだと前置きされて、出発。
今日は雨か。
指示され、西へ向かう。
カモッラの車には、カーナビがついていない。エヴァンズも、この男も、口頭で行先案内をする。
履歴を残さないためなのだそうだ。
スマホならカムフラージュ可能だが、車載用ナビシステムは仕組みがまったく異なるらしい。
なんとなく理解はするが、そこまでして足跡を消したがるのは何故なんだよ。
10分ほどで高速に乗った。
労務者から質問が始まる。
名前は?年齢は?いつから働いている?など、いろいろ訊いてきたが、答えなくても咎められなかったので、相手するのをやめた。
「無口なんだな。いいことだ。長生きしたかったら、そうじゃなきゃいけねえ」
男は、ビアジオと名乗った。
顔つきも喋りも日本人そのものだが、こちらも詮索はしない。
それより運転に集中だ。積んでいるものがヤバすぎる。
奥多摩町の、山の中を走る。
東京都の西の涯て。俺の郷里よりもド田舎だ。
死体を埋める場所には事欠くまい。
俺もここで始末されるんだろうか。
民間の、廃棄物処理場へ入る。
構内は古い団地のような入り組み方をしていて、東西南北の感覚がふらつく。
せめて太陽が出ていれば。ナビもないから帰れない。
3階建ての、事務棟らしき建物脇で下車。ビアジオと一緒に入館。
IDチェック・カメラチェックを経て、応接室へ。
違和感は抱かなかった。セキュリティが厳しいのは当然だろうし、想定できる範囲内だったからだ。まだ今のところは。
所長が出てきた。
50歳くらいかな。細身。声は高め。タブレットで俺の履歴をたしかめながら、ここで住み込みで働く上での諸注意を受ける。まるでハロワからパート雇用で来たばかりのような錯覚に陥る。
あまりややこしい要求はされなかった。
ゲートを通過したいときは右手のウォッチをかざせばよい。これが俺のIDだ。どこで何をしていようが常に把握されているのは、元麻布と同じだ。
面接を終え、1階へ降りる。
ビアジオに先導され、外に出る。
冷凍車は消えていた。別チームが片付けていったものと思う。
連携がスムーズすぎるのも不気味だな。
駐輪場へ。
スクーターが並んでいる。隅に、雨合羽がいくつも吊るされていた。ビアジオが素早く羽織る。俺も真似た。
手近のスクーターに乗る。
ついてこいと目配せされる。どの車輌にも鍵がついたままだ。従業員共用なのか。
ついていく。
四角い煙突の聳える、工場のような建物へ向かう。ここでも脇に同じような駐輪場があり、乗ってきたスクーターを並べ、合羽を脱いで掛ける。
想像どおり焼却棟だった。処理場全体の中核となる施設だ。
中を案内される。
回収車が外から戻ってきて、積んできたゴミをぶちまけるのを窓越しに見る。掻き混ぜながら、ガンガン燃やして、灰と燃えカスはコンベヤで山の中の穴へ流し込むという。
24時間、業火が消えることはない。
「これがコジモの、表の顔だ。
何を見てきたかと問われたら、ここの光景を語れ。
おまえさんは利口そうだから、もう全部わかっただろう?」
巨大な撹拌機の中で燃えさかる炎に、つい目を奪われていた。
さっきの死体袋はすでに跡形もなくなっているでしょうねえ、なんて返してみたかったけど、俺は利口なのでそんなこと言わない。
むしろ、こんなことが気になった。
回収車が持ってくるゴミは、可燃・プラ・金属・小型家電など様々だが、これらを区別せずに炉へ放り込んでいるようだ。
せっかく分別しているのに。もったいなくないですか?
「欲しいゴミがあるなら、回収車が来る前に集積所から持っていけ。ここまで運ばれて来た以上は、俺達のものだ。
分別には、意味がある。
可燃ゴミだけをひたすら落とし続けると、意外に中まで火が通らないんだ。不燃物が混じることで隙間が生まれ、焼け残りを却って減らすことができる。
同じ曜日に区ごとでゴミの種類が分かれることで、適度なバランスが保たれる理屈だ」
はあ。しかし、配管類や電池なんかも一緒くたに燃やすと、有害物質が出ちゃうでしょう?
「出てるだろうね。吸いこむと苦しいようだ。
この炉の最上部には天井桟敷のような特等席が設けてあるんだが、拷問にはうってつけだ。
処刑の際は皆でここから見物するんだが、飛び降りるタイミングを当人に決めさせるってのは実に温情的な配慮だろう?」
さすがはカモッラ。
ええと。同じくらい、環境への配慮もしているものですか?
