東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-03-008.hmos

色づく桜を眺めながら、成田空港へやってきた。

 

「ハイジャックなんて何年ぶりかな。勘を取り戻さなくちゃな」

 

エヴァンズが到着間際つぶやいたその一言で、道中聞いていたニュースが全部ぶっとんだ。

 

さっそく仕事を与えられる。

プリウスのトランクに積んだバッグを、ひとつひとつ、ターミナルのコインロッカーに入れてくる。

戻って、エヴァンズにQRコードを手渡す。

彼はタブレットとスマホをせわしなく操作し、時々通話でも指示。

何語かわからないため、内容はさっぱり不明。

 

その作業が終わると、車を移動させる。

空港の南側にある小高い丘へ。

滑走路や管制塔がよく見える。いかにも写真撮影のために造成されたようなスポットだ。

カメコ、すなわちカメラ小僧が大勢いた。

小僧といってもほとんどが老人で、カネと時間を持て余した輩が高価な機材を並べて黙々と撮影にいそしんでいるという、行楽地ではありふれた光景。

俺たちも、そこへ混じる。

 

エヴァンズの持ってきた一眼レフもなかなか立派なもので、ずっしり重い本体に、50cm以上ある望遠レンズを取り付けた。

レンズの方が重いため、三脚は筒側のネジ穴に固定する。

周囲を見ると、皆さん同じようにしている。

カメコはお互いほとんど会話をしない。

友人同士で来ている場合も小声でひそひそ話すのがマナーで、だからカシャカシャいうシャッター音だけが響く。ヒコーキの飛来に合わせて。

 

エヴァンズは設定で消音にしている。そんなこともできるんだ。

あいかわらずスマホで手下たちと連絡をとりながら、時折、英数字を俺にメモさせる。

役目があるのはありがたいが、いつ何が起きるのかを知らされてないため、緊張感が宙を舞い、大変に居心地が悪い。

 

カメコの中に、稀に女性がいる。

本格的な装備を軽々と担いできて手際よくセッティングする様は、じっくりゆっくり準備してシャッター音を響かせることに満足を感じる老人たちの居心地を悪くさせるようだ。

老人たちは、さりげない風を装いながら女性には声をかけたがる。挨拶もそこそこに指導を始めるケースが多い。その声はよく響く。マナーはどこへやった。

女性はたいてい笑顔で相手してくれるが、明らかに迷惑そうだ。ノーマスクの老人ほど接近したがるしな。

ああ、エヴァンズのいる前ではとくに見たくない見せたくない光景がいつまでも続く。

 

やがて、撤収を指示された。

組み立てよりも緊張しながら片付ける。

空港に、異常は見られない。

次はどこへですか?なんて、ここでは尋ねない。

 

車を出す。東京へ戻るルートだ。

車中でも、タブレットと通話とで忙しそうなエヴァンズ。

ふと思う。

これまで、なんで運転手が必要なんだ?と疑問に感じていた。俺なんていなくても、エヴァンズは東京じゅうの路地も高速も駐車場だって知り尽くしているのだ。

だが今後、こんな仕事が増えるのだろう。

運転手兼荷物運び・作業助手が別にいなけりゃ大変だ。

しかもだ。

俺を馘にして、後釜を据えたとする。

要領の悪い、勘の鈍い、阿吽の呼吸がわからないルーキーに、同じことを命じられるか。

いらいらするだろうなあ。

 

カモッラとの付き合い方に、ヒントが見えてきた気がする。

大いなる前進かもだ。

自由を手に入れるための。

 

都内に入り、いつものような大使館や駐車場待機を数件こなした。

どれほどがハイジャックと関係あるのかは、さっぱりわからない。

夕方、アジトへ帰還。

アヴァンティへ行くよう指示される。拍子抜け。

もしかして失敗したのか?

いろいろなことが気になるが、直接は訊かない。どう考えても俺に落ち度は1ミリも無いからな。

 

そ知らぬ顔で、開店前準備。

スターンもカムパネルラもいつも通りで、何も訊いてこなかった。

カムパネルラとは、今も大して会話することもないのだが。

 

予約通り客が来始める。

山猫博士、今日はひとりだ。

カウンターに座り、スターンに、いつものやつと注文する。

ここで俺に気付いたようだ。

意外そうなリアクションをされ、おもむろにスマホを取り出して、電話をかけ始めた。

 

「ああ、オレオレ。なんだ、もう帰ってきてたのか。どうだった?

