平和は何よりも大切なものです。
全人類が尊ぶべきです。
これを理解できない人間は、愚か者です。
「その発想はなかった。さすがだ。
興味深い。もっと聞かせてくれ」
武力で相手を抑えつけ、従わせ、あるいは排除する。この行為からは憎しみしか生まれません。
人間には対話する能力があるんです。
武器を捨て、テーブルを囲んで、話し合いましょう。
お互いを信じて建設的な意見を出し合えば、全員が最大の利益を得ることができるんです。それが見つかるまで、話し合うべきです。
皆がこのルールを守れば戦争なんて起きませんし、不幸な人を生み出さなくてすむようになります。
ものすごく簡単な話でしょう?
「哲学というより宗教だね。
君たちはその教えに忠実だから、この国では誰も武器を持たず、全員が平和に暮らしていられる。
そんな理解で合っているかな」
そのとおりです。
奥多摩ではびっくりしましたけど、本来、日本では銃の所持は禁止されているんです。
あんな人を殺めるためだけの道具は、日常生活には必要ないものだと思います。
「全国民が平和主義者であるなら、わざわざ法律で禁止するのもおかしなことだけどね。
それから、ポリスは銃を携帯しているよ。
矛盾してないかい?」
警察官は、犯罪を取り締まり、治安を維持するために銃を持っているんです。資格を有する者だけですし、弾薬一発まで厳しく管理されています。
だいいち日本では、警官が銃を使用する機会だって極めて稀なのです。
矛盾はしてませんよ。
「つまり、身元の明らかな国民からしか採用されない警察官もまた、武力を嫌悪する平和主義者であるから大丈夫だよと。
ここまで合っているかな」
そのとおりです。
日本社会が長期にわたって安全を保っていられるのは、こうした一人ひとりの心掛けの賜物なのです。
「よくわかった。
じゃあ最初に警察署を襲撃して銃を奪おう。
抵抗してもたかが知れているだろう。
一般市民はもっと無力だ。簡単に制圧できる。不用心に貯めこんできた蓄財をすべて吐き出させよう。
同業他社が乗りこんでくる前に、できるだけ多くの都市をしゃぶり尽くしたいな。
さあ忙しい忙しい」
あの、あの、あの。
何の話をしていますか?
世界平和を実現するためには、って心掛けを説いていたんですが。
「ああ、もちろん君たちがそんな心掛けでいてくれるからこそ成立するプランニングだよ。
21世紀にもなって、まだこんな、ドードーみたいな生物が残っていたなんて感激だね。
人口は1億超、いるんだっけ。
なら絶滅の心配もしなくていい。
まったく最高の狩場だぜ。さあ忙しい忙しい」
おちついて、おちついて。わかってくれてないですよ。
あなたが始めようとしていることは、犯罪です。
ゆるされるはずもない行為です。
悪です。
まず、武器を下ろしましょう。
話し合いをさせてください。
いったい、何が欲しいんですか。
「話し合いをさせてくれ、というのは君の要求?
人にものを頼むときはそれなりの口のきき方ってものがあるんじゃないのかい。
ドードーにゃわからないか。
何が欲しいか、かあ。
すべて欲しいね。とりあえず持ってるもの全部出しな。
気に入ったら追加注文してやる」
あの。それは、犯罪だと申し上げております。
どうか、その、銃を下ろしてください。
お願いします。どうか、どうかお手柔らかに。
決して逆らいませんので。なにとぞ。
……ぐすっぐすっ。
「橋頭堡は確保した。
ここからはテーブルで交渉をしてやるから喜べ。
おまえを、この国のリーダーに据えてやる。僕たちが全力で警護してやろう。
友人をかき集めて政権をつくれ。誰でもいいから、すぐにやれ。
僕たちの指示するとおりにヤポ語で声明を出せばいいんだ。簡単な仕事しかやらせないから安心しろ」
は、はい。
……かき集めました。
おい、みんな、この人たちに絶対逆らうんじゃないぞ。言いたいことがあったら、まず俺に相談してくれ。俺がこの人たちを怒らせないように伝えてやるから。
な、わかってくれ。今は耐えるしかないんだ。
「物分かりがよくてたすかるぜ、ジョバンニ委員長。
最初の仕事は、独立宣言だ。
