東京五輪殺人事件   作:ひねもす@HAMELN

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TokyoMassacre2020-03-013.hmos

寒の戻りで、寒い寒い。

 

コロナ対策でトイレを使用禁止にするコンビニが増えていて、避難所探しに苦労した。

今日はコインパーキング待機なので、駐車場内にトイレが無い。

エヴァンズは、戻るまで1時間以上かかると言っていた。

さあ車内でゆっくり新聞を読もう。

くつろいでいると、窓の外に女の子が現れる。

高校生、いや中学生かな。

化粧が派手めだから、大人びたがってる初期段階と推定した。

 

「お兄さん、寒いの。ちょっと中に座らせてもらってもいいかなあ。オネガイ!」

 

半年前なら、悩まなかっただろう。しかし警戒心が働く。

これ会社の車だからダメ。なにかご用?と訊く。

 

「ああん。

……あのさあ。お金がないの。

家を飛び出してきちゃったんだけど軍資金尽きちゃって。今夜、野宿するしかないの。

凍死しちゃうでしょ。もう家に帰る気ではいるんだけど、決心つかなくてさあ。だから相談にも乗ってほしいの。

なにか食べさせてくれたら、お礼になんでもするから。

オネガイ。お兄さんに、決して迷惑はかけませんので!」

 

なるほど。筋は通っているし、悪い取引ではないな。

カモッラに監視されてなければなあ……

と思っていると駐車場の出入口から、じいさんがひとり、こちらへ歩いてきた。

 

「やあ!

ここにいたのか。ずいぶん探したぞ。

さあ行こう行こう」

 

この娘の知り合いか?と横を向くと、彼女は鋭い目付きを老人に向けていた。

そのあとすぐ俺に「ごめんねお兄さん、アリガト!」と言い捨てて、走り去っていく。

 

老人はゆっくり車に近づいてくる。

俺に用か?知らない顔だがなあ。

マスクをしていないから初対面だと断言できる。しわくちゃのよぼよぼだ。

じいさんの方が勘違いしてるのだろう。

突然、車の脇から人影がふたつ、とびだした。

男だ。

少女のあとを追うように駆けてゆく。

じいさんはプリウスの後ろから更にもうひとり追い払った。

ぐるりと一周して、運転席の窓際へ顔を寄せてくる。

やはり見覚えはない。

何年も顔を洗っていないような、汚らしい男だ。

車内に臭いがつくとエヴァンズが機嫌悪くなるので、俺は窓を隙間だけ残して閉めた。

 

「あぶないところだったよ。この車は死角が多いから特に狙われやすい。

このところ毎日被害者が出ている。

それとも、気付いていたかな?」

 

……いえ。隠れていた3人には、まったく。

ありがとう。おじいさんは何者ですか?

 

「ただのホームレスさ。名前はもう無い。

ところで、もし感謝してもらえたなら、なにか恵んでくれないか。

残飯でも、飲み残しでもいい。

いただけたら、すぐに立ち去る」

 

筋は通っている。

俺は、買ってきたばかりのおにぎりを、おじいさんに手渡した。

 

「いいのかい。

ありがたいね。これで明日まで生きていられる。

お礼に、なにか聞きたいことがあれば、答えられることを答えよう」

 

おじいさんはその場にしゃがんで、ゆっくりおにぎりを頬張りはじめた。

俺は窓を全開にして話しかける。

さっきの子供たちは、俺をどうするつもりだったんでしょう?

 

「女を車に入れさせれば、君の自由を奪える。

男たちを乗りこませ、脅しつけてアジトまで運転させ、そのあとは、しゃぶり尽くすだろうね。

企業の役員とか、地位を持ってて名誉を気にする獲物だったら個人情報を搾り取り、末永く強請るために動画も撮っておいてから家に帰してやり、お付き合いを続けるかもな」

 

そんな連中がいっぱいいるんですか。

毎日起きてる?

 

「今度の疫病は、ずいぶん大物のようだね。

職を失った若いホームレスが溢れかえって、私たち古参を脅かしている。

さっきの子たちも、外出規制で在宅勤務するようになった父親たちに四六時中叱言で責められ、居場所を無くして家出してきた手合じゃないかな。

かれらにとって大人は憎悪の対象でしかない。

財産なんて持つのは、狙ってくださいと言っているに等しいよ。

来月はこの圧力がもっと強くなる。再来月は、もっともっとだろう。

ああ、ごちそうさま。じゃあ失礼するよ」

 

おじいさんも、お気をつけて。

……あの、差し支えなければ。お齢はおいくつなんですか?

