火曜日の朝。
ビアジオから、運転はできそうかと問われた。
無理ですと即答した。
冷凍車に乗る。子供たちを待たずに出発する。
もしかして、と思ってたら案の定都心へ向かっていた。
9時過ぎ、元麻布へ到着。
エヴァンズが待っていた。
先週と同じく死体袋を積みこんで、ビアジオは奥多摩へ帰っていった。
エヴァンズはプリウスを運転しろと俺に命じた。
発車する。
指示どおり走らせて、千代田区のカフェで飲み物を買い、駐車場にて一服。
「ぜんぜん問題ないじゃないか。甘ったれるなよ。
やれやれ、もう少し成長して戻ってくるかと思ってたんだが。
君のマイペースすぎる姿勢には、おそれいる」
嫌味を言われながら、奥多摩報告を口頭で求められた。
エヴァンズは手元のタブレットで稠密なレポートを参照しながら、そこに載ってないことを質問してきやがる。
ほんの12時間前の出来事だが、最終夜の惨劇がどう報告されているのかが一番気になった。
淡々と、事実そのままが綴られていたようだ。
俺はずっと泣きじゃくっていたってさ。
ケッ胸糞が悪い。
「童貞卒業おめでとう。次は和姦をめざしたまえ。僕は手伝ってあげられないが」
仮に童貞だったらあんな初体験トラウマすぎるだろ。おまえの手ほどきもいらねえ。鬼畜どもめ。
「唯一評価できるのはグロックの扱い方を覚えてきたことだが、君にまだ都内で銃を持たせるわけにはいかない。
早く実績を上げてランクを稼いでくれ。
今日だって、ずっとビアジオに運転させてきたのは減点だぞ」
どう逃げ出すかなんて考えてる場合じゃないな、もう。
この先、コジモで見てきた以上のデンジャラスが待ち構えているのだとすると、銃を持てるという昇格には心が揺れた。
いざとなったらこいつを殺して俺も死ぬ。そんなまずまずのトゥルーエンドだって実現可能だろう。
銃が欲しい。
俺は、自分を守るための武器を切実に、求む。
「2週間前、ILで総選挙があってね。首相の続投が決まった。
おかげで予算がついて、これからいくつかの作戦が実行に移される。
君にも走り回ってもらうことになるから、覚悟しておいてくれよ」
アイエル?……ああ、ドローンの。
作戦?
たとえば、どんな?
「うーんと、そうだなあ。
君は、幼い頃、ヒーローもののドラマを見ていたことはあるかい」
そりゃ、人並みには。テレビで、いろいろ。
「テレビだと、主人公はヒーロー自身で、1年52週間の番組なら毎週新しい怪人が現れて、52回戦う。合っているかな」
だいたいはそんなパターンですね。
「君がデザイナーなら、ヒーローと敵側、どちらのデザインを受注する?
似すぎているとおかしいから敢えて別々に依頼し、競い合わせるという制作体制だったとして」
誘導尋問ぽく聞こえますが。
デザイン料が一体あたりで支払われるなら、怪人側の方が実入り良いように思われます。
しかし主人公デザインがそっちと同単価ってことはないでしょうし、1年間通して活躍するヒーローだったらマーチャンダイジングとかデザイナーとしてのキャリア……
「質問の趣旨から外れてきてるぞ。
君ならどちらを受注するんだ?
簡潔に答えたまえ」
はあ。それなら、ヒーローのデザインをしたいです。
「ありがたいね。競合せずにすむ。
カモッラは、怪人をつくる。
毎週手を替え品を替え、主人公には見えていない方向から不意打ちをくらわせる。
こちらの方がはるかに刺激的で、やりがいもある仕事だと思うんだよね」
そうですか。でも毎週やられちゃうでしょ?
「納品したら、そのあとクライアントがどう使うかは、おまかせさ。
それに怪人がヒーローを倒してしまったら、次からその怪人が主人公をつとめなくちゃならなくなる。
途端に行動が制約され、社会的責任とかいうお荷物まで背負わされて息苦しさとストレスに苛まれる生活が始まる。
そんなの、ごめんだからさ」
それは一理ありますけど。
はて、いったい何の話でしたっけ。
「カモッラは、ILと契約した。
クライアントさんをヒーローにするため、僕たちは怪人をつくりだす。
まずは一発、印象的な事件を起こそう。
お値段以上の満足を感じてもらえれば、第2話、第3話へと発注がつながっていく。
君のいない間に、そんな感じで話が進んでいたところでね」
へええ。
もちろん、テレビドラマの話じゃあ、ないですよね?