「環境とやらはハッキリものを言わんからなあ。
喜んでるのか悲しんでるのかなんて、人間にわかるものか。
ただ、言っておく。
核のゴミにくらべたら、ここでの処理は海でションベンするほどの汚染しかしねえ。安心しろ」
そっかあ。そうですよね。アハハ。
「燃やしたくらいで大騒ぎになるような有害物質が含まれているとしたら、まずその作っている側に責任をとらせるべきだろう。一番儲けている連中にだ。
それをわからん奴がいたら、いつでもあそこへ吊るしてやるから連れてきな」
これで表の顔か。いったい裏では、どんなことをやっているのだろう。
「よし、退屈なレクチャーはここまでだ。ついてこい」
地下へ降りた。
そこは、射撃場だった。
様々な銃が立てかけてある。
たぶん、実銃だよな。心の準備ができてなさすぎて、ちっともときめかない。
「実射経験が無いことは聞いている。
とりあえずこれを撃ってみろ。筋を見てやる」
おもちゃっぽく見える拳銃だった。
イヤーマフを付けて、的へ向けて射つ。
1回ごとに、姿勢や、力の掛けどころを指導された。
思ったほど反動はなく、装弾数も多くて驚く。
ゲームで射つ銃は弾数なんて都合よく細工されるものと思ってるから意識したこともなかったけれど、実物はこんなにもお手軽なのか。
衝撃だった。俺は、すっかりときめいていた。
「初めてにしては、呑み込みが早くて良いぞ。
そろそろ人を撃ってみたくなってきただろう?」
え?いや、ちょっと待ってくださいよ。それとこれとは
「おい、誰か手の空いている奴いるか?
1人でいい。研修生の相手だ。
お前じゃあ強すぎて練習にならん。
ラブリオーラ?よし、よこせ。ガンルームだ」
防弾チョッキやヘッドセットを装着しながら、呼び出され中の殺し屋を待つ。
練習だよな?練習だって言ってたよな?
でも、カモッラだからなあ。
ドアが開く。
中学生くらいの男の子が入ってきた。
日本人だ。ぽっちゃりしている。
くりっとした目で俺を見つめている。まさか……
「ラブリオーラといいます。よろしくおねがいします」
まさかのまさかすぎた。
だが、すぐに、いかにも馴れた手つきで戦闘服に着替え始めるその仕種を見て、俺はこの子に殺されるのだと確信した。
銃は、俺と同じものを持たせられている。
カートリッジは1本ずつ。弾数を聞いておく。17発装填されているという。
ラブ君より先に使い切るわけにはいかないよなあ、と考える。
「ルールを設定しよう。
ジョバンニは1発でもラブリオーラに当てれば勝利。
ラブリオーラは、ジョバンニのプロテクターのみに当てること。17発のうち何%外したかで評価する。それ以外の部位を攻撃することは反則だ。
いいかな?」
俺は彼のどこを狙ってもいいんですか?と確認した。
「できるものならな。
ラブリオーラ、こいつはお前の脳天を撃つ気かもしれねえ。くれぐれも気をつけろよ」
隣の部屋が、競技場になっていた。
間取り図を見せられる。120平方メートル。4LDKくらいの広さで、場内には数々の障害物が設置されているという。
ハンデとして、俺が先に入り、好きなところに身を潜め、2分後にラブ君がふたつある出入口のどちらかから入ってくることに決まった。
戦闘状況はビアジオが常に監視しており、スピーカで停止を求められたら即時従うこと。
なお、くれぐれも跳弾には注意せよという。
それ以前になんで実弾でやるんだよって話なんだが。
俺から室内へ。
うわ。
銃痕だらけの壁に、瓦礫の山。焼却できない粗大ゴミ。業務用大型冷蔵庫に、間近で見ると圧倒される道路上の標識板など、いろんな障害物がうず高く積み上がり、防御陣地をつくっていた。
こいつら普段からここで何の訓練をやっているんだ。
実戦か。
革命でも起こすつもりかよ。
俺は、間取り図を思い出しながら、もうひとつの出入口を探した。
ここか。
中がこれだけ迷宮になってたら、俺が迷うことを想定して、ラブ君はこっちから入る選択をするだろう。
あと20秒。
扉が開いたら、即、射ちまくろう。
足もとを狙うほうが確実かな。
身を隠す場所を見つけ、銃を構える。
予想は、完全に的中した。
「ゲームセット!ゲームセット!
ジョバンニの勝利!
ラブリオーラ、じっとしてろ!すぐドクトルを呼ぶ!」