腐敗にまみれた旧独裁政権を私たちがカモッラ様の支援を受けて倒しました。すでに戦闘は終結しており秩序は回復に向かっています。私はここに新生ヤポ共和国を樹立することを宣言するものであります。国際連合ならびに世界各国の皆さん、私たちの出発を温かく見守っていてください。
これが文面だ。ヤポ語でも作ってやったから正確に朗唱しろよ」
は、はい。……この通り読み上げます。
「憲法も僕たちがつくっておいてやるから、おまえは友人たちと政党を組織して、全国にその輪を拡げろ。
名前は、自由民主党なんてどうだ。耳障りのいい単語を2つも並べてやった。勇ましいだろう。
党首への絶対服従を誓わせ、議員へ立候補する人材を擁立して回れ。
反対派、抵抗勢力、それから旧政権と癒着しすぎていた奸商を洗い出してリストにしてよこせ。掃除しておいてやる。
新ヤポ国は民主主義を標榜せねばならない。
準備でき次第、国民総選挙を実施だ。
既得権者を皆殺しにしてからの再出発となると議会政治が安定するまでに時間がかかりすぎるので、ひとまずジョバンニ、おまえは初代大統領だ。
ここまでの仕事でミスをしなければ、民衆はおまえしか選びようがないから楽勝さ。
どうだ、悪い取引じゃないだろう」
大統領……ですか。
日本にはそんな役職、存在したことがないのでピンときませんけど、それがベストだってことなんですよね?
「首相だと議員から選出されることになり、立法府に縛られる。より民主的ともいえるが制約が大きい。
だいたい民度の低すぎる国なんだから民主主義を採用すれば際限なくバカがバカを生み出す永久機関ができるだけだ。君たち自身が証明してきたじゃないか。
せっかく破壊してやったんだ、ありがたく新政府の舵をとれ」
はい、わかりました。ベストを尽くします。
この美しい国を守り育ててゆくために、不退転の決意で臨みます。
「……なんて言ってはみたものだが、はたして君にそんな大役がつとまるだろうか。
もっと芝居上手な適任者が、うちにはゴロゴロいるよ。
諸外国からの干渉を穏便に回避するためには相当の外交力が必要だ。ベストを尽くします、なんてヌルいこと言う奴の世話なんてまっぴらだね。
英語すらできないのも論外だ。
よって君に出番はこない。せいぜい邪魔をしないように隠れてろ」
ぐうう。完全敗北だ。
どこからどう転んでこんな展開になったんだか思い出せないが、ひたすらボコられて立ち上がれないほどのダメージをくらった。
なぜだ。どうしてこうなった。
俺はなにをすればいいんだ。
「やれやれ。今日は汗ばむほどの陽気だねえ。
ジョバンニ。君の考えでは、冬と春だとどちらが生物たちにとって暮らしやすいと思うかい?」
生物たちにとっては、なら、それは春に決まってますね。
ミミズだってオケラだってアメンボだってみんなみんな春とともに動き始めます。
生命の息吹を謳歌する季節です。
「ふうん。じゃあ、ヤポにとってだったら?」
日本人も生物ですよ。
まあ人間なら、春が好きな人も、冬のほうが好きだって人も様々でしょうけど。
俺は、春が好きですね。
雪がとけて、やっと外を自由に動き回れる。開放感があります。
「つながらないなあ。さっきの君の話と。
春は小動物にとって生存競争が最も過酷な季節だ。
トンボだってカエルだってミツバチだって、みんなみんなフィールドへ押し寄せて喰い喰われあう。毎分毎秒が殺戮の連続だ。
夏頃になってようやくサバイバルの生き残りたちがすっかり成長して、伴侶をみつけ、営巣したり巣立ちしたりくつろぎを持ち始めたりするけれども。春といえばやはりバトリングだと思うんだ。
今朝、君が自信たっぷりに語った、全人類が尊ぶべき平和な状態というのは、支配者と服従者が完全に固定したゼロサム空間のように聞こえた。
変化を望まず、むしろ許さず。安定だけに価値を置き、永遠の静寂を眠り呆けたように過ごすヤポ・ワールド。
別に構わないから勝手に寝てろと思うだけなんだが、イメージとしては冬に近いと思うわけだ。
やはり、つながらないな。
ああコメントはいらない。僕はもうすこし考えてみたい。
君は勝手に遊んでろ。
おやすみ」