あれだけの襲撃事件だから、一面トップはまちがいなかった。
俺はまた時空を飛び越えたのだろうか。
「成田ではあの程度、日常茶飯事だよ。死者も出ていない。
運行に若干の遅れが発生したけど、それくらいじゃあ記事にする価値も無い」
そういうものですか。
え?そういうものなんですか?
「しかも偶然とはいえ警察官僚の息子が誘拐され、身代金を払って解決したんだ。
こんなスキャンダル、公表されたら恥ずかしいだろう」
やっぱり中村氏は警察関係者だったか。
父親が官僚?
本人も警察官ぽかったけどなあ。そうか、サラブレッドかあ。
「1970年代までは、熱血報道メンが被害者宅やら周辺住民への聞き込みを警察よりも我先にと繰り広げて、その都度号外や速報で世間に知らしめ、阿鼻叫喚の推理ショーを連日盛り上げるというヤポ文化があったらしいけど、そんな歴史も君は知らないよな」
知りません。ていうか、さすがにそれは、ありえないでしょ。
「図書館へ行けば、当時の新聞記事をすべてアーカイヴで読むことができるよ。
ちなみにたとえば50年後のヤポが2020年の新聞記事を可能な限りすべて読み漁ったとする。
昨日、4月8日には成田で何が起こっていただろう?」
……なにも起きてなかった?
「そう。平和な一日がずっと続いていた。
covid-19、じゃなくてヤポ語ではチャイニーズ・ウイルスなのか今は。それが日本経済を破滅へ向かわせている。ひどいひどい、けしからん。
ヤポを悩ませている唯一の事件はこれだけだ。
以上、おしまい。
そんな論文一本書けば、ヤポの大学は単位どころか学位をくれるよ。実に美しい国だねえ」
へーえ。ま、さすがにそれもありえませんね。
日本の研究者がそんな……いや、しかし、成田の記事は確かに載っていないのだから、どうなんだ。俺がいくら体験談を語っても、それを証明することはできなくないか?
「ところでチャイニーズ・ウイルスって呼称はUS大統領が広めてる表現なんだが、その法則にしたがえばエイズもロサンゼルス・ウイルスでいいんだよな?
アフリカ諸国ではずっとそう呼ばれているんだが、USやヤポがお墨付きを与えたことになっちゃってるぞ」
コヴィッドナインティーンなんて覚えづらいしわかりにくいですよ。
出どころをはっきりさせているだけです。
ロサンゼルスは長たらしいから、エイズのままでいいと思います。
「なるほど。じゃあ、爆乳幼女陵辱性癖を伝統文化だとして正当化し加害者を社会が徹底的に擁護する症候群のことも今後はヤポ病と呼ぶ。認めるな?」
早口すぎて、よく聞き取れなかった。うるさいから好きにしろ。
それにしても新聞はたしかにコロナ一色だ。
あらゆるイベントが中止に追いこまれているし、記者たちも取材に出かけられなくなって困っているようなので、ウエイトが極端に偏らざるを得ないのか。
町の人々の声、ならぬ、SNSで飛び交う貴重な証言の数々が記事扱いとなり、ボリュームを稼いでいる。直接ネットを見られない俺にとって、このコーナーは実にありがたい。
経験と良識を持つジャーナリストが厳選してくれているので、実物を読むより効率よく、世界を知ることができる。
負けるなニッポン、こんなやつらに。
新型コロナ感染者は日本国内で累計5000人に達した。
死者も100人を超えた。
とうとう岸首相は緊急事態宣言を発令し、全国7都府県に不要不急の外出制限と一部店舗の休業を求めた。違反すれば罰則を科す。
これに対し、対象とされなかった40道府県から、なぜうちでは罰則を科せないのか、という不満が出ているという。
首相、答えて曰く
「経済活動を束縛するのは最低限度にとどめたい。宣言の有効期間は1ヶ月だが、収束が早まればすみやかに解除するつもりである。
私は国民が一丸となってこの難局に立ち向かい、大騒ぎせずとも事態を鎮静化できることを信じている。人類全体が平和を取り戻すにはもう少し時間が必要だろうが、1年後には笑顔でオリンピックへ皆様をお迎えしようではありませんか。
対象地域の方々には、少しだけ不自由をお願いします。
ステイ・ホーム。
ステイ・ユア・ホーム」
堂々としたものだなあ。
首相の言葉には、威厳と優しさがある。国民を安心させる達人だ。
何度でも噛み締めたくなるフレーズだ。
真逆なのが、都知事の狂騒ぶり。
都内のイベントを手当たりしだいに中止させ、業者はもちろん、全国で予定を立てていたファンからも猛反発をくらってる。
とくに「東京へ来るな」発言は大炎上を招いた。
SNSでは非難轟々の嵐。これでも厳選されたのだけが紙面に転載されているのだと思うと目も当てられない。
続投?