 

「年齢も、忘れちまったね。

戦後のベビーブーマーだった。いまの子供たちにくらべたら、信じられないほど恵まれた青春を過ごした。

そのツケを払っているところだ。

それでも全然不幸じゃないよ。この生活は、ストレスと無縁だからね。

君も、よい一日を!」

 

活字が頭に入らなくなった。

やがてエヴァンズが戻ってくる。

俺はさっきの事件を報告した。

 

「言ってなかったかな。この車に非登録者を乗せれば、センサーが反応する。

君が何をしているかはリアルタイムで僕にも通知される。たとえ純粋家出少女でも、乗せただけで君は破滅だ。

地下へ突き落とす前にたっぷり尋問もするからな。覚悟しておけ」

 

うへえ。聞いてないよ。

レシートの精算をした後、エヴァンズは俺の読みかけだった新聞に軽く目を通した。

 

「こんなものしか読まないから、君がいつまでも学習能力を身につけないのかもしれないな。

とはいえ野良ヤポだった頃はもっとひどかったんだろう。

それにしたってもう3ヶ月目なんだ。そろそろ投資したぶんに見合うだけの働きを期待しちゃいけないかい。まったくもう」

 

なんだか今日はえらく機嫌の悪いエヴァンズ。

車内に臭いはついてないと思うんだがなあ。

やつあたりなら勘弁してほしいぜ。

 

「オリンピックの延期自体は、想定内ではあったんだ。

強行した場合のダメージがひどすぎるから、中止をB案、延期をC案として検討はしていた。

君たちの首相は、ぎりぎりまで予定通り開催すると内外に宣伝をしておいて、突如延期を決断した。

君はどう思う」

 

賢明な判断じゃないんですか。

強行開催をそんなに問題視していたというんなら、延期になったことをどうしてそこまでグチグチ言うんですか。

 

「延期によって、競技会場ごとの使用料、ホテルや公共交通機関の確保分、すでに販売したチケットの払い戻し、そして関連諸団体すべての人件費などが1年分、まるまる余計にかかるわけだ。

僕たちはその額を600から700億円と見積もっていた。6ビリオンUSドルだ。

さあ、ヤポの新聞ではどう書かれているか」

 

へえ?

俺はあらためて新聞を広げる。

ええと……突然の発表に世論は悲喜こもごも。都知事は激怒し、IOCは月末に正式決定するけれども承認する見通し……

むう、金額については明記されてないですね。数千億円にのぼると予想される、としか。

 

「種明かししよう。

オリンピック担当大臣すら、火曜日の延期決定は青天の霹靂だったんだ。首相の突発的な思いつきさ。

延期にかかる費用の概算だって、今からやっと計算を始める。

これまでは、延期も中止も、そんな可能性を検討することすら背信行為だとタブー視していたようだからね。

どうだい、これで呆れなきゃどうかしている」

 

カモッラさんの情報蒐集と分析力は大したものなんだなと認めましょう。

ただね、そこまで新聞読んだだけで導き出せっていうのは無茶振りですよ。

だいたいあんたたちの計算だって、600から700億なんて大雑把だ。日本人はもっときっちり数字を出すんです。慎重で誠実なんだ。

そこをね、わかってよ。イタリア人にゃ無理かもだけど。

 

夕方、元麻布へ帰る途中、住宅街の公園脇を通った。

ベンチに赤黒い塊が寝そべっていた。

服に見覚えがあり、あわてて停車する。

思わず降りて、駆け寄っていた。

おじいさん!いったい、何があったんですか。

 

爺「ああ……今朝の、坊やかい。

いたたた……不覚をとったよ。人にうらまれることを、するもんじゃないねえ」

 

どうしよう、どうしよう。

俺はうろたえていた。

おじいさんの表情が急に険しくなる。

振り返ると、うしろにエヴァンズが立っていた。

 

エ「あんたか……まだ生きてたのか。驚いた」

 

爺「ははは、お互い様だろう。

この坊やのマスターなのかな?

……さすがだ。

この子は、優しい心の持ち主だ。

大事に育ててやってくれまいか」

 

エ「優しいって?知恵が足りないだけだろう。

だいたい優しいだけじゃ生きていけない。強くなければ生きていく資格もない」

 

爺「はは……おまえさんは、優しいな。あいかわらずだ。

じゃあ、もう、行ってくれ。

これ以上路駐してたら、俺といたことがばれるかもしれないぜ」

 

エ「達者でな。さあジョバンニ、行くぞ」

 

おじいさん!おじいさん!

 

爺「坊や、達者でな。明日も、よい一日を!」

 

俺は、泣いていた。途中でエヴァンズと運転を交代させられた。

 

エ「心拍数を上げすぎだ。今日はまっすぐ部屋へ戻れ。スターンには伝えておく。

それから、さっきのじいさんのことは、完全に忘れろ。

カモッラではすでに死んだことになっている人間だ。

いいな。完全に忘れるんだぞ」

 

激しい夕立が降り始めた。

俺は、おじいさんの体が冷たくなっていくのを想像することを、やめた。

 

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