「まったく。博士は、挑発と種明かしが大好きなんだから」
エヴァンズは朝から機嫌が悪い。
昨夜は結局アヴァンティへは現れなかった。レポートに次回の作戦立案にと、忙しく過ごしていたらしい。
カモッラも実は相当ブラックなのではなかろうか、なんて考えた。
知らんけど。
勝手にくたばれとしか思わんけど。
コロナ禍で外出自粛が盛んに言われているらしく、以前より道路はすいているのだけれど、今日は特に交通量が少なかった。
祝日だからとエヴァンズから教わる。そうか。世間と隔離されているから、さっぱり実感がない。
突然、エヴァンズが叫んだ。
プリウスを路肩へ寄せろという。
次いで、最寄りのドライブスルーでコーヒーを買い、駐車場へ入った。
ごくごくと飲んでいる。
珍しいな。
ブツブツつぶやきながらタブレットでチャット。
重大なイレギュラーが発生したらしい。
どうした。ハイジャックの失敗から、足がついたか?
「ジョバンニ。君は岩手出身だよな。宮城県の松島基地はわかるか?」
マツシマ、キチ?
……ああ、空自ですか。
はい、航空祭へ行ったことは何度か。
「最後に行ったのは、いつだ」
ええと……震災の復興イベントで、高1の春休みだったから、2013年です。
「今日、行くかもしれない。そのつもりでいてくれ。スターンへは伝えておく」
はい?……ほう。え、空自でしょ?
まさか戦闘機をハイジャックとか。いやさすがに。
しかし、こいつらのことだから……
エヴァンズは各方面と連絡をとりあっている。
日本語で聞こえてくる断片から推測するに、今日訪問する予定をキャンセルまたは延期して、それから羽田および成田からの仙台空港行き空席を調べている。
松島基地の構内図を見ながら侵入方法について打ち合わせもしているようだ。
本気でやるつもりか。
積荷の強奪ぽいぞ。
あとは、わからん。
しばらくして変化があった。
松島へ行く必要は、なくなったらしい。
今度は成田空港襲撃について相談している。
松島基地にいるターゲットが今夜成田へ飛んでくるから、そこで仕留めようという作戦か。
なるほど。今から松島へ行っても、間に合いっこないわけだ。
「成田なら僕の庭さ。まかせてくれ。
カマスの出動を要請する。
ホテルも人数分手配しておいてくれ。よろしくな」
次いで、この、カマスと呼ばれる組織のボスらしき人物と、電話で談笑。かなり親しげな感じ。
成田の地元青年会かしらん。
34RとかG4とか、英数字が飛び交う。ちんぷんかんぷん。
どうやら作戦がまとまったらしく、エヴァンズはぐったりとシートにもたれ、マスク越しにも聞こえるような深い溜息をつく。
しばしの休憩。
それから四谷へ向かい、家庭的な高級ステーキハウスでランチ。
エヴァンズが俺と一緒に飯を食うなんて初めてだ。
コロナを気にしてか、車内でコーヒーを飲むのだって滅多にしない。買うけど持っていって外で飲むのだ。
今日は普通じゃない行動ばかりしている。
アクリル板越しに観察する。
ゆっくりと噛み締めながら、上品に食う。味わっているときは目をつむる癖がある。
早食いが苦手なのかもしれない。猫舌てのも、ありえるぞ。
俺はせっかちなので、とっとと食う。
あいかわらず味はしないが、ファミレスより数段格上なんだろうなあという気分だけは堪能した。
ごちそうさま。
いったんアジトへ戻る。
プリウスからハイエースへ乗り替える。ハッチには武器が満載だった。拳銃に手榴弾、マシンガン。弾薬もいっぱい。
エヴァンズがタブレットでリストを読み上げ、俺が数えてチェック完了。
さあ成田へ出発だ。
この荷物は空港手前の民家で全部おろした。
ガレージ内に積み上げて、俺たちは誰とも会わずに立ち去る。
昨日コインロッカーでテロリストに受け渡しをしたのと、基本は一緒なのだろう。
もう慣れてきてしまっているが、物騒な作戦を行う際は組織的な連携が必要で、かつチーム同士はお互いの姿を見も知りもせず、淡々とミッションをこなすことのみを求められるのだ。
究極的にケシカラン連中ではあるのだがこいつらのプロ意識は高く、技術レベルだって滅茶苦茶ハイクオリティであることは認めざるを得ない。
犯罪集団じゃなく正義の特殊部隊であれば超尊敬するのだけれどもなあ。
そう思うわけなんですが。
どうにかならないものか。
今日は、空港敷地内へは入らなかった。北側の公園に停める。
桜めあての観光客が多い。
夜まで寝てていいぞ、と言われる。
「襲撃は別働隊が行う。僕たちは積荷を受け取って、都内へ連れて行くだけだ。
真っ暗な畦道を無灯火で走り抜ける区間があるから、目をしっかり休ませておくこと。ほら目薬」
なにからなにまでというか。プロだなあ。
おお、きもちいい。しみるぜ。
「モヤモヤしてると思うから少しだけ教える。
今日、松島基地へ、GRから聖火が届いた。民間のジェット機でだ。
ブルーインパルスも出迎えの曲芸飛行を披露して、ずいぶん盛り上げてたらしいよ」
GR……は、ギリシャですかね。
まさかその聖火を盗もうなんて話じゃあ、ないですよね?
