翌朝、6時に起こされた。
寝ている子供たちの脇をそろりそろりと脱け出す。
浴場のロビーでビアジオが待っていた。
6時半から食堂が開くので、それまで風呂なりサウナなり、好きに過ごせという。
「元麻布に比べたらここは極楽みたいだろう。帰りたくないって奴も多い。
おまえさんも希望するなら、転属願いを代筆しといてやる」
エヴァンズからは、1週間の期限で俺の身柄を預かっているそうだ。それまでに決めればいいと。
ふむ。
ならば1週間、じっくりと品定めするとしよう。
絶対ウラがあるに決まってるからな。
気になることは色々あった。
たとえばウォッチをつけているのは俺ひとりだ。
所長のは服に隠れて見えなかったが、ビアジオと、アントーニオ含め子供たちは、首にかけているドッグタグをIDにしている。
よく映画でアメリカや連合軍の兵士が身につけている、金属製の認識票。これをドアや自販機にかざすのだ。
簡単に外せるし、他人になりすますのも容易。
逃走だって、防ぎきれないのではないか?
「そのスマートウォッチは専用の工具がないと外せない。単価も高いし、維持費もかかる。
コジモでは、仲間が死んだらこのタグを持ち帰ってやらにゃならんからね。
なるべく簡単じゃなきゃならんのよ」
そんなにしょっちゅう死ぬものですか。どこで?
「今日は町じゅうを走り回ってもらう予定だが、一瞬も気は抜けないぞ。覚悟しておけ。
だから思い残すことのないように、食いたいものから食っておくもんだ」
町へ出られるのか。
だったらますます逃走は容易ではないか?ウォッチさえ外してもらえれば。
朝の食堂は、戦場さながらだった。
「おまかせ」の小か中を選ぶ子供が圧倒的に多い。
並ぶのをあきらめ、自販機でパンを買う子も大勢いた。
食べ終わると順次整列し、バスへ乗りこんでいく。ビアジオと俺もミニバン1輌をあてがわれた。
8人の子供たちを乗せ、俺が運転する。
町内2ヶ所で半数ずつ降ろした。
学校じゃない。
ぽかんとしている俺に、ビアジオが解説する。
「垂直型編成がそんなに珍しいかい?
たとえば16歳・14歳・12歳・10歳でワンチームだ。
水平方向の押しつけ合いが発生しないから、統率が安定する。
おまえさんの部屋も、そうなってたはずだが」
あ、いえ……てっきり学校へ送迎するものと思っていたので。
「なんだ、そっちか。
子供たちの仕事は、行商だから。
俺たちは地区ごとに監視し、トラブルが起きれば駆けつける。
このときに銃を使うんだ。だから昨日、教えたろ」
なんだじゃねえよ。聞いてねえぞ。
どんな喧嘩が起きるっていうんだ。
なにを売らせてたら、そんな事態が発生するんだ。
「客筋ってものがあるからなあ。
ヤクを買うときは、滅多な事情でもない限り、ずっと同じ相手からしか買わないものだろ?
だからチームごとに仕入れも違ってくるよ。
でもだいたい渋谷や新宿の半値以下で売ってやってるから、みんなわざわざ奥多摩まで来るのさ。
空気も澄んでて、ひと目もまばらだ。田舎はほんと、すばらしい」
警察は、来たりしませんか?
まさか公権力との射ち合いはしませんよね?
「来ても近寄ってこないから安心しろ。だいたい奥多摩になんか、本庁でよっぽどやらかした奴しか飛ばされてこねえ。
そんな野郎ほど、ものわかりがいい。
役所にしたってコジモの納めてる税金に頼り切ってるんだ。公権力が防波堤になってくれてるから、俺たちが多少しくじったところで中央へは知らされない。
だから安心してトリガーを引け」
うわーあ警察もグルかーい。
こりゃ逃走しても、駆けこむところが問題だぞ。
先に聞いていてよかった。
「そういやお前、タバコ喫わないんだってな。
生まれてから一度も喫ったことないの?