マジモンのドンパチをやらかすつもりなんですよね?
52話まで続くんですか?
やるなら、よそでやってくれ。
「覚えているかい。ひと月ほど前、ロンドン市長選の候補者がオリンピック開催地の移転を提言した。
あのとき素直にその申し出に乗るべきだったんだ。
ヤポ政府は無視した。というか、ニュース自体見てもいなかったろう。
いまだに中止も無観客もありえないって吠えているけれどね。
ILはオリンピックを無事に開幕させ閉幕させることに、君たちよりもずっと強いこだわりを持っている。
僕たちのプランニングだって、オリンピックを基準にしてその日から逆算して組み立てていってるわけだ。
もっと早く、自分たちには出過ぎた振る舞いだったと開催権を返上していれば、君たちの住む島でやらなくてもよかった道理だよ。
怨むなら自分たち自身を怨みたまえ」
なにを言ってやがるんだ。
日本が半世紀ぶり2度目の夏季オリンピック開催権を勝ち取るのにどれだけ苦労したと思ってる。
そう易々と、なんでも持っている大国に、くれてやれるか。
と前回も言った気がする。
千代田区二番町といえば、何度も来ている例の大使館だ。
一度だけ門から中へ入ったことがある。
道路からは建物がまったく見えない構造になっていて、セキュリティというか、異様にガードが堅い。
カモッラの元麻布拠点だってマジキチだが、こんなやつらが組んで一体なにをたくらんでいやがるのか。
今日の俺は、近場の民営駐車場でお留守番だ。
時間がかかるとわかっていたので新聞と週刊誌を熟読した。
13日の金曜日に、戒厳令法が国会で成立したらしい。
日本では都市封鎖や国民の外出を制限するような法整備がこれまで無かった。
コロナ対策で世界中の都市がロックダウンを実施しているが、日本でも同等に行えるよう、内閣にその権限を与えるというものだ。
ただし法案は通したけれども、首相はまだそれを行使する段階にはないと声明して、不要不急の外出は控えてくださいと罰則のないアナウンスにとどめている。
国民に極力不安を与えまいとする、実に立派な姿勢ではないか。
これだから日本は平和なのだ。
ありがたく俺たちの爪の垢でもだな、煎じて飲んで学びやがれ。
夜はアヴァンティへ。ここも、1週間ぶりだ。
エヴァンズが読んでいたのと同じレポートをスターンも読んでいて、同じように、いろいろ訊かれた。
やはり最終夜がクライマックスだ。話題は必然的に、そこへ集中する。
「犯行を隠匿するつもりなら、コジモへ連れていけば人知れず処分できたはずだ。
あえて見せしめにする目的があって、派手に建物ごと焼いたことになるね」
むごすぎます。一般人の娘ですよ。あんまりだ。
「ジェルソミーナと呼ばれていたんだろう?ニックネームを持つ以上は組織に関わりがあったんだ。
無印なら、もっと簡単に殺してる」
アントーニオは俺に復讐したんだ。
ラブ君の仇を討つために、俺を巻きこんだんだ。
どす黒い執念深さを感じますよ。
「そんなことはないだろう。
君からの話を聞いてさえ、実に紳士的な少年だと思う。
戦闘員として難のあるラブリオーラを第一線から退かせた君に、むしろ感謝していたんじゃないかね。
だから最後の夜に、サプライズ・ギフトをくれたんだと思いたまえよ」
……そういえば、初日の夜、ラブ君のお見舞いに行くと言った瞬間、逆ギレされましたよ。
あれ、なんて言ってたっけ。
書いてありますか?
「初日かい。銃の講義修了までしか書いてないね。
そのあとアントーニオと話をしたのかい?」
俺は、思い出せる限り、あの夜のやりとりを説明した。
「簡単な話だよ。
加害者が、自分から被害者や遺族へ会いに行ってはならないし、謝罪するなどもってのほかだ。
ゲームだけじゃなく、現実の戦争後でも同じことだからね。よく肝に銘じておきたまえ。
理解できなければ今日はここまでだ。
じっくり考えて、はやくわかれ」
厨房のカムパネルラが珍しく、最後にボソリとつぶやいた。
アントーニオがたくましく成長したと喜んでいた。
おまえたち、知り合いなのか。ふうん。
今日からは、1027号室をあてがわれた。
1422号室とまったく同じ造りだが、ちょっとだけ綺麗だった。
昇格か?