絶対ありえないね。
次こそ、まっとうな人が就いてほしい。
都民の幸福を最優先に考えてくれる知事を望む。
俺は投票できないけれど。
世界全体での感染者は、100万人を突破。うちアメリカが36万人を占める。
ん?日本はたったの5000人……だよな。
死者なんて、日本の100人に対してアメリカは1万人超えだ。
人口は2倍程度だと思ったけど。
ひどすぎないか、アメリカ。
記事を読む。
日本ではまだ実施されていないロックダウンを、各都市が3月中旬から相次いで決定。
それでも蔓延は急激に拡がる。
コロナはマスクで劇的に防げる、と医療機関が発表しても、アメリカ人はつけたがらない。
大統領自らが、顔を隠すと弱虫に見える、と胸を張って拒絶してる。
なら使わないマスク、日本にくれよ。
日本人は布製マスクを手作りしてでも皆が付けて感染を防いでいるんだ。この気高き国民性をもっと世界に見習ってほしいものなのだがなあ、と記事はまとめているが、俺も同意見だ。
もちろんカモリスタにも見習わせたい精神性だ。切実に。
希望を感じさせるニュースはまだある。
コロナ治療薬はまだ存在せず、各国がしのぎをけずって開発しているが、日本がこれにリーチをかけている。
チャイニーズ……にはケチがついたから新型コロナウイルスとまた呼んでやることにするが、これをターゲットに絞った、特効薬だ。
数年前に富山県の製薬会社が、新型インフルエンザ対策として開発した。それがなんと新型コロナにもばっちり効いたらしい。
メーカーはすぐ厚労省へ報告。
首相はすぐ予算を出してこの薬の増産を指示し、すべて政府が買い取るからじゃんじゃん作れと約束する。迅速すぎる対応だ。
それが2月下旬のことらしいから、俺の治療には使われていないと思うが、もし投与されていれば味覚と嗅覚を失うことだって、なかったかもしれない。
この薬の大量生産体制を整えながら、政府は海外へも売り込みを開始する。諸外国の薬機法基準はまだクリアしてなかったから、サンプルを提供して治験してもらうことにした。同時に日本国内でも告知し、全国の病院へ正規ルートで卸す準備を進めている。
もう、コロナなんてこわくない。
反撃のときは、すでに訪れていたのだ。
どうよ、この手際のよさ。
すべてを先手先手で攻めてゆく。これがニッポン・クオリティよ。
新聞てのは、こうまで知的好奇心を満たしてくれる、ありがたい読み物だと、今日は格別誇らしい気持ちです。アメリカに次ぐコロナ激戦地イタリアから来たジプシーどもに何を言われようが、知ったこっちゃないね、アハハン。
「なんだ今日は気味の悪いほどに調子が良さそうだな。クスリでもキメたか」
そんなもの要りません。俺は健全なだけです。精神が満たされて高揚してるんです。
「安上がりでいいねえ。じゃあ僕からプレゼントをあげるよ。そら」
袋を手渡された。
ルームウェアと、スニーカー。
はて。これを着て、どこを走らされるんですか?
「今夜から君の部屋はランクアップする。トレッドミル付きのスイートルームだ。
出入りの仕方は今までと同じだが、ガウンじゃなくてこれを着て、気のすむまで運動したまえ。
朝はシャワー室手前ですべて脱ぐ。毎夜、洗濯されたものを着て、また部屋へ入る。
トレッドミルの使用頻度が低ければまた降格になるから、しっかり走りこんで筋肉を鍛えておけ。
来月あたりから、仕事もハードワークを入れてやる」