政府が7都府県に出した緊急事態宣言は、翌週、全国に拡大された。
たとえば東京都内の飲食店が夜間営業していると罰則を科せられる。
それはやむなしとして、県境を挟んだ山梨県ではお咎め無し。
当然客は流れていくし、そこからコロナを持ち帰られたんじゃあ本末転倒も甚だしい。
だから全国一律にしたわけだ。
なるほど。実になるほど。
こうしてみんなが不公平なく喪に服すことになった。
しかし夜だけ外出禁止して意味あるのか?
まあ、お酒飲んで騒ぐのは夜だからな。
ハメを外さず静かに宅飲み。仕事が減ったぶん、お財布にもやさしく。
なるほど。実になるほど。
憂鬱なアヴァンティは、カモリスタにとっては流れこむ先になる。
忙しい。
その後ゴステロ様はいらっしゃっておらず、俺は他の客とも目を合わさないようにしながら、素早い動きでテーブルを片付けるスキルに磨きをかけた。
待機する場所も、いちばん暗いところでじっと息を潜めながらだ。
スターンはとくに何も言わない。
それは、及第点ではあるということだ。
気が休まらない。
俺はそのストレスを、トレッドミルで発散する。
4月22日。
大阪府知事が休業要請に従わない店舗を摘発すると宣言したとの記事を読む。
お店も生活かかっているだろうからなあ。
摘発って、逮捕することだっけ?
ウォッチに尋ねる。悪事を見つけ公表するところまでらしい。
晒すだけか。
むしろ宣伝になるから公表してくれってお店も、出てきそうだなあ。罰金の額が大したことなければ、堂々と営業して他が休んでいるうちに稼いでおけと考える理屈だって成立しそうだ。
あ、いかん。発想がカモッラだぞ。
翌日、続報が載った。
業者たちは、休業させるからには補償金を出してくれと訴えているらしい。
あれ?国は一日あたりで払うと言っていたような。
先払いしてくれということだろうか。
これに対し、ガラの悪いことで有名な府知事が「緊急事態だガタガタ抜かすな」と猛反発。
ああ、喧嘩はやめて。
それで、特に悪質とされる業者の一部が名指しされた。
トップは映画館らしい。
「大型連休を前に、ここで営業できなければ夜逃げするしかないと切羽詰まってる興行主が多いんだろう。
しかし映画館が一番とは意外だな」
意外ですか?
もっと切羽詰まってるとこ、あります?
「映画館の感染症対策なんて簡単じゃないか。マスク着用させればすむし、入れ替えごとの除菌もルーティーンにできる。
銭湯やスパリゾートを想像してごらんよ。
どっちが危険だ?」
あ。スパで対策なんて絶対無理ですね。
「でも、温浴施設は全国どこでも制限対象にすら入っていない。
さて、この理由がわかるだろうか」
え?わかりません。
熱でウイルスが死ぬからですか?
「バカか。40℃前後なら菌は最大に活性化する。ウイルスだってよく飛ぶよ。
ヒントは、老人客が多いせいだ」
なんで?
高齢者の方がコロナ重症化しやすいんだから、むしろ余計に危険では。
「実際ばたばた死んでいると思うよ。
でも発症は数日から一週間後だからね。感染源は不明もしくは別の場所だと診断することが徹底されていれば、浴場は聖域となる。
温泉は健康にいい。この神話に傷をつけてはならないのだ」
そこまでしてスパを守る理由とは?
「紫党へ確実に票を入れてくれる世代を大切に扱うことが与党政治家の使命だからさ。
もうわかっただろ?」
なるほど政治かあ。
逆に、投票へ行かない世代は、徹底的に舐められるわけですかね。
「意志をもって選挙権を行使しない層ならまだしも、敵に投票する可能性がある浮遊票の温床であれば、世代ごと無力化しておくことも必要な対策といえるよ。
政治は難しいという固定観念を刷りこんでおいて、テレビでバラエティ漬けにしておけば、足腰立たないブロイラーのできあがりだ。
シンプルすぎる経営哲学だが、そんなことすら考えずに20年以上も生きてきたヤポが、現にほら、ここにいる」
あはははは。ゆかいゆかい。おぼえてろ。
4月26日。
エヴァンズから、奥多摩へ行くぞと言われた。
届いた荷物を元麻布まで運ぶらしい。プリウスでいいということは、嵩張るものではないのだろう。
ひと月半ぶりのコジモ。
ビアジオや少年たちとはタイミングが合わず、会わなかった。
会いたくもなかったので、ちょっと、ほっとする。
車椅子のおじいさんを、後部座席に乗せる。
それから大量のボックスケースを、トランクへ積み込む。
映画のフィルムだと言っていた。
それにしては、でかいし重すぎる。
ほんとはマシンガンの部品か銃弾なのではと思ったが、エヴァンズも他の職員もやたらニコニコと映画の話ばかりしてるので、映画に関係した何かではあるようだ。
エヴァンズも後部座席に乗りこんだ。
元麻布へまっすぐ、いつも以上の安全走行でと指示される。
へい。
エ「2時間ほどで着きます。少し、おやすみになられますか?」
老「大丈夫だ。まだ興奮が冷めやらない。
フィルムを何缶くらい持ち出せるだろうかと危惧していたのだが、まさか全部持ってきてくれるとはね。
何人がかりで運んだんだい?」
エ「いまはcovid-19のおかげで労働力を集めやすいんですよ。
それより劇場とご自宅を焼かれてしまったことは申し訳ありませんでした。機動隊が、あんなにも早く駆けつけるとは……」
老「命さえ失う覚悟をしていたんだ、気に病まないでくれ。
それに妹や友人たちが無事なら、かれらの手許にデータのコピーは預けてあるしね。マスターフィルムの保全が確認できたら、次はかれら全員の保護を依頼したい。
今度の件で、君たちの実力を大いに知ることができた。これからも期待するよ」
エ「光栄です。
私たちも、まさか小川プロダクションの生フィルムが現存しているなんて思いもよらなかったので、今度の発見にはどよめいています。
山猫博士やダン教授も、早く観たいと興奮して待っているでしょう」
老「教授が来ているのかね!
