東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-03-004.hmos

ラブリオーラはすぐ担架に載せられ、棟内の医務室へ運ばれた。

 

弾が小さいから命に別状はない、よく足を狙ったな、お前実はプロの殺し屋だろう、とか色々言われたが黙秘する。

午後はビアジオから銃の構造や手入れの仕方を習ったが、基本のキの字も知らないことは理解してもらえたと思う。

 

心身ともにぐったり疲れ、初日のカリキュラムは終了。

4人部屋をあてがわれる。ぎりぎりのスペースに二段ベッドが2組。軍用キャンプのような感じだ。

3床には着替えやACアダプターが散乱していた。子供サイズだ。

厭な予感がますます膨らむ。

 

食堂へ行った。券売機にウォッチをかざして、好きなものを選べという。

料金表示が無い。ボタンの位置が低すぎる。一番目立つボタンが「おまかせ」大中小、というのがこの時点での違和感だった。

俺に手順を教えると、ビアジオは去って行った。

 

ホールの座席は、4人掛けが20テーブルほど。

アヴァンティのように、アクリル板で1席ごとに仕切られている。

20人ほどの先客が一斉にこちらを睨みつけた。そのほとんどは子供だった。

厨房内は、見たところ大人だけだ。しかも男ばかりみたいだな。

電光掲示板に番号が並び、自分の注文した料理ができあがると受け取りに行く。

すぐ近くのテーブルから手招きされた。中学生ぽい男の子が2人。

俺は、隣の空いていた席へ座る。すかさず近くから別の子が1人、食器ごと移ってきた。

ゆるやかに包囲されていく圧を感じる。周囲も聴き耳を立てている。

睨んでくるなよ、おまえら。食べづらいじゃないか。

 

「おじさん、ラブリオーラを瞬殺したんだって?

すごいね、何者?」

 

肉を頬張りながら考える。こいつら、あの子の友達か?

だったら、ゆるしちゃおけねえよなあ。この俺を。

焼却炉へ逆さ吊りにしたって飽き足らないかもしれない。

さあて、どうしたものか。

 

「やっぱりすごいな。研修生はすぐ謝る人が多いんだけどね。

気にすることはないよ。

正々堂々ルールに則って勝ったんだから。うらみっこなし」

 

なんだこいつ。サバサバしてやがる。

まるで対戦ゲームを見ていたかのように言う。

 

「クールだな、おじさん。マジカッケエよ。

どこの出身?

サイパラーリイタリアーノ」

 

最後のはたぶん、イタリア語を話せますか?って訊いてきたんだと思う。

その他にもいくつかの外国語が飛び交ったが。ごめんな、俺は日本語しかわからん。

 

少年たちは時々相談しながら、一方的に語りかけてきた。

周囲も含めて、殺気めいた警戒心がどんどん薄れていくのを感じて、俺は余裕を持ち始める。

かれらが勝手に都合よく誤解してくれるのだったら、それはとってもありがたい。

 

欲を言えば、ここでもう少し情報蒐集したかった。

少年たちも俺の無反応に飽きてくると、だんだんネタが無くなってきて、苛立ちさえ混じり始める。ちょっとマズいかな。

でもここで急にキャラを変えるのも悪手だし、俺の方もまだ、攻める突破口を思いつけない。

よし、撤収だ。

 

ごちそうさま。今日は疲れているのでこれで失礼する。また話しかけてくれ。チャオ。

 

食器を下げ、テーブルを拭いて、食堂を出る。

無事脱出。

悪くなかったと思う。

 

部屋へ戻ると、2人帰ってきていた。

さすがにここで無口を通すのは辛かったので、挨拶と自己紹介をして、平和をアピールしておく。

ほどなくもう1人帰ってきて、3人揃って夕食に出ていった。

それぞれの寝床では、ゲーム機を充電中だ。ここだけ見ると普通のガキンチョなんだけどなあ。

 

3人は、友達を何人も連れて戻ってきた。

狭い部屋で、もみくちゃにされる。

小学生も混じってる。

辟易していると、高校生くらいの少年が入ってきた。

ここで騒ぐと響くから、おじさんと話したい人は談話室へ行こう、と呼びかける。

小学生たちのほとんどは散っていった。廊下で待っていた数名と一緒に、俺は2階の和室へと連れていかれる。さすがに断れる雰囲気じゃなかったよ。

 

談話室とやらは10畳敷きで、薄汚れていた。

大きな灰皿が目につく。

ここは喫煙所じゃないのか。君たち子供だろう。

腰を下ろすと、1本すすめられた。断る。

高校生はマスクを外して喫いはじめた。

 

いま室内には俺のほかに5人いる。自己紹介されたが全員は覚えきれなかった。

俺の目の前にいる、明らかにリーダー格の少年は、アントーニオと名乗った。頭の回転がきわめて速く、俺の質問に容赦なく、短めの答えを返す。知っているのに謎めかしたり、たとえ話で説明したりするのも嫌う性格らしい。

エヴァンズやビアジオよりも、俺には恐ろしく感じられた。

 

「タバコが人体に有害なのは知ってますよ。

でも精神には有益でしょう。

タバコを嗜まない人間ほど、他者への不寛容が甚だしい。喫煙者より嫌煙者の方がずっと暴力的になるものですがね」

 

うむ。ただ、その、タバコは副流煙も撒き散らすし、非喫煙者には結構つらいものなんだ。

非喫煙者の前では、その、なるべく控えてもらえると、嬉しいのだけれども。

 

「嫌煙者が過半数を占める空間では、そうしましょう。

ここでは5対1だし、あなたはアウェイの訪問客だ。ホームの流儀に合わせていただくのが筋ですよね。

もっとも、次回からは配慮をしたいと思います。なるべく風通しのよい部屋を準備しましょう」

 

ありがたい。

ところで……ここは未成年の男子しかいないみたいだけど、大人たちや女子寮なんかも別にあるのだろうか?

俺はここへ来てから突然住み込みすることを知らされたので、まったく勝手がわからないんだ。

 

「ビアジオは説明してないんですね。

コジモ敷地内の寮はここだけです。

女は町で暮らしてます。

大人がいない……というのは、まあ、とっとと卒業して出ていくのが普通だからですよ。

私だって、ここではロートルなんですから」

 

そうか。ここは、全寮制の男子校みたいなものだったんだね。

コジモっていうんだ。それも今やっと覚えたくらいだよ。そのくらい、何も教えてもらってないんだ。

 

「誰かが教えてくれるのを待っているようじゃ、おじさんの余命も長くありませんね。だったらなおさらタバコくらい嗜んどけよって思います」

 

そう……かあ。そういうものかなあ。

俺、実銃を触ったのも今日が初めてだったんだけど、そのう、ここでは皆、銃なんて日常的に射ってたりするものなのかい?

 

「そうですね。グリップを握れるようになったら撃たせてやります。子供って自尊心が大切ですから。

おじさんが今日使ったのはグロックだって聞いてますけど、楽しかったでしょ?」

 

た、楽しいというか。

ラブリオーラを、射っちゃった……

 

「パラベラム弾で人は殺せませんよ。

頭に何発も撃ちこまない限り。

それに、誰が見てもあれはラブリオーラが油断したんです。実戦だったら即ゲームオーバー。

彼は余命を1回延ばしたんだ。

あなたには感謝していますよ」

 

そ、そうかなあ。

明日、お見舞いに行こうと思ってるんだけど。

 

「は?

……見損ないました。

どのツラさげてそんな屈辱を敗者に与えるつもりですか。

先に聞いていてよかった。

見舞いは絶対にやめてください。ラブリオーラの自尊心を踏みにじる暴挙ですから、それは」

 

え。

あれ?そうなの?

わかりました。やめておきます。

ごめんなさい。

 

「そんな心掛けだと、おじさんの余命、明日までもちませんよ。

それから理解できてないのにとりあえず謝ることも、相手に対する最大の侮辱です。

都心ではそう教えられて過ごしてきたんでしょうが、たった今から改めてください。

相手によっては即撃ち殺されます。でもあなたが悪かったのだと、ここにいる全員が誓言します。

それほどの罪悪です」

 

え。……謝っちゃダメなの?

 

「理解もしていないのに、が根拠です。だから確実に同じ失敗を繰り返す。

学習能力の無いやつが身内にいると迷惑なんです。

背中から撃たれる前によく考えておくことを勧めます。

今日はこの辺で解散しましょうか。おつかれさまでした。おやすみなさい」

 

この宿舎棟には、広い浴場があった。

騒ぎ回るガキどもに囲まれながらだが、約2ヶ月ぶりの、ほっこりする温浴を味わう。

自販機もあり、ビールやツマミなども扱っていた。

ここにも値段表示は無い。ウォッチをかざすと、出てきた。

いいのかな。

子供たちに聞く。

誰が買ったかが確認されるので、不自然とみなされない限りは、うるさく問われないのだそうだ。

ただし食べ残したり、ゴミを片付けないで帰ったりなどといった粗相に対しては厳しく処罰されるという。

 

夜8時を過ぎると大人の職員たちが浴場を使い始めるので、子供たちはそれまでにおふろをすませなくてはならない。

俺は23歳だが、子供扱いでいいんだろうか。

8時まで待って、大人たちと話してみようかと考えていたが、今夜は限界だと思ってすぐ部屋へ戻った。

 

同室の小中学生たちは、しばらくゲームで遊んでいたが、いつのまにやら寝落ちしていた。

俺はなかなか寝つけず、やみそうでやまない雨音に耳をすましながら、じっと考える。

アントーニオが最後キレていたのが、さっぱり理解できないのだ。

何がまずかったんだろう。

 

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