「聖火をか?あんなものに価値なんてあるかい。
その民間機はB787。客席数は約200。そこそこの大型だ。
これを、ただ聖火を運ぶためだけに飛ばしたんじゃ、もったいないだろう?
当然、業者は貨物も運ぶわけさ。ただフライトの費用を払うのは政府だから、不正行為はしていませんというポーズも必要になる。
だから、こっそり積むんだよ」
えーと、それは、密輸ってことになっちゃいますかね?
「よくあることだし、担当省庁の官僚は見逃してやるかわりにマージンを受け取るんだよ。誰も傷つかない。
さて、自衛隊は貨物にはノータッチだ。
B787は給油と点検だけをして成田へ飛んでくることがわかった。もし松島で作戦を展開する必要があれば人員の手配も難しかったんだが、ここは救われたね」
なるほど、そんな経緯で襲撃地を変更したと。
ところで別働隊の皆さんというのは、この辺の地元民なんですか?
「地元どころか、ヤポが侵略してくる前からこの地に生きている先住民だよ。
襲撃予定ポイントはかれらの集落にほど近いんだが、周辺はフェンスと監視カメラだらけで、この車では近寄れない。
時間がくれば指示するから君は言われたまま走ればいい。
できるな?」
ラジャー。それでは時間まで仮眠しときます。
夜更け、出動した。
空港北東の路上で停車。繁みから大勢の男たちが這い出てきてハイエースに乗りこみ、ぎゅう詰めになる。
かなりの遠回りをして、また薄暗い路上で停車。
1台のマイクロバスが現れ、10名ばかりをそっちへ移した。ハイエースはようやく、ゆったり座れる空間となる。
ひいふうみ、6名。プラス俺たち。
ここでエヴァンズ、ナンバープレートを付け替える。徹底的に追跡をまく気だ。
あとは首都高に乗り、安全運転で、都内へ。
「見事だなあ。
襲撃隊は僕たちの渡した武器をほとんど使っていない。滑走路から貨物地区へ向かう途中でジェットを足止めしたんだが、これなら事故扱いで処理されるね。
空港からは、県警への通報をしなかったみたいだ。
しないか。機内に忍びこんでいた動物を逃がしました、なんて報告できないよな。
よし、大丈夫だ。あとは、ホテルへ届けるだけさ」
エヴァンズはタブレットを片付けると、後部座席の男たちに外国語で説明を始めた。
密航者たちの安堵が伝わってくる。
エッサリストという言葉が何度も囁かれた。
都内の路地で、男たちを降ろす。
すぐに向かいのドアが開き、ビジネスホテルの従業員風紳士がかれらを迎え入れた。
ここに匿うのか。連携ばっちりだな。
本日の業務はひとまず終了みたいで、ほっとする。
アジトへ戻ったのは夜半過ぎ。
エヴァンズから明日は完全休養すると言われ、エレベーター前で別れる。おつかれさま。
テクマクマヤコン、テクマクマヤコン。日本語へ翻訳せよ。エッサリスト。
「ありがとう。ギリシャ語です」
ほう。
ついでに、成田の先住民についても聞いておくか。カマ……ハマ?
あれ、なんて言ってたっけ。忘れちまった。