何年ぶりだろう。私も早く会いたいな。
あ、君。急がなくていいからね」
おっとっと。はい、わかりました。
速度厳守。注意徹底。
老「エヴァンズ。君は小川プロの作品を全て観ているのかね?」
エ「成田空港関連なら。福田さんやバーバラのまで含めて観ています。
発掘されたフィルムの中には、エクレールやナグラの撮ったショットも含まれていましたか?」
老「これかな、と思うものはあったよ。
言っておくが、すべて断片の状態なので、ボールドの写っているコマにしか手懸りがない。音声だって入っていないからね。
当然ながら戦場の真っ只中だ。
カチンコがブレていて、文字が読めないラッシュも多いんだよ。
途中で撮影者が撃たれて血飛沫が上がり、カメラが天を向いたまましばらく経過して、そのあと別の誰かが拾って撮りながら走り出す、そしていきなり終わる。そんなショートピースだってあった。
まず整理して
インデックスを付けて
撮影日誌とにらめっこしながら何度も観て
映りこんでいるものから日時と場所を推定していく。
そんな気の遠くなる作業がこれからも続けられると思うと、ワクワクしてたまらんね。
しかも当局の追跡を躱しながらだ。慎重に進めようとしていた矢先だったが、内通された。
いったい誰がバラしやがったんだろう」
エ「同業者の可能性は?
もしヒントをいただければ、調査してみますが」
老「仮に同業者が犯人なら、やむにやまれぬ事情あってのことだろう。
身内に疑いを向ける暇があったら、敵の弱点から知りたく思うね。府警機動隊の到着が早すぎるとさっき言っていたが、連中、最近なにかいいことでもあったのかい」
エ「心当たりがないですねえ。
……あれ、神戸市で感染ラッシュが起きたのっていつでしたっけ」
老「兵庫県警の失態か?
報道はされてないはずだが。さすがだな。
官僚どもを主賓に宴会やったのが3月末。1週間後にキャリアが10人近く入院した。濃厚接触していた県警職員120名くらいに自宅待機を命令し、その穴埋めを近畿一円から出張させた。っていうトンチキやらかしたんだ。
でもそれが尾を引いていたんなら、機動隊のフットワークだって鈍くなってなきゃおかしいだろ」
エ「東京の機動隊は警視庁管轄だから、府警や県警に貸し出すはずがない。
大阪府警にテコ入れがあったとは考えにくいですね。
たとえば……
covid-19のせいで医療現場も治安維持も崩壊が加速している。行政もパニックを起こしている。府知事は選挙で人気を集めただけの紳士気取りでしかない。対処のしかたもわからないから、キレ気味になる。
大衆にわかりやすい生イケニエを用意して、こいつを叩きのめせと、気弱になっている県警へ檄を飛ばす。
怒られたくない機動隊員は一目散に出動して、命令を忠実に、いや過剰なくらい熱心に遂行する。
……という顛末だったとは考えられませんかね」
老「なるほど利口者ほど逃げ足だけは早い理屈か。
そして俺の家をターゲットにして、押しかけたんだな。
筋は通る。
あの府知事は、映画観て心の底から憤ったことなんて、生涯一度も無さそうなツラしてやがる。お友達もそんなのばっかだしな。
名古屋市長なんてゲスゴンズリのキワミだぞ。……まあ東京へ来てまでこんな話はいいか」
このおじいさんは、映画マニアらしい。
しかも戦場でリアルに人が死ぬ秘蔵映像を見つけて心底嬉しくてたまらないらしい。
そんな人だから、カモッラとは仲良くなれるんだ。
こうして悪者は、自分たちの住む世界を良くしようなんて考えから、どんどん離れていくんだろうなあ。
なるほど。実になるほど。