……それは、おめでとう。

話をきかせろよ。あ、レポート作ってんのか。そうだよな。

読んだらコメントするよ。

おつかれさま。おやすみ」

 

カクテルを飲みながら、満足げな博士はボックス席を借りていいかとスターンに聞く。ついでに、こいつを貸してくれと俺を指さす。え?

さっきの電話は、やはりエヴァンズとか。

俺は博士の対面に座る。なにか頼めよと言われて、スプモーニをつくってもらった。どうせ味はわからないんだが。

それよりスターンの酒を飲むのは初めてだ。そっちの方が緊張した。

いや、どっちもだ。

 

「おつかれさま。ジョバンニ君だったっけ。どうだった?今日の大仕事」

 

俺は慎重に構える。

 

自分の上司はエヴァンズなので、私の口から話していいものか判断ができません。

 

博士は嬉しそうに、スマホをスピーカーモードにする。

エヴァンズの声が聞こえた。

 

「ジョバンニ。僕が許可する。ありのまま語れ」

 

うわあ。これもトラップかよ。やだよもう。

 

くれぐれも注意しながら、今朝からの行動を辿っていく。

ハイジャックという言葉は出さなかった。そらっとぼけた。

つまり、ただカメコしてきただけです、桜が綺麗でした、そんな感想を述べたわけだ。

そうだよな。案外、それだけのことかも。

 

博士はニコニコしながら聞いていた。

俺が話し終えるとスマホを弄りだし、「おおコレコレ」と画面を向けてくる。

動画だ。ニュース映像を流してる。

 

「本日午後0時40分頃、成田空港発の国内線でハイジャック未遂事件が発生しました。

容疑者は飛行中、機内の前方を徘徊し始め、声をかけた客室乗務員にナイフを突きつけて操縦室へ入れろと要求。機長へ、どこでもいい海外へ行けなどと指示したということです。

旅客機は1時24分、函館空港へ緊急着陸。容疑者は北海道警察函館中央職員らによって逮捕されました。

このため運行に数時間の遅れが生じましたが、乗客乗員に怪我人は出ておりません。

容疑者は今月、コロナ禍によって会社を不当解雇されており、自暴自棄になったための犯行とみられ、精神鑑定が実施される見通しです」

 

唖然とした。

これか。これをやったのか。エヴァンズが?

失敗……してるじゃないか。

第一、なんだこの雑な要求は。おいおい見損なっちゃうぜ、カモッラ。

 

「あれえー、ガッカリしてるっぽく見えるよジョバンニ君。

いいかね、これ、大成功なんだから。自信を持ちたまえ。

次は本番だからね」

 

ん?え?

まだやるの?

今日のは、予行演習?

 

「フーム。エヴァンズからは何も聞いていないようだね。ま、それでいいんだが。

ヒントくらいはあげよう。

今回のミッションは、データをとるのが目的だった。

あの便には10人近い武装潜入班も搭乗していてね。航空会社や空港のセキュリティを事件の最中ずっとモニターしていたんだ。

逮捕させた犯人はおそらく町なかで拾ってきた本物のラリパッパだと思うけど、それにヤポたちがどう対処するかってシミュレーションをやってみたわけさ。

さっきのニュースを見ればわかる通り、早期解決・被害者ゼロ・悪いのは疫病、と誰ひとり傷つかない超ハッピーエンドだ。

これでむしろテロ対策は今以上に緩くなる。

なんたって現態勢でハイジャックを未然に防げたぞって成功体験を得ちゃったんだもんねえ。

どうだい、完璧だろう?」

 

おい、おい、おい。

いったい、最終的に何をやらかすつもりなんだ、この人たちは。

 

「それにしてもさあ。

ヤポに限らないけど、犯人を精神鑑定にかけるってオレ、意味わからんのだよね。

スターンは、これを紐解ける?」

 

俺は、博士のお相手を解かれた。

続きはスターンが引き受けてくれた。

 

「USなどでは、通常の刑法だといずれ犯人は釈放されてしまいますから、精神異常だということにして永遠に社会へ戻さないための方便だと思うんです。

ヤポはそれを形だけ真似た上で、変な解釈つけているんですよ。精神異常はかわいそうな病気だから、専門医がそう診断した者に刑罰を科してはならんとね。

これは罪を犯したあとでも遡って適用されるため、すべての犯罪者が精神異常を装います。

医者も、認定すれば自分の患者にできるから簡単に結託する。

更にヤポは、加害者側のプライバシーだけを徹底的に尊重するんです。既得権者にとってはそれが理想だから。

かれらなりに、完全無欠のコンボというわけですね」

 

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