カッコいいなって思ったこともないのか?」
ええと。俺たちの世代は、タバコは毒だって教えられてきたので。
うちの親父は昔喫ってましたけど、値段がバカ高くなってからやめました。
俺は……喫ったこと、ありません。
「嗜好品だけど有害でカネもかかるからってのが理由なら、ゲームにも同じくらい嫌悪感を抱かなきゃおかしいんだがな。
子供らはみんなゲームに夢中だろ。あれで友達もできるんだ。
タバコだって立派なコミュニケーションツールなんだがね。
ついでに訊いていいか。
おまえさんの世代では、原子力発電ってどんなものだと教えられてるんだい」
え?原発……ですか。
資源の少ない日本では、火力や風力では電気需要を満たすことができないので、原子力発電に頼らざるをえません。
もちろん危険もありますが、高い技術で安全性は確保されています。ただ、東日本大震災では想定外の震度と津波の直撃を受けたため、甚大な被害を出すに至りましたけど。
……以上です。
「は?え?今のは説明だったの?
ああそう。
もういいよ。おまえさんがまったく興味すら抱いてないことはわかった。
原発の話は、おしまい」
ビアジオは昨日も、核のゴミがどうとかって言ってたな。
原発の話が好きらしい。たぶん、反対派なんだろう。
構わないけど、その手には乗らない。
どうせ言い返せないし、面倒な議論は俺だってノーサンキューだ。
日中、何度かビアジオのスマホに着信やメッセージが届いて、そのたび車を移動させた。
着くと子供がひとりだけ出てきて、包みをビアジオに手渡す。
このとき3人が示し合わせた3方向を別々に注視しながら受け渡しを行い、すぐに立ち去る。
なるほど子供たちが現金を手にしたままだと、それを狙うやつらが吸い寄せられてくるから、こうしてこまめに回収する役目が生まれるわけだ。
ついでに、4人のチームで4人がバラバラに売っているわけではないこともわかってくる。
現場を見てはいないが、客対応するのは一度にひとりだけ。それを3人が銃で狙いをつけながらサポートする。
これを更に外から、おじさんたちが見張っているわけだ。
鉄壁のチームワーク。
昼食も、同じ要領で我々が弁当を届けた。
車輌同士も連携をとる。朝乗せたメンバーを同じ車が終日フォローするわけではない。全体がひとつのチームであり、班ごとに自由がゆるされていたりはしないのだ。
夕方、子供たちを回収。この時間も場所もバラバラだった。
夜は高校生以上の、上級クラスが出動する。明日以降は俺も夜番に入れられる可能性があるからそのつもりで、とのこと。
ふう、疲れた。
車に乗っている間、俺はずっと、腿の間に拳銃を挟むよう命じられていた。
これ以外の場所だと素人は咄嗟に射つことができないんだって。
運転中、何度も転がした。
早く慣れろと言われた。
初めての仕事だから緊張の連続なんだ。ふざけんな。
今夜は大浴場で夜8時まで待ってみた。子供たちと大人が入れ替わる時刻だが、それほど厳格な決まりでもないことを知った。
場内いくつかの部署でこの時間帯に終業や交代が行われることと、小学生は8時までに寝なさいという目安から、そのような慣習ができあがったものらしい。
厨房のおじさんたちと対話した。
コジモ構内で働く大人は前科者や失踪者がほとんどで、外に出ることは禁じられており、かれら自身も望まないとされる。
内勤者が銃を持つことは許可されず、違反すると懲罰または処刑されるんだとか。あれね。
大人でも、ビアジオのように外へ出入りする者にはハードな訓練が要求される。居住区画も分かれており、浴場も専用時間帯無しで使用する。
緊急時はすぐに出動するそうなので一瞬消防隊員みたいだなと思ったが、たいていは殺しに行くんだろ。秘密結社の戦闘団だ。
ちなみにビアジオは少年の頃からここで暮らしてきた古株らしい。
子供たちは予想通り孤児だった。全員、戸籍は無い。
ここへ来る年齢や経緯は様々だが、仲間としての連帯感を培い、護身術と行商のイロハを叩きこまれ、町で稼いで組織に尽くす。
ここがみんなのホームであり、スクールだ。
あぶねえ。つい感動巨編ぽく語りそうになっちゃうぜ。
興味深かったのは、コジモとカモッラの関係性だ。
もともと別々に誕生した組織だった。
何年か前から業務提携するようになり、今もどちらが上というわけではないのだという。
ただ頭脳集団であるカモッラに対しコジモは現場対応および最終処分を受け持つので、実態としてカモッラの下請けをやっているという認識が定着している。あっちは都心でこっちは田舎だものな。どう取り繕っても、この格差は如何ともしがたいんじゃないですかねと思う。
あんな家畜小屋へ戻されてたまるか、と思う反面、ここで生きるのもしんどそうだなあ。二択にかけることがそもそもおかしいんだが。
ああ、そろそろ酔いがまわってきた。
おつかれさま、おいとまします。
明日もはやいのかなあ